第13話 ~竜王と竜王騎士と~
ナスルロン連合軍の切り札ともいえる空飛ぶ魔像の存在は、無事に帰還したアルベルトによりもたらされた。
そのことを知ったフェルン軍首脳に衝撃が走る。
これまで竜王の存在にて一方的に連合軍を攻撃し戦力を削り得るという認識が、一気に覆されたのだ。
だが、その動揺は一瞬の事だった。
「それは面白い。小うるさいホッゴネルも手は尽くしたという事か。だが、そなたは無傷で帰ってきたな、アルベルトよ」
領主たるシュラートの落ち着いた姿に、平静さを取り戻したのだ。
事実その驚異的な存在をして、この恐るべき竜騎士の青年は傷一つ無く生き延び戻ったのだ。
それも、明確に敵軍に痛打を与えての帰還である。
損壊した鎧の兵は前4万の内およそ1万。さらには軍の生命線である補給物資の多くをエッツァー支流に沈めたのだから。
「もちろんだシュラート様。俺と俺の相棒は、どんな奴が来たって負けないぜ! …負けないので御座います?」
「良い、無理はするな。お前には礼など求めてはいない。俺の役に立てばそれでよいのだ」
その粗野な物言いに文官が顔をしかめた為、慌てて言い直すアルベルト。
しかしシュラートはその物言いを良しとした。
アルベルトの真価は口先の言い繕いではなく、その行動にて価値を示したのだから。
「してその軍には、話に聞く鎧兵と空飛ぶ巨人の作り手が居るとのことだな?」
「ああ、間違いないぜ。あの神鉄魔像を呼び出す魔法陣を見た。アレは作り手が描かないとダメなんだ。だからそいつはあの陣に居て、多分今頃は俺が削った爆榴鎧兵を補充してると思う」
更なる情報を聞き出すシュラート。
現地の状況、野営陣の天幕の配置、上空からアルベルトが得た情報は、それだけでも十分な価値を持っていた。
「ふむ、此度の夜襲で何も問題なければお前に鎧兵とやらを削らせれば事が済む戦かとも思ったが、どうやらそうはいかぬようだ」
「俺が見つかり次第、神鉄魔像を即出してくるのは、間違いないと思う」
つまりナスルロン連合の行軍の速度は落ちたとはいえ、フェルン領への更なる浸透は避け得ないということになる、
軍議の間に広げられた領地の略図には、エッツァー本流から南方に逸れてゆく支流が描かれている。
補給を水運に頼る傾向のあるこの地方では、それが必然行軍ルートとなっていた。
「となると、大河本流より南の村落を避難させる必要があるで御座るな。同国の者とは言え敵軍は敵軍。補給物資に被害が出たというのならば、同国民とは言え略奪もあり得るで御座る」
「ホッゴネルの妬み屋も皇国中央から睨まれかねぬ真似は避けると思いたいが、人はどこまでも愚かになれるものだからな。勝手な物資の接収程度なら仕出かしかねぬ。至急該当の村落に触れを出せ。アルベルト、飛べるか?」
「相棒に頼んでみる。少し休んだし行けるはずだ」
新たな将軍であるゼルグスの指摘は、シュラートも危惧するところだ。
ホッゴネル家の暗い感情は、フェルン地方全域に向けられている節がある。
領民へ略奪とはいかないまでも、物資の強制的な接収はあり得る話だった。
となれば話は急を要する。
取り急ぎ領主命令として村落の避難命令を記した書状を用意したフェルン侯爵は、アルベルトにこれを託した。
現状フェルン領にて最も早い情報伝達手段は、アルベルトの竜王の飛行によるものだ。
馬車で数日かかるような距離でさえ、竜王は易々と踏破する。
夜襲から帰還と、目まぐるしく動くアルベルトは、疲れの色も見せずに請け負った。
「済まぬで御座るな、アルベルト殿。ふむ……村への知らせ後は休まれるが良いだろう。そなたに倒れられるのは不味いのでな」
「お、悪いな、ゼルグスさ…将軍」
労を労わるように、新将軍ゼルグスはアルベルトの肩をたたくと、いつの間に用意していたのか軽食の入った籠さえ渡していた。
元傭兵の思わぬ気づかいに、面白そうな顔をするシュラート。
かくして、アルベルトは慌ただしく飛び出していった。
