章間 小話 その1 ゲーム会社は様々なジャンルを扱うと言う話
4巻刊行記念です。
リアル都合で更新はゆっくり目になりますが、ご了承ください。
「……なんだコレ?」
ソレを見つけたのは、単なる偶然だった。
砂地ででプルプルと揺れる、ゼリーのような立方体。
青や赤、黄色に緑といった様々な色合いの、バレーボール大ほどの四角い何かが、浜辺で揺れていた。
大きさがもっと小さければ、ゼリーと間違えて食べかねないその側面には、何故か楽しげに笑う顔のような模様があった。
「……ゼリー? それともモンスター、か? でもアナザーアースでは見たことが無いなあ」
首をかしげる僕の足元で、そのゼリー擬きは四角い身体を海風でプルプルと揺らすばかり。
ただ、僕は不思議な既視感を覚えていた。
これ、どこかで見たことがあるような……?
あと一歩で思い出せるような、思い出せないようなもどかしさ。
必死に頭をひねる僕の前で、その半透明のブロックは、風に吹かれてもう一度「フルリ」と揺れた。
その日は、ちょっと執務に疲れていたのだ。
まかりなりにも小国と言える様な領土を持つ国としての体裁を得てしまった僕のマイフィールド。
その主である以上、王としての役割を担わなくてはいけなくなってしまった。
結果、慣れない書類仕事や住人NPCやモンスター達からの陳情を聞くなどの執務を果たさなければいけなくなっていたのだ。
もちろん、生来生真面目な気性の天使や悪魔達といった役人達のおかげで、僕の元に届く仕事は最低限にしてもらっている。
それでも、元はただの大学生の僕にとっては、負担が強かったのだ。
だから、そう。気晴らしにふらりと万魔殿を離れて、のんびり飛び回りたくなって……。
いつの間にか、アクバーラ島すら離れて、とある小島まで飛んでしまったのだった。
一応、これまで単独行動をして起こした失敗から、最低限の護衛を付けているものの……。
帰った時に起こるであろうひと騒動を考えると気が重い。
「コレは帰ったら叱られるかもなあ……」
「叱りはしないと思うで御座るが……担当の天使らは気を落とすで御座ろうな」
「下手に叱られるよりも、メンタルに来るなぁ、それ」
透き通った青空を見上げて呟く僕に、ゼルが応える。
そう、この小島へは、大型化したゼルの背に乗ってやってきたのだ。
この異世界にやってきた当初は、その背に乗るのは羽ばたきの揺れに耐えきれず酔っていたけれど、位階が上がったり何度も乗ることで、今では慣れたものだ。
そして、この上もない護衛であり、同時に僕にとっては現状一番気軽に弱音を吐ける相手でもある。
「お館様への負担を読み切れなかったのは、事実で御座る。そも、あれらもまだまだ官吏として学んでいる最中で御座る故」
「……組織の運営って、大変だよねえ」
何しろ、七曜神や七大魔王は、設定としてそうであると定められているからとはいえ、視点が世界の運営を司る神そのものだ。
人レベルの弱音を聞かせるのは、余りに恐れ多いだろう。
プレイヤーであるホーリィさん達同盟の仲間なら、同じようにマイフィールドの取りまとめなどで同じ話題を共有できるけれど、それは多忙さも僕と同じという事になる。
同盟として定期的に集まって情報共有などしているけれど、最近では中々時間を合わせづらくなってきた。
そして、ゼル以外の仲魔モンスター達に弱音を吐くのは……過剰に反応しそうで、怖いのだ。
いっそ心労を癒そうと無暗矢鱈に甘やかしてきたり、過剰なスキンシップを強行したりしてきかねない。
そうなれば、ただでさえも疲れているのに、一層疲労を重ねる事になってしまう。
その点、ゼルは同性と言う事もあり、そして僕の一番身近にいて状況を把握していると言う点で、色々な事を打ち明けやすいのだった。
「それでも、回っておるだけマシで御座ろうなあ」
「そうだねえ、他の実体化したマイフィールドだと、手が足りて無い所も多いしね」
とはいえ、僕のマイフィールドは国として成立している方だ。
神々や大魔王配下の天使や悪魔など、官吏に向いたモンスターが無数にいるうえ、情報収集としてフェルン領内で悪魔たちが先に動いていたから、役人などの役割や動きを学習できていたのが大きい。
何しろ、西の大陸に実体化したマイフィールドの中には、まともに集団としてさえ機能していない物もあるのだ。
野性的な獣人ばかり集めたプレイヤーが狩猟生活余儀なくされたり、そもそも知性が足りずに野生に帰られたりするのは良い方。
中には配下にそれぞれ相性の悪い種族を抱えて半ば内乱めいたことになっている場所もあるらしい。
そういったプレイヤーが、ある程度統制の取れたプレイヤーに助けを求めて同盟を組んだり、僕らの同盟「迷子達」に助けを求めてくるなんてこともあった。
もちろん、助けを求められれば極力応じているし、その流れで僕らの同盟に参加したプレイヤーも増えている。
それに伴って西の大陸は今、幾つかのプレイヤーグループに纏まろうとして居たりもする。
例の堕ちた世界樹の一件は、その流れをさらに加速した一面もある。
僕の執務疲れも、その流れからくる事務処理仕事や陳情が増えたからという一面があった。
「それに、例の塔の調査は難航してるのもある。アレは難物だなあ」
