第05話 ~グラメシェル商会~
帝都に構築している途中の情報網から僕の元へ、御前会議の開催時期の情報が流れてきた。
どうやら、最後に到着する見込みのフェルン候一行到着の翌日になるようだ。
フェルン候に同行しているアルベルトさん達から、到着は3日後になるとも連絡を受けている。
御前会議が始まるタイミングで皇城への情報網を潜入させたいので、僕らの皇都の調査は一旦途切れることになる見込みだ。
となると、それまでに調べておきたい場所がある。
そう『門』の中の物品を買い締め、またアナザーアースの重要施設であった冒険者ギルド本部と同じ敷地に本店を構えるグラメシェル商会に付いてだ。
実はここに関しては、これまでの期間で関屋さんの所から来ていた商人のNPCに調べてもらっていた。
「表向きは、完全に資金の豊富な商会ですなぁ」
「表向き、ですか? フォルヌカさん」
「ええ、流石は皇国の政商と思える程度の繁盛ぶりですな。ですが……」
「やはり、何かあると?」
「ええ、足りぬのですよ、取り扱う商品の中に、あるであろうモノが」
フォルヌカさんと言うこの商人NPCは、如何にも商人と言った恰幅の良い中東風の人物に見える。
確か商店などを構える際に、様々な仕事を任せられるNPCとして設定されていたアーキタイプの一人だったと思う。
僕も、マイフィールド内の都市で店を設定する際に、細かい容姿の設定をランダムにして何人か同様の人物を配置していた。
その能力は確かで、そんな彼が感じているモノ。
グラメシェル商会に本来取り扱うであろうモノが無いと、彼は僕らに語った。
「それは?」
「かつての我らの世界、それに関わる一切の品が無いのですよ」
「……? そう言った品は全て皇国そのものへ売っていたなら、一般には取り扱って無いのも不思議ではないのでは?」
そう、事前の調査で分かっていたことだ。
あの商会は、『門』の中の貴重な物品を皇国へ売ることで成長した。
一般に売らないというのは、別段おかしいとは思えない。
しかし、とフォルヌカさんは言う。
「無論存じて居りますとも。武器や鎧、無数のポーションのような薬品に、宝石等価値ある物品。かの世界のモノは、この世界において貴重そのもの。どんなものでもお国が買い取ってくれるでしょう。しかし、幾ら国と言えど予算は有限でありましょう」
「まぁ、そうね~。どんな国でも予算って頭抱えるモノらしいし~」
「そして、貴重な物品程優先される……あまり価値の無い、かつての世界の雑貨まで国が買い上げるでしょうかな?」
「そんなところまで、手が回らないよね」
「ええ、その通りです。ですが、あの商会はそう言ったあまり価値の無い門の中の品さえも買いあさっている様子。これは何とも怪しい」
商会にしても資金は有限で、そういう買い占めをするにも資金が必要だ。
国が買わないであろう価値の低い商品を、売り物にしないのは違和感があると。
「ここまで成長した商会である以上、こういった買い占めは恐らくは何らかの思惑があるのでしょう。私が思うに、それは商売の面とは別の方向性のように思われます」
皇国の方針として、『門』の中の物品は全て国が管理するとある以上、政商がそれらを買い占めるのは一応の筋は通っている。
しかし、強引な買い占めをするほど一商会が躍起になるべきかと言えば、それは違うだろう。
そんなやり口の商会が、政商として躍進できるほどこの世界の商人達も甘くないはずだ。
となるとやはり何らかの裏がある。
それも、『門』の中に関わるナニカが。
それがフォルヌカさん達商人NPCで分からないとなると……
(御前会議までに、一度僕の目でグラメシェル商会を見ておくべきかな?)
