第36話 ~商店街の傑作~
(こいつは拙いぞい!?)
黒い靄発生の最中、即動き出せたのはドワーフの職人のギルラムだけだった。
ゲーゼルグや九乃葉ら、大樹周辺で戦闘していた者達は黒い靄に囚われ、夜光やライリーは愛する仲間達に反旗を翻される行動をされ混乱の中にあり、とっさには動ききれず。
もう一人、乗騎の竜王ヴァレアスと一体化したアルベルトは、大規模な雷撃を放ちかつはるか上空に位置しており状況を把握し切れていない様でもあった。
そしてこのドワーフの職人戦士だけは、未だ森の中にとどまっていたため唯一難を逃れ、また今回の地下へ向かうパーティーで初めて他のメンバーと組んだために、行動を反転させられた者からの優先順位も低く、標的とはされていない。
故に、ギルラムはこの場で唯一状況への対応が可能な存在であり……、
(しかし、どうしたら良いんじゃ!? この有様は!?)
同時に、最も戦場での経験が少なかったために、混乱するしかなかったのだ。
ギルラムの戦闘能力は、商店街への襲撃から鍛え始めた為、促成栽培に等しい。
戦いの場で扱えるのは、斧を扱う戦士の技と、地の精霊に特化した精霊使いの技、その程度。
そして、咄嗟の判断力とは、場数を踏むことで磨かれるもの。
職人としてならともかく戦闘者としてのギルラムは、技量はともかくそう言った瞬時の行動を突かれると弱い。
ただ幸運であったのは、ゲーゼルグらはあくまで主である夜光やライリーに刃を向けるなりしているため、ある程度余裕があった事だろうか。
そしてもう一つ。
GOOOOOOOON……
ギルラムの足元に、もう一体、判断可能な存在が居た事であった。
石化の魔獣、カトブレパスの魔眼を機能に組み込まれた巨牛タイプの内燃動力型の自動人形『試作型蚩尤号』。
関屋商店街が開発した量産型の戦闘人形は、ただ魔眼を用いて敵対者を石化させるだけではない。
そもそも、この自動人形の開発目的は、時期によって何度か変更されている。
最初期は山賊に襲われた関屋商店街の防衛のため。
この頃は、相手が山賊のような人間サイズのものを想定していたため、今のような森の木々から頭を覗かせる様な大型モンスターではなく、精々亜人種としての巨人種程度──身長3m程度──を想定していた。
しかし、『外』の世界に強力な敵対存在が確認された事で、次第に大型化していったのだ。
何しろ人間サイズから、何十メートルもの大型に変化する事例は、滅びの魔獣の例を取っても数度あり、同時に『外』の世界の国々に協力するプレイヤーの存在を考えると、人サイズだけの戦力だけでは心もとない。
夜光のマイフィールド内にいるドワーフの職人達と共同で研究していた内燃機関も組み込み、また西の大陸で無数のマイフィールドが『外』の世界で実体化した後は、協力者となったプレイヤー達へ提供する防衛戦力としての特性も加味され、量産化を図られるようになった。
今回、ギルラムがこの地下空間に持ち込んだのは、その試作品だ。
素体となる機体に対して各マイフィールドの特色に合わせてカスタマイズされる予定であり、試作品であるこの機体はそのオプション装備をこれを機に全載せして、実戦での運用を検証するように職人仲間から託されていた。
その中には、半自動で長期間防衛するための高度な判断力、そして……、
「ご主人様、お、お命を……えっ!?」
「マスター、白衣も正直駄目です。もう服を一緒に洗濯してあげませ……っ!?」
暴れる『庇護対象』を捕縛する、ワイヤーガンなどが含まれている。
ギルラムの指示を待たずして状況を判断した『試作型蚩尤号』は、森の縁に近かったマリアベルとメルティを無数のワイヤーで絡め取り、一気に自らの元へと引き込んだのだ。
