第09話 ~竜王騎士アルベルト~
耳元を轟々と風が唸る。
夜闇の空を駆ける相棒の羽ばたきは、歓喜に満ちているようだ。
下弦の月が弱く眼下の大地を照らす。
夜闇に慣れた眼なら容易にわかる大河の流れが、俺たちの進路を示してくれている。
「ヴァレアス! このままあの川に沿って南下だ!」
「「「心得た、わが友よ」」」
三つ首を持つ相棒が、声を揃えて答えてくれる。
三つ首の龍王ヴァレアスは、俺のかけがえのない相棒だ。
長い『Another Earth』での冒険生活の中で、卵から孵すところから育て始め、共に成長してきた。
小竜から竜を経て竜王になり、イベントをこなすことで首を増やして吐ける息の属性の種類を増やしてきたのだ。
俺自身の強化よりも相棒の強化に熱心だった自覚はある。
こんな事になっていろいろ思う所はあるけれど、そんな相棒との今までには無かったやり取りはやはり心躍らせてくれる。
この大切な相棒とのこれからを生きるために、俺はこれから戦わなければいけない。
大河の先に居るのが、もしかすると同じMMOをしていたプレイヤーかもしれないが、だとしても譲れない。
俺が今頼れるのは、フェルン領の軍とシュラート様だけなのだ。
俺は、竜王騎士アルベルトの身体の俺は、『現実』での初めての戦いを前にして、グッと唾を飲み込んだ。
初めは、何が何だかわからなかった。
気が付いたら、AEのマイルームに居たんだ。
VRゴーグルが手持ちの小遣いでまだ買えなかったのとペット職の実装の先送りから、AEの終了の時点でのAE2へのコンバートを先送りにしていた俺は、AEで育て上げたマイキャラのアルベルトになっていた。
しばらくは混乱して居たさ。
リアルの自分の身体とは全く体格が違うアルベルトの身体は、慣れるのにも苦労した。
でもしばらく混乱していると、マイルームの入口から視線を感じたんだ。
まさかと思ってそっちを見ると、デカい竜が入り口から覗き込んでるじゃないか!
ホント、マジでビビったぜ。
そしたら、そいつがこう叫ぶんだ。
「おお、わが友! 気が付いたか!」
ってな。
それで気づいたのさ。俺の相棒、竜王ヴァレアスが心を持ってるってな。
俺のマイルームは、自分用のちょっとした小屋と、そこに隣接する竜舎だけのシンプルなものだ。
相棒のヴァレアスは、竜王で大規模戦闘が可能なほどデカい。
頭の先から尾までは50mは下らないだろう。
翼を広げた幅も同じくらい。
その相棒が寝そべりくつろげる広さの竜舎は、ドーム球場くらいの容量があるんだと思う。
何とか課金無しでも確保できたその竜舎で、あいつは首を伸ばしてせまっ苦しい小屋の中を覗き込んでいた。
そこからは相棒との話し合いタイムさ。
今までの事とわかる範囲の事を話し合ったけれど、とにかく何でこんなことになったのかは分からない。
AEの終了で『何か』が起きて、相棒に心と魂が生まれて、俺がアルベルトになったのはわかる。
だけど、これからどうしたらいいのかさっぱりだ。
AEが終わったんなら、マイルームの『外』ってのはもう無いことだってあり得る。
竜舎の隅にある転移の魔法陣を使う気には、なかなかなれなかった。
だけど、問題が幾つかあった。
まず、ヴァレアスの維持コストの問題だ。
以前のAEでは、仲間のモンスターには維持コストが必要だった。
当然ヴァレアスにもそれは必要で、野良モンスターを狩ってはその肉をコストとして与えていたりもしていた。
AE2のペット職の実装とVRゴーグルを買えるまではプレイを休止するつもりだったのもあり、元々ログアウト時は仲間モンスターの維持コストは必要ない仕様だったから、維持コストになる肉の在庫が限られていたのだ。
一応AEの終了の前にそこそこの肉を確保していたけれど、竜王であるヴァレアスの維持に必要な量には心もとなかったんだ。
もう一つは、俺用の小屋だけでは俺自身が生きていくのにも足らな過ぎたんだ。
