第19話 ~新たな同盟者~
(ご主人様がご無事で本当に良かった…)
吸血姫マリアベルは、主が無事のままこの戦いが終わり安堵の息を漏らしていた。
今回のプレイヤー二人との戦いは、彼女の主である夜光が望んだものである。
二つの領地の先鋒に立って戦わねばならない二人のプレイヤーの間に入り、双方を収める。
夜光の介入が無ければ、二人のプレイヤーは激しく相争い、お互いが傷つくのは明白であった。
また加減無しで行われる大規模戦闘クラスの個体のぶつかり合いは、双方の領軍とこの世界そのものに多大な傷跡を残し、今後の『門』に関わる者への忌避感につながるで有ろうことが予想された。
その為、かなり強引に二人のプレイヤーの間に割って入ったのだ。
実際に相対したライリーとその魔像は、恐るべき力を発揮した。
もう一方のアルベルトと竜王も、ゼルとここのが苦戦していたのを見ている。
双方ともに夜光側が勝利をおさめ、また結果としていずれの被害も最小限に抑えられたのは幸運でしかないマリアベルは考える。
特に夜光は、あの最後の刺突で死んでいてもおかしくなかったのだ。
(その万が一の時の為に私が傍にいたとは言っても、心臓に悪いですわ…吸血鬼の真祖が生きた心地がしないなんて冗談にもほどがあります!)
実のところ、事前の打ち合わせで今回の戦いにおいて各々の配役をどうするかは揉めたのだ。
ゲーゼルグはアルベルトと、夜光とギガイアスはライリーと対するのはもとより決まっていた。
己の肉体だけで大規模戦闘をこなせる九乃葉もまたゲーゼルグの支援としてアルベルトに向かうのは早々に決まったが、問題はリムスティアとマリアベルだ。
ライリーの工房の開放は、リムスティアとマリアベル双方が能力的に可能であった。
同時に夜光と共にギガイアスの中で支援を行う役目も、回復が可能なマリアベルと相手へのデバフが行えるリムスティアとで可能であると考えられたのである。
最終的に、万が一の時夜光の蘇生を即座に行えるマリアベルがギガイアスへともに乗り込むことになったのだが、この件に関してマリアベルはリムスティアに借りを一つ作ることとなった。
とはいえ人選の判断は結局の所最適だったと言えるだろう。
ライリーとの戦闘中、マリアベルの回復と守護の魔法が無ければ夜光はもっと苦戦していた筈である。
九乃葉が九頭竜と化したヴァレアスを押さえていなければ、ゲーゼルグはアルベルトに接近すらできなかっただろう。
そして…
「ミロード、リムスティアですわ。ライリー様の工房の開放完了致しました。中にいた兵は皆意識を奪ってありますの」
「ご苦労様、リム。とりあえずそのまま待機しておいて? あと、その兵には前のブリアン達みたいに暗示を仕込んでおいてね? 交代要員が入り込んできた時も同様に」
「畏まりましたわ」
ユニオンリングからの仲魔の声に、夜光がにこやかに答える。
最近判明したことだが、ユニオンリングの会話機能は、パーティー登録されてる仲間モンスターにも使用可能だった。
これにより離れた場所との意思疎通がかなり円滑化し、夜光達は随分と活動しやすくなっていた。
例えば、ガーゼルの活動拠点にはホーリィのパーティーとして彼女の配下の聖騎士団や関屋のパーティー扱いの職人が常に詰めて情報を共有できる状態にある。
簡易的ながら情報網が確立され始めたのだ。
そしてそれは今後も拡大を続けるだろう。
(あのお二方のプレイヤーがご主人様の同盟に加わるなら、頼もしい戦力になりますわね…)
地上に降りてきたアルベルトと未だに熱い熱いと騒いでいるライリーを見ながら、マリアベルは主と共にギガイアスから降りて彼らの元に向かうのだった。
「アンタがアルベルトか」
「そういうオッサンがライリーかよ」
二つの戦いが終わり、勝者と敗者が一堂に集った場で、そのプレイヤー二人は初めてお互いの顔を見た。
夜光の介入が無ければ、今日この日にぶつかり合っていたかもしれない相手だ。
意識しないはずもなかった。
お互いアバターは青年風だが、印象は正反対だ。
如何にも活動的なアルベルトに対し、片眼鏡のライリーは研究室で籠っているようなタイプに見える。
「ああ、思い出した。この前はよくもやってくれたなお前。あんな高い所から落としてさらに水に落としやがって…水汚れ落とすの苦労したんだぞ」
「戦闘で汚れなんて気にしてられるかよ!」
お互いを確認し、先の夜襲を思い出して威嚇し合う二人。
しかし、直ぐに仲裁が入る。
「ああ、揃っていますね。ではこれからの事を話しませんか? お二人とも」
ギガイアスから降りてきた夜光がやって来たのだ。
後ろからやって来たマリアベルにそしてゲーゼルグと九乃葉が傍に並ぶ。
一人の勝者と、二人の敗者の構図であった。
「まずは、ライリーさん。先ほどリム…ライリーさんの工房の開放を任せていた僕の仲魔から連絡がありました。無事、工房は解放できたそうです。工房に詰めていた兵には暗示をかけてありますから、交代の兵がやってきても対応可能でしょう」
