第04話 ~女子会リザルト~
少々遅れましたが更新です。
リムスティアは、ラスティリスに告げられた夜光の心情について、衝撃を受けるとともに少なからず納得していた。
「夜光ちゃんはねぇん、リムちゃんのこと、娘だと思ってるのよん。召喚魔法で小悪魔として呼び出してからの付き合いでしょお? あの魔法って、本質的に召喚じゃなくて生成に近いから、アナタって夜光ちゃんの魔力から生み出された、まさしく娘ってことになるわん」
対象の男女間の感情や内心を正確に読み取ったラスティリスの夜光のリムスティア評は、彼のこれまでのリムスティアへの向き合い方と合致している、
過去のアナザーアースにて、夜光のパーティーモンスターとして、もっとも容姿や設定に夜光の趣味嗜好を注ぎ込まれたのは、彼女であっただろう。
同列に語れるのは、完全に一から作り上げられた超合金魔像ギガイアス位のものだ。
彼女が生み出され育てられたのは、夜光が中高生真っ盛りの時期だ。
およそ男子が持つ性的な願望をこれでもかと詰め込まれたリムスティアの設定と姿は、仲間モンスターをデータだと完全に割り切っていたからこそ、出来上がってしまったともいえる。
故に、だからこそ、それが意志を持つとなった時に、夜光は負い目を感じたのだ。
娘と感じてしまったが故に、性的な姿や設定を持たせた自身を恥じたのだ。
結果、この世界に着た後、夜光はリムスティアから、自然と距離を置きがちになっている。
リムスティア自身も、夜光がそう振る舞って居る事を感じていた。
「いっそ、本当に娘としての立ち位置に満足しても良いと思うわよん? 見た目は逆の父娘とか倒錯してて面白いと思うわあ」
「……いえ、やはり私はミロードの事を……」
揶揄う様なラスティリスの言葉に、リムスティアは一瞬迷い、首を振る。
確かに、ラスティリスの案は、一つの形ではある。
リムスティアを始めとする夜光が手づから育て上げたモンスター達は、多かれ少なかれ創造主や契約相手である夜光に深い好意と忠誠を抱いている。
ただ、それがどのような形を取るかは、各々別であった。
既に示された判り易い例を挙げるなら、夜光を主君と仰ぎ忠誠を捧げたゲーゼルグだろう。
同性であるという事実と当人の気質から、竜人の剣聖は早くに夜光との関係をそう定めるに至った。
別の例なら、夜光のマイフィールドに居る多くのNPCや契約モンスター達が挙げられる。
彼らの認識では、夜光との関係に多少の距離がある為か関係が象徴化され、概ね救世主や信仰を捧げるべき存在として扱われている。
その結実が、マイフィールド内に建造されかけた夜光の為の神殿であろう。
そして、パーティーモンスターの女性陣は、夜光を異性として思慕を捧げるべき相手だとこれまで認識していた。
それはリムスティアの場合、設定として記された内容から来たものでは決してない。
彼女は夜光の性的願望をこれでもかと詰め込まれた存在ではあるが、夜光本人への感情を設定として持ち合わせてはいなかったのだ。
設定として、一応夜光には従順との一文が記されているが、逆に言うとそれだけだ。
故に夜光の娘として関係を構築も出来たかもしれない。
だが、彼女が持っていた感情なき存在であったころ含めた記憶が、それを良しとしなかったのだ。
多くの冒険を夜光と共に駆け抜けた記憶は、そのまま己の内の感情を思慕であると位置づけたのだ。
「だったら、夜光ちゃんに認識を改めてもらわないといけないわねん。ワタシから言ってあげてもいいけどん?」
「余計なお世話よ。それくらい自分で言うわ」
幸い、夜光一行に直近で急がなければいけない案件は無い。
貴族たちが帝都に集まりきり、御前会議が始まるにもまだ時間がある。
(ミロード……私は、娘だなんて、嫌ですからね)
リムスティアは、密かに決意を固めた。
マリアベルも、状況はリムスティアと似通っている。
「マリーちゃんも、夜光ちゃんからはほぼ娘と思われてるわねぇん」
「ほぼ?」
「屍喰鬼の時にティムされてるんでしょおん? だから夜光ちゃんからすると、赤ん坊の頃に引き取った義理の娘って所かしら」
「義理の、娘」
そう、マリアベルとリムスティアの違いはそこになる。
実のところ、設定として幾らか夜光が追記しているものの、マリアベルの容姿と設定は屍喰鬼から始まる真祖吸血鬼のモノ準拠だ。
夜光が追記したのは、吸血鬼として摂取すべき血液に関して、夜光のモノを至上として依存気味であるといった程度。
屍喰鬼派生モンスターの進化種族の選択は夜光の好みで決められたものの、だからこそマリアベルの姿は、女性吸血鬼としてデフォルトそのものであり、夜光の趣味嗜好は加味されていない。
夜光は彼女の成長を、そのまま見守った形だった。
ただ、追記した血液に関しての一文が、彼女の夜光への感情の方向性を決定的に決めてしまっていた。
多くの物語において、吸血鬼にとっての血液の志向は、ほぼ伴侶の好みと重なるものだ。
結果として、彼女の夜光への感情は、早々に思慕どころか愛しき伴侶へ向けるモノとして固まったのである。
その上で、夜光の内心を聞いたマリアベルは、陶酔に似た薄い笑みを浮かべた。
