第07話 ~奇妙なる連合軍~
以前の2章01話の再構成分になります。
草原を、風が駆け抜けてゆく。
南から遥か遠く北にそびえるフーラント山脈へと渡る風が、無数のテントを揺らしていく。
夕暮れの日差しを浴びたテントの周りを、鎧を身に着けた者達がせわしげに行きかっている。
そこは、平原に突如現れた町のようだった。
無数のテントで作られた町。だが、かりにそれが町だとしても、種別で言えば城塞都市と言うべきだろう。
簡易的とはい、周囲を木製の柵で囲われ相応の防護力を持ったそこは、夜営の為の陣だった。
いずこの軍の夜営地かは、立ち並ぶテントに染め上げられた紋章が示している。
交差した槍と剣、意匠化された牡鹿。
それは、フェルン地方の南方、ナスルロン地方の中心的家、ホッゴネル家の物だ。
他にも、ナスルロン地方にて領地を持つ幾つかの家の旗印が並ぶ。
つまり、この陣はナスルロン地方の諸侯にて編成された連合軍であり、ホッゴネル家が発起人であると示しているのであった。
そも、ナスルロン連合の軍はいかなる目的で行軍しているのか?
それには聊か込み入った事情がある。
大河エッツァーを中心とし、その流域の平原部を抱えるフェルン地方と違い、ナスルロン地方は起伏に富んでいる。
エッツァーの支流が流れ込む関係上水源は豊富だが、平地は少なく耕地も広げにくいため、大規模な勢力も生まれにくい。
その地形の違いからか、ナスルロンは古くから小領主が乱立する傾向にあった。
その中でも有力と言えるホッゴネル伯爵家が盟主となっている。
そしてこのホッゴネル家だが、古くからフェルン家とは犬猿の仲である。
大本はエッツァーの本流を抱えるフェルン家との水利問題に端を発しているとされるが、正確なところはもはや誰にも判らない。
貴族として領地の繁栄度合を比べればフェルン侯に軍配が上がるのだが、そこはホッゴネル家として到底認められなかったという事だろう。
かくして規模の小さいホッゴネル家が大領を抱えるフェルン家に常に食って掛かるという図式が成立した。
フェルン家としても領主として無様な姿を見せれば抱えた広大な領地内に不満を呼ぶことにもなりかねず、無視するという選択肢はあり得ない。
結果無数の小競り合いが発生し、概ねフェルン家が勝ちを手にしつつも時折ホッゴネル家が取り返すという流れが繰り返されてきた。
しかし、昨今は事情が全く異なる。
まずは交易都市ガーゼルの存在。
そもガーゼルは古くは独立した領主が治める地であった。
それが婚姻による併合により、フェルン家が治める事となったのだ。
余談ながら、現フェルン候の母君こそがガーゼルのかつて領主であったガーゼルグ子爵家の一人娘である。
それはさておき、ガーゼルの領有と、沿岸貿易の拠点としての改造が、フェルン家を更なる躍進につながった。
それまでホッゴネル家と同じ伯爵家であったフェルン家は、昇爵により侯爵となったのである。
これで決定的な爵位の差をつけられたホッゴネル家は、これに追いつくべくナスルロン地方内での勢力拡大を模索し始める。
そこに降ってわいたのが、『門』の出現であった。
中で得られる貴重な物品や知識は、領地が広ければ広いほど得られるモノも増えてゆく。
大領であったフェルン家はコレも追い風となり、さらなる躍進を遂げていた。
当然ホッゴネル家もいくらかの門の捜索を成功させていたのだが、覆せないほどの差をつけられたと誰しも考えていた。
しかし、門の同時発生という事態が、この状況を大きく狂わせていく。
突如としてホッゴネル家はナスルロン地方の各領主に向けて号令を発し、連合軍を編成するよう命じたのである。
その名目は、不遜なるフェルン侯爵家への制裁であるとされた。
先のゴゴメラ子爵家での反乱の下手人を、フェルン侯爵家が抱えているのだと。
かくして、その真偽を明らかにしないままナスルロン連合軍が編成されることとなったのである。
