第34話 ~死地に降り立つ~
身体が思うように動かない状況であるならば、ゲーゼルグは何度も経験してきた。
今しがた体験した、身動きできぬまま退くに引けぬ様も、その一つ。
かつて主たる夜光と共に世界を駆けまわった時ならば、時に身体を石化され、時に巨大な結晶の中に閉じ込められ、時に得体の知れぬ力で金縛りにされるなどもある。
だが、自身でも普段以上に軽やかに身体が動く感覚の中、意図とは真逆になるなど、ゲーゼルグにとっても初めての経験だ。
「ぬあぁぁぁぁっ!?」
悲鳴そのものの掛け声とともに、巨大化した愛剣が天を裂く。
再度大型化し、30m級の巨体から放たれるのは、かつて堕ちた世界樹を切ったのと同じ、天を割る必殺の刃。
仮に希少金属で造られた魔像であろうとも、まともに当たれば断ち斬らずにはいられない一撃だ。
その軌道上にあった巨体が、紙一重で刃を避けた事に安堵する暇も無く、己の身体は次なる斬撃を放っていた。
間断置かない切り返しの刃。
剣士系称号が習得する、<ツバメ返し>のスキルは、特定の攻撃スキルを連続化させる。
一撃目を回避した相手に対しては命中及びダメージに補正がかかるため、回避スキル殺しの異名を持つ定番スキルだ。
(お館様! お避け下されよ!)
内心の悲鳴は、言葉も出来ない。
先刻から、連続して竜の吐息を放ちすぎたため、喉が焼けているのだ。
主の無事を祈りながら、致死の一撃を見舞う身体をどうにもできないゲーゼルグは、鈍い音と共に辛うじて装甲の一部を削られただけに留めたギガイアスの無事を確認して内心で安堵の息をつく。
だが、これで終わりではない。
己の剣士として、そして竜王としての力を全力で発揮しながら、ゲーゼルグは己の主である夜光の乗るギガイアスを攻め続けて居た。
ゲーゼルグの意識は、はっきりとある。
問題は、己の身体が完全に意図とは真逆に動いている事だ。
異変にゲーゼルグ達が気付いたのは、ライリーとアルベルトの強力な二連撃が炸裂する寸前。
主である夜光達の動きを察知した彼らは、大型の攻撃が放たれると同時に離脱しようと身構え、そして己の身体が思うように動かなくなっている事に気が付いたのだ。
同時に気が付いた。
間断なく放たれ続けた、白と黒の胞子の放射。その放たれた胞子が、周囲を覆っていることに。
初めゲーゼルグと九乃葉が身動き取れなくなった時と、ある意味では同じ。
だが、ゲーゼルグ達とて、対策はしていた。直接触れないよう、飛沫からも大きく距離を取りつつ回避するなり、残りを炎などで焼くなりしていたのだ。
しかしあの『漆黒の呪縛』は、その程度の対策では消えていなかったのだ。
何時しか『白金の大樹』の周囲を、黒い靄が覆いつくしていた。
いや、ゲーゼルグ達が離脱しようとした瞬間にその濃度を増したことから、何らかの意図があったのだろう。
黒い靄が発生した瞬間から、ゲーゼルグ達の身体は己の意図に反して主たちを攻撃し続けて居る。
(我等の忠誠心が篤いが為に、お館様に刃を向ける事となろうとは、何たる皮肉で御座ろうか…!)
