第23話 ~闇に躍るモノ~
結局の所、羨望と呼ばれる指輪は見つからなかった。
戦地で治療活動の傍ら探してくれたホーリィさんや、フェルン軍としても探索してくれたゼルグスを演じる上位鏡魔も手を尽くしてくれたけれど、まるで煙のように消え去ってしまったのだ。
滅びの獣で有る可能性が高いその指輪は、意志のようなものでも宿っていて、既に新たな宿主を得ているのかもしれない。
そう考えると脅威なのだが、僕は何となくその可能性は無いのではと考えていた。
むしろ…あの指輪を求めて動くであろう存在に心当たりがある。
そう思い、僕は再び領府ゼヌートを訪れていた。
余談ながら、僕やホーリィさんのフェルン領内での今の立場は、新将軍ゼルグスの元パーティーメンバーであり、ゼルグスが仕官してフリーになった為ガーゼルを拠点としている傭兵、というものだ。
少なくとも、ゼルグス仕官の日に、僕とホーリィさんと入れ替わった上位鏡魔は、その役割を演じ続けてくれている。
『門』の中由来の技術である魔法を駆使して活動する僕とホーリィさんの写身は、今回の紛争でもフェルン側の傭兵としてしっかり活躍し、腕利きであると認識されているようだ。
特にホーリィさんは、大規模戦闘専用空間に隔離された僕に戦況を知らせてくれたり、戦後の兵の治療に奔走して名を高めたりと大活躍だった。
今回の登城は、表向きホーリィさんの治療の尽力に対する特別報酬を、新将軍ゼルグスから受け取るという意味合いもあった。
新将軍ゼルグスはこの紛争で確かな指揮の実力を見せ、またそのかつての仲間が領軍に献身的な姿勢を見せたことは、相応に大きな意味を持っていたという事なのだろう。
戦功在った者に報いると言うのは、軍を率いる者にとって重要だ。
例え、今回の紛争の最終的な勝敗が未だ不透明な状況であったとしても。
「いまだ勝ち戦と宣言できぬのでな。報酬と言う形でしか報いられぬので御座る」
「大変ですねぇ~」
「御前会議の後には正式な戦功として記録するで御座る。期待されよ」
僕は大勢の戦功者の一人として、ゼヌートの門の外に広がる軍の演習場に並んでいた。
今まさに報酬を新将軍から受け取るのは、ホーリィさんだ。
つい先日まで同じ傭兵仲間だった気軽さを隠さないゼルグスとホーリィさん。
規律に厳しい軍なら問題にされかねないが、フェルン軍は実力重視の気風が強いのか問題なさそうだ。
そういえば、今回の紛争の勝敗及び沙汰は、皇都からの特使の命で、皇国御前会議にまで持ち越しになったらしい。
恐らくは、政治的な動きなのだろう。
僕では良く分からないが、フェルン侯爵は領地が豊かである分敵が多いのだろう。
先だってのナスルロン地方の諸侯軍も、その豊かな領地の割譲を狙っていたようだし、持てる者の面あと言う所だろうか?
以前の謁見で見た姿は覇気溢れる様に思えたけれども、内心は気苦労が多いのかもしれない。
演習場を見渡せるバルコニーに姿を見せ、正式では無いとは言え勝利と兵の活躍を寿いだフェルン候の姿を見ながら、僕はそんなことを思う。
僕自身も、マイフィールドの全モンスター達の未来を、認識はともかくとして意図せず背負った形なので、内心共感してしまう。
同時に、フェルン候の強さに、ホッゴネル伯ではないけれど羨望を覚えてしまう。
今回、僕はライリーさんとの戦いの結果、中級:100まで位階を上げていた。
ライリーさん達は乗っていた神鉄魔像も含め全員伝説級:100の強さを持っていた。
その彼らにギガイアスに支えられたとはいえ勝利したことで、一気に位階が上がったのだ。
ホーリィさんもブランエッツァーの戦いの後の治療に奔走したことで、同じ中級:100にまで到達している。
いや、むしろそれ以上に位階を上げることができなかったというべきか。
かつて、AEではプレイヤーが位階の壁を超えるための特別なクエストが存在していた。
英雄予備軍である準上級へのクエスト<人の試練>。
英雄へ至る上級へのクエスト<地の試練>。
そして半神である伝説級に至るクエスト<天の試練>。
いずれも、特殊なNPCが起点となるクエストだ。
AEという世界が存在しない今、プレイヤーである僕やホーリィさんが中級位階の壁を超えるには、成長促進剤と言う手段をとるしかない。
そして、ソレは貴重だ。
今のところ僕らの同盟に加わったプレイヤーに、所持者は居なかった。
関屋さんの職人達も作成の研究してくれてはいるが、目途さえ立っていないのが実情だった。
有るとしたら、死蔵していたプレイヤーの『門』を運よく見つけるか、それとも…
「やっくん、何考えてるのー?」
「あ……ええ、少し今後の事を。褒章の受け取りお疲れ様でした、ホーリィさん」
