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第15話 ~ブランエッツァーの戦い 開戦~

 エッツァー本流と支流との分岐点。そこはブランエッツァーと呼ばれている。

 過去何度もあった氾濫と分岐の移動を経たそこは、今現在広い低地だ。

 大河の要所を抑えると同時に、農業用水兼運河の設営を目的とする治水工事により、この地の領主の力を示すかのようにその長き堤は建設された。

 水運の要所であり、支流を伝ってやってくる南方の脅威への防衛基点であるそこは、今まさにその役目を果たさんとしていた。


 南方より進軍するナスルロン諸侯連合軍、その数4万5千。

 その内3万5千は『門』の内より現れた異能者が作り出した鎧のみの兵だ。

 生身の兵は傭兵も併せ1万程。

 もう一つ特筆するならば、ナスルロン諸侯軍の本陣付近には鎧を付けた巨人の如き姿がある。

 神鉄魔像と呼ばれるそれが、大いなる脅威であるとフェルン側も理解していた。


 迎え撃つフェルン侯爵領軍は1万2千。

 全て生身の兵ではあり、兵力は明らかに少ないが、こちらは『門』の中の装備を直接兵達に貸与する等の強化を施されている。

 兵の質の面ではフェルン側が有利となるだろう。

 また、ナスルロンの工作による反乱陣圧に割いていた兵の内、ある程度の兵を合流させることにも成功していた。

 これも先の夜襲によりナスルロン側の行軍速度が極端に落ちた結果でもあった。

 4万5千に対し1万2千。

 ただ数だけを聞けばフェルン側の不利は決定的のように思えるが、陣地を設営しての防衛の戦いであるため一概に数だけ見て有利不利を判ずるのはむずかしい。

 ましてや軍の最前面にて威容を示すような竜王ヴァレアスと、その友竜王騎士アルベルトを見るならば、数だけを見て戦局を見る愚かさを悟るはずだ。

 当のアルベルトは、遠くナスルロン側が構える陣を、その本陣傍で蹲る神鉄魔像を見つめていた。

 アレもまた、自身と同じ数に因らない脅威であり、現状でけん制すべき相手だ。

 とは言え…この地にまだ役者は揃っていない。

 両軍は今すぐにでも動きそうであるが、まだ彼ら竜と竜騎士には判るであろう合図は成されていなかった。

 で、あるならば。


「合図の前にアレが動いたら、俺達も動いて抑えにかかろう、相棒」

「「「応」」」


 ひどくゆっくりと流れる時間を感じながら、アルベルトはその『時』を待つ。

 しかし、先に動いたのは神鉄魔像の方であった。

 アルベルトの視線の先で、翼持つ鎧の巨人はゆっくりと立ち上がったのだ。



 <創造者>であるライリーは、ナスルロン側の最後の軍議に、いつも通りにただ話を聞くだけ聞いた後、自身自慢の魔像の元へとやってきていた。

 これまでは常に女中人形(メイドール)のメルティを伴っていたのだが、今日に限っては会議に連れてきていなかった。

 名目としては、神鉄魔像『伍式迅雷』の整備を任せているからである。

 実際メルティは今の今まで伍式迅雷の各部の様子をチェックし続けていた。

 先の夜襲での高高度からの落下は、水面へ落ちたとはいえ各部にダメージを与えていた。

 行軍速度が落ちた分、その修復は間に合ったが、今回の会戦には万全を期す必要がある。

 些細な問題も見逃してはいけないのだ。


「メルティ、どうだ? 迅雷の調子は」

「問題ありません、マスター…夜光様からお譲りいただいた精霊石は質量ともに問題なく。これならば迅雷は機能をフルで稼働可能ですわ」


 今回の決戦に際して、ライリーは夜光から二つの援助を受けている。

 まず一つ。

 大規模戦闘専用空間に隔離されるのを了承した礼として、精霊石の供給がされた。

 それは魔像に組み込まれた魔法装置を稼働させるため、十全に戦うために必要だったものだ。

 ライリーのマイルームは工房であり、新規で精霊石を得る手段が存在していなかった。

