第03話 ~二人の剣聖~
剣閃が一筋に走り抜けた。
鋭い呼気と共に繰り出された突きを、ゲーゼルグは足首のみの微細な動きで紙一重避けて見せる。
周囲の雑音に、どよめきが混ざった。
(悪くない剣筋で御座るな。惜しむらくは…)
伸びきった剣が、続けて横殴りに走り抜ける。走り抜けようとする。その動きの『起こり』となる踏み込んだ軸足を、ゲーゼルグは無造作に足で払った。
(踏み込みが半歩足らぬ)
「ヌッ!? おっ!」
安定を欠いて状態が大きく泳ぐ。それでも向かい合う相手は剣を振り切ろうとして
「そこで足掻くのなら、いっそ素直に転んだ方がマシというもので御座る」
相手の剣を持った腕、その内肘の付近を手にした得物で付いた。
今度こそ決定的に体勢を崩した相手は、仰向けに倒される。
相手も直ぐ様立ち上がろうとするが、目の前にゲーゼルグの得物が突き出され、動きを止めた。
得物越しに相手の目が憎々し気に歪むのが見えるが、結果は誰が見ても明らかだ。
周囲の雑音が今度こそどよめき一色に染まり、
「そこまでだ。お前の勝ちだ、ゼルグス。さぁ、他にこの者が我が臣下となり、軍を率いる未来に異が有る者は居らぬか! 我が臣下の騎士団は大人しくこの者に上に立たれて良しとする羊の群れであったか!?」
「上様! ならばこのヅダサンが、そこな者に騎士団の威を示して見せましょうぞ!」
「良くぞ申したヅダサン。そうでなくては突撃隊を任せる意味が無い!」
領主の宣言に未だ気炎を叫ぶ騎士が新たに名乗りを上げる。
ゲーゼルグは内心ため息をつきたくなっているが、そうも言っていられない。
視線を送れば、自身の主も困惑の色が強いとはいえ、未だこの状況を止める様子はなく、成り行きに任せている様子。
である以上、ゲーゼルグは傭兵ゼルグスとして、領主の力試しに応じ続ける必要がある。
「構えろ傭兵! この槍のヅダサンが騎士団の誇りを見せてやろうではないか!」
新たに目の前に立った騎士は、みれば中級の限界値である100までに至っている様子。
準上級位階と思われる槍を構えて、殺気も顕わだ。
とは言え、ゲーゼルグの敵ではない。
たとえ手にした得物が訓練用の木剣であろうとも、余裕をもって対処できるであろう。
(しかし、何故このような有様になったのであろうなぁ…)
遮二無二突きかかってくる突撃隊長とやらを木剣であやしながら、ゲーゼルグは少々遠い目になる。
実際、少々理解しがたい状況ではあった。
(初めは…そう、シュラートなる者が我に臣下となれと申したのであったな。それを周りの者が「下賤な傭兵を臣下になど!」「地位を与えるとは、もしや我らにこの者の下に付けと!?」などと騒ぎ出したのであった…)
「貴様! どこを見ている! 隙だらけゴホッ!?」
「ヅダサン殿!?」
「突撃隊長までやられたぞ!!」
(そしてしばらく様子を見ていた領主が一喝をしたと…「この者が我が臣下に必要ないというのならば、貴様らがそれだけの力があると示してみるがいい。この傭兵相手にな!」…我は配下になるなどと一言も言って居らぬのだがなぁ…あぁ、そういえば得物は適当な木剣を頼んだのであったなぁ。其処から相手方が妙に殺気立ったが…お屋形様は手加減を望まれた以上仕方無し)
「貴様らではこの男の相手にならん! フェルン正騎士団副団長の俺が出るよりあるまい」
「おお! ガスカル様が動かれたぞ!」
「フッ、傭兵め! 今度こそ化けの皮が剥がれるぞ!」
(お屋形様もお止めくださらぬ。恐らくは、伝説級までに至った君主の配下の力を知る良い機会ととらえておいでなので御座ろうが…実際、ここまで見て練度に技のキレは中々に悪くは御座らん)
「くっ! こやつ木剣で我が猛攻をことごとく防ぐか!?」
「馬鹿な!? 城門ですら破った事のある副団長の両手剣の猛攻を防ぐだと!?」
「信じられん…それも片手でだ!?」
(しかし、このまま行くと、我は本当にシュラートなる者の配下になる流れが避けえなくなるのでは!? お、お屋形様、その辺りは考えておいでなのでしょうな!? 拙者あまり考える分野を得意とはして居りませぬぞ!?)