考え込んでいると、ゼルグスから報酬を受け取ったホーリィさんがのぞき込んできていた。
既に式典にも満たない戦功報酬授与は終わっていたみたいだ。
僕自身というか、僕の身代わりの上位鏡魔は後方での支援に徹していたため、特別な報酬は無い。
仲間であるホーリィさんへの報酬に多少の色が付いて居るという形になるだろう。
それは問題ないのだ。
今回のゼヌート入りは、そこが目的ではないのだから。
「本当、人の前って疲れるよねぇ。それにこんな広場で受け渡しって運動会の表彰式みたい」
「あはは……言われてみるとそんな感じですね」
既に解散が伝えられたのか、人々はまばらになり始めている。
正規の兵は軍舎に戻るなりするようだし、傭兵は街に向かうようだ。
僕達も傭兵の流れに混ざってゼヌートの街に入る。
さて、予想が正しければ、あの存在が接触してきていい筈だけれど…
そう考えながら歩いていると、耳元で声が聞こえた。
ゼルグスに付けている間諜用の低レベルモンスター聖なる幽霊だ。
このモンスターは幽体しかなく、しかも攻撃能力を持たない代わりに特殊な攻撃以外はダメージを受けず、更に完全に姿を消し特殊なモノ以外の壁や床まで通り抜けることができる。
情報源として非常に優秀であり、今回非常に役に立ってくれたモンスターでもある。
ただし、囁かれた言葉は、想定外のものだった。
思わずゼヌート城を見ると、明確に騒ぎが起こっている様子だ。
顔をしかめた僕に、何事かあったのを察したホーリィさんがこっそり問いかけてくる。
「やっくん、何かあった?」
「ええ、ちょっと想定外が……」
正直、僕も困惑を隠せない。
丁度接触を図ろうとした存在が、城の騒ぎの中心なのだから。
「文官の長が、変死したそうです」
「……ええっ!?」
文官の長、つまり傲慢と名乗ったモノ。そして今日僕が接触を図ろうとした存在だ。
「それって…!?」
「殺されたのか、それとも肉体が必要無くなったのか……駄目だ、全く状況がつかめないっ」
僕は混乱する。あれだけ僕達の情報を正確に把握している存在の所在が掴めなくなった事もそうだし、滅びの獣それも恐らくは羨望や妬みを司るナニカが宿る指輪の手掛かりもこれで失われたことになる。
あの文官長とやらが殺された場合は誰が何のためにと言う事になるし、自分から肉体を捨てた場合はより厄介だ。
あいつは確か、心身が疲労の極致にある者に憑依できるようなことを言っていた。
恐らく対象の状態の言及はフェイクだろうけど、憑依できるという能力は確実に持っているだろう。
僕は、何となく思う。
あのとき、傲慢を名乗る存在が接触してきたのは、結局の所ただの挨拶だったのではないかと。
そしてその意図はともかく、遠からず再びまみえることになるだろうと言う事も。
僕は確信していたのだ。
だからこそ痛感する。今の僕の力不足を。
「やっぱり、今の僕では足りないな……何とかして、力を取り戻さないと」
今回活躍してくれた上位鏡魔など、僕の力はやはりティムしたし育て上げた数多くのモンスター達だ。
中級位階をカンストしたため、呼び出せるモンスター達に幅ができ、とっさの状況にも多少対応できるようになって来てはいるけど、まだまだ足りない。
城の騒ぎを遠く見ながら、僕はグッと手を握り締めた。
その存在は、闇の中で笑い続けていた。
さも楽しそうに楽しそうに、高らかに。
掲げた指の先には澱み濁った赤い光を放つ指輪。
もしその闇を見通せる者が居たならば、不思議なことにその濁った赤の光も楽しげに瞬いているかのように思ったことだろう。
その存在は高らかに謡う、そして嘲笑う。
卑小で愚かな元の指輪の主を、何も知らぬ空っぽの器を、この世界の全てを。
そして純粋に喜んだのだ。
望みのモノが手に入ったのだ。喜ばずになんとする?
そう言いたげなその存在は、ひとしきり笑い切ると、彼方へと意識を向ける。
そこは大陸西部中央、『門』の出現により繁栄を謳歌する都、皇都。
この地は名残惜しいが、今できることは無くなった。
偉大なる万魔の主は色々と甘いが、同時に慎重でもある。
飽食の開放は今は叶わぬ事は判っていた。
ならば次はあの地こそ舞台であろう。
繁栄は欲望の発露でもある。
ならば相応しき者が既に根を下ろしていることだろう。
念願の邂逅を確信し、その存在……傲慢と名乗ったモノは闇を行く。
楽しげに楽しげに、この世界を呪いながら楽し気に。
その行き先に、何が巻き起こるのか。
それを語りえる者は、まだ誰も居なかった。
―――― 第2章 終わり ――――
2章終了となります。
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