 多少の在庫は存在していたが、全力稼働を長く続けられるほどの量は、AE2でのペット職の実装が遅れる関係上必要ないと判断されていた為だ。

 その関係もあり、他の『門』から見つかった精霊石を融通してもらう面でもホッゴネル伯爵に協力する必要があった。

 だが夜光のマイフィールドはこのように潤沢なAE素材を供給できる。

 これによりライリーがホッゴネル伯爵に協力する理由の一つは失われたのだ。


 そしてもう一つ。

 伍式迅雷の傍には、メルティの他にももう一人、女の姿があった。

 術を操る系統の傭兵に扮したのは、夜光の仲魔にして愛欲の魔王を名乗る淫魔リムスティア。

 傭兵が身に着けるような粗野な鎧をまといながらも、その圧倒的なプロポーションは隠しきれていない。

 いっそ娼婦のようにも見えるが、なそうと思えばこの世界の住人など視線だけの<魅了>で操り得るので襲われる心配などない。

 目の前の<創造者>も、その愛はメルティに向けられているので安心と言えば安心である。

 そのリムスティアは、一礼するとライリーにあるものを渡していた。

 ユニオンリングだ。


「準備は上々で御座いますわ。この指輪を身に着け、ミロードの同盟に加わっていただければ、即座にユニオンルーム経由で私の配下たる夢魔達がライリー様の工房へ向かい、居座る兵より開放いたしますわ」


 これがもう一つの援助だ。

 今も抑えられているライリーの工房の開放。

 大規模戦闘専用空間の中での勝敗に関わらず、ライリーはこの後夜光達の同盟に参加する事になる。

 その礼の先払いだと夜光は語っていた。

 リムスティアの配下の悪魔に夢魔は、精神への干渉に秀でる。

 工房の中を荒らさずにホッゴネル伯の兵を鎮圧するには、理想的存在であった。


「感謝しておけばいいのか、手厚すぎると怪しめばいいのか判断に迷うねぇ…ま、ここは有難く受け取っておくけどさ」

「そうしていただけると、私もミロードから託された役を果たせて嬉しく思います」

「そ~かい。慕われてるねぇ、あの見た目ショタは……アンタはこの後どうすんだ?」


 自身がメルティに向けられているのと同質のモノをこの場に居ない主に向ける淫魔に、ライリーはアイツも大変だと苦笑する。

 同時に、彼女の今後の動向がふと気になった。

 これほどの力を持った存在だ。ただ同盟の指輪を届けに来ただけで終わるという事もあるまい。

 ライリーの問いに、リムスティアはにこやかに答える。


「ライリー様の工房開放の指揮を努めますわ。ですから、ここで一旦お別れになりますわね」

「そっか……あそこにはメルティの妹たちも居る。あいつらの事、宜しく頼む」

「承りました」


 短いやり取りだが納得したライリーは、彼女に自らの工房を託した。

 一礼した後、足元の影に融ける様に姿を消したリムスティアを見送り、ライリーは自らの機体を見上げる。

 さて、行くか。

 抱えていた気がかりが概ね消えた今、待ってるのは久々の楽しい楽しい大規模戦闘の時間だ。


「メルティ、ハッチをあけてくれ。もう乗り込んでおこう」

「畏まりました」


 マスターの声に応え、メイドが何やら操作すると、神鉄魔像の胸部が開く。

 そこは、二人ほどが乗り込めるような空間になっていた。

 座席は前後に二つ。

 後方の席にメルティが乗り込み、座席の一部の機構に自らの身体の各部分を展開して接続してゆく。

 ライリーが前方の席に乗り込むころには、神鉄魔像はその封印されていた機能を解放しようとしていた。


「各魔法装置、安全値を確認しました。マスター、何時でも発進できます」

「コンソール展開。最終チェック始めるぞ」


 伍式迅雷。ライリーが生み出した魔像は、簡易的な命令による自動戦闘も可能だが、その真の力は搭乗者とオペレーターである女中人形(メイドール)が揃って初めて発揮されるのだ。

