第14話 ~そして会戦の地へ~
夜光が同郷の徒である二人のプレイヤーと戦うことになったその頃、フェルン軍首脳部は新たな問題を抱えていた。
ナスルロン連合が進軍速度を落とし、全体としてやや膠着状況に移りつつあるフェルン地方であるが、時を同じくして各地の都市や村落にて反乱が起こっていたのだ。
それは個々を見る限り規模は小さいものの、フェルン地方各地に広く起こっていた。
それらの鎮圧の為、フェルン領軍はナスルロン連合の進軍に対して割ける兵力を大きく減らすこととなっていたのだ。
「調べてみれば、以前から不逞を働く下級衛視が中心、か。ホッゴネルめ、下らぬ埋伏の草を送っていたか」
文官から伝えられた反乱鎮圧の報告を受け、領主たるシュラートは一つ鼻を鳴らす。
以前から領内には領主の威を笠に着る不逞の衛視が存在することが知られていた。
フェルン領内各地で不和をまき散らし、その暴力などで各地に食い込んだ棘の如き者たち。
それらが、実はホッゴネルの息のかかった工作員の類であったとは。
実の所ホッゴネル伯爵は、ただ無策にフェルン領へ進軍したのではなかった。
兵力として破格な爆榴鎧兵を頼みにしたのは当然として、他にも手を打つべくして打っていた。
その一つが、他領を迂回する形をとるなど無数の形で派遣された草であった。
フェルン軍において正式戦力で有る騎士団は門の物品により強化されるため厳密な人選が行われるが、その分各地の衛視を軽視し得る傾向があったのは否めない。
それが、ここにきて足かせとなっていた。
現在フェルン領軍が動かせる兵力は、およそ1万にまで減っていたのである。
これは現状のナスルロン連合軍の爆榴鎧兵を除いた生身の兵の数と同等であった。
そして、遅いと言えどもナスルロン軍は着実に進軍し続けている。
このまま進軍を許せばエッツァー支流を遡り切り、本流との分岐点に至ると考えられていた。
「いずれにせよ、奴らを叩くならば、必然としてここで有ろう」
軍議の間にて広げられた地図。
シュラートの指は、一点を指示していた。
かつてのフェルンとホッゴネル間の紛争において、フェルン領側にて戦況が動いていた場合、要所となるのは常にこの本流と支流が分かれる地点である。
ナスルロン地方からフェルン側へ向かうには、ただ一筋流れる支流を遡るしかない。
対してフェルン側はエッツァーと無数の運河により領内を自由に動き回れる。
本流より支流が分かれる分岐点は、ナスルロン側がここを拠点にすることにより自由にフェルン領を動き回る要地に他ならなかった。
無論フェルン側もそれは十分に理解している。
分岐点には水運の拠点となるべき街とそれに臨する砦を建築し、この地の守護として過去何度もナスルロンの進行を弾き返してきた。
今回も、決戦の地はこの地点であった。
既に主力の騎士団の多くはゼヌートを発ち、件の砦に入っている。
アルベルトの夜襲によりナスルロンの進軍速度を落とせたことは、この地へ兵力を集中する十分な猶予を与えていた。
「とはいえ、懸念はあるで御座る。あの鎧兵の爆発は、無数に重ねられれば、砦も容易く落とされるでござろう。であるならば、籠城よりも野戦を選ぶより他ないで御座ろうな」
新将軍ゼルグスが指し示すのは、分岐点のやや南。
東西を進む本流に対して、南に大きく弧を描き逸れてゆく支流の、その円弧の内側の平地だ。
数万の軍がぶつかり合うに十分な広さを持つここは、過去にも幾度となく両軍がしのぎを削った場所でもある。
同時にそれは、1万の兵で未だ鎧兵を維持する5万のナスルロンの兵を迎え撃つという事でもある。
だがそれについて、アルベルトがこう請け負った。
「あの魔像については、任せてくれ。爆榴鎧兵も神鉄魔像も、まとめて俺たちが相手をする。その代わり、俺と相棒も一緒に隔離されて手を貸せなくなるけど、そこは勘弁してほしい」
「ほう? それはお前たちの持つ力によるものか?」
「ああ、そう考えてもらっていいぜ。シュラート様たちの決着がつくまで、絶対に抑え込んで見せる」
フェルン侯爵の問いに、力強く胸をたたく竜騎士の姿は、騎士たちの目にも頼もしく映った事だろう。
実際はその声はやや棒読みであり、新将軍だけはアルベルトに一瞬視線を向けたのだが…それに気付く者は幸い居なかった。
同時に軍がぶつかり合うその上空で竜王と空飛ぶ魔像があらそうというのは、万が一のことが有れば避けたいところでもあった。
規格外の存在が彼の言うとおりに隔離され、その圧倒的な力の影響を抑え得るというのならば願ってもないことだ。
そして領軍同士のぶつかり合いであるならば、フェルン側は有利と言える。
何しろ、自身の領土なのだ。
守りを固めるに易く、また移動の疲労も少なく万全を以てこれに当てることができる。
かくして、フェルン軍は万全の体制を整えつつあった。
同時に…
「もとより、あと数日もすれば、皇都よりの使者がやってくるであろう。ホッゴネルの妬み屋もまさか皇帝の威にまで噛みつくとも思えぬ。派手に戦場にて勝利を収めるのは、敵国相手で十分。ナスルロンの兵も帝国臣民である以上、戦わずに済むのならばそれでよかろうよ」
