第17話 ~双竜九頭九尾相打つ~
怪獣大決戦
竜武人と九尾の魔獣が空を駆ける。
向かう先は、九つ首を持つ巨大な竜だ。
合計9つの属性の力をその身に宿し、それは今にも溢れんばかり。
「さて、お屋形様と同じプレイヤー成れど、その力は如何なモノか」
「気を抜く出ないぞ、ゼルや。妾とて彼方の竜王は何時までも抑えきれるわけではない故な」
「無論で御座る」
九頭竜が恐るべき相手であるのは言うまでもないが、ゲーゼルグと九乃葉に怯む様子はない。
この程度の相手、あの激動の三か月に幾らでも経験している。
例えその際には主が万全で、他の仲間と共にあったとしてもだ。
この九頭竜を相手取っては居ないが、主が同じ戦場に立っている。
今も自分たちの勝利を信じてくれているのだと思うと、幾らでも力が沸いてくるようだった。
故に、
「こいつを受けやがれ!!」
「この距離では雑に御座る!」
「こそばゆいの」
竜王騎士の声より早く放たれた九種類の属性のブレスの乱打、それを自在に掻い潜り、時に打ち消し、時に問題なしと受け流して無事であるのも必然と言えた。
だがその無数のブレスをかいくぐり、飛来したモノが竜武人の肩に突き立った。
「むっ!? これは!」
「力の投槍とな?」
「ヴァレアスのブレスに気を取られ過ぎだぜ!!」
九頭竜の背にあるアルベルトは、今や鞍の上に立ち両手に力場の槍を構えていた。
アルベルトは、竜王騎士であるのと同時に、槍聖であり、投擲の達人でもある。
その実力は先の神鉄魔像の打ち込みをいなしたように、大型モンスターの攻撃さえ防ぎ、堅牢な竜の鱗さえ手にした槍で貫く。
力の投槍は両手に付けた<力場の小手>より無尽蔵に生成可能な武器だ。
一定時間を経ると消滅するが、このように投槍として投射するに使い勝手の良い装備と言えた。
「まだまだ行くぜ!!」
「ぬぅ!?」
「これは中々に厄介よの!」
再度吹き荒れるブレスの嵐と、次々に投げつけられる力の投槍。
これには接近しようにも困難であり、2体は回避に専念せざるを得なくなる。
特に投槍は厄介だ。ブレスの回避で動きが崩れたタイミングを的確に狙ってくる。
生体装甲として高い防御力を誇るゲーゼルグの鱗さえ貫く威力は、急所に刺さろうものなら痛打は必至。
そもそも、2体とも大型化を果たした今、共に30mを超える巨体なのだ。回避には向いていない。
また当初無効化できた属性のブレスを相手はもう放っていない。
それぞれが明確に避けた属性のみを放って追い込んでくる。
「これでは、らちが明かぬの…如何すべきか」
「ならば、我が切り開くでござる」
「おや? 出来るのかえ? 出来るならばさっさとやってほしいの」
「無論で御座る…まぁ、この後のヴァレアス殿の相手はそなたに任せることになるのは確かで御座るが」
「うん? ああ、アレを使うのかえ」
空を駆けながら納得した九乃葉を横に見て、ゲーゼルグは大きく息を吸う。
それも延々と、巨体がはち切れそうなほどに。
「なんだ!? …っ! 相棒、回避だ! 向こうは一発重視だぞ!!」
上半身が倍化したかのような変化に、アルベルトも驚き、そして瞬時に意図を察する。
回避の指示を出したと同時に、それは起こった。
グオオオオオオオォォォォォォォッ!!!
竜王咆哮!