なにしろ小屋の中には装備を置く棚やログアウト用のベッド位しか置いてなかった。
トイレも水道も台所も何もかも足りなかったんだ。
この身体も腹が減るし食料アイテムなんて持ち合わせもない。
折角の伝説級の肉体も、飢えからのスタミナダメージで死亡ってルートが見え隠れしていた。
そう言う理由もあって、俺達は『外』に出ようと決心したんだ。
今のままでは、相棒と二人仲良く餓死することになるからな。
AEの世界が滅んでいたらどうしようもないけれど、マイルームが存在していて俺たちが生きてるって事は外も何か変化があるはず、そう思ったんだ。
何より、相棒さえ居れば何とかなるって思えたから。
でも俺たちが『外』に出ようとする前に、あいつらがやってきた。
どこかで見たような装備っぽい鎧を着たそいつらは、竜舎の中の転移の魔法陣に突然現れると、ヴァレアスに驚いたのか慌てて逃げて行った。
何だあいつらは? って相棒と一緒に首を傾げていたら、今度はちょっとだけ装備が良くてちょっとだけ厳ついオッサンがやってきて、俺に従えとか色々言ってきたんだ。
色々言われ過ぎて良く分からなかったけれど、一つだけ許せないことが有った。
俺が相棒と仲が良さそうなのを見たのか、俺に相棒をよこせって言ってきたんだ。
それはもう、キレたさ!
リアルでは喧嘩した事無かったけど、体に染みついたスキルのせいかあっという間に厳ついオッサンを殴り倒してたんだ。
取り巻きの兵士っぽいのは、ヴァレアスの威嚇の咆哮でビビッて身動きすらできてなかった。
そいつらに、一発で白目剥いたオッサンを押し付けて追い出したんだ。
もう少し話の出来る奴をよこせって言いつけてな。
今にして思うと、もう少しやり様はあった気もするけど、とっさの事だったし頭に血が上ったから仕方ないんだ。
ただ、相棒はそんな俺を見て何だか嬉しそうにしていたけれど。
それからしばらくして、今度は人のよさそうなオッサンがやってきた。
色々と丁寧な話口で俺と交渉がしたいって言ってきたから、その人から色々聞きだしたんだ。
驚いたよね。外はAEとは全く違う世界だとか、何か色々他にも俺と同じような奴がいるかもしれないとか。
それで色々判って、じゃぁこの辺の領主っていうフェルン家ならヴァレアスの維持コストとかも含めて俺を雇えるか? って言ってみたんだ。
そこからは、結構早かったな。
オッサンに連れられて相棒と一緒に外に出てみたら、本当に見覚えのない山の中だった。
それでオッサンも一緒にヴァレアスに乗って、領都っていう町までひとっ飛び。
ああ、そういえば途中で野生のヤギを見つけた相棒が久々の生肉を喜んで食ってたっけ。
そうやってゼヌートって街についたら、大騒ぎになってたな。
でも領主のシュラート様って人は動じてなかったから、ちょっと嬉しかった。
世話になるにしても、情けない奴より凄い奴の方がいいに決まってるものな。
それに、騎士団長のオジサンも含めて伝説級の強さを持ってるってのもいい。
なんだかついて行きたくなるのも含めて、この人になら雇われていいって思えたんだ。
だから、食客っていうやつの扱いで、俺はフェルン家に雇われることになった。
俺と相棒は、お城の裏手の岩山の一角に棲み処を貰って、普段そこで過ごすことになったんだ。
そこにはヴァレアスも気に入った野生のヤギとかもいたから、食い扶持的にもありがたかった。
後は、俺の手持ちの装備の中でもう使わなくなった装備とかを渡したりして、報酬を貰ったりしたな。
この世界の人間って強くて中級が良い所だけど、たまに準上級や上級、それにシュラート様みたいな伝説級も居たりする。
そういえば俺の後に、生産職をやってるプレイヤーもシュラート様に雇われるようになったと聞いた。
なんでもマイルームを農園にしてたプレイヤーらしくて、それも女の人だ。
一度会ったことが有るけれど、すごくかわいい女の子の姿だった。
でもあの人、中身が肝っ玉母ちゃんだったんだよな…会うと母さんの事思い出しちまうから、ちょっと会いにくい。
