第32話 ~参戦する者達~
転移の魔法陣を抜けると、外界表示には幻想的な光景が広がっていた。
燐光たなびく地下世界。
光を宿す透明な木々の森と、純白の雲に覆われたここは、まるで天界みたいだ。
この地下にある白い光が、今も僕を蝕む病の元でなければ、観光気分で見て回りたくまであった。
でも、そんな余裕は無い。
「ゴホッ! ゴホゴホッ……み、皆は?」
少しでも声を出そうとすると、酷く咳き込んでしまう。
しばらく前からぶり返した熱が、肺を中心に僕自身を焼いているようだ。
『白金の祝福』は、僕の位階が上がっていることで浸食は抑えられているけれど、逆に通常の病気として、僕を苛んでいた。
本来感染者は、直ぐに吸い込んだ胞子に侵食されて超常の力を得る分、身体が胞子を拒否しないのだろう。
だけど、位階が上がった僕の抵抗力は、その浸食そのものを拒んでいる。
問題は、僕の身体は胞子という異物を排除するために、病原菌に対するように高熱を発するようになってしまった事だ。
正確な体温は分からないけれど、現実で出たなら倒れているような体温になっていると感覚でわかる。
何しろ、熱を冷ますため魔法で作った氷があっという間に解けてしまうのだから。
そんな体調でも、意識ははっきりしている。
位階が上がった事による身体の頑強さの為だろうけど、逆に言うともっと位階が高ければこんな高熱のような病気の症状さえ抑え込めただろう。
中途半端な位階なのがこの苦しみの原因と考えると、喜んでいいのか悩むところだ。
それに……、
「マスター、やはり無理をしては……!」
「皆様は、リムスティア様以外は前方に健在。リムスティア様は今、後部ハッチにたどり着かれました」
僕を案じる蟻女女王のターナと、オペレーティングで補助をしてくれている蜂女女王のハーニャ。
そして、
「やっくん、分かってるよね? 滅びの獣退治は、今回は後回し。とにかくやっくんの病気の原因だけ倒したら、直ぐに逃げるよ?」
「う、うん……わかってる」
僕を付きっきりで介護してくれている、ホーリィさん。
今はこの三人の力を借りなければ、戦場に立つことも許されなかった。
だた、逆に言うとそこまで力を借りてでも、皆を助けに来る必要があった。
リムの知らせてくれた情報と、皆の苦戦は、そう判断するに足るものだったのだ。
状況の悪さから、ホーリィさんも普段の余裕がなくなっている。
何しろ、一体だけでも強敵だった滅びの獣が、この地には三体も居る。
おまけに『白金の祝福』の大本も此処に居るとなると、まともになんて戦っていられない。
本当は直ぐにでもゼル達を回収して、この地下空間から脱出して、仕切り直したい位だ。
だけど退くにしても、地下空間をこれだけ荒らしたのだから、易々と帰してくれるほどこの地の獣が甘いとは思えない。
事実、ゼル達は敵の猛攻で、転移を行えないでいる。
緊急離脱用に持たせている転移用アイテムは、使用に幾らかの溜めが必要で、その隙がないのだ。
リム以外にも、ライリーさんの元にメルティさんが、関屋さんの元にドワーフの職人のギルラムさんから、それぞれ状況報告がされている。
そのおかげで現地で何が起きているかは分かったけれど、それはかなり厳しい戦況だ。
「ゴホッ! ……リムがギガイアスの中に入るまでは、上空を巡行。その後は……っ! ゴホッゴゴゴホッ!」
「マスター!? ハーニャ! もう少し静かに避けられないの!?」
「無茶言わないで!」
皆を助けようと指示を出そうとするも、地上からの砲撃で、思うようにできずにいる。
特に、今も外界表示に映っている巨大な獣。
本体である『白金の大樹』を護る様に居る、八本足のイソギンチャクのようなあれを倒さない限り、病の大本の『白金の大樹』をどうにもできないだろう。
あの獣は、先ほどから上空を飛ぶギガイアスに向けても、白と黒の胞子の高圧放射を発射してきていた。
上方向の放射は威力の減衰も激しいのか、巨怪鳥形態のギガイアスに届くころには楽にかわせるような速度になっているけれど、とにかく向けられる数とギガイアスの巨体が問題だ。
放射の合間を縫うようにギガイアスが飛ぶと、中の僕も揺さぶられそうになる。
まるで風邪を引いた日にジェットコースターに乗せられているような無差別方向のGに、僕はどうにかなりそうだ。
そもそもギガイアスは、避けるよりも受けて耐える方向で戦うタイプだ。
巨怪鳥形態も、どちらかというと避けるよりも装甲に任せて突っ込む方が得意で、こんな回避に専念するような真似、どこかで破綻する。
それでも、リムからの報告にあった、動きを束縛するような呪縛の存在を考えると、当たる訳にはいかない。
だけど、『陰陽の魔獣』が分かたれてからも、『白金の大樹』は残る枝で大量の放射を続けていたのだ。
大型化を解いたゼル達に向けての放射よりも、ギガイアスの巨体に白と黒の放射を集中させた方が当たる見込みがあるとでも判断されたのか、巨怪鳥形態に向けて対空砲火の弾幕が集中した。
「あっ! またよやっくん!!」
「駄目!? 今度は直撃コ-スよ!?」
「ギガイアス様、よけて!」
遂に、その時が来る。
ギガイアスの巨体にもダメージを通そうと言うのか、複数の枝をより合わせた砲塔が、一斉に火を噴いた。
最早逃がさないとばかりに、網目のような白と黒の線が、ギガイアスに迫る。
……しかし。
カッ! と閃光が走ると、その一部が吹き飛ばされた。
彼方より飛来した砲弾が、閃光を伴い爆発し、網目を引き裂いたのだ。
続き、ギガイアスの内部に声が届く。
『な~にやってるんだ、夜光。とっとと帰るぞ? メルティをこんな埃臭い場所に何時までも置きたくないからな』
『そうそう、シュラート様がうるさいんだよ。ゼルグスはまだ戻らないのかってな』
それとともに後方で、今出現したばかりの魔法陣がゆっくりと閉じていく。
そこから飛び出した二つの影──頼もしい増援を残して。
地下空間を満たす燐光に照らされて、まばゆい光を放つ、総神鉄製の魔像。
九つの首をくねらせる、巨大な竜王とその乗り手。
二つの巨大戦力が、この地下空洞に参戦を果たしたのだった。