第21話 ~戦場の始末~
「全く、派手にやりやがって……こいつを発動させてなきゃ、どんだけ被害が出てたことやら」
森の上空、ホーリィの世界へと通じる門の上で、関屋は遥か遠方の恐るべき戦いを一部始終見届けていた。
空を飛べぬドワーフである彼を乗せているのは、鷲馬。鷲の頭と翼、前足を持つ馬といった姿を持ち、比較的手懐け易いとされるモンスターだ。
ある種の召喚アイテムでも呼び出すことができ、『AE』時代では位階が準上級以降となった多くのプレイヤーが、冒険の足として利用してきた。
関屋も職人として素材アイテムを集める際の『足』として、このモンスターを呼び出すアイテム<鷲馬の手綱>を持っている。
よって、こうして夜光達の戦いを遠方から観戦しえたのだった。
だが、別にただ物見遊山であの戦いを見ていたわけではない。
関屋の手の中には、あるマジックアイテムが光を放っている。
拳大の水晶球のようなそれは、名を<見果てぬ戦場>という。
関屋が夜光に頼まれ急ぎ用意したもので、その効果は、『任意の空間で大規模戦闘を可能とする』というものだ。
元々『AE』では、大規模戦闘とは特定のポイントでしか行えない戦闘形式だった。
しかし、プレイヤーからの要望で、もっと気軽に様々な地形で大規模戦闘専用の『軍』や『巨大モンスター』同士の戦闘を行いたいという要望があがったのだ。
しかし、その要望に応えるには大きな問題があった。
大規模戦闘は、その規模から必然的に、通常戦闘とは段違いの広大なエリアを必要とする。
無暗に大規模戦闘を行った場合、通常の冒険を楽しむプレイヤーの邪魔ともなりかねない恐れがあるのだ。
その対応として生み出されたのが、この<見果てぬ戦場>だった。
この水晶球は、任意のフィールド全体を、『大規模戦闘専用空間』と『通常空間』の二つの空間が重なった状態にするのだ。
大規模戦闘専用空間の中で起こった事象は、通常空間へ影響を及ぼすことなく、また通常空間への干渉もできない。
通常空間の出来事も同じで、大規模戦闘専用空間への干渉は不可能となる。
つまり同じフィールド内で、大規模戦闘と通常の冒険とを共存させられるのだ。
このため、発動中に起きた轟音や巨大な魔獣同士がぶつかり合った衝撃や振動などは通常の空間へ影響を及ぼすことなく、付近の町――つまりガーゼルでもこの戦闘に気付く者は皆無だと言える。
夜光が関屋にこのアイテムの用意を頼んだのは、その為だ。
巨大なモンスター同士のぶつかり合いは、夜の静寂を容易に引き裂く。
夜光は、現状でこのような大破壊を引き起こせるようなモノが存在すると、国などに気取られるのは時期尚早と判断している。その隠ぺい策として、<見果てぬ戦場>はうってつけだったと言える。
そして今、ぶつかり合う二つの勢力の内の一つが戦闘力を失ったことで、水晶球は光を失っていく。
すると、辺りに急激な変化が起こり始めた。
空が割れた。同時に、広範囲を覆っていた半球の膜が燐光と共に消え、その内面に映し出されていた森が形を崩し、その向こうから本来の森が姿を現していく。
まるで水晶球がその力を発揮する寸前の状態に世界が巻き戻ったかのようだ。だが、それは正確ではない。
これは、大規模戦闘用の空間の維持が失われたがために、その中に居た者達が通常の空間へと戻っているのだ。
<見果てぬ戦場>がその機能を完全に停止すると同時に、特殊な空間は完全に消滅した。
「っと、こりゃどうしたこった? 何でコイツが発動した後の被害が……?」
だが……どうやら、戦闘中の轟音や異形の戦いの光景を他者の目に触れさせないというのは、完全には果たせそうにもないようだ。
水晶球の力を発動するまでに大地喰らいが残した喰い痕はともかく、発動後に生じた戦闘中になぎ倒されたり大地喰らいの血で焼かれた樹木の残骸などが、消え去らずに残っていたのだ。
「……あ~、こいつはつまり、森に生えてる木とかも、大規模戦闘空間に取り込んじまってたのか、まさか?」
「あ、戻ってきたわね~。おかえりなさい、首尾はどうだった?」
関屋が下からの声に目を向けると、神官服に身を包んだ集団と、その先頭に立つホーリィの姿があった。
「大地喰らいって化け物はユニオンリーダー達が一応無事に潰したみたいだぜ。なぁ、俺達が消えてる間、森の一部も消えてたか?」
「そうよ~! すっごいガランとした空き地が広がってたわよ~」
ホーリィの言葉に、内心で毒づく関屋。
『AE』内では、森などの地形で大規模戦闘専用空間を展開しても、通常空間には森はそのまま存在していた。
それはつまり、ゲーム内の『森』はあくまで地形としてのオブジェクトだったのだろう。それゆえ、通常空間、大規模戦闘専用空間双方に存在し得た。
だが、この現実世界では、森は生きている存在である樹木によって形成されている。
<見果てぬ戦場>を発動すると、周囲の地形そのままの大規模戦闘専用空間を展開する。
この世界でその効果は、実際の森その物を取り込み再現するようになっているらしい。その為、通常空間で森が失われたのだ。
それはつまり、先の戦闘での森への爪痕がそのまま残ると言う事だ。
「あ~、ホーリィの姐さん……ちょいと森への被害が大き過ぎてる。目いっぱい働いてもらわなきゃいかんらしい」
『生きている』以上、森の木々への治癒魔法も効果が無い訳では無いだろう。だが、あの派手なぶつかり合いの結果の惨状は、森の中の地形が変わる程になっている。
ホーリィが万が一の為を考えて準備させた神官団だが、朝までに森を誤魔化せる程度に治癒可能だろうか?