とにかく、そうやってフェルン家に雇われるようになって、俺の生活も大分安定した。
シュラート様にとって、空を飛んで色々出来る俺たちは貴重な戦力だし切り札だ。
かなり大事にしてもらっている気はするし、身の回りの世話もしてもらえてる。
ただマイルームの居心地も良いから頻繁にあっちにも戻ってしばらく過ごすなりしていた。
そうしたら、ちょっとゼヌートの街を開けてる間に、新しい将軍って人が加わって、戦争が始ろうとしていたんだ。
ゼルグスって人は、元は傭兵だと言っていたけれど、俺達と同類の匂いがした。
多分こっちも何処かの『門』の中から出てきたんだろうと思う。
伝説級の割にちょっと弱めな気はするけれど、騎士団長のオジサンと引き分けたって話だし何か力を隠してるのかもしれない。
ヴァレアスが言うには、姿を消す隠身蜥蜴人が傍に居るのを感じるそうだから、竜に絡んだ力を抑えててそうなっているような気もする。
まぁ、俺の相棒にかかれば怖くないだろうし、割と気さくなオッサンだから嫌いじゃない。
そして戦争だ。
なんでも、フェルン地方の南にあるナスルロンって所の連中が攻めてくるらしい。
シュラート様からの話だと、完全に言いがかりらしい。
何とかって家の内乱の下手人をフェルン家が匿ってるって話だけれど、むしろ怪しいのはそれを言い出したホッゴネル家の方じゃないかとシュラート様は言っていた。
まぁ、俺はその辺のことは判らないから、雇われとして命令に従うだけだ。
ゼルグスのオッサンからは、相手の軍勢のほとんどが爆榴鎧兵だと聞いている。
正直4万の爆榴鎧兵とか、頭おかしいんじゃないかと思う。
アレは爆発力が高くて、爆発の条件設定次第で味方まで余裕で巻き込む厄介な代物だ。
だけど、空から一方的にブレスで攻撃する分には全く問題が無い雑魚だ。
つまり、俺と相棒には余裕の相手ってことだ。
俺たちの役目は、とにかく厄介な爆榴鎧兵を一掃する事。
5万の内の4万を占めてる爆榴鎧兵さえ潰しちまえば、ナスルロンの連中は兵力もフェルン側に逆転されて逃げ帰るだろうと、ゼルグスのオッサンは言っていた。
「それに人にあらざる爆榴鎧兵ならば、殺すのにも躊躇せずに済むでござろう?」
そう言って送り出してくれたのは、オッサンの俺への心遣いだとおもう。
だから、俺と相棒はそれに甘えることにする。
色々思い出している内に、月に照らされた大河と、そのほとりに並ぶ無数の天幕が見えてきた。
あれがナスルロンの陣地か。
よくよく見ると、天幕の周りを囲むように大勢の兵が鎧を着たまま動き回っているのが見えた。
あれ全部が爆榴鎧兵とか、本当にどうかしてるな…
ともあれ、やることは決まっている。
「相棒、行くぜ! とにかく上からブレスで爆榴鎧兵の数を減らすんだ! 弓にも一応注意な!」
「「「応とも!!」」」
俺の掛け声とともに、紅蓮の炎が爆榴鎧兵たちに襲い掛かり、次々と爆散させていった。
上空で旋回し、相棒が飛行しながら何度も炎を吹きかける。
何度も往復するうちに混乱から立ち直った兵から矢が飛んで来るが、そもそも高速で飛ぶ竜王に当たるのも稀だ。
当たってもヴァレアスの鱗を貫ける矢と腕の揃った射手は居なかった。
乗り手である俺を狙おうにも、相棒が巨体過ぎて乗り手への盾となってしまっている。
「ヴァレアス! もう少し削ったらいったん戻るぜ! 今夜一気に仕事を終わらせることもないさ!」
時折爆榴鎧兵が連鎖的に爆発を繰り返していくのを見ながら、俺は相棒の活躍に酔いしれていた。
しばらくは図鑑優先で更新していきたいと思います。
一応、新作も応援していただけると幸いです。
【1章 完】幻想世界のカードマスター ~元TCGプレイヤーは叡智の神のカード魔術のテスターに選ばれました~
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