「ルームの塔、で御座るな」
そしてもう一つ、今僕らが進めているのは、「ルームの塔」そう名付けた搭の調査だ。
西の大陸に、天まで届きそうな程高く聳えるそれは、「マイルーム」の集合体だ。
アルベルトさんのような、フィールド仕様にしていないマイルームは、全てこの塔の一室という扱いになっている、らしい。
はっきりと言えないのは、余りに部屋数が多い為、全容を未だ把握できていないからだ。
更にマイルームの仕様上、各部屋に扉などは無く出入りは転移の門を通じて行われ、基本的に窓なども無い、完全に各部屋独立した空間になっている。
唯一の出入り口である門は基本的に東の大陸で出現している上、部屋同士を隔てる壁が強固であるため、部屋同士の行き来は難しい。
廊下も通路も階段も無い、ただひたすら「ルーム」が集まっている塔を調査すると言うのは、余りに手間がかかり過ぎるのだ。
だが、「ルームの塔」の調査は必須だ。中にプレイヤーが居る可能性があるのだから。
「霊体系のモンスターなら一応壁抜け出来るのが救いだけど、難点もあるからなあ……」
「敵対者と思われ、成仏させられてしまったので御座ったな……」
一応、フェルン領内に敷設した情報網にも使った聖なる幽霊のような霊体モンスターなら、「ルームの塔」の壁もすり抜けて調べる事も出来るようになった。
けれどゼルの言う通り、神官系プレイヤーやNPCにモンスター等に察知されて、敵と思われて撃退される事故も多発しているのだ。
これには、僕も頭を抱えるしかなかった。
「いやまあ、壁から急に幽霊が現れたら驚くで御座ろうなあ……」
「今ルームに籠ってるのは、外の世界に怯えたプレイヤーばかりだし、過剰反応してもおかしくないのは確かだし、不法侵入って言われると実際その通りだから難しい……」
そんな調子で、現在「ルームの塔」の調査は半分も終わっていないのだった。
そして、調査を行っている聖なる幽霊は天使の一員。退散させられたことの対応などで、これもまた天使から書類や要望が飛んで来る。
配下が退散させられて涙目の情報処理担当の天使からの訴えは、何とも精神的にきつかった。
「……お疲れで御座るな」
「本当にね……でも、主として振る舞うと決めた以上は、ね」
それでも、ほぼ成り行きとは言え王になると決めたのは僕だ。
皆と契約し、マイフィールドに配置して、そのように生きて欲しいと願ったのは僕だ。
だから、彼らが生きる為に必要な仕事を、僕はこなさなきゃいけない。
とはいえ、疲れてしまうのは避けられないのだけど。
「ふむ、先に上空から見た限り、この島は安全な様子。今しばらく散策して気を紛らせてはいかがで御座るか?」
「……そうだね、ちょっと散歩して来るよ」
ゼルの気遣う声に、僕は頷いて立ち上がった。
この島は、西の大陸の付近に無数に浮かぶうちの一つ。
もしかすると、誰かのマイフィールドが実体化したのかとも思ったのだけど、そうでもないらしく、完全に無人でモンスター等も居ない。
南国風の植物に、居るのは野生の小鳥や小動物程度。
全周を砂浜で囲まれた、いびつなひし形のような形をしている。
一周すると、数キロ程度だろうか?
散歩には丁度いいだろう。
そう思い、歩いていて出くわしたのが、例のゼリーのような物体だった。
「上から見た時には、無かったはずだけどな……? これだけカラフルなら、見間違えるはずも無いだろうし」
首を傾げながら、改めてゼリー擬きを見る。
ちょっとした海風に揺れる様は、何とも柔らかそうだ。
ふと思い立って、浜辺に落ちていた丁度いい立木を手に取って、それでつついてみる。
想像した通り、「フルン」と揺れた。
そして、想像以上に弾力がある。ちょっとつついただけでは、木の棒はゼリーの弾力に押され、貫くことができないのだ。
「……反撃は、してこないな」
そして、無反応。
アナザーアースのモンスターなら、非アクティブ状態でも多少つつくとアクティブ状態になって攻撃してくる。
しかし、このゼリー擬きはその様子もない。
まったく何事も無かったように、海風に揺れるだけだ。
しかし、確実に変化はあった
「……? なんだって……増えてる!?」
柔らかな何かが落ちるような音。
振り向くと比較的近い場所に、新たなゼリー擬きが存在していた。
それも複数。
そして、同時に頭上からの光を遮るナニカ。
「っ!? 上!?」
頭上に何者かを感じて慌てて飛びのくと、僕のいた砂浜に落下するゼリーの姿があった。
その事実に、慌てて見上げると……
「………は?」
視線が合った。
上空から、ゼリー擬きを降らせる何者かと。
ただ、その姿は僕の想定を逸脱していた。
道化師だ。
あちこちに色とりどりの四角い意匠を組み込んだ道化師が、ゼリーでジャグリングをしていたのだ。
あまりうまくないのか、ジャグリングに失敗しては、道化師は頻繁にゼリーを落としてしまう。
その落としたゼリーの正体が、砂浜に散らばるゼリーの正体。
そして、その姿に既視感が明確な記憶となって形になる。
「落ち物パズルじゃないか!??」
名作落ち物パズルゲーム『プルプルゼリー』のイメージキャラクターにして、名も無きピエロが、砂浜の上空で狂ったようにゼリーをばらまいていたのだった。