大音響とともに放たれた衝撃波を伴うブレスが、九頭竜のブレスを巻き込みながら一直線に空を裂く。
上空僅かに漂っていた雲さえかき消し、天空へと消えたそれは、上空の空気をかき乱し、暴風の余波をまき散らした。
「相棒! 無事か!?」
『左翼の先を削られた! 気を付けよ、奴らは距離を詰めたぞ!!』
「くそ! そう来るよな!」
とっさの回避により直撃は免れたが、翼へのダメージで機動力の低下は免れない。
更に回避に専念したことでブレスと投槍両方が途切れたことで、相手は一気に間合いを詰めていた。
しかし、アルベルトはあることに気付く。
「竜のオッサンが、居ない?」
そう、空中を踏みしめ疾駆する九尾の狐はともかく、先の驚異的なブレスを放った竜王が見当たらないのだ。
だが気にしている余裕はない。
十分な距離に踏み込んだ九尾の魔獣が、今度は自分の番とばかりにその尾を伸ばし始めたのだ。
先の九頭竜のブレスの如くに各属性を帯びた尾が、自在に伸びて九頭竜に迫る。
「厄介だな!? ヴァレアス、防げるか!?」
『安心せよわが友よ! しかし、翼が万全でない以上、距離は取れぬ!』
「判ってる! 俺がアイツを倒して何とかする!!」
属性の投射である竜のブレスとは違い、九尾の尾は属性を帯びた攻撃だ。
避けたと思うとうねりを伴い追尾して来る。
自在に動き触れれば炎などの属性に焼かれる生きた鞭などと言うのは、相手をするモノにとって悪夢でしかない。
更に核には本来の尾と言う実体がある為、絡みつくなどの攻撃も伴う。
既にヴァレアスの首の何本かには、属性を帯びた尾が巻き付き締め付け始めていた。
これでは最早距離も取れない。
お返しとばかりに竜頭が絡みついた尾に噛みつこうとするが、しなやかな動きで巧みに避けるのが余りに厄介だ。
己が身諸共ブレスで焼くとしても、どれほど効果があるものか。
こうなれば、身動きが取れなくなった相棒に代わり、アルベルトが何とかするより他ない。
意を決するアルベルト。しかし状況は止まらない。
「っつぁ!? 何だ!?」
「そなたの相手はこちらで御座る」
何かの来襲を感じ、とっさに愛用の槍を掲げたアルベルトは、空を裂いた一振りを辛うじて受け止めていた。
掲げた槍の向こう、相対したのは直立した竜ともいうべき武人の姿。
竜武人ゲーゼルグは、大型化を解き、人の大きさで竜王騎士アルベルトと対していた。
「…今の、大型化のまま相棒を狙ってたら、もうそっちが勝ってたかもしれないぜ?」
「ヴァレアス殿はそれほど容易い相手でもござらぬであろう? そなたもそれを許すほど気を抜いていたようには思えぬで御座る」
ゲーゼルグは、ブレスを放った直後に大型化状態から人サイズに戻り、九乃葉の背の豊かな毛に隠れながらともに接近し、そのままアルベルトに切りかかったのだ。
大剣と槍でつばぜり合いをしあう竜王と竜騎士。
ともに伝説級の二人は、細かく技巧を駆使しながらそれを感じさせぬ口調で言葉を交わす。
「当たり前だぜ! 相棒は俺が守るって決めてるんだ! だけどよ、あのブレスがもう一回来たら流石に俺もどうにもできなかったぞ?」
「…あれを使うと、大型化が解除されしばらく使えぬので御座る」
「ああ、そっちの代償選んだのか…」
アルベルトは、相棒であるヴァレアスの強化を多頭化に求めたが、他の竜王を強化するクエストの事も十分知っていた。
大規模戦闘の対多数において力を振るいやすい多頭化に比べ、強力な単体と対する場合向けの強化がブレスの『溜め』と『代償』を伴う一撃強化だ。
これは異形化を伴わないのと、代償の対象を選ぶことができるという面で手軽であり、また竜人上がりの竜王でも選択できるという面があった。
夜光がゲーゼルグの強化で選択した代償は、一時的な大型化スキルの封印。
これにより一両日中は再度の大型化とブレスの使用は不可能となるが、その代わりに他の代償のようなバッドステータスの付与やステータスの低下は成されないため、人型サイズながら十分な継戦が可能であった。
「この際は都合が良いで御座る。約定の通り、いざ尋常に勝負と参ろう」
「ああ、そうだな…やってやるよ! 来い、オッサン!」
力を込めて押しのけ、間合いを取るアルベルト。
翼を羽ばたかせ勢いに逆らわずにゲーゼルグは距離を取り、九頭竜の背の上に立った。
九頭竜と九尾が争い揺れるその足場で、竜騎士と竜武人は対峙する。
数多の属性が立てる轟音の中、大剣と槍はぶつかり合った。
竜王ヴァレアスは焦りの中に居た。
既に9本の首の内、4本は尾に喉まで締め上げられまともにブレスを吐くことも、噛みつくこともままならない。
残る5本も執拗な尾の絡みつきに対処を余儀なくされ、己が背にて一騎打ちを繰り広げる友への支援さえできずにいる。
手足の爪で狐の胴を幾らかは裂き、辛うじて一矢報いているというべき状況だ。
とは言え、このまま友の一騎打ちを座してみているだけのつもりもない。
意を決し、身をよじる。尾の締め付けにより首の何本かが軋みを上げるが、構うものか。
竜とは全身が凶器だ。牙や爪に並び竜の尾の一振りは大木さえ纏めてなぎ倒すモノ。