翌日の夜の事である。
一通りエッツァー南岸の村々に避難の指示を伝え切ったアルベルトと竜王ヴァレアスは、さすがに疲れて長い休息をとっていた。
火急の用を済ませ、また今後もフェルン領の者たちにその活躍を期待される竜騎士と竜王である。その休息を邪魔する者は居ない。
彼の居場所として与えられたゼヌート城後方の岩山にある棲み処は、元は街の建材である石を切り出した洞であった。
アルベルトが来るまでは物資の保管庫の一つとされていただけに、そこは巨大なヴァレアスの身体を横たえても十分な広さがある。
その一角はアルベルト用に丁寧に整えられていて、フェルン領の者たちの彼らへの期待の高さをうかがわせていた。
そこに、不意に何者かの気配があった。
「ゼルグスのオッサンかい?」
特に隠そうともせず近づく気配に、アルベルトはそちらを見もせずに問いかけた。
応えたのは、元傭兵にしてフェルン領の新たな将軍、ゼルグスだ。
「左様、我に御座る。済まぬで御座るな。待たせたで御座ろうか? 」
「いいや、ダイジョブだけどさ…で、用って何さ? あんな手の込んだことをしたってことは、何か誰にも聞かれたくない用なんだろ?」
ベッドに寝転がったままアルベルトは、視線だけゼルグスに向ける。
新任とはいえ仮にも将軍に行う態度ではないが、ゼルグスは気にした様子もない。
それどころか、アルベルトに頭を下げだしたのだ。
「まずは、我の非礼を詫びねばならぬ、許されよ。我が偉大なる主の命とは言え、この身を偽りし事を」
「へ? 何を言って…」
流石に驚くアルベルト。慌てて身を起すと、そこに居たのは荒々しい姿の元傭兵ではなく、暗褐色の肌をした悪魔だった。
顔に当たる部分には、微かな凹凸が有るだけで目や鼻と言ったパーツが存在していない。
その姿に見覚えのあるアルベルトは、驚きの声を上げた。
「って、上級鏡身魔!? マジかよ気付かなかったぜ…」
MMO『AE』にて、上級鏡身魔は様々なクエストに関わる有名なモンスターであった。
その能力は他者の姿と記憶を写し取り、完全な偽装を行える。
プレイヤーの情報認識すら欺くその力は、多くのクエストのフックとして使い倒されていたものだ。
ただし、格上の存在の戦闘力は十全に写し取れず、減衰した形でしか再現できないという特徴もあった。
「さよう。そして我が真のゼルグスを名乗る者で御座る。上級鏡身魔よ、身代わりの任大儀であった。今しばらくは控えておれ。お屋形様が参られる」
「畏まりました」
「って、またゼルグスさんかよ!? どうなってるんだ一体!?」
更には、後方からもう一人のゼルグスもやって来た。
混乱するアルベルトに、相棒たる竜王が緊張の色をにじませた声で告げた。
「「「友よ、わが友よ。気を付けるのだ。その者は、我と同じ竜王の称号を得ているぞ!」」」
「…えっ」
眠っていた筈の相棒の言葉を肯定するように、ゼルグスと呼ばれる傭兵はその真の姿を現した。
直立歩行する暗碧色の鱗を持つ竜と言った姿は、アルベルトも良く知る竜人の者。
アルベルトは、どこか納得の面持ちでその竜人を見た。
竜にかかわりがある存在だと感じたのは、正しかったのだと。
僕がその場に姿を現したのは、丁度その時だ。
「初めましてアルベルトさん。僕は夜光。そしてこっちの竜王の本名はゲーゼルグ。活躍は聞いていますよ?」
「ま、まだ来るのかよ!? って子供!? いや、お前プレイヤーか!?」
「ええ、そうですよ。アルベルトさんと同じでこちらで目覚めまして」
うんうん、良い感じで状況が重なって混乱してくれてるな。
ここは更に畳みかけよう。
「実は、アルベルトさんに用があったのは、僕なんです。同じプレイヤーとしてアルベルトさんを僕らの同盟に誘いたくて…」
「同盟って、えっ!?どういう…えっ!?」
一通り、ライリーさんに話したように、彼へ僕らのここまでの経緯と同盟の説明をする。
2度目だから説明はスムーズにできていると思うけれど、反応はどうだろうか?
