第02話 ~皇都の街並み~
ちょっと数日体調崩していました。
僕らは皇都に無事到着した。
「これは……」
その光景に僕達は言葉を失う。
僕達がまず降り立ったのは、その都の南に広がる湖に作られた港だ。
この湖は、西に流れていく大河エッツァーの源流にあたる。
港には無数の川船が、荷物の積み下ろしでごった返している。
その一つから北に広がる街並みを眺めると、カラフルな屋根が並んでいるのが目に入る。
北に向かって全体的になだらかな傾斜となっているためか、湖から帝都の様子がよく見て取れるのだ。
網目のように整えられた街路は、町を碁盤の目のように無数の四角に切り分けていた。
ずっと伸びた街路をひっきりなしに行きかう人々が、この街の繁栄ぶりを示していた。
区画の中には、まるまる一つの建物が占めているものさえある。
そんな中でもひときわ目立つのは、やはりそびえたつ皇城だろう。
都の北端にそびえるそれは、まるで空に突きあげた無数の剣のような尖塔の集まりだ。
陽光に煌めいているのは、壁にかけられた無数の魔法によるものだろう。
まさしく華麗なる皇都、煌びやかな皇都。
うん、そういわれるのも頷ける。
だけど、僕達にとっての印象はまるで違う。
「やっくん、これって何でぇ?」
「考えられる可能性は、いくつかありますけど……」
僕達は困惑していた。
それは、この皇都が繁栄しているからでも、その有様が意外であるからでも何でもない。
逆だ。
僕達は、この光景を見慣れ過ぎているからだ。
「皇都が、アナザーアースの開始都市と同じ街並みとは、流石に予想外ですね」
そう、サービス終了したMMOであるアナザーアースの開始都市である王都オーガスタとそっくりなのだ。
かつて、アナザーアースでは、キャラクリエイトが終わると王都オーガスタから物語が始まっていた。
冒険者登録の列に並ぶ冒険者の列といったムービーから、自分のキャラがクローズアップされ、新人冒険者として記帳し終わるとズームアウトしながら冒険者ギルドの外、そして街を一望する湖からの光景にタイトルが浮かぶと言うモノだ。
つまり、今僕達が見ている光景は、全てのアナザーアースプレイヤーが見てきた光景に重なるのだ。
だとするなら、あの港寄りに立つ区画一つまるまる使った建物が、冒険者ギルドの建物になるし、奥のステンドグラス煌めくのは七曜神全てを祀る神殿と言う事になる。
だがここはアナザーアースじゃない。
なら、この余りにも似通った街並みは何だと言うのだろう?
「オーガスタそのものってことはないよねぇ?」
「それはあり得ないでしょう。ただ、似せて作ることは、不可能ではないと思います」
ホーリィさんが言う、あの皇都がMMOであるアナザーアースの王都であるという仮定は流石に無い。
そもそも立地が違う。
アナザーアースの王都オーガスタの南に広がるのは、湖ではなく海だ。
王都オーガスタは、二つの大きな岬に囲まれた湾は天然の良港であり、外洋航海を可能とする帆船も入港する港町であったのだ。
内陸の湖のほとりにある皇都とは明らかに違う。
ただ、建物の構成や町並みは余りにも似通っている。
可能性を考えるなら、『門』の中の知識や技術の中で、王都の街並みを描いたものがあり、それを皇国が都市開発の参考にしたというのはどうだろう?
『門』の技術が優れているなら、その中の一つを模倣したと考えるなら有り得なくもない。
だけど、こうも光景が重なると言うのも不自然過ぎる気がする。
都市である以上住民の色に染められて、変化が生まれてもおかしくないと思うのだ。
そこで、ふと最近目にしたものを思い出す。
同盟メンバーの、そして僕自身のマイフィールドにあった光景を。
「もしかして、マイフィールド拡張パックの王都再現セット……?」
そう、マイフィールドの拡張の方法の一つとして、様々な都市の再現を可能にする都市のアーキタイプのようなセットが存在していた。
ホーリィさんが神聖都市の再現として使用していたものがそれであり、他にも種類があった。
その一つに、王都の再現セットもあったはずだ。
それを利用するならば、この皇都の街並みが王都そのままの姿をしていても不思議でない。
「でもそれって、出来るの~? 拡張パックの適応を外の世界でもできちゃうって事よねぇ? 無理じゃない?」
実際、ホーリィさんの言うとおり、この説は少々無理筋だ。
再現セットはあくまでマイフィールド内の変更に使用するものであり、共有のフィールドでは使用できなかったのだから。
「やはり資料を基に似せて作ったと考える方が妥当でしょうね…」
「そだね~。なら、少し街を見て回りましょ~」
僕達は、船を関屋さんの所の商人に任せて、町に行くことにした。
街並みを見たいのもそうだけれど、宿の確保もしたいからだ。
フェルン侯の一行は、僕らよりも後から皇都入りするし、御前会議にはまだ数日先だ。
滞在期間がある程度ある以上、考える時間はいくらでもあるのだから。