己が背の竜武人の位置は、多くの首にある目で確認している。そこへ狙い振り下ろせば…
「させぬえ? 一騎打ちの邪魔をするなど、無粋であろうの?」
その意図を察せない九乃葉ではない。
振り上げられた竜尾を押さえたのは、魔獣の牙だ。
尾の先端に噛みつき、動きを抑える。
竜の牙ならずとも、魔獣の頂点まで至った九乃葉の牙は、竜の鱗を貫けずともしっかりとその動きを封じて見せた。
『放せ! この獣めが!!』
「そなたの相手は妾じゃ。相方の決着がつくまで戯れようぞえ?」
牙で竜尾を押さえ尾で竜頭を押さえる姿は、形を変えれば円環の竜の如く。
とはいえ、九乃葉と言えど無事ではない。
竜の爪は鋭く、幾ら強靭な九尾狐の毛皮とは言え無傷ではいられない。
更には相手を抑え込んでいるこの状況は、形を変えれば自らも抑え込まれているに等しい。
ヴァレアスの抵抗に美しい毛皮を次第に紅に染めながら、九乃葉は信を置く仲魔の勝利を信じた。
揺れる九頭竜の背の上、竜武人の打ち込みを、竜王騎士は幾度となく弾き返していた。
轟音を立てて振り下ろされる大剣は、アルベルトの手にした槍の鉄壁の防御を抜けずにいたのだ。
対してアルベルトの繰り出す鋭い突きは、ゲーゼルグの身体の表面を覆う鱗を何枚も剥ぎ取っている。
恐るべき腕前であった。
(見事な腕前で御座るな…技の練り、明らかに極まって御座る)
ゲーゼルグはアルベルトの情報を見極める。戦況を正しく見通す伝説級の称号<元帥>にて、アルベルトの実力は明らかになっていた。
【名称】アルベルト
【種族】人間/英雄/超人/半神
【位階】伝説級:100
【称号】<竜王騎士><槍聖><守護聖者><投擲の達人><竜使い>
槍捌きは尚の事、大型モンスターの攻撃さえ防ぐ鉄壁の守りは、前衛防御職称号の最上位の一つである<守護聖者>によるものだろう。
恐るべき実力者であり、その鉄壁さは質こそ違えど、主の友人ホーリィのかつての姿を思い起こさせた。
思えばかの御仁は重装甲での鉄壁を誇り、いかなる攻撃をも意に介さず突き進む動く砦のような戦い方を好んでいたものだ。
かつての世界が終わる直前の三か月では特にその力は素晴らしく発揮され、主の偉業は彼女の助けなくばなされなかったであろうことは確実だ。
目の前のアルベルトは軽装なれども、あらゆる攻撃を通さぬ槍捌きによる堅牢さは劣るように思えない。
であるならば、如何にするか。
竜の武人は太刀筋を躍らせながらひとしきり考え…目の端に写ったある光景がその意を決めた。
一旦間合いを開くと、高々と己の大剣を掲げ上げる。
あからさま過ぎ、同時に最大限の威力を誇る振り下ろし。
ここまで幾度となく防がれたそれを、ことさらこれ見よがしに打ち込むと宣言したも同然であった。
「何のつもりだよ、オッサン」
「あまり長引かせてもお屋形様の戦を見れぬで御座ろうからな、そろそろ決着をつけるで御座るよ」
「舐めるなよ。そんな見え見えの一撃食らうか! 今度こそこっちがオッサンを貫いてやるからな!!」
激高するアルベルトにゲーゼルグは構わず間合いを詰め、渾身の一撃を振り下ろした!
「舐めるなっての!!」
確かに鋭い一撃、しかし今度も容易く受け止められる。幾ら凄まじい太刀筋と言えど、何十メートルにも及ぶ大型モンスターの攻撃さえ弾くアルベルトには通じるはずもない。
…それだけであるならば。
「そこでこう、で御座る」
「えっ!?」
アルベルトはゲーゼルグの表情と悪寒を伴う違和感にとっさに飛びのこうとして、失敗する。
いつの間にか、己の脚に絡みつくモノがある。目の前の竜武人の尾が、いつの間にか絡みついていたのだ。
大剣を受け止めるため、両手もそして振るうべき槍も抑えられ自由にならない。
尾に足を引かれ、大剣の容赦ない押し込みで、アルベルトはなすすべもなく竜の背に押し倒された。
そして首筋に鋭いものを感じる。
ゲーゼルグが伸ばした手の先、そこには強靭な魔獣の毛皮さえ引き裂く竜爪が伸びていた。
「決着、でよろしいで御座るかな?」
「ああ、そっちの勝ちだ‥‥強いな、あんた達」
アルベルトはこの状況から逆転する手段を考えるが、その何れにも目の前の武人は対応する確信があった。
同時に、どこか満足感すらある。
こんなに全力を出したのはいつ以来だろうか?
「なんの、アルベルト殿、そしてヴァレアス殿こそ比類なき強者で御座ろう」
「当然だぜ! …ヴァレアス、もう良いんだ。俺たちの負けだぜ」
『我が友よ……そうだな、我らの負けか』
「ここのは無事で御座るか?」
「無事なものかえ! 妾の珠の肌が主様にお見せする前に傷者になったわ! 早く直さねば!」
二人の武人は納得し合うと、未だに相争っていたパートナーたちへ声をかける。
荒れ狂っていた属性の嵐が途端に収まり、九頭竜もその力を収め三つ首へと戻っていく。
もっとも傷が多かったのは毛皮がすっかり紅に染まった九乃葉だろう。
すぐさま大型化を解くと、用意していたポーションで念入りに傷を癒して行く。
「…あんた達の主が、あいつか…同盟、もう少し真剣に考えるかな」
ゆっくりと降下する先。未だ2体の魔像が相争う様を見ながら、竜王騎士アルベルトはこれから先を思うのだった。