「義理の娘……養女を娶るなんて、ありふれた事よね」
「まぁそうねぇん。無くはない話だわん」
マリアベルへの夜光の認識が義理の娘だと言うのなら、リムスティアの場合よりも状況は軽い。
血のつながった娘と義理の娘とでは、現実的にあり得るかあり得ないかでも夜光の受け止め方が大きく異なる。
養女と結ばれる養父の場合、そこに立ちふさがるハードルは現実的に年齢差が懸念されるかと言った所だろう。
ならば、今は男女としての関係を夜光が認識していないとしても、ハードルを越えるのは難しくないとマリアベルは理解したのだ。
ただラスティリスはマリアベルのその認識に待ったをかけた。
「あら? アナタの問題はそれだけじゃないわよん?」
「え?」
「夜光ちゃんの使用済みの血痕付きの服、こっそり自分のモノにしてるでしょん?」
「……あっ」
「時間があるときにズッとペロペロしてるでしょん?」
「そ、それは……」
「バレて、ちょっと引かれてるわよん」
「!?」
そう、かつてこの世界に来た当初のトラブルの幾つかで生まれてしまった夜光の血痕付き服を、マリアベルは確保していた。
そして時折活用している事を、夜光は知っていたのだ。
自分が追記した記述から発生したマリアベルの所業に、夜光は割と本気で引いていたのである。
同時に、そんな行為をさせてしまった自分の余分な追記に対して負い目を感じていたのだった。
距離を置くのも無理はないことかもしれない。
「まぁマリーちゃんは、そういう所をちょっと直して、後は正攻法で良いんじゃないかしらねん」
「いえでもマスターの、あの秘宝を手放すとか無理なんですけど!?」
「そこをどうにかしないと、夜光ちゃんに引かれたままよん?」
「うう……」
苦悩するマリアベルは、何とか出来ないかと模索しはじめるも、後に件のローブは返却されることになるのだった。
その際のマリアベルの表情は何とも悲痛なものとなるのだが、それは余談である。
夜光の仲間モンスターの女性陣最後の一人の九乃葉の状況は、ある意味一番悪いと言えた。
「ここのちゃんの場合はねぇ……ちょっと毛色が違うのよねん」
「九尾故に毛色はちがうであろうな」
「その通りなのよん」
「うん?」
「……アナタ、夜光ちゃんにとってはペット枠よん」
「……ペット、枠」
ラスティリスの言葉に、呆然と呟く九乃葉。
認識が、同列の人型の枠ですらなかった。
ショックのあまり、膝から崩れ落ちたのも無理はない。
「多分、狐の姿が長かったでしょん? 色々と便利だったのもそうだし、夜光ちゃんも助かっていた分、そっちのイメージが強くなっちゃったのねん」
「そ、それは……なんということか……」
実際、九乃葉の本来の姿は狐の姿の側であり、人型の女性の姿は術で化けた仮のモノだ。
人化できるようになったのは上級位階からであり、大規模戦闘でも魔獣としての姿で力を振るうことが多かった。
更に言えば、この世界に来てからも子狐の姿で居る場合も多かったのである。
夜光と共に行動するのには、目立つ容姿の他の二人より有利であるが、それが完全に裏目に出た形である。
となれば、夜光の九乃葉への認識がそうなっても無理が無いと言えた。
「ペット枠……」
「あら? 娘よりマシじゃないかしらん? ケモナーなんてメジャー性癖でしょん?」
「……性癖博覧会なそなたの基準で語るでないわ」
「発情期を理由にできるわよん?」
「やかましいわ!」
判断基準のオカシイ色欲の大魔王にとっては、大した問題ではないらしい。
九乃葉にとっては、夜光の認識が問題であって、性癖の話ではないのだ。
「あとは狐の姿で尻尾を抱き枕にされるがままだったのも不味かったわねん。そこで女の姿で抱きついていたら、もっと認識が変わってたと思うわよん?」
「……ぬかった! 妾は何という好機をっ!」
思えば、確かに夜光は九乃葉に対してガードが緩すぎた。
少なくとも、今まで夜光と同じ寝所に入れたのは、九乃葉位である。
それ以外のメンバーは、添い寝を申し出ても夜光にやんわり断られていたのだ。
尾を抱き枕にしてもらえるという喜びで、絶好のチャンスを今まで逃しており、結果夜光の認識がペット枠に固まったとなると、とんでもないミスだったと言えた。
「アナタは、まず人型のアピールからねん。そこの認識を変えてようやく義理の娘枠になれるわよん?」
「よもや、妾が一番遅れをとっているとは……」
九乃葉は盛大に頭を抱えた。
結果、彼女はしばらく尾と耳さえ隠蔽した完全な人型で行動し続けることになる。
そして、最後。
色欲の大魔王ラスティリスは、彼女へと眼を向ける。
「…………」
この中で唯一、夜光と同じ存在。
プレイヤーにして、夜光の本当の姿を知る者、ホーリィ。
周囲の悲喜こもごもに対してただ静かに微笑んでいた彼女へ、大魔王は問いかけた。
「夜光ちゃんの気持ち、聞きたいかしらん?」
「ううん、聞かないわ~」
「……夜光ちゃんへアナタの気持ちを伝えるのは?」
「それも駄目~」
ホーリィの言葉は軽く、同時に浮かべた微笑はまるで仮面の如く。
大魔王はそれ以上問う事もなく、ホーリィも同様に。
皇都の夜は、かくして深けていったのだ。