街を歩いていると、細かな違いもあるけれど、やはりかつてのアナザーアースの都市にそっくりだった。
違いは、店の種類であったり、行きかう住人が全くの別人だと言う事だろう。
アナザーアースでは道具屋だった家屋がただの住居であったり、全く別の職種だったりするのだ。
特に、気になったのは、かつてムービーにも登場し、アナザーアース世界の冒険者ギルドの本部で会った建物だ。
「おや、これは?」
「グラメシェル商会~?」
そこは、商会の皇都本店となっていたのだ。
グラメシェル商会の名は、ガーゼルでも聞いていた。
新興の商会でも、最近特に勢いのある一つと言う噂と、『門』の中の物品を扱う事で急成長したという噂。
どちらも、僕らにとって注目するべき内容だ。
その商会が、アナザーアースでの冒険者ギルドの建物に収まっているというのは、何か奇妙な因果を感じたのだ。
他にも、気になった建物がある。
「神殿が唯一神を祀る教会になっているとは、妥当なのか何なのか……?」
「ステンドグラスがぜんせんちがうわ~」
そう、この世界にはない七曜神の神殿の代わりに、唯一神教会が収まっていたのだ。
この外の世界では唯一神教会がただ一つ確認されている宗教であるため、これは必然なのかもしれない。
宗教が違うせいか、アナザーアースでは神殿への出入りは自由だったけれど、こちらの教会は関係者以外お断りでもあった。
よそ者だから入れなくて、都の市民なら入れるのかと思えば、それも違うらしい。
どうもかなり唯一神教会というのは排他的面をもっているようだ。
他に目についたものと言えば、やはり皇城だろう。
アナザーアースのオーガスタにあった王城には、イベントで度々入ることができたので、その造りもしっかり記憶に残っている。
その記憶と比べても、この世界の皇城はそっくりだった。
ただ明確に違うのが、元の世界の王城では存在しない尖塔が一つ大きくそびえていることだ。
表面が何かの結晶で覆われているように見えるそれは、街行く人々の話を聞いて正体が分かった。
何でもあれは、門の中の知識で作られた魔法の塔らしい。
詳しい用途は都民の話からでは良く分からなかったけれど、少なくともアレを建てたのが皇王その人の命であるという事だけは判った。
「まぁ、つまり、結局よくわからないんですよね」
「そうねぇ~。やっぱり似せて作られただけって感じよね~」
一通り皇都を見て回った僕達は、そこそこの宿を確保し休んでいた。
外洋とは違って流れが穏やかなエッツァーは、遡っていても船酔いとは無縁だった。
とはいえ、しっかりとした地上で休む方が慣れているし安心できる。
商人一行と護衛一行の二手で部屋を確保した僕達は、これからの皇都での活動について話し合っていた。
「とはいえ、御前会議が始まるまでは観光がてらの情報収集よね~」
「まぁ、そうなります」
実のところ、僕やホーリィさん、そしてマリィ達パーティーモンスターは、皇都での情報収集の主力じゃない。
そちらは、積み荷と共に皇都に連れてきた隠身が得意なモンスター達がメインだ。
姿を隠して貴族の邸宅や商会などに忍び込んで、『門』に絡んだ情報や、終末の獣の情報を探る予定だった。
僕達も一応情報収集をするけれど、万が一の時の戦闘部隊としての役割になるんじゃないだろうかと思っていたのだ。
あとは……
「デートよねん! アタシの仕切りでマスターにはがっつり此処でいい雰囲気になってもわうわよん!」
「「「おー」」」
盛り上がっている大魔王と、いつの間にか言いくるめられて乗り気になってる仲魔達の言う通り皇都めぐりだ。
僕とホーリィさんが皇都とアナザーアースの王都の類似性について話している間に、いつの間にかそういう流れになっていたようだ。
本当に、何時の間にやらだ。
まぁ、皇都をもっと詳しく回りたい気持ちはあったので、丁度いいと思っておこう。
皆とじっくり見回れば、もっとこの皇都について気付けることもあるかもしれないから。
アナザーアースの王都では、いろんなイベントの起点になっていたし、それらが起きないかのチェックもしたいのだ。
皇都と王都に何らかの関係性がある場合、それらから何かわかることもあるかもしれない。
(ああ、そういえば、一番王都でイベントの起点になってたのって、冒険者ギルドでしたね)
イベントと言えば、この世界では商会の建屋となっていた場所を思い出す。
この世界には居ないけれど、あるNPCが重要クエストを発生させる場として、冒険者ギルドは重要だった。
僕が今求めているクエストもあそこで……
「あれ? 今何か思いついたような……?」
「ん~? やっくんどうしたの?」
「ああ、いえ。何でもありません」
一瞬浮かんだ漠然としたものが、形にならず薄れていく。
もう少しピースが埋まれば、その絵は形になりそうなそれ。
あと一歩で形になりそうなモノに何処かもどかしさを感じながら、僕らの皇都滞在は始まるのだった。