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章間 第2話 ~女四人寄れば?~

この話の時系列は、1章22話付近です。

 そこは熱き戦場だった。

 ともに曲げるにゆかぬ想いをぶつけあい、強者達が覇を称えんと鎬を削る。

 振るう腕に赤いモノが飛沫となって宙を舞う。

 勝ち誇った一人の隙を突き、別の一人が掴み掛る。

 もつれ合う内に、一撃を受けた一人が立ち直り、絡み付あう二人をまとめて蹴り飛ばす。

 いつ果てるとないその戦場は、三つ巴の争いだった。

 三者は、いずれも本来ならば強大な力を持っている。

 圧倒的な魔力、特殊な攻撃手段、比類なき種族特性……だが全員が全員、それらを一切使用することなく、ただの徒手空拳にてのみで争いを続けていた。

 それは意地であり、友誼であった。

 互いが互いを知るが故に、後々に諍いを残さぬよう無言の内に取り決めた約定。

 友であるが故の、そして事が明るみになった際の言い訳の手段としての取り決めであった。

 そうまでして目指すものはただひとつ。


「ご主人様」「ミロード」「主様」「「「と添い寝するのは」」」「私よ!!」「妾じゃ!!」「私だわ!!」


 ……そういうことである。

 滅びの魔獣との戦いから一夜明け、夜光が疲労と睡魔のために眠りに向かって幾分か。

 ちょっとしたきっかけで始まった夜光の仲間三人の女の戦いは、すでに佳境となっていた。

 昨夜から休みなしで働いた上でのこの熱闘だ。

 流石に伝説級のモンスターである三人も、疲労が強い。

 本来素手での争いならば疲労や傷とは無縁の筈の吸血鬼たるマリアベルは、陽光照らすその場所――ユニオンルームへの門の目の前、万魔殿への橋のたもと――では力を減じているらしく、傷の治りが明らかに鈍い。

 直接戦闘では最上位の魔獣である九乃葉が先んじるはずだが、普段尾でばかり戦う所為か、素手での『とっくみあい』は苦手そうだ。

 リムスティアは曲がりなりにも魔王であり、素手でも戦えている。だが、やはり本来は後衛型の所為か今一やりにくそうだ。

 つまり、全員が全員不利な条件で戦っているのだ。それは疲労もするだろう。

 そして……その時がやってくる。


「「「ガフ…ッ」」」


 トライアングル・カウンター。

 決め時を焦った魔王がフェイントを入れつつ吸血鬼に全力の一撃を。

 九尾はその魔王の隙に、思わずつられて鮮烈な拳を。

 吸血鬼は己の再生力に賭けてそれを受け、代わりに魔王の隙につられた九尾へ渾身の一撃を。

 それぞれ別の相手に向け、一撃を放った結果、三者の右腕は綺麗な三角を描いた。

 同時に縦に崩れ落ちた美女三人……マリアベル、リムスティア、九乃葉は皆、意識を失っていた。

 情報ウィンドウでステータスを見れば、見事に全員体力が負傷域を示す黄色エリアにまで減じている。

 吸血鬼と魔王と九尾が素手で相打ちになるという謎な事態。

 そこに不意に投げかけられた声。


「……みんな、なにやってるの~?」


 門から現れたばかりの神官服の女性……ホーリィは、ユニオンゲート前で転がった三人を前に、まったく空気を読まないのんびりとした様子で尋ねかけていた。




「みんな、本当にやっくんの事好きなのね~」


 治癒魔法で全員の治療をしたホーリィは、事情を聞いてひとしきり頷いた。

 今更隠すことでもないが、三人の女魔は幾分バツが悪そうにする。

 それは、彼女たちの主に一番『近い』のが目の前の『プレイヤー』の女だと知っているからだ。


 モンスター達にとって、『プレイヤー』という存在は一言で言うなら『超越者』だ。

 その力がたとえ弱かろうと『小世界マイフィールド』という規模は小さいながらも一個の世界を構築することが可能であり、モンスター達が決して知りえない領域の情報や力を振るい得る。