「おお、そりゃよかった…まぁ、戦ってた相手にいうのも何だが、ありがとうな」
先に夜光が話しかけたのはライリーだ。先に受けていたリムスティアからの連絡を伝える。
勝敗に関わらず工房の開放は約定されていたのだが、そんな相手に本気で殺しかけていたのだからライリーも中々に神経が太いと言えた。
「そして、アルベルトさん。僕の同盟に入ってくれますか?」
「ああ、負けちまったからな…2対2で負けたら文句も言えないや…確認するけどさ、シュラート様の所にはこのまま居ていいんだよな?」
「ええ、大丈夫。突然姿を消したりする方が不自然ですしね。こう言っては何ですけど、僕達の同盟が正式にフェルン領と交流を始める際の起点になるのも期待していますから」
「…ゼルグス、じゃなかった。ゲーゼルグのオッサンはどうするんだ?」
「そこは伏せ札のままで。今回の防衛線で相応に信用を稼げているみたいなので、今後も色々と情報を仕入れられそうですし」
「……なぁ、アンタ結構腹黒いか?」
何のことでしょう? と首を傾げる夜光。
そこに、上空から鷲馬に乗った関屋が降りてきた。
その手にはいまだに効果を発揮し続けている<見果てぬ戦場>があった。
「よう、終わったらしいな」
「ああ、関屋さん。フィールド展開ありがとうございます。あと、見ての通り、アルベルトさんとライリーさんが同盟に入ってくれますよ」
「おう、俺は関屋だ。よろしく頼むぜ」
厳つい職人と言った関屋の挨拶に、新たな同盟メンバーが頷く。
その様子に満足した関屋は、夜光に手の中のアイテムを示して問いかけた。
「で、こいつは何時解除したらいいんだ? 流石に前みたいにいきなり解除するのは不味いだろう?」
関屋の言うことはもっともだ。
ヴァレアスとアルベルト、伍式迅雷とライリーとメルティは、多くの兵から消失を確認されていて、なおかつそうなることをフェルン領軍側は知っていたので良いとしよう。
夜光とその仲魔達も、多くのナスルロン側の傭兵に紛れていたため、いったん姿を隠しながら通常の空間に帰り、そっと戻るという小細工も可能だ。
だがこの場で最も巨大な魔像ギガイアスは隠しようがない。
こんなものが突如戦場に現れたら、今まで夜光がプレイヤーの存在を極力世に示さないように動いていたのが水の泡だ。
「じゃぁ、僕は一旦ギガイアスに乗って転移陣で万魔殿に帰還します。ゼル達も一旦撤収で」
「おいおい、それじゃオレっち達はどうしたらいいんだ?」
「そうだぜ、シュラート様たちに何て言えばいいんだよ?」
さっさと撤収しようとする同盟のリーダーに、新規同盟員二人は不満の声だ。
「そこは見ての通り引き分けで良いのでは? お互いを押さえただけで十分な戦果でしょう?」
「オレっちの方は爆榴鎧兵が全滅してるんだぜ? そうも言ってられねぇよ」
「そこはこう、戦闘が激しすぎて巻き込まれて勝手に全滅していたことにしたら…どの道、ライリーさんの泣き所の工房はもう取り返してあるんですし」
「それはそうなんだがなぁ……ホッゴネルのオヤジはヤバいんだよ」
顔をしかめるライリーに、夜光は首を傾げる。
夜光達はナスルロン連合の実情にはあまり理解が及んでいなかった。
ライリーの戦力こそがナスルロン側の脅威と言う認識であり、傭兵として潜入していてもそれ以上のことが判らなかったのだ。
本陣近くは傭兵の身では近づけなかったという事情もある。
しかしライリーは違う。
戦力の中枢をもたらしたものとして軍議への参加は避けられなかったのだ。
そして、そこで起きていたことも、伯爵の様子がおかしかったことも理解している。
「僕たちは余りナスルロン側の内情は詳しく理解していませんが、ライリーさんが見てもそんなにヤバいんですか?」
「ああ、ありゃAEの呪いのアイテムかなんかを手にしたんじゃないかとオレっちは疑ってる。あからさまに妙なオーラを最近纏い始めてたからな」
「へ~、そっちは大変だなぁ。シュラート様はそんな事無くて純粋になんか凄いって感じだから、大違いだぜ」
内心そんなおかしな奴の下に付く羽目にならなくてよかったと安堵するアルベルト。
力を貸しているのが器が大きい領主でよかったと、その言葉を思い出す。
「そういえば、シュラート様もホッゴネルは妬み屋とか何とか言ってたっけ」
「妬み屋……そうなんですか?」
「ああ、ホッゴネル伯爵は鉱山とかを押さえて裕福だけど、本当は広い平地に憧れて、広い平地があるフェルンを妬んでるとかフェルンの皆は言ってたよ。だからしつこくフェルンを狙ってくるって」
「妬み屋……いやまさか、そうなのか?」
「夜光?」
自身の言葉に考え込みだした夜光に、アルベルトが首を傾げる。
そこへ、突如ユニオンリングから声が響いた。
「やっくん! 聞こえる!? 大変なの!!」
慌てた声のホーリィの報せ。
それは今まさに衝突している最中であるブランエッツァーの戦いの、急転を告げるモノだったのである。