 先の夜襲の際に懸念だったフル稼働状態の燃費の心配も、夜光からの補給により問題無くなった。

 あとは、話に聞く<見果てぬ戦場>の起動を待つばかり。


「よし、何時でも動けるように立ち上がるぞ」

「了解しました。伍式迅雷:全稼働状態、起動します」


 かくして、白銀の巨人は立ち上がった。

 見据えるのは、はるか先の軍の先頭、三つ首の竜。そして…


「確認しました。上空に鷲馬。魔力反応検知。約1分後に大規模戦闘専用空間が展開される見込み」


 その時がもうすぐやってくる。



 白銀の魔像が立ちあがったのを確認したアルベルトは、数瞬間後にライリーたちが発見したものと同じものを見つけた。


「アレが…夜光さんの同盟の仲間の一人か?」


 竜王騎士としての高い能力と、空中の高速戦闘にも対応可能な視界が、はるか上空の鷲馬と、その背に乗るドワーフの職人の姿をとらえていた。


「話に聞いていた通りだな…ってことはもう直ぐか。よし、ヴァレアス。俺達も本気を出すぞ!」

「「「応さ、我が友よ」」」

「ヴァレアス! お前の真の力を今こそ見せろ! 九つ頭の(ナインヘッド)竜神王(ドラゴンロード)モード、開放!!!」

「「「グォォォォォォ!!!!」」」


 アルベルトの掛け声に、竜王ヴァレアスがその封印していた力を開放する。

 爆発にも似た力の本流が天へと駆け上がり、同時にその力の流れが次第に寄り集まり実体と化していく。

 それは首だ。

 暴力的なまでの力の流れで出来上がった、新たな首。その数6本。

 もとの三つ首と併せ、九つの首を持つ異形の神竜がそこに居た。


 かつてのAEには、竜族モンスター専用のクエストである<多頭たる進化>が存在した。

 いくつもの段階に分けて進められるそのクエストは、進めれば進めるほど竜の頭を増やすことができ、また吐けるブレスの属性の種類が増え、ステータスの上昇などの利点が得られた。

 ただ、大きな力には代償が付き物であり、常時フルパワーで戦おうとすると、竜のスタミナが到底持たないという欠点もあった。

 通常時の消費も考慮すると、常時出していられる頭は精々3本まで。

 先の夜襲では、帰りの移動の都合もあり、ヴァレアスは全力で戦うわけにはいかなかったのだ。

 しかし、この地では違う。

 拠点は身近にあり帰りの心配は無く、また今回の相手は全力でぶつかる以外に道はない存在だ。

 だから、初手から全力で、行く。

 九つ頭の(ナインヘッド)竜神王(ドラゴンロード)モード。またの名を九頭竜神王(クトゥルー)


「よし、もう上に上がるぞ! 行こう、ヴァレアス!」

『グゴアァァァァァァァッ!!!!』


 既にふれんばかりの力の余波が周囲にまき散らされそうであるため、アルベルトは相棒に飛び乗り、天空へと向かう。

 見れば、白銀の巨人も背から炎を吹いて大地を発っていた。

 そして次の瞬間、兵たちは見た。


 何か巨大な力の奔流が周囲を包むと、竜と巨人を巻き込み、消え去ったのだ。

 更に言うなら、竜と巨人だけではない。

 3万5千にも及ぶ鎧兵の軍も、そして今まさに川底を踏破し大河エッツァーの堤を爆発にて消し飛ばそうとした別働部隊の鎧兵5千も諸共に、消え去った。

 <見果てぬ戦場>が起動されたのだ。

 突如の事態に両軍に動揺が走るが、立ち直りが早かったのは無論フェルン側だ。

 ナスルロン側は4万にも及ぶ兵力が軍の中核で有った為、衝撃が強く容易に立ち直れるものではないが、フェルン側の首脳はこの事態が起こる事を竜騎士アルベルトから伝えられていたのだ。


「全軍前へ! 奴らに身の程を教えてやるがいい!!」


 領主にして総大将のシュラートの掛け声で進軍を始めたフェルン軍。

 かくして、のちにフェルン領侵攻事件と呼ばれる戦いにおける決戦、ブランエッツァーの戦いは始まったのである。

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