そう、フェルン候は今回の紛争について、皇国中央に向けて使者を送っていたのだ。
過去の紛争の如きぶつかり合いは、『門』の出現による各領地の戦力増強により、一度の戦いで致命的な被害が出ることが予想された。
であるならば、名目上同国民である相手と過去のように争うべきではない。
ここは皇国の主である皇帝の裁定を仰ぐべきであると。
少なくとも、シュラートは竜王とその乗り手の実力や、己が身に着けた力を理解したがゆえにその結論に至っていた。
もっとも、皇帝の使者を前にしてもなおホッゴネル家が戦いを望むのならば、今度こそ完膚なきまでに打倒する気でも在ったのだが。
「さて、如何にするきだ? ホッゴネル」
そろそろ、シュラート自身も移動せねばならない。
最後発の軍と共に決戦地へ向かうシュラートは、彼方に居る敵手に問いかけると、軍議の間をあとにした。
一方、ナスルロン連合の野営地の本陣でも、軍議は開かれていた。
こちらも、フェルン側の意図は十分に理解している。
このまま進んだ先に、敵は堅牢な陣を敷いて待ち受けているだろう。
だが、それでも多くの諸侯は楽観もしていた。
それは、ライリーの存在が余りに大きい。
如何に堅牢な陣や砦であろうと、鎧の兵の破裂の威力には長く耐えられないことを、諸侯はここまでの道中に存在した敵方の砦にてよく理解していた。
更に言うなら、ナスルロン側…正確にはホッゴネル伯爵は、エッツァー本流に至りし際に敵方を混乱させるある策を考えついていた。
なんと、鎧の兵4万の内5千を使用しての、河岸の爆破である。
エッツァー支流は起伏にとんだ地形を流れてゆくため堤は限られた場所にしかないが、フェルン地方を流れる本流は平地を流れるため、堤で常に両岸を押さえているのだ。
上流で大雨などがあれば大河も氾濫の危険がある為、これは当然の治水である。
だがそれが今回弱点になる。
大河の分岐点は水流も多く、堤を切ろうものなら荒れ狂う濁流となってフェルンの平地を覆ってゆくだろう。
当然、守りを固めたフェルン側の兵もコレを許すはずもないであろうが、奴らは気付きもしないだろう。
何故なら爆榴鎧兵は陸を行き堤へと取り付くのではないのだ。
鎧兵の中身は空であり、人が入っているわけではない為、命じられれば川の中に沈んだままでも行軍は出来る。
あまり複雑な命はこなせないため、実際に川に潜らせ堤を破壊させるには近辺に赴く必要があるとライリーは語ったが、同時にそれは条件付きで可能であるとの証言でもあった。
故にホッゴネル伯爵は軍議にてそれを諸侯に伝えた。
だが、この策は諸侯から多くの反発を生むこととなる。
「何を考えておられるのか!」
「それは余りに被害が大きすぎまずぞ!」
声を荒げる諸侯が出るのも無理は無かった。
エッツァーの堤を切るとなれば、結果次第では下流のナスルロンにも影響は避けられない。
また他領地とはいえ、自国の内の国土を荒らす策は、いくらナスルロン諸侯もフェルン侯領に思う所が有ろうとも、異議が出るのは当然であった。
しかし、ホッゴネル伯爵はその意見を封殺する。
血に濡れたかのように赤く澱んだ目でその諸侯らを見据えると、おもむろに伯爵が手を上げた。
すると何体もの爆榴鎧兵が現れ、異論を出した諸侯の背後に立ったのだ。
それが意味するところは明白だった。
「反論は許さぬぞ…あのような平地這いの土地など、どうとでもなればよいのだ…!」
伯爵の振り上げた手には、その目と同じく澱んだ赤い光を帯びた指輪が付けられていた。
「マスター、よろしかったのですか? 次の戦いの際には、魔像は全て隔離されることを伯爵にお伝えしなくて」
「言える訳無いじゃんか。伯爵は前からどっかおかしかったけれど、今はもう駄目だ。言ったらなにされるかわからないぜ?」
「…あの様子、夜光様の話に在った滅びの獣に類するものでしょうか?」
「さてなぁ…だとすると、なおさら伯爵には痛い目見てもらった方がいい」
軍議の間何をするでもなくずっと状況を見ていただけのライリーは、それが終わるとそそくさと退出していた。
途中で異議を唱えた諸侯の背後には、今もぴったりと爆榴鎧兵がついて回っている。
あからさまな脅しだった。
その光景に、ライリーが何も思わなかった訳ではない。
ここまでの進軍で、自分が作った魔像がこの世界を殺すのも経験してきた。
剣と鍛冶師に例えられる話で言えば、殺害の非は爆榴鎧兵に殺意を以て砦攻めを命じた者にあるのだろう。
だがライリーが何も感じなかったわけではない。
故に行軍の間は殆ど己の天幕にこもり、メルティに溺れる日々だったのだ。
だが、それももうすぐ終わる。
「仕方なかったとは言え、オレっちが作った爆榴鎧兵を使って殺しまでされちまってる。今も工房をあのオッサンに抑えられてる。おまけに脅しの道具だ。なら、伯爵サマにもちょっと痛い目にあってもらうくらいでちょうどいいだろ?」
「…私には、わかりません。私はただマスターのお傍に居られれば…」
寄り添い見上げてくる彼女の肩を抱くと、ライリーは来たる戦いを思う。
それはもう目の前に迫っていた。