もっともナスルロン地方の諸侯は、ホッゴネル家の急な行動に全てが賛同したわけではない。
号令に異を唱えた諸侯も多かったのだ。
しかしその全てがホッゴネル家の軍に屈したという事実。
少なくともしばらく前まではそこまでの精強さは無かったはずのホッゴネル伯爵軍の急伸に、標的のフェルン侯爵家も察する。
恐らくは、ホッゴネル家も『門』の中で大きな何かを得たのだと。
かくして、ナスルロン連合軍は結成され、進軍を始めたのである。
ナスルロン連合軍は大軍であるがゆえに、その進軍を緩やかなものとしていた。
夜間の強行軍を避け、一定の進軍速度を保っている。
フェルン侯爵軍は、大領ゆえに抱えている常備軍も多い。
常に数万は維持しており、各地の守備隊を除くとしても2万は戦に当てられるだろう。
平地の多さと大河と運河を渡る水軍と連携するのならば、フェルン軍2万が比較的速やかに領内を行動できることになる。
故に、連合軍は巧遅よりも拙速を貴ぶべきのはずだ。
ナスルロン連合として、フェルン軍に万全の態勢で迎えられるのは避けたいところ。
だがいっそ悠然と言っていいほどに、ナスルロン連合の軍は進む。
無論それには理由がある。
ナスルロン連合軍の兵力、その数は5万。
恐るべき大兵力が、フェルン領へ向けて行軍していたのだ。
ナスルロン連合軍の編成は特徴的だ。
連合軍は、大きく三つの集団によって構成されている。
一つは、ホッゴネル伯爵の指揮する直属軍だ。
これらは皇国の多くの地方軍と同じく、歩兵と騎兵、弓兵などといった複数の兵種により構成されている。
その規模は4千程。
次に、諸侯の部隊。
ナスルロン地方は、小領土が多いが同時にその数は多い。
ホッゴネル家の意に従い、多くの領主がこの連合軍に参加していた。
その編成はホッゴネル家を同様であり、大差はない。
こちらは諸侯すべて合わせて4千と言った所。
次に、傭兵の部隊。
軍事により拡大傾向のあるガイゼルリッツ皇国は、傭兵部隊も積極的に使用してきた。
中には、地方軍の一部の任務を傭兵に委託する場合もあった。
そう行った背景もあり、この反乱軍にも2000人程度の傭兵が雇われていた。
ここまでで、兵力1万の軍勢であった。
そして残りの4万を編成する最後の集団。これこそが、ナスルロン連合軍の主力だった。
全身を重厚な鎧で覆った装甲兵団。夜営においてさえもその鎧を脱ぐことのないその重装兵達。
それこそが、一定の進軍しかできぬ一番の理由であった。
(相変わらず、不気味な連中だ)
ナスルロン地方軍に所属する上級衛士、リベル・カーツは、味方であるはずの重装兵達を薄気味悪く思いながら、陣の周辺を見回っていた。
夜営地は、大河エッツァーの支流の傍にあった。
これは、5万にも及ぶ大軍を維持するための補給路を、エッツァー支流の水運にて賄っているためだ。
ガイゼルリッツ皇国の内陸部は、広大な平原が広がり高低差が少ない。その為、大河エッツァーも流れは緩やかだ。
起伏にとんだナスルロン地方に流れ込む支流も、流れは穏やかであり、進軍ルートとして遡る方向であるが問題ないと言える。
補給の中継地より随時運搬される補給物資は、陸路よりもたやすく大量の物資を運搬することが可能だ。
また農耕、水運用の水路も幾つも存在し、その範囲も広い。
つまり、補給路としては申し分なく、必然軍全体の行軍経路もそれに沿った形となる。
ただ、それは他の軍も利用しやすいともいえる。
実際、敵方の本拠地領府ゼヌートにまで至れる水路だ。幾度となくフェルン軍の偵察部隊が目撃され、その為夜襲なども警戒する必要があった。
リベルも夜襲の警戒の為、陣のエッツァー支流の川岸側を見回っているのである。
背後には追従するように巨大な影、件の重装兵たちが続く。その足音は、あまりにも重々しい。
川べりの柔らかな地を歩くと、足首まで埋まるのはザラだ。
その重さは重厚な鎧を身に着けているだけではない。その全員が例外なく巨漢であり、恐らくは精強に鍛えられているのだろう。