「ま、参った…貴殿の勝ちだ…」
「副団長が負けを認めた…だと!?」
「あの傭兵、なんて強さだ…ご領主様が配下に望む理由がようやくわかってきたぞ…」
「いや、だが、このままでは騎士団の威信が…」
(とはいえ、少々楽しいのは確かで御座るな…1体1の仕合いなど、久方ぶりで御座る。暫くは大規模戦闘ばかりでこのような試合とは縁遠かったで御座るしなぁ…得物が木剣であるのも手加減にはちょうど良く…むっ?)
「シュラート様。吾輩もこの者と立ち会うことをお許しくだされ」
「よかろう、許す。お前の目で、俺の感じたモノを見極めるが良い」
「感謝いたします。では」
湧きあがった闘志を感じ、ゲーゼルグはようやく意識を目の前に戻す。
そこには、壮年の剣士が立っていた。
手にしているのは奇しくもゲーゼルグと同じく1本の木剣のみ。
その姿に、周囲を取り巻く騎士や文官たちが一瞬言葉を失い、声を殺したざわめきへ変わる。
「騎士団長だ…剣聖が出られるなんて…」
「あの傭兵、それほどか…!」
周りの困惑をよそに、領主シュラートだけは上機嫌だ。
ゲーゼルグが勝つほどにその身から放つ覇気も強くなっていく。
一方で、下がった位置でゲーゼルグを応援していた夜光は、騎士団長に鋭い視線を向けていた。
そして、一言遠話の魔術で事実を告げてくる。
(ゼル、気を付けて。その人も伝説級、それも剣聖だ)
「吾輩、ラウガンドと申す。一手お付き合い願いたい」
驚き目を向けると、その剣士…ラウガンドは無造作に木剣を構えた。
ゲーゼルグも、この時初めて構えを取る。
「…承った。我が名は…今は、ゼルグスで御座る。尋常に参ろう」
ゲーゼルグは鍔を肩口に当て、切っ先が天に向かう本来の構え。
ラウガンドはやや半身、切っ先が相手の顔に向かう構え。
種族も世界も違う二人の剣士、二人の剣聖は、ここに出会った。
正直なところ、色々と予想外が続いて反応が遅れたのもあるけれど、ゼルが領主に気に入られて腕試しまで始まっているというのは、僕にとってとても都合のいい流れだった。
色々と活躍が聞こえてきているフェルン侯爵軍の精鋭の実力が垣間見れるし、何よりフェルン候の人となりを知るいい機会だったからだ。
「ああいう人って、大河ドラマの中でしか見たことなかったけど、居るモノなのねぇ」
「凄いですよね…それに何かグイグイ引っ張られるような感覚があるし。これがカリスマとかそういうものなのかなぁ?」
ゼルが勝つほどに覇気とでもいうのだろうか? 威圧感が身体からあふれてくるように感じる。
あれはただモノじゃない。伝説級に至っているのも含めて、今後注視しないといけない人物だろう。
戻ったら、リム辺りの配下の、姿を消せて空も飛べるモンスターに、動向を常に探らせるように話しておかないと。
広々とした謁見室は既にどこかの道場の様相だ。
次々と騎士がゼルに挑んでは、ほんの数合打ち合っただけで床に転がされたり、首元に木剣を突きつけられたりしている。
ゼルはほとんど動いていないけれど、騎士の方は激しく動くので、床の豪華な敷物が踏み荒らされて向こうの文官らしき人の顔色が真っ青になっている。
こちらに弁償を要求してきたりしないか心配になるなぁ…
「それにしても、かなり真っ当に鍛えられてる感じですね。同位階ならホーリィさんの所の聖騎士団の団員とも遣り合えるのでは?」
「そうねぇ…うちの騎士団なら全員回復魔法を扱えるから、持久戦に持ち込めば勝てると思うな。でも、短期戦だと大変かも。装備もしっかりしてるしね」
フェルン騎士団は、実際に国まで落としているとの情報を得ていたが、特に突撃隊長や騎士団の副団長辺りの強さを見て納得できる。
少なくともあの強さの持ち主が準上級クラスの武具に身を包んだら、普通の弓矢では傷一つ負わないだろうし、城門も切り裂いてしまうだろう。
そして、その人物が奥まった辺りからやってくる。
…今出てきた場所、ゼルがもし仮に領主に切りかかろうとしてもカバーが間に合う位置だったな。
こちら側にわからないように伏せられた護衛だったみたいだ。
そして、その強さを確認して驚く。
何と伝説級:50でさらに剣聖だ!
