第10話 ~創造者ライリー~
「アレは何なのだ!? あのようなモノがフェルンの平地這い共に従っているとでも!?」
敵襲の報せを受け、本陣天幕から外に飛び脱した壮年の貴族、ホッゴネル伯爵は、天を舞い炎を大地に吹きかける三つ首の竜王の姿に、その血走った眼を剥いて叫んだ。
三つ首の竜王が滑空し、鎧の兵たちに向けて三条の炎を浴びせかけると、標的は次々と弾け飛んだ。
炎とそこに混ざる魔力が、爆榴鎧兵の鎧内部の魔法印に誤作動を引き起こさせていたのだ。
竜が通り過ぎると、並んだ爆榴鎧兵の戦列にくっきりと三列の空白が出来上がっていた。
通り過ぎた先で、ゆっくりと旋回して再び戦列を狙わんと向きを変える竜王が、勝利を誇るがごとくに方向を上げる。
その咆哮を聞いた者はすべからく畏怖にとらわれた。
下級の兵であればその場で気絶し崩れ落ち、意識を保てた者でも恐慌を来たして逃げまどった。
中には炎から逃れるためかエッツァー支流に飛び込み、溺れる者さえ居たのである。
「くっ! ようやく悲願の平地這い共の討滅を成せる筈が、あのような異形に頼るとは…! フェルンのクソ共は皇国貴族の誇りは無いのか!!」
ホッゴネル伯爵は、悠然と旋回し再度滑空と炎の洗礼を浴びせた竜王を睨みつけた。
同時に、怨敵に対して呪いの声を上げる。
ここまでの行軍は順調であったのだ。
領内に発生した『門』には、驚くべき存在が居た。
その力を理解したホッゴネル伯は、全力で抱え込むと、その力を利用したのだ。
それこそが恐るべき鎧の兵達だった。
門の中に居たモノのの話では、こちらの世界の兵ではまともに対抗できず、多少力のある『門』の中の存在もまとめてかかれば倒せる力を持つという。
実力の検証は、連合軍結成の号令に従わなかったナスルロン諸侯で十分に行えた。
なるほど、これは強力な兵だ。
何より食事も取らず休みも必要なく、指定された命令に絶対に従う点が実に良い。
この兵の力で確信を持ったホッゴネル伯爵は、フェルン地方征服に本格的に乗り出したのだ。
なお名目にした先だってのゴゴメラ子爵家の件は、あくまで名目ではあり、真偽はホッゴネル家もつかんではいない。
しかしフェルン側も相応の傭兵を運用していると聞いているため、その中の誰かだとして事を起すのには都合が良かったのだ。
そして始まったフェルン侵攻だが、まったくもって順調極まりないモノだった。
事実ここまでの行軍でフェルン側の見張り砦や関の守備隊などは動く鎧の兵団が容易く打ち破っていたのだ。
鎧兵は徒歩での行軍であり、他の生身の兵と足並みをそろえる必要上進軍速度は遅かったが、ホッゴネル伯としてはこれもフェルンの平地這い共にじわじわとした恐怖を味あわせるのに都合が良いと考えていた。
遠き先祖より苦汁を舐めさせられ続けてきたホッゴネル家として、フェルン家はそれほどに憎悪の対象であったのである。
だがそれがここにきて大きく躓いていた。
三つ首の竜は幾度となく旋回と滑空を繰り返し、鎧の兵を焼いて行く。
固まっていては的だと散開させるが、一度に失う鎧兵を減らしただけで根本的な解決にはなっていない。
「ええい、弓を! 矢を放て!! あの化け物を撃ち落とせ!!」
鎧兵は武器を持てず爆発で発生する破片も上空の竜には届かないが、通常の兵ならば上空の獲物を狙って射かける事も可能だとホッゴネル伯は命じるが、これも上手く行かない。
上空を飛ぶ鳥を射落とすというのは、実はかなり高度な技術が要求される。
ただの鳥よりも巨大な竜を狙う分いくらかマシだろうが、滑空の速度は鳥を大きく上回る為困難度合いは変わらない。
また全てのモノは大地に引き寄せられるのだから上空への射撃は必然勢いが落ちる。その勢いの落ちた矢では、堅牢な竜の鱗を貫くのは余りに困難だった。
更に言うなら、時折上げられる竜の咆哮が、兵達を平静にさせない。
いざ狙おうと弓を構えた瞬間に咆哮を浴びて、手元を誤った矢が味方を貫く始末だ。
目の良い者が竜の背に乗る何者かを見つけたが、こちらを射抜こうにも竜の巨体がそもそも邪魔をしていた。
結果として、竜が狙った爆榴鎧兵以外の兵達も、相応の被害を出すに至っていた。
事ここに至ってホッゴネル伯爵は、悲鳴の如くに声を上げた。
「や、やつを、奴を呼べ! 門の中の異能ならばアレを何とかする手段があるはずだ!」
4万にも及ぶ爆榴鎧兵を鼻歌交じりに伯爵の目の前で生み出した存在。
『門』の中に居た異能の存在。
傲慢にも創造者と名乗ったあの者ならば、あの化け物を何とかできるかもしれないと。
その天幕は、奇妙なほどの静寂に包まれていた。
外界の騒音と内からの音を一切遮断し、中の環境を快適に保つ魔術印が、素人目には分からないように無数に施されているのだ。
当然各種攻撃からの保護の印も混ざっており、外から見るだけではただの天幕に見えるそれは、実際には堅牢なシェルターに匹敵する防御性能を持っていた。
「マスター。マスター、お目覚めを。何かあったようですわ」
その中に据えられたベッドに横たわる人物に対して、たおやかな人影が柔らかな声をかける。
人影としては、『外』からの知らせに主人の安らかな眠りを遮らなければならいのは不満であるが、これも主人の為である。
