第16話 ~ブランエッツァーの戦い 緒戦~
「ははぁ? こっちの世界で<見果てぬ戦場>を使うとこうなるのか。面白いもんだ」
展開された大規模戦闘専用空間の上空で、伍式迅雷に乗ったライリーは周囲の様子を確認して感心したようにつぶやいた。
先ほどまでいた通常の空間と全く同じ地形が周囲に広がっている。
違いは、集められた現地の兵達が存在していないこと。
ライリーが知らぬことだが、かつて<大地喰らい>との戦闘において展開された際には、周囲のの木々や土地までまとめてこの空間に取り込んでいた。
今回も同様に発動していた場合、フェルン・ナスルロン双方の兵や戦場となった土地や地形もまとめて取り込んでしまっていたことだろう。
しかし過去の発動で仕様を把握した関屋が調整したため、取り込む対象は綿密に指定されていたのだ。
展開された大規模戦闘専用空間の中には、大別して3組の勢力が居る。
一組は、九頭竜神王となったヴァレアスと、その背に乗るアルベルト。
一組は、再現された平地に居並ぶ爆榴鎧兵と、その上空にて滞空する神鉄魔像『伍式迅雷』と搭乗するライリーとメルティ。
そして最後のもう一組。位置としては、ナスルロンの軍の一角に立っていたその傭兵の姿をした一団は、最早偽装の必要もないと、その真の姿を現した。
竜王にして剣聖であるゲーゼルグ。
吸血鬼の真祖にして、闇の司祭であるマリアベル。
魔獣九尾の狐であり、仙術師の九乃葉。
夜光の仲魔であるこの三名であった。
夜光はまだ、此処にはいない。
「さて本命はいつ来るのかねぇ? 余り待たせて欲しくはないけどな」
「間もなくかと。マリアベル様が転移陣を展開していますわ」
「ま、60m級となると下手に姿も見せられないし、重役出勤も仕方ないかね。さて、あいつの魔像を拝ませてもらおうか」
自らが神鉄魔像を呼び出した時よりも、さらに巨大な魔法陣が描かれるのを見て、期待に身を乗り出すライリー。
そして、ソレが姿を現す。
巨大な魔法陣の中央を突き破り虚空に身を躍らせたのは、陽光に金属の煌めきを反射する巨大な怪鳥だ。
「鳥型!? いや、可変型か!? なんて手の込んだ魔像作ってやがるんだあいつ!?」
「マスター、対象の放射エネルギー増大。何かします」
「何か…っ!? 耐衝撃体勢急げ!!」
翼幅40mは在ろうかという巨大な怪鳥は、一旦上空へ舞い上がったかと思うと、頭を下に向け一気に降下し始める。
目指す先は群れ成す爆榴鎧兵の中央。そして。
『ギガイアス、変形! 同時に巨像降豪脚起動!!』
少年の声と同時に、怪鳥が巨人の姿に変形し、更に背から劫炎をたなびかせ大地へ向け飛び蹴りの体勢となる。
瞬間、轟音が仮想空間を突き抜けた!
大地が割れ、衝撃が四方に弾け飛び、噴煙が巻き起こる。
「…随分と派手な登場をしやがるな」
「確認しました。爆榴鎧兵は壊滅しています」
仮想再現された大地に穿たれた、巨大なクレーター。
そして、舞い上っていた土煙の中から立ち上がる、巨大な姿。
60m級巨大魔像、ギガイアス。
かつてソレが大地喰らいに放った対大型モンスター単体向けの技<降竜天雷脚>に対し、<巨像降豪脚>は対集団に効果を発揮する。
特に大量に居る格下と言う状況には効果が覿面だ。
その周囲に居たはずの爆榴鎧兵4万は衝撃に耐えられず爆散し、既に全滅していた。
そのギガイアスの顔の前の突き出た胸部が展開し、一人の少年が姿を見せる。
あっけに取られた様子の九頭の竜王達と、白銀の滞空する巨人に向けて、その少年、夜光が笑いかける。
傭兵に扮していたその仲魔達が傍に駆け寄るのを確認し、夜光は準備が整ったとばかりに宣言した。
「お待たせしました。では、始めましょうか」
「まずは…アルベルトさん。そちらはアルベルトさんとヴァレアスの二人。なら、こちらも二人でお相手しますね。ゼル、ここの、頼むね?」
「心得まして御座る」
「主様のお心のままに」
少年、夜光の求めに応えた二人のモンスターは、巨大な魔像から宙にその身を躍らせる。
すると、その身が淡い輝きに包まれ、次の瞬間爆発した。
急激に広まった光は、大きくなったままに姿を変える。
一つは、竜王。直立した竜の如き姿は、溢れんばかりのエネルギーが形になったかのように全身編み込まれた縄の如き筋肉に覆われている。
巨大化してもその身体の前面を覆い続けるのは、身に着ける者の意思を汲んで大きさを変える如意神珍鉄製の胸当てだ。
背には巨大な1対の翼。そしてその合間に背負われているのは、こちらも如意神珍鉄製の大剣。銘を泰山如意神剣といい、こちらも使い手の身体に応じ姿を変える。
夜光が最も武人として、そしてパーティーの前衛として信頼する竜武人は、最も力を振るい得る姿に喜びの咆哮を放った。
そしてもう一つの光は、たおやかな女性の姿から、異形へと変わっていく。
直線的に伸びた九条の光が、ゆったりとたなびき始める。
タンっと宙を踏みしめたのは四本の脚だ。
黄金色の毛並みを陽光に煌めかせ、九尾の狐は宙を駆けた。
2体が向かうは、竜王騎士アルベルトと竜王ヴァレアス。