僕はそう考え、くだんの商会前までやって来たのだった。
かつてのMMORPG 『Another Earth』で、いくつものクエストの起点になったのが、開始都市の王都にある冒険者ギルド本部だった。
多くのキャンペーンクエストやシリーズクエスト、多人数向けのレイドクエストも、冒険者ギルド本部に情報が流れてきて発生する流れになっていた。
他にも、冒険者にとって重要な幾つかのクエストの舞台になっている。
また、基本的な称号やスキルの教練所も兼ねているため、ここにお世話にならなかったプレイヤーは居ないだろう重要拠点だった。
だからこそ、同じ外観をしたグラメシェル商会に訪れた僕は、記憶との差に困惑してしまう。
(中の間取りとか、基本的な所はギルド本部とそのままなのに、依頼ボードや併設の酒場がないだけでこんなにも印象が変わるんだな……)
ギルド本部では依頼ボードがかけられていた壁には、取扱い商品の一覧などがかけられ、本部にあった冒険者用の酒場のスペースには、店舗売りのスペースになっていた。
ギルドにあった面談室やギルド長の部屋、そして様々な称号やスキルに魔法を覚えられた教練所へと続いた通路は、商会関係者以外は入れないと記された扉で遮られていた。
確かに、これでは表向きの事しかわからないし、あくまで商人NPCでしかないフォルヌカさん達ではそれ以上調べられなかっただろう。
今回、僕達は商人の護衛の傭兵と言う表向きの立場そのままに、グラメシェル商会を訪れている。
名目は、グラメシェル商会の仕入れに護衛としての仕事が無いかと調べに来た、と言うモノだ。
さっきから如何にも歴戦の傭兵と言った風体のゼルが、商会の人達に話しかけている。
「………本当に新たな護衛は要らぬのか?」
「あ、いえ、その……」
人化の護符を調整してゼルグスと名乗った時の顔と少し変えているから、万が一フェルン侯軍の新将軍を知っている人物が居ても、問題ない筈だ。
元々あまり口が上手い方ではないゼルだけど、立っているだけで威圧感があるから、良い囮になってくれている。
商会内の注目が、大柄なゼルや人目を惹く美女達へと否応なしに向けられている。
この隙に、僕は仕事をしていた。
立っているのも面倒にも見えるように、壁際に移動する。
丁度箱が積み上げられておりその陰に入ると、小柄な僕の身体は多くの人から隠れる事が出来た。
同時にこの場所は、奥へと続く扉を確認することができる。
絶好の場所だった。
(<魔法の目>と、<魔法の耳>……よし、行ける)
関係者以外立ち入り禁止の扉は、商会の人員が出入りするため閉じ切りと言う事は無い。
今も注目を集めるゼルの様子を窺うように、商会の丁稚らしき少年が扉を僅かに開けて見ている。
僕はそれを利用した。
<魔法の目>と<魔法の耳>は、<創造魔術師>系列の中級以上の称号持ちが扱える魔法の一つだ、
術者が遠隔操作できる魔法の目や耳を生み出せる効果を持つこれらの魔法は、ダンジョン等で先の様子を調べるのに有効だった。
この魔法の目と耳は、魔力そのものでできていて、空中も自在に漂う事が出来る。
大きさは直径3㎝程の球体。
透明だが一応触れることはできるけれど、非常にもろく強度はシャボン玉程度だろう。
その為、物体を通り抜けることも、モノを動かす事も出来ない。
しかし、こっそり建物の中を調べるにはうってつけだ。
密かに魔法を成功させた僕は、僅かに開いた扉を抜けて、立ち入り禁止のエリアに魔法の目を侵入させていた。
この魔法、効果時間は破壊されるか任意で消すまでと優秀で、効果範囲も一つの町くらいはカバーできるのだ。
一度仕込んでしまえば、定宿にしている場所からでも視界はリンクできるし、操作もできる。
念のため、一端通路の天井角付近に退避させておけば、早々破壊されることもないだろう。
つまり、ここでこれ以上長居する必要もなくなっていた。
(もうゼルに囮を続けてもらわなくても良いし、撤収を……?)
そう思って、物陰から出て仲間たちの方見ると、様子がおかしい。
何故か、随分と機嫌がいい人物に、ゼルが捕まっていた。
ゼルはいかめしい顔をしているけれど、あれは完全に困っているときの顔だ。
ゼルを捕まえているのは、見たところ細面のすらっとした青年だ。
顔立ちは温和に見えるけれど、アンダーリムの眼鏡がどこか冷静さも漂わせているように見える。
マリィ達も、困惑した様子で立ちすくんでいて、物陰から出てきた僕をすがるように見てくる。
(いったい何が……?)
仲間たちの困惑が僕に伝播したかのように戸惑う僕を、ゼルと話していた青年が見つけてにこやかに近づいてきた。
「ああ、君も彼の傭兵仲間だね? いやぁ、素晴らしい。これほどの腕利きを専属として雇えるなら、私の商会も更なる躍進が約束されると言うモノだよ!」
「えっ? どういうことですか? 僕は、ちょっと話をよく聞いて居なくて……」
何だ? このヒトは。
物腰は柔らかいし、身に付けているものも高級かつ品の良いものばかり。
かなりの上流人物に見えるし、『私の商会』と言うフレーズからは、当然ある種の人物を想定してしまう。
「ああ、丁度私が出先から戻ってきたところ、君たち傭兵が私の商会の仕事を求めてきているというじゃないか。私は君たちを見てはっとしたね! これはとんでもない腕利きだと。丁度幾つかかけている案件に、腕利きを求めていたところでね! 丁度いいと今即時に彼らと契約したところなのさ! 無論、君も彼らの仲間と言う事は、受けてくれたと解釈していいのだよね?」
「……えっ!? 契約!?」
一気にまくしたてられて、僕の脳は停止する。
ちょっと待ってほしい。<魔法の目>と<魔法の耳>を生成して、通路の中に配置するまでに精々数分もかかって無いのに、何時の間にそんなことに!?
確かにゼルは交渉は苦手で、今みたいに一気に押されると呑まれてしまうかもしれないけど、精神魔法や魅了もえるリムやマリィにさえ話術で丸め込んだって事!?
「あっ……えっと、失礼ですが、貴方は……?」
状況をつかみ損ねた僕は、辛うじて、相手の名前を問う事しか出来なくて。
そんな僕に、彼は何とも楽しそうに、こう名乗ったのだ。
「私かい? 私はレオナルド! レオナルド・グラメシェルだ! よろしく頼むよ、少年!」
これが、彼レオナルド・グラメシェルとの長い長い付き合いの始まりになるとは、僕は知る由もなかったのである。