もっとも、それが為に進軍そのものを水路で行う訳にはいかなかった。
ナスルロン連合軍1万ならばともかく、重装兵4万人分を輸送する河船の確保など到底不可能だったのだ。
結果この遅々とした行軍となっている。
だが、この一種異様な兵士たちの力を疑う者は、既に地方軍の中にもだれ一人いなかった。
ここまでの道のりで、途中にあったフェルン軍の砦は、重装兵たちの攻撃で易々と打ち破ってきたのだ。
砦から射かけられる矢をものともせず進み、分厚い城壁をたやすく打ち砕き、『門』の中から見つけ出された武具の一撃を受けてすら倒れぬ屈強の兵士達。
地方軍の兵士たちは、彼らが何処より招集されたのか知らされていない。
わかっているのは、主君であるホッゴネル伯爵自ら呼び寄せた一種の傭兵団らしき者達だと言う事だけだ。
こうして、リベルの命には従うが、必要最低限の事しか話さず、また命じなければ動かぬ様は、どう言いつくろっても異様だ。
とはいえ、上層ではないただの一上級衛士であるリベルに、ホッゴネル伯爵の意向をどうこう言える訳が無い。
考えてみれば、戦力としては強力極まりないのだ。
このまま進んでいけば、堅牢さで知られるゼヌート城でさえも、この重装兵たちは容易く押しつぶすだろう。
そう考えれば、ゆったりとした行軍は余裕の表れともいえるだろう。
無理な行軍をしないため、エッツァーの補給路も安定している。
それはある意味、王者の戦い方であり、ナスルロンの盟主として、そしてフェルン侯爵の上に立とうというホッゴネル伯爵の有り様を形にしたかのようであった。
こうして警備にあたっているエッツァー支流の川岸には、無数の物資を積んだ河船が無数に浮かんでいる。
安定した補給路の確保は騎士としても実にありがたい。
今も、夕日を背にしながら何隻もの河船が列を成して近づいてくる。
盗賊などを警戒しているのか、警備の傭兵なども乗っているようだ。
(どうやら、新しい傭兵が来るようだな。兵力が増えるのは望ましい事か……人間味のある者なら猶更な)
どうにも得体が知れず、違和感をぬぐえない重装兵よりも、粗野でありながらも人間らしい傭兵たちの方がまだましだと、リベルは思う。
だが、彼は知らない。
船に乗りやってきたのが何者かを。
「あれが、ナスルロン連合軍の夜営地かぁ……5万の兵力とは聞いてたけど、大規模だなぁ」
「そうねぇ~、あんなに一杯のテントっていうか天幕って、初めて見るわね~」
「…嫌な匂いがいたしまする。ここには何が居るのやら…」
リベルが見ていた補給船の上、積み上げられた糧食の袋にもたれながら、長衣を着、杖を持った少年がつぶやく。
相槌をうつのは、動きやすそうな革鎧を着た女だ。
腰に下げた戦槌を見る限り、傭兵なのだろう。
どちらも物珍しそうに河岸の向こうに並んだ無数のテントをみている。
その周囲には、幾人かの人影があった。
頑強そうな鎧を纏った者、軽装の者、外套で身を隠すようにしている者。
一見共通点など無いが、川岸を見やる少年と女の近辺にあり、離れる様子が無いのは同じだった。
少年と女は、そんな周囲の様子を気にすることなく、時折近くの水面を横切る影や、上空を通り過ぎる羽ばたくナニカを見ては何事かを話し合っている。
「お二人とも、間もなく船着場ですわ。降りられる準備をなさってください」
その二人の話しかけたのは、服の上からも分かる見事な肢体を持つ女だ。
安定しない河船の上にあっても揺らいだ様子のないその女の声に、長衣を着た少年……夜光が振り向く。
「うん、わかったよ、リム。それで、降りたらどこに行けばいいか判る?」
「そうですわね、まずは……」
かくして、<万魔の主>とその仲魔はナスルロン連合軍の内懐に飛び込んだのだ。
しばらくは図鑑優先で更新していきたいと思います。
一応、新作も応援していただけると幸いです。
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