アルベルトさんはフェルン領で相応の待遇の食客として居るので、ライリーさんみたいに現状で問題があるわけではないのが心配点ではある。
とはいえ、竜が好む素材や食べ物、また関屋さんの所の装備と、こちらの世界では手に入らないものを同盟加入のメリットとして提示できるのは大きい筈だけれど。
僕の話は内容が濃かった為、話し終えるのにも時間がかかる。
その間にアルベルトさんはある程度落ち着いたのか、一通り悩んだ様子の後に、こちらへ告げてきた。
「俺は一度シュラート様についた以上裏切るつもりは無いし、隠し事は嫌いだ」
「もう少し状況が整ったら、シュラート卿へ僕らの事を明かしても良いように対応しますけど?」
「それでもだ。俺はこの後でシュラート様に全部ぶちまけるぞ。それが俺を認めてくれたあの人への礼儀だろ?」
これまで上級鏡身魔が見てきて送ってくれた情報の通り、アルベルトさんはかなり真っすぐなタイプみたいだ。
僕個人としては好ましいけれど、同盟のリーダーとしてはもう少し融通を効かせてほしくもある。
だから、ここは攻め方を変えよう。
「そこは一旦横に置きましょう。ではもう一つの件についてです。アルベルトさんは、この後の会戦をどうするつもりですか? まさかあの神鉄魔像と合戦上空でぶつかり合うつもりですか?」
「…言いたい事は判るぜ? 俺と相棒がアイツと全力で戦ったら、フェルンの人達も危ないってことは」
そう、僕は知っている。彼の相棒である竜王ヴァレアスの切り札を。
ぼくだって竜王を仲間にしてる以上、多頭化の属性強化の先に在るモノは理解している。
それを発動しようものなら、いくら上空高くで戦って居ても、地上は大惨事になるだろう。
「そこで、提案なのですけど、来たる開戦の際には<見果てぬ戦場>の効果を受けませんか? 相手方からはもう了承を得てますから、合戦時に全力を出せますよ?」
「<見果てぬ戦場>って、あれか? 大規模戦闘専用空間を展開するっていう…」
「はい。今度の決戦では、アルベルトさんと相手方のライリーさんを、大規模戦闘専用空間に隔離します。そうすれば、プレイヤー同士と領軍同士で別個に影響を及ばないで戦えますよ?」
僕の提案に、アルベルトさんは悩んだ。とはいえ、これは了承してもらえると思っている。
プレイヤーの関与が無ければ、兵力はフェルン側が上だ。両軍を見比べた感想も装備の質と兵の質両方でフェルン側が勝っているように僕には見えた。
それはアルベルトさんも同じはずだ。
「それは、まぁ仕方ないか…ライリーだっけ? そいつの魔像が居る方がシュラート様にとっては危険だし、夜襲の時の決着はつけておきたいしな」
「ありがとうございます。まぁ、領軍同士の戦いは、そう長くは続かないでしょうけど」
「ん? どういうことだよ?」
僕は、ライリーさんにも教えたように、とある情報をアルベルトさんに伝える。
これは将軍であるゼルグスだから知っていた情報なので、食客である彼はまだ知らなかった情報のはずだ。
事実、アルベルトさんはその情報に納得する。
「そういう事か…だけど、あんたら、何でこんな事してるんだ?」
「何でと言われても、この世界で僕達プレイヤーはあまり表に出ない方がいい、そう思ったからですよ。アルベルトさんとライリーさんはちょっと影響力が大きすぎます」
そう二人の存在は余りに二つの領地に影響を与えすぎているように思う。
余りにもあからさまに力を振るいすぎているように思うのだ。
そういう意味では、未だ会えていないもう一人のプレイヤーである生産職の女性の控えめな行動は、僕の目には望ましく見えるのだけれど。
「ふぅん…まぁいいぜ? でもあんた達の同盟に加わるって話は駄目だ。こそこそし過ぎで何か気に食わねぇ」
おっと、元の話に戻ってしまった。
さてどうしようか? 将軍ゼルグスの情報経路はまだ潰されたくないんだけどな。
いざとなったら全面撤収も出来るけれど、まだ在った方が有難いと思う。
「でもまぁ、アンタはシュラート様に悪さしようとはしてないっぽいからな…条件次第じゃ、しばらくアンタ達のことは言わないでおいても、いい」
「条件と言うと?」
「簡単な話だ。俺と相棒にアンタ達を認めさせてみろよ。今度は俺達も本気だ。あの神鉄魔像をぶっ倒したら相手してやるからな!」
おおっと、そう来たか。
単純な論理、強い方に従うって事だね。
うんうん、判り易い。僕としてもそういうのは嫌いじゃない。
そういえば、スルトを仲魔にした時も、結局一騎打ちだったなぁ…
そう考えていると、じっと僕達の交渉を聞いていたゼルが一歩前に踏み出した。
「お屋形様、できればその力を示す役目、我にお与えくだされ。竜王として、竜王騎士の力を見極めて見せますぞ」
「……へぇ、オッサンの本物はやる気みたいだ。でもいいのか? 俺と俺の相棒は強いぜ?」
アルベルトさんの言葉に同調するように、竜王ヴァレアスが三つ首をもたげ竜王ゲーゼルグを見つめる。
常人なら意識を保てないだろう4つの視線を受けてもゼルは動じない。
なら、僕の命はただ一つだ。
「ゼル、任せるよ」
かくして、竜王は激突する定めとなったのだ。