そもそも、根ごと食い尽くされた『食べ痕』はどうするべきなのか?
そんな懸念を抱いていると、関屋とホーリィの指のユニオンリングが淡い光を放ちだした。
直通ボイスチャット機能が働き、彼らの同盟<迷子達>のリーダーの声が響く。
『関屋さん、ホーリィさん、とりあえず大地喰らいは倒したよ』
「ああ、こっちでも見てた。森が酷い有様になってるように見えるが」
「やっくん、みんな怪我は無い? 私達、直ぐ向かった方が良い?」
半ば頭を抱えながら返す関屋と心配げなホーリィ。
「はい、ホーリィさんは神官さん達と直ぐ来てください。あと、関屋さんには、またアイテムを頼みたいんですけど……<料理長の食糧袋>の最大サイズを直ぐに用意してもらえますか?」
「料理長の食糧袋ぉ? 有るには有るが、何に使うんだ?」
夜光からの返事に、関屋は盛大に首を傾げる。
その疑問への答えは、簡潔明瞭なほどだった。
「それで、大地喰らいを封印します」
先刻までの戦場だった森の中の開けた荒地で、夜光とその仲間達は、膝をついたギガイアスの前でその物体を囲んでいた。
「これがあのイノシシモドキの本体……いいえ、『核』なのね。随分大きな結晶ね」
「これ、あまり近づくでない。いくらそなたの能力減衰魔法と妾の封印符が効いておるとはいえ、直接触れればあの『肉』に変えられるやもしれぬ」
リムスティアが覗き込もうとしたのは、脈打つように明滅を繰り返す、人の腰までほどの大きさの結晶体だ。あの肉の色と同じ金属めいた光沢と銀白色でありながら、透明度もあると言う奇妙な物体だった。
その表面には九乃葉による、魔力の回復を阻害する符と、あらゆる能力を引き下げるリムスティアの魔力が絡み付いている。
また、下手に何者も触れないように、防護魔法まで施されている。
これこそが、ギガイアスが大地喰らいの体内から引き抜いた『核』だった。
全ての『銀の肉』が消滅した後、夜光たちはこの結晶体の処遇に頭を悩ませていた。
初めは、あのような魔獣が再び現れぬよう、ゲーゼルグがその剣でかち割ろうとした。
何しろ、どこかから現れその表面に触れた虫が、銀の雫へと姿を変えたのだ。
放置したならば、必ずや生き物を取り込みあの滅びの魔獣が蘇る事となる。
しかし、結晶体はその脆そうな見た目とは裏腹に、いかなる物理攻撃もものともしなかったのである。
遂にはギガイアスに踏みつけさせてもみたが、傷一つつかない有様だ。
だが、その試行錯誤の結果、元々命を持たない物質は『食べる』事は出来ても、吸収は出来なかったようであり、またこの『核』の状態では魔法の吸収は出来ないらしいと言う事もわかってきた。
そこで、夜光はある策を思いついたのだ。
とりあえずは力を持たせないように魔法で弱体化させつつ、一行は関屋やホーリィの到着を待つ。
それほど時間を待たずして、ホーリィの門の方角から、一行の元へ飛んでくる影があった。
「おおい、リーダー! 頼まれた例の物持って来たぜ!」
「やっく~ん、おまたせ~! って、何コレ!? みんな、直ぐに森の木の治療に入って!」
鷲馬に乗った関屋だ。
同時に、森の中の街道を通り、ホーリィと神官団もやってくる。
森の惨状を見たホーリィは、すぐさま神官団と共に森の再生に取り掛かった。
治癒魔法の数々が、傷ついた木々を再生させていく。
それを後目に、関屋が布の塊を持ってくる。
複雑な刺繍で彩られたそれは、広げると背負い袋だと判る。
「一応食糧アイテムも扱ってるから持ってたが……コイツでそのクリスタルモドキを封印するだって? やりたいことは解らんでもないけどなぁ……」
関屋が半信半疑なのも無理はない。
その背負い袋<料理長の食糧袋>は、食糧素材を新鮮に保ったまま大量に保存できる魔法の袋だ。
その中に入れられた食糧素材は、入れられた時のまま、取り出されるまで鮮度を保ち続けるのだ。
また容量も多く、中に入れたアイテムの重量も無視できると言う、純粋に袋アイテムとしても優秀な性能を持っている。
つまり、
「理論上は可能だと思うんです。鮮度が保たれるってことは、腐敗や虫喰いにも影響されないって事で、つまりは不要な生き物がその中には入らないか、もしくは『変化』が封じられるって事だと思います。この結晶は生き物に触れると取り込みますけど、そうでないなら無力ですし。なら、その中に入れてしまえば、力を得られないままの状態にできるんじゃ無いでしょうか?」
うってつけの封印装置になりうる可能性が有ると言う事。