当事者になっているゲーゼルグには判る。
この黒い靄は、<反転させる>権能だ。
先刻までは、『白金の祝福』の『力を与える』という特性を反転させ、『力を奪って』身動き取れなくさせるという間接的な効果を発揮していた。
だが今は、ゲーゼルグ達そのものに、その権能が及んでしまった。
対象の意図を反転させ、『本人が最も望まない事を、望まない形で行動する』という、恐るべき状態に、ゲーゼルグ達は陥ってしまったのだ。
結果、忠誠心の篤いゲーゼルグ達は夜光に向け攻撃し始め、メルティは何やらライリーに通信で絶縁を突き付け精神に致命的なダメージを与えていた。
不幸中の幸いだったのは、森の縁に近かったメルティやマリアベルは、比較的早い段階で森の中のギルラムの自動人形から伸びたワイヤーで巻き取られ、靄の範囲から離脱できたことだろう。
どうも、この黒い靄は、白金の森にまでは届かないか、効果が薄いようだ。また主達が居る様な上空高くも届いていないようである。
その為、森の中に居たままだったドワーフの職人は難を逃れ、また主達も同士討ちなどを起すことはないが、だとしても状況は決して明るくない。
「イヤアアアアアアアァァァァッ!?」
ゲーゼルグと同じく悲鳴の様な叫びを上げる九乃葉は、森に向けてその尾を振るっている。
靄から脱したメルティやマリアベル、そしてギルラムらを攻撃しているのだ。
また、空中に幾つも出現させた蒼白い炎を、上空のギガイアスや、応龍となったヴァレアスに向けて放っている。
その為か、ヴァレアスは先の強大な一撃を、再度放てずにいるようだ。
唯一自由なのは、遠方に離れ長距離から砲撃を続けるライリーの伍式迅雷だろうか?
メルティに絶縁された際は瞬間的に自死を選びそうになっていたライリーだが、事情を理解しメルティが靄から解放されると、一転鬼気迫る勢いで遠距離から致命的な砲撃を続けていた。
ゲーゼルグや九乃葉が動き回るため射線を通すのに苦労しているようだが、的確に『陰陽の魔獣』と『白金の大樹』を削り続けて居る。
ただ、ここはあくまで『白金の祝福』である触手と胞子の本拠地だ。
森には『白金の騎士』がまだ無数におり、それらの対処も強いられる中長期戦は困難だと、ゲーゼルグの指揮統帥系称号<元帥>が冷徹に告げていた。
ゲーゼルグにとって幸いだったのは、『白金の騎士』達に対して、<元帥>の指揮効果が及ばない事だ。
もし<元帥>の強力なバフが『白金の騎士』達に、ましてや『陰陽の魔獣』や『白金の大樹』に付与されていたら、夜光達は撤退を選ぶしかなくなっていただろう。
(何か手はないで御座るか……!)
状況は膠着状態に陥りつつあるが、だからこそ拙い。
ただでさえ、夜光は不調なのだ。
他の一切の要素よりもまず、夜光の体力が保たない危険性が、ゲーゼルグを焦らせていた。
□
「ハーニャ、このまま回避続けて! 攻撃をもっと引きつけるんだ…! っ!? ゴホッ!ガハッ!ゴホゴホッ!!!」
「やっくん、もう無理よ! 一度戻った方が…!」
「そうですよ、マスター! 」
「……駄目、ですよ。いまここで引いたら、ゼル達を取り戻せないかもしれない……! その為には、一番狙われやすい僕が囮になって攻撃を引き付けないと!」
ギガイアスの操縦を任せているハーニャに、ゼルとここのの攻撃を上空で引きつけさせながら、僕は戦闘を続けていた。
ホーリィさんとターナに支えられながら、僕は外界表示を睨みつける。
あの黒い靄に操られているらしいゼルとここのは、上空の僕を乗せたギガイアスを集中して狙っている。
『陰陽の魔獣』と『白金の大樹』の攻撃も止んでいない中、他の皆が攻撃する隙を作るには、ギガイアスが囮になるのが最も妥当だ。
事実、ライリーさん達や靄から脱した皆は、遠間からあの二体の敵を攻撃し続けて居る。
幾らでも湧いてくる『白金の騎士』達も未だ居るけれど、ゼルとここのの攻撃に比べれば、マシと言うほかないだろう。
上空から見ていると、魔獣と大樹はここまででかなり削れていて、もう一押しあれば押し込める様な気配を感じた。
だけどホーリィさん達の言う通り、僕の状態はかなり悪くなっていた。
かかるGや、戦闘時の緊張の為か、体力を深刻なレベルで削られているのを感じる。
それに、咳に混じって、僅かな血の味を感じていた。
ライリーさんが言うには、『白金の祝福』の浸食が進む時、決まって大きく喀血するらしい。
もしかすると、この血の味は、その前兆なのかもしれない。
だとしても、今ここで引くのは悪手だ。
だから、僕は賭けに出た。
「……ギガイアス! 地上戦だ! 人型形態で行く!!」
上空で回避しやすい巨怪鳥形態から、地上での人型形態に。
他の皆をフリーにするために、僕はあえて、地上戦を選んだのだった。