なんだココ!? なんで伝説級が二人も居るんだ!?
慌ててゼルにそのことを伝えると、何故か嬉々として全力の仕合いが始まってしまった。
「うわぁ、人サイズの時のげーぜっちゃんの本気久々に見たわぁ…」
ホーリィさんも絶句する二人の剣聖の仕合いは、凄まじいモノだった。
そもそも、まだ位階の低いこの身体では、まともに目で追う事も出来ない。
ほんの半歩踏み込んだかと思うと腕が霞んで、後で響いた音で何合か打ち合ったらしいことがようやくわかる位。
あっ、互いの木剣の切っ先が微かに弾けたぞ!?
もしかして見えないような速さの突きが、ぶつかり合ったりしたのだろうか?
後衛職一辺倒だった僕では到底理解の外にある攻防だった。
ホーリィさんは前衛もかなり得意としていただけに、どこで何回フェイントを入れたかさえ見えているようだ。
えっ、膝の動きを見せるだけで相手の体勢を崩す? ちょっと言ってる意味が分かりませんね…
お互い視線のフェイントも通じないようになってるって、もう少し素人にも分かりやすい内容にしてくれませんかね…
僕としては、もう絶句するほかない。
とはいえ、それはフェルン候の臣下達も同様だったようだ。
武の心得がある者ほど二人の剣聖が何をしているのか理解できてしまうだけに、次第に騒めくことも忘れて二人の仕合に見入っている。
この場にいる騎士の面々はもちろん、文官の中にもそういう反応を見せる者も居て、フェルン候家臣団の層の厚さを感じる思いだ。
領主が伝説級という時点で驚いたけれど、滅びの獣が関わっているかどうかに依らず、この城は調べるべきだろう、
もしかすると、伝説級があの二人だけではなく、もっといる可能性すらあるように思う。
それはもしかすると、位階限界突破の方法をあの領主が確保してる可能性も…
バキィツッッ!!!!
「そこまでだ。双方見事であった!」
そこまで考えて、激しい炸裂音とともに、領主が二人の剣聖の仕合いを止めていた。
周囲の様子を探っている間に、ゼル達は最後の打ち合いをしていたようだ。
初めに向き合った通りのお互いの構えから、ゼルが渾身にして神速の打ち込みを、相手方の剣聖が神速の突きを、互いに繰り出して、お互いの木剣が剣筋の軌道上で交わり、両方の剣が木っ端みじんに砕け散っていたのだ。
二人の剣聖は、最後の一撃を放った体勢で動きを止めていたけれど、領主の声でその居住まいを整えていた。
…うん? ゼルの様子がおかしいな? 何かあったのだろうか?
疑問に思うけれど、それを確認するのは後回しだ。
上機嫌なフェルン候は、いよいよゼルの勧誘に本腰を入れ始めたのだから。
「どうだ、お前たち。この俺がこの男を臣下に求めた理由が判っただろう! さぁ、ゼルグスよ! お前は己の力を示したのだ。最早異を唱える者は居ない! 俺の将となれ!」
上機嫌で勧誘するシュラートと、そろそろ付け焼刃の傭兵の演技がいっぱいいっぱいなゼル。これはまずい。ここで断るのも不味いし、下手に了承させて潜入要員にするにはゼルは余りにも向かない。
ほらもう限界っぽくこっちに困った視線を向けてきてるし…どうしたモノかな?
もういっそ必要な情報は集めたとして帰還魔法で帰るのも良いかなぁ…
そんな風に少し現実逃避したくなる。そこに思わぬ声がかかった。
「ふうむ、どうやらゼルグス殿は急な話で戸惑っている様子。シュラート様。ひと時、間を置かれるべきかと存じます。ゼルグス殿もそれでよろしいか?」
「う、うむ。かたじけない。供もあのように戸惑って御座るし、仕官ともなると一息に決めるのも躊躇われて御座ったのでな…」
剣聖ラウガンドの執り成しだった。これは有難い。
今起きたことも含め、僕達だけで話し合いたいことが多すぎる。
その後、僕たちは客間に通され、一息つくことが出来たのだった。
しばらくは図鑑優先で更新していきたいと思います。
一応、新作も応援していただけると幸いです。
【1章 完】幻想世界のカードマスター ~元TCGプレイヤーは叡智の神のカード魔術のテスターに選ばれました~
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