関屋も、その可能性は理解しているが、そう簡単に行くのかは不安そうだ。
「まぁ、他にいい案も浮かばん以上、試すのも手か……だが触れないんじゃ、上手く袋に入れられんだろう、こんなでかい代物」
関屋は無下に案にダメ出しはしなかったが、その懸念はもっともなモノだ。
しかし、夜光はニコリと笑ってある魔法を唱え始めた。
「生きてない存在が入れればいいんですよ。丁度、大地喰らいのおかげで、ボーナス経験がもらえましたから……<簡易作成:粘土人形>」
詠唱が終わると同時に、夜光の目の前の地面が盛り上がり、不格好な人型の姿をとった。
それに向けて夜光が命じると、粘土人形は大地喰らいの核を抱える。
吸収される事の無い人形を見つつ、関屋は納得したように頷いた。
「なるほどな。魔法生物なら取り込まれる事も無いってか。つか、あれだけの化け物倒したなら、そりゃ下級じゃ一気に位階が跳ね上がるのも当然か」
もう一体夜光が作り出した粘土人形に<料理長の食糧袋>を渡しつつ、関屋は意識に情報ウィンドウを開く。
夜光の位階を調べると、その位階は中級:2の段階にまで上昇していた。莫大なボーナス経験値がもたらした急成長の結果だ。
あの大地喰らいは、戦闘中に確認したところ、一体に融合した段階で位階は実に伝説級110に達していた。
大地喰らいを倒した事により得られる経験値は、仲間モンスターとのレベル差の補正を含めても、なおあまりある物だったのである。
そして、今夜光が使用したのは、一定時間で自動崩壊する簡易魔像作成魔法で、中級位階から使用可能となる魔法だ。
それを易々と使用したことで、関屋はその成長を察したのである。
そして、無事<料理長の食糧袋>に『核』は収まった。
試しに、袋の上から虫などを触れさせてみたが、銀の肉に変わる様子は無い。
夜光の策は、どうやら当たった様である。
「……まぁ、今後も様子は見にゃならんだろうが、こいつはコレでひと段落したって事か」
「はい。念のために、コレは万魔殿の空き部屋に厳重封印しておきます」
一つ懸念が晴れたという関屋に夜光。
しかし、まだ問題が一つ片付いただけだ。
関屋は思い出したくもない問題を自覚するように、人差し指を下に向ける。
「で、次は……コレ、どうするよ? 木の苗でも植えるか? だが、元通りになるまで何年かかるかわからねぇぞ?」
示した先は、むき出しになった地面。
見渡せば、懸命に傷ついた樹木を治癒する神官団。
まだ根の欠片でも残っているような樹木は強力な治癒魔法で再生されているが、いかんせん貪欲な大地喰らいに根の先まで食らい尽され、失われた木々は治癒魔法で再生できない。
ましてや、それはここから森の端まで続いているのだ。
更に言うなら、大地喰らいの『喰い痕』は、森の外の草原を横切り、丘陵地まで伸びている。
普通に考えれば、全てを元通りにするなど不可能だろう。
「それに関しても、一応考えは有ります。さすがに森の外までは、僕も良い手は思いつきませんけど」
「……有るのかよ、手が」
「ええ、元通りとはいかないとは思いますけど……誤魔化す程度には。それには、ギガイアスに戻ってもらわないと」
だが、関屋の予想に反して、夜光は事も無げに言い放つ。
彼の命を待ちながら膝をつく魔像の巨体を見上げ、その労をねぎらいながら。
そして、数時間後。
見事なまでに緑に覆われた元『喰い痕』の中で、苦笑するプレイヤー三人の姿があった。
「……あ~、一応森にはなってるな。一応な」
「でも、これって、外来種の浸食って感じよね~」
「他に手が無かったから仕方ないです。皆には極力普通の木でいるように頼んでいますから」
夜光の声に、風も無いのに木々が枝葉を揺らし、ざわめく。
<樹木翁><歩行樹>などといった植物型モンスター達は、豊富な栄養を含んだ森の土と、関屋の用意した栽培植物用成長剤を糧に増殖を続けている。
<樹木乙女>等の植物を操るモンスターによって森の別の場所から巨木を移動させるなどの成果もあり、急速に緑に覆われたむき出しの地面は、もはや僅かにしか残っていない。
コストの問題も、植物型モンスターの多くは光や水と言った要素で賄えるため、夜光の策は確かに有効といえた。
もっとも、植生が違うのは明らかであり……応急処置の域を出ないのは確かで、
「どれくらい誤魔化し切れるかしら?」
「……とりあえず、関屋さん、苗と成長剤追加お願いします」
「わかった。急いで用意しとくぜ」
今後も忙しくなりそうなのは確かなのだった。