 あたかも世界の外にいる神が、現世であえて力を抑えつつ振るうための器――それが『プレイヤー』の冒険者だとマリアベル達モンスターは認識していた。

 目の前のホーリィも、かつては強大過ぎる力を振るい彼女たちの主である夜光に匹敵する力を持っていた『プレイヤー』だ。

 今現在の力はマリアベル達モンスターに及ばないが、その配下の聖堂騎士団や神官団はかつての――その全戦力を以てすれば、かなりの規模の大規模戦闘まで戦い得たほど――の力を維持している。

 そして、夜光と同様に配下の騎士団や神官団、そして長として治めていた宗教都市とその領土を『小世界』に保護し、滅びの運命から逃れさせた存在だと。


 そんな、彼女たちの主夜光と同じプレイヤーであり、異性であるホーリィの存在そのものが、マリアベル達には不安の種だ。

 マリアベル達にとって夜光はかけがえのない主であり、意思を持ってからは、誰よりも慕うべき存在だった。

 それは『刷り込み』にも似た状況なのかもしれない。

 それぞれが、夜光との出会いで『生き』始めた。意思を持った瞬間、そこまで至る記憶。

 全てが、マリアベル達にとって夜光を父親のごとき、戦友のごとき、初恋の異性のごとき存在と認識させずにはいられないものだったのだ。

 主との関わりが、他の数多のモンスター達よりも深かったマリアベル達パーティーモンスターは、もはや夜光の存在なくしては生きられぬほどとなっている。

 同じ『男』であるゲーゼルグは、早々にその強い想いを主君への絶対的忠誠心という形に固めることができた。

 明確な『意思』のないギガイアスは、言うまでもない。

 だが、しかし、『異性』としても夜光を想わずにはいられない女魔達にとっては……?

 『女』であるがゆえに、もし仮に主が他の女を選んだら、その時どう振舞えばよいのか?

 そして……目の前のホーリィこそ、主が最も親しく付き合いのあった女プレイヤーであるという事実。

 それ故、ホーリィだけを目の前にしたとき、マリアベル達はいささか微妙な気分になるのだった。



「勿論で御座いまする……して、ホーリィ女史は何ゆえこちらにおいでかの? 治療魔法の使いすぎ故、休まれておいでと思うたのじゃが」

「ん~? 私もさっきまで寝てたんだけどね~? 寝たの結構早かったから、もう目が覚めちゃった。それで、やっくんが起きたら食べるかな~っと思って」


 重い空気を振り払うようにして、九乃葉が尋ねると、ホーリィはあっけらかんと答えつつ、焼きたてのパンとミルクのビンの入ったバスケットを示す。

 その姿に、マリアベル達は動揺を隠せない。


(い、胃から押さえに来たというのですか!? や、やっぱりこのひとこそ最大の……っ! わ、私もご主人様に朝食を用意して……って、私生き血を吸うぐらいしかできないじゃない!?)

(私としたことが、うっかりしてましたわ! 添い寝に気をとられて、ミロードのお目覚めに合わせて、裸エプロンで朝食のご用意でドッキリ! なんて王道を忘れるなんて!)

(……あの焼き具合……見事! さ、されど妾は料理など……っく! 料理人の称号はどうやって習得するのじゃったか!?)


 三者三様にいい具合に脳が煮詰まる中、ホーリィはそんな伝説級モンスター達の様子を見て、内面を見せない微笑を浮かべつつ、更なる爆弾を投下する。


「……焦らなくてもいいと思うよぉ? やっくん奥手だし、みんなやっくんのタイプなんだし」

「「「んなっ!???」」」

「やっくんてぇ、おっぱいの大きい年上の女に弱いのよねぇ……あと、直球な誘惑にも弱いのよ~ 逆にロリ系は苦手みたい。良かったわね」


 ブハッ!!! と、吹きつつ固まった三人娘を前に、ホーリィは平然と彼女たちの主の性癖を暴露する。


「な、なんでそのような事を知って……!?」

「ん~? やっくんの部屋に入ったことがあってね~ やっくんが持ってるそういう本やゲーム見つけちゃったのよ~ 私もそういうの慣れてるから今更どうとも思わなかったから面白がって探しちゃったのよね」