その姿を認め、アルベルトは手にした槍に力を込める。
「ゼルグス…じゃなくて、ゲーゼルグのオッサン、中々強そうだな! それに九尾の狐とか…面白そうだ!」
『うむ! 相手にとって不足はない!!』
ヴァレアスがその九つの首をうねらせる。
ここに竜王同士、そして九つの首を持つモノ、九つの尾を持つモノ同士、その対決が始まった。
「そして、ライリーさん。これが僕のギガイアス。マリアベルと僕とで内からサポートしますからこれで釣りあいますよね?」
「数合わせも万全とは気が利くなぁおい」
ライリーは聞こえてきた夜光の声に、楽し気に口元を歪める。
夜光がそれぞれ数の条件を整えようとしているのは理解した。
九頭の竜王と竜騎士のペアには、竜王と九尾の狐。
そして魔像と操縦者とオペレーターの組み合わせのライリーに対しては、同じく魔像と操縦者二人。
これで負けたなら、文句は言えない。
魔像の大きさこそ大違いだが、性能としては十分に釣り合っているという自負がある。
そして、ライリーは右手を口元に寄せる。
そこには既にユニオンリングがあった。
お互いに魔像に乗りながらも声は問題なく届いている。
「こっちは良いぜ? そっちも乗り込めよ…始めようぜ?」
ライリーの声に、夜光は頷く。展開した搭乗口よりマリアベルと共にギガイアス内に入ると、その魔像の目の光が更なる輝きを放つ。
それを確認したライリーは、自身の魔像をゆっくり降下させてゆく。
大地を踏みしめる、神鉄魔像伍式迅雷。
手にした光刃剣が輝きを強め、背から陽炎がたなびき始める。
そして、ライリーは叫んだ。
「出し惜しみは無しだ! メルティ、出力100%、フルパワーで行くぞ!!」
「畏まりました、マスター。補助魔法機構起動します。各武装封印解除」
神鉄魔像の白銀の鎧の各部が展開する。
むき出しになったのは、各種属性攻撃が可能な、魔法装置の数々。
そして巨人が背から炎を吹き、一歩踏み出す。
見上げるようなギガイアスの巨体に向け、炎と共に迅雷が走った。
一方本来の戦場では、フェルン軍が怒涛の勢いでナスルロン軍を攻めたてていた。
そもそも、ナスルロン連合軍は、ここまでの侵攻の間戦闘はほぼ鎧の兵に頼りきりであった。
先の異変までナスルロン側の兵達は、実質自分達が戦うことなくこの平原での戦いは終わるだろうとさえ考えていたのである。
だが当てにしていた鎧の兵が消え去り、まさに矢面に立たされた兵たちは意識の切り替えもおぼつかず、戦線を維持することも出来ない有様であった。
「温い! 海洋都市ミマリスの敵兵の方がまだ骨があったわ! それでも貴様らは皇国の兵か!!」
敵とはいえ同国の兵であるナスルロンの兵の不甲斐なさに、攻めているフェルン騎士団からすら怒りの声が漏れた。
とはいえナスルロン側も平時ならば多少は打ち合えたかと言うと、それも怪しい。
フェルン側の兵の装備は、この10年ほどで急激に腕を上げた領内の鍛冶師や職人たちの手によるものだ。
その質は高く、今までの装備が紙や粘土ででもできていたかのように感じるほどの切れ味と強固さを誇る。
そんな装備に全身包んだフェルン兵と、装備自体は従来とさほど変化のないナスルロンの兵とがぶつかり合えば一方的に蹂躙されるのも無理はない。
弓兵の打ち合いにおいてもそれは顕著で、ナスルロン側の放った矢はフェルン側が掲げた盾に容易に防がれているが、逆の場合は放たれた矢が盾や兵数人を貫くなどの明らかな威力の差となって表れていた。
これでは、まともな戦いとして成立する筈もない。
またもう一つはホッゴネル伯爵直属ではないナスルロン諸侯の戦意が著しく低いことだ。
そもそもこのナスルロン連合軍は、ホッゴネル伯爵の意向の元、鎧兵の武力によって維持されてきた。
その重石である鎧兵が消え、またこの最近の軍議でホッゴネル伯爵が強権を振るい続けてきた反発がここにきて表面化していた。
戦況の不利を見た諸侯は、自らの兵を惜しみ早くも兵を引き始めていたのである。
結果矢面に立たされたのは2000ほどの傭兵と、ホッゴネル伯爵直属の兵4000ほどだ。
つまりフェルン領軍12000に対し、ナスルロン連合軍の実質の兵力は6000にまで落ちていたのだ。
ほぼ倍の戦力差になったフェルン軍は、果敢に攻め立てる。
逃げ腰で撤退まで始めた諸侯軍は捨て置き、戦意を維持する傭兵とホッゴネル兵を攻めたてる。
しかし、ここで異変が起こった。
「む!? 何だあれは!?」
ナスルロン軍の本陣、その中央で濁った赤い光の柱が立ち上ったのだ。
それと同時に、ホッゴネル伯爵直属の兵達に異変が起きる。
「こいつら、急に力が!? それに何だこの動きは!?」
本陣の光に呼応するように突如目に濁った赤い光を帯びたかと思うと、別人のように反撃し始めたのだ。
質の上がった装備に助けられ、多くの兵がその猛攻にも耐えきれたが、必然的にフェルン側の攻勢は勢いを失う。
そして今度は己の番だとでもいうように、ナスルロン本陣の光が強まる。
こうして、プレイヤーたち不在のブランエッツァーの戦いは混迷を深めていくのだった。