「た、助かりましたわ……でも、わ、私は……なんて事を……」
「感謝します、ギルラム様。ですが、ソレよりも今は……マスター! 今の全部冗談です偽りです方便です! お気を確かに!!!」
「お、おう……無事で何よりじゃの」
黒い靄から解放された二人は、感謝の意を示しつつも、マリアベルは、自らの行いに呆然とし、メルティはすぐさまライリーに向け延々と釈明と謝罪をし始める。
己の意志からくる行動を反転させられたショックは、余りに重い様だ。
ギルラムとしても、彼女達二人を助けたのは『試作型蚩尤号』の判断の賜物なので、曖昧に返すにとどまった。
何より、それよりも優先すべきことがある。
「むっ! 流石に今のは注意を引いてしまったようじゃの……地の精霊よ、防ぐのじゃ!」
「っ!? ここの!?」
不意に飛来した巨大な炎に反応し、咄嗟に巨大な土壁を生み出し受け止めるギルラム。
白く燃える炎に見覚えがあり過ぎるマリアベルは、放たれた元の巨大な魔獣に声を強張らせた。
よく見れば、その炎は伸ばされた巨大な尾だ。炎の属性を纏った巨大な鞭の如きその尾は、夜光のパーティーモンスターである九乃葉に他ならない。
それも、一度は解除したはずの巨大化した姿で。
マリアベル達を救出した事で、九乃葉のターゲットにされてしまったようだ。
一応、上空の夜光に攻撃している比率が多いが、同時に明確に仲間であるマリアベルも狙われている。
「……反転していながら、こうも狙われるとなると、仲は良いようじゃのう」
「喜ぶべきなのでしょうけど、素直に喜べませんわ!!」
好意に反して殺意を持つような攻撃が酷くなると考えれば、なるほど主戦力の尾で狙ってくると言う事は、仲間内での関係は良好だといえる。
大半の攻撃は上空に向けられているとはいえ、普段から仲が良くなければ、こうはならないだろう。
更に、同様の事例は続く。
「っ! 闇の守りよ!!<闇衣防壁>!!」
「竜人のからもか! 仲が良くて何よりじゃ!」
「言っている場合でして!?」
不意打ち気味に飛来した竜の吐息をマリアベルが強固な闇の障壁で受け止め、ドワーフは呵々と笑う。
ゲーゼルグは上空で囮になる飛行型の魔像に向けて、巨大化した大剣を振り回し、時に吐息を吐きかけていたが、同僚であり仲間であるマリアベルが救出された事で、矛先をギルラムらに向け始めたのだ。
ただ明らかに上空へ向ける攻撃に比べ、マリアベルへ向ける攻撃の比重が軽いのは、夜光への忠義が何よりも優先される武人としての忠誠心の質によるものだろうか?
だが、コレは好機でもある。
夜光達、後から来た戦力に向かうはずの攻撃をある程度受け持てば、その分彼らが動きやすくなり、大本の『白金の大樹』や『陰陽の魔獣』を叩きやすくなる筈だ。
(要は作業の分担じゃの。職人仕事にも通じるわい)
戦闘者としてではなく、仕事を処理する職人としての感覚で、ギルラムは方針を決めた。
「吸血鬼の姫さん、一緒に囮になってもらっても良いかのう?」
「構いませんわ」
「メイドの嬢ちゃんは……いつの間にかおらんの」
「……彼女の御主人様の元へ向かったのでしょうね」
いつの間にか姿を消していたメルティと、ある方向へ一直線に立ち枯れていく白金の森を見てマリアベルは首を振る。
出来るなら自分も同様に自身の主に行いへの謝罪を連ねたいところだが、それをするにもまずこの状況をどうにかする必要があった。
その為には、決め手を持つはずの夜光達の負担を減らすのが近道だ。
故に、マリアベルはギルラムの案に乗り、ゲーゼルグと九乃葉の注意を引き付け始めた。
ギルラムも、防壁を作りやすい地の精霊を駆使してそれらを受け止めていく。
そして……もう一機。
自動人形『試作型蚩尤号』もまた、人知れずが新たな装備を稼働させ始めたのだった。