「え、えっと……ホーリィさん……そこの所もうすこし詳しく聞きたいのですけれど、いいかしら?」

「いいよぉ~?」


 何を考えているのか、その後もホーリィは求められるままに、人妻物が一杯あっただの、陵辱物は無かっただの、もしかするとM気があるかもしれないと彼女たちの主の嗜好を明かしていった。

 マリアベル達にとっても興味深過ぎたのか、ついついかなり深い部分まで聞いていく。

 遂には、


「そ、そこまで知っていらっしゃるということは、ホ、ホーリィ様はご主人様とは深い仲で……?」

「ちがうよ~? 他のゼミ……って言ってもわかんないかな? とにかく仲間と一緒にやっくんの家に押しかけたのよ~ 急だったから、やっくん隠し切れなかったのよね」


 踏み込みすぎた質問をマリアベルがするが、これにはホーリィは首を横に振る。

 実際、リアルでのホーリィは、夜光と特に付き合ってなどはいない。

 ただし、知り合ってからは随分と経つ。まだ互いに高校生だった頃からの付き合いだ。

 互いに貞操観念を大事にする性分では無かった為、切っ掛けさえあればそういう仲もありえたかもしれない。

 が、結局ここまで何事もなかった。恋愛観がお互い比較的ドライであったのも理由かもしれない。

 そしてもうひとつ、何よりの理由は……


(私、ちっさかったしね)


 ホーリィはリアルでの自分自身を思い出す……その姿は、小柄に過ぎ、子供と言っていい程度の背丈しかない。『夜光』の身長よりもなお小さいだろう。

 対して、リアルの夜光――刈谷光司は身長が2m近いほどの長身だ。ゲーム内とリアルでは、身長が見事に逆転していた。

 それが恐らくリアルでの夜光の『女』の好みとしては合致しなかったのだろう、とホーリィは確信している。

 先に語ったように、夜光の嗜好は年上だ。そして、年下はむしろ苦手としていた。

 いくら実年齢が夜光の方が下とはいえ、リアルでの身長差が大人と子供ほどあるとなれば、リアルでのホーリィを、『堀内聖美』を異性として見るのは難しかったのだろうとホーリィは思う。

 そこまで考えて、


(ん~? 今ならやっくんの好みに入るのかな?)


 ホーリィの内心にそんな考えが浮かぶ。

 もっとも、それは強い想いではない。

 そうなったら良いかも知れない……現状ではその程度だ。何より、目の前で目と耳を大にして主の話題に聞き入る三人の魔物娘に対抗するほどの熱意では、まだない。

 ならば……そう、いまは付き合いの長くて頼りになる後輩を、その取り巻く恋模様を、少しはなれたところで楽しむほうが面白そうではある。


「そんなわけで、やっくんて、王道の尽くすお嫁さんに弱いと思うのよ~。で、私まだ自分のところでいろいろしなきゃいけないことがあるから、この朝ごはん皆からやっくんにあげてね~?」


 それが引き起こす事態を予測しつつ、ホーリィは朝食の入ったバスケットをマリアベル達に差し出すと、一言残してさっさと転移門の指輪を起動し始める。

 急な話に半ばあっけにとられた三人の魔物娘達。だが、すぐさま我に返りそして……


「で、では妾が主様にお届けしますのじゃ!」

「ま、待ちなさいって! その役目は私がしますわ!!」

「ああっ! やめなさいって、そんな強引にしたら、ご主人様の朝食が!」


 再び賑やかになったのを背中に聞きながら。

 その声は、異世界にいるという心の奥にある不安をかき消してくれるようにホーリィは感じていた。




 その後、『朝食お届け権』争奪戦へと移行した三人娘の競争は、結局三人同時の相打ちに終わることになり、目を覚ました夜光がその結果を見つけるまで三人は放置されるのだが……それはまた別の話であった。

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