プロローグ 中 ~滅びの物語~ ※プロット変更に伴い改稿
滅びの魔獣<大地喰らい>を打倒し、森の惨状を修復した僕は、次の日から、情報収集に注力していた。
大地喰らいを比較的容易に討ち果たしえたのは、いち早く発見しすぐさま対応できた為だと思う。
しかし、もし出現が遠方であり、接敵が大地喰らいが十二分に力を得た後であったなら、苦戦は免れなかっただろう。
夜光としては、『外の世界』に滅びてもらう訳にはいかない理由がある。
意思を持つにいたったモンスターや、『AE』のプレイヤーキャラとなってしまった自分自身。それらの謎を解き、叶うならば元の世界に帰る為には、情報が必要だ。
恐らくそれは、マイフィールドの中に居ては手に入らないだろう。
マイフィールドは、元々プレイヤーがカスタマイズし作り上げるモノだ。
故に、いくら夜光の世界が広大だとしても、全ては既存の存在。謎を解く手がかりは少ないように思えた。
同時に夜光は、大地喰らいが外の世界に顕現した事も気にかかっていた。
滅びの魔物は、『AE』の世界を滅ぼすモノだ。
それを踏まえると、出現するのがマイフィールドの中でもおかしくなかったはずだ。
しかし大地喰らいは外の世界に現れた。
だとすると、『外』も『AE』に関わる世界と言えるのではないか?
ならば、ならば、きっとどこかに今の事態を引き起こした原因があるはずだ。
それを見つけるまで、尚更外の世界に滅びてもらう訳にはいかない。
そして、大地喰らいが現れた以上、別の滅びの魔物が現れる可能性は高い。
意思を持ち、実体化したモンスター達は、元々定められた『設定』に大きくその有り様を引きずられているように思えた。
それは、マリアベル達のパーティモンスター達や、今会議室に居並ぶ七対の神魔達も同様だ。
滅びの魔物たちも、『AE』に設定だけとはいえ存在し、その中の大地喰らいは実体化した。
なら、その行動も『設定』に大きく影響されるのではないか?
そう考えた僕は、かつて『AE』公式HPに掲載された『滅びの物語』を懸命に思い出し、羊皮紙に記した。
同様の存在の顕現を危惧し、いち早くその出現を察知し、対策を講じる為に。
滅びの物語は、座して瞑想に浸るあまり、大樹と化した賢者の預言として語られている。
「すべての滅びの始まりは、餓えし銀獣の群れ。大地さえも食らい尽す暴食の災いが現れるだろう。
次に現れしは貪欲なる凶王と嫉み深き狂王。ヒトの皮を被りし二者により、地を戦乱が覆うであろう。
災いは神々も歪め、荒ぶる姿を示すに至る。
月が堕ち、星が牙を突き立てる。吹き上がる炎があらゆる町を飲み込み、太陽が姿を消す。
大地は身を起こし、海が全てを飲み込む。そして、滅びの風が遍く世界を吹き荒れる。
絶望が諦観を呼び、怠惰に身を任せた者、退廃の情欲を求めたモノ達が異形へと成り果て、世界に牙をむく。
そして、憤怒の相を浮かべし破壊の王と、全能にして傲慢なる偽りの救い主が、最後の戦いへとあらゆるモノたちを駆り立てる。
黄昏の平原で、あらゆる滅びの獣が集うだろう。
全ての滅びは互いを滅し、遂には死に絶える。世界に死に至る程の傷痕を残す。
世界の傷は深く、数少なき古き世界の生き残りは、世界が蘇るその日を夢見、己を己で封じ眠りにつく。
世界が蘇るに、百年を百以上数える月日を待たねばならぬ。
そして、世界は新たなる時代を、神話を刻むであろう」
その生まれ変わった先の世界が、VRMMORPGとなる『AE2』だという設定だ。
キャラのコンバートで弱体化するのは、その封印の間に力が衰えるからと理由付けがされていた。
そして余りに長い年月が、召喚モンスターとの契約も弱めてしまうと。
魔物使い的プレイをしていた僕にとって、このストーリーは無数のモンスターの挿絵と相まって、印象的だった。その為、ほぼ全文思い出すことができた。
生憎絵心が無いため、挿絵で描かれていた滅びの魔物の姿はかけなかったが。
会議室に集った神魔の前にも、それぞれ同様にストーリーを書き記した羊皮紙が並べられている。
そして、文の一行目には赤い線が、二行目には黒の二重の線が引かれていた。
一行目は、そのまま大地喰らいの事を示している。
公式ページの挿絵では、前後双頭の姿の大地喰らいが地平線を覆うほどの大軍となって押し寄せる光景が描かれていて、また簡単な能力も付記されていた。
そして二行目。貪欲なる凶王と嫉み深き狂王。
それぞれ、強欲と嫉妬の大罪から生まれると言う滅びの魔物は、どちらも人型種族に憑き力を振るうとされている。
挿絵では、双方強大な軍を率いて大地喰らいを討ちつつ、互いに相争い、凄惨な戦場で刃を交えてた。
その二体の魔物の名の下に引いた二重線。
この数日情報を集めた結果、僕はこの二体が顕現している可能性が高いと感じていた。
「強欲に嫉妬とはね……ふむ、興味深い話ではあるが、我が主は我らに何をお望みかな?」
羊皮紙の預言と引かれた線の意味を読みとり、高慢の大魔王ルーフェルトが僕へと微笑みかけてくる。