「あぁ? …まだ夜じゃんか。何かあったん?」
「ええ、夜襲だそうですわ」
「あ~? そんなの爆榴鎧兵に任せておけば大丈夫でしょ? 数が減ったなら明日補充するからさ…」
「竜が空から炎を吹きかけてくるそうです」
「…ええっ!? 流石にそりゃヤバいじゃん!」
告げられた言葉に、その人物は慌てて身を起す。
人影の側は主に目覚めを促す時点で完璧な装いを整えていたが、天幕の性能で仲は暖かいとはいえ、その人物の身体はほぼ裸だ。
眠りに落ちるまで人影と行っていた行為の結果であった。
人影に手伝ってもらい慌てて服装を整え、外に飛び出す。
人物は、寝起きの為か眠たげな顔をした青年であり、人影は完璧なまでに整えられた美貌を持ち女中の装束を纏っていた。
青年は特徴的な片眼鏡をかけると、周囲を見渡す。
そこで気をもみながら外で待っていたホッゴネル伯の使者が何かを言うまでもなく、青年は天空を舞う三つ首の竜王の姿を確認する。
同時に、散発的な矢が飛び交いつつも全く効果が無い様も。
「あ、あれを何とかしてくだされ、ライリー殿!」
「あ~あ、慌てちゃってさ。とは言え仕方ないか。こっちの奴らに竜王を相手しろとか無理だよな」
「ええ、マスター。最低でも対空兵装が必要でしょう。出来得るなら飛行能力も」
「だよねぇ…ま、そもそも地力が足らないだろうけど。せめて上級位階じゃないとあの鱗は抜けないぜ?」
ライリーと呼ばれた青年は、片眼鏡をかけた側の目で、じっと竜王を見つめた。
「ん~、エンド勢だね、あいつ。竜王を従えてるなら<万魔の主> か、<竜王騎士>だと思ったけど、竜騎士の方だったか」
「竜王専用強化クエストの<多頭たる進化>も終えているように見受けられます」
「結構なガチ勢だなぁ…フェルンって所は良い駒を手に入れたよ」
のんびりと観察する主従と思われる二人組に、ホッゴネル家の家臣は声を荒げる。
「何を悠長な! 今も兵は被害を受けておるのですぞ!!」
「アレが狙ってるのはオレっちの作った爆榴鎧兵みたいだし、ほっとけば? また追加代金貰えば補充してやるしさ」
「しかし、当家の兵や諸侯の兵にも被害が出ております!」
「変に抵抗するからでしょ~? 爆榴鎧兵を本陣から少しだけ距離取って散開させときなよ。あいつもいつまでも攻撃は出来ないだろうしそのうち帰るって」
(それに、多分あいつは自分から人は殺せないっぽいしね)
上空を舞う竜王の背に乗る竜騎士。見たモノの詳細情報を表示する高性能アイテムである片眼鏡でその姿を見て、ライリーと呼ばれた青年は内心で呟く。
相手の大半のステータスも見通す片眼鏡は、竜騎士の業が善人側にかなり振れていることを示していた。
事実いくら矢を射かけられようと、それらの射手に向けて炎は一度も飛んでいない。
被害が出ているのは誤射の為なのだから、ライリーの言い分も正しくはある。
だが、ホッゴネル家側にも言い分はあった。
「これ以上被害を受ければ、フェルン共との兵力差が逆転してしまいますぞ! そうなれば、新たに補充などしている間もなく平地這い共に何時攻められるか!」
事実、大河を利用した水軍での移動は、フェルン側も容易に行える。
兵力差が逆転しようものなら、直ちに兵を動かし強襲してくるだろう。
爆榴鎧兵の進軍の遅さからナスルロン連合軍では取れない速攻が、フェルン側ならば可能なのである。
ライリーも、その言い分は認める。
「ま、実際作るとなるとそれなりに爆榴鎧兵は手間がかかるし、あの数をまた揃えると疲れるのは確かなんだよなぁ…そうなるとメルティとの時間も取れないし…仕方ない。ちょいと追い払うか」
「おお、お願いいたしますぞ、ライリー殿!」
途中で小声で呟かれた内容を聞いたのはメルティと呼ばれた女中姿の人影のみ。
嬉し気に頬を染めた女中には気付かず、ホッゴネル家の家臣はただこの『門』の中から現れた異能の持ち主がやる気になった事に喜んだ。
そして、彼は目にする。
この地に呼び出されるものの姿を。
「召喚門を設置してっと……さぁて、それじゃちょっとやる気出しますかねえ!」
掛け声と同時に掲げられたそれは、<プレイヤー>達ならば知識として認識しているアイテムだ。
主に大規模戦闘時に、大型のモンスターなどを呼び出すための専用の<召喚の門>を虚空に描くマーカー。
それにより宙に魔法陣が描かれると、魔力が流されたそこへ向けて、ライリーは呼びかけた。
「…目覚めろよ伍式迅雷! お前の出番だぜ!!」
魔法陣の変化は急激だった。
鮮やかな閃光を発して虚空に穴が開くと、そこから巨大な影が飛び出してきた!
背から炎を上げ空を切り裂くその姿は、鎧を着た巨人のようにも、手足の生えた猛禽のようにも見える。
その姿を認めた竜王は、滑空を取りやめ大きく羽ばたき上空へ登っていく。
今、ナスルロン連合の野営地上空で、竜と空を飛ぶ巨人との戦いの幕が開こうとしていた。
しばらくは図鑑優先で更新していきたいと思います。
一応、新作も応援していただけると幸いです。
【1章 完】幻想世界のカードマスター ~元TCGプレイヤーは叡智の神のカード魔術のテスターに選ばれました~
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