かつて『星』を司る明星神として天界に有った事を思わせる高貴さ、そして現在魔界を統べる大魔王としての威厳が混ざり合い、その威容は圧倒的だ。
思わず尻込みしたくなりそうなところに、更に別の声が複数僕に届く。
「そいつらを殺したいのね? 殺したいのよね? 良いわ、手伝ってあげる……そうよ、そうだわ……嫉妬を司るのは私だけでいいのよ……」
「僕も手伝ってあげるよ~。ただし、そいつらの持ってる宝は貰うけどね~」
地の底から呪詛を振りまくような女の声と、小狡そうな子供の声。見ると、無数の呪具でその身を覆った黒髪の女が、どんよりと濁った眼で僕を見やり、その隣で漆黒の道化服を着た子供が手を振っている。
女の側は、嫉妬の魔王エンレヴィア。
そして子供の方は強欲の魔王、グラムドーマ。
共に出現を懸念する滅びの魔物が象徴すると言う大罪を、それぞれ司っている存在だ。
大魔王と言うのは、大罪を司りながらも、世界を陰で支える存在だ。
破壊や混乱をもたらしてはいるが、その実それは世界の停滞を防ぎ、世界に活力を与える存在でもある。
こうして大魔王としてどちらもこの場にやってきているが、エンレヴィアは競争心をもたらし勝負事に加護を与える亜神としての面を持ち、グラムドーマは意欲を引き立て心の病を癒す亜神の面を持っている。
その為か、世界を『滅ぼす』存在には、『神』に対するよりも攻撃的になっているようだ。
だけど、残念ながら二柱の言葉はそのまま受け取る訳にはいかない。
「それは、残念ながら受けられないかな? 同じものを司る存在が居ると、滅びの魔物は活性化するみたいだし……」
そういいながら、僕は魔の側に座るある大魔王を見る。
恰幅の良い中年紳士といった風体。傍らに常に専門の<料理悪魔>を従え、たった一柱会合の最中に自前で用意した料理に舌鼓を打つ大魔王。
暴食の魔王グェルトゼバン。
会合の始まりに羊皮紙にちらりと目を落した後は、ひたすら料理を食らうこの存在に、僕は数日前会っていた。
大地喰らいの核は、封印したのは良いが扱いに困る難物だった。
初め万魔殿に奥深くの一室に封印しようとしたのだが、付近で食欲に類する欲求を持つ存在が居た場合、その欲求を吸い寄せ、あの銀の肉を微量ながら生み出すことが分かったのだ。
暴食の特性に詳しいだろうと、グェルトゼバンを呼び出した直後、大地喰らいの核を封じた<料理長の食糧袋>が、微量の銀の肉で作られた爪で引き裂かれたのだ。
付近にて、直後であったから対処できたものの、そうでなかったらどうなっていた事か。
そして、この一件で判った事は、滅びの魔物は対応する魔王が居た場合、一層力を増すと言う事だ。
その為、エンレヴィアにグラムドーマの申し出は、受ける訳にはいかなかった。
同時に、もう一つ理由がある。
嫉妬と強欲の滅びの魔物は、ニンゲンに憑き、顕現する。
外の世界でそれが起こり、またその特性を考えると……二体の滅びの魔物は、顕現する場合外の世界の支配者層に憑りつくと予想できる。
そして、ガーゼルの町でこの数日流れ出した噂と、昨日届いた傭兵に扮したゲーゼルグへと出された領主からの面会依頼。
それらは、どこか繋がっているように思えた。
噂とは、皇都でなにやら政変があったらしいという事。嫉妬と強欲を力の源とする滅びの獣ならば、如何にも起こしそうな事態だ。
同時に、このタイミングで領主が一傭兵に面談を望むというのも如何にもきな臭い。
政治の中枢で政変が起こったというのなら、有力諸侯が戦力増強の為に盗賊団を単身で潰しうる傭兵を抱えたくなる気持ちは理解できるけれど、余りにタイミングが良過ぎないだろうか?
もしかしたらゲーゼルグを呼び出した領主、つまりガイゼルリッツ皇国第一位貴族と最大の領地を持つ貴族に、滅びの魔物が憑いている可能性がある。
もし、安易に領主を、それも皇国でも最上位の有力諸侯を敵に回した場合、皇国は完全に僕達に牙をむくだろう。
外の世界の軍勢だけなら、七柱の大魔王や七曜神が居る以上脅威は覚えない。
だけど、もし皇国に味方する『プレイヤー』が居たなら、はたして勝ち目がどれくらいあるだろうか?
だから、当面は今までと同じく情報収集などの手段をとるべきだろうと思う。
「あら? なら夜光は何のために私達を集めたの? 会いたかっただけ?」
輝くような微笑みを浮かべる白銀の髪を持つ女性。その顔立ちはルーフェルトの面影がある。確かルーフェルトが明星神だったころは、兄妹神という設定だった筈だ。
今の『星』を司る星辰神、アル・アネルティエのことばに、僕は首を振る。
無論、そんな簡単な理由でこの七対の神魔を集めたわけじゃない。
この場に集まってもらったのは、彼らに全く別の事を頼むためだ。
「当然、そんな訳ないよ。頼みたいのは……この世界の管理」
「この世界の管理?」
僕の言葉に、七対の神魔は揃って首を傾げた。
21/11/03 プロット変更に伴い一部改稿