第29話 ~巨獣の咆哮~
なんとか毎日更新継続……ガクリ
「何しとるんや、ゼル!! アンタらしくもない!」
「これは不覚に御座らぬ! そなたも黒い放射に気を付けるで御座るよ!」
全てを飲み込むかのような劫火で漆黒の放射をかき消し、『白金の大樹』の元までたどり着いた九乃葉。
普段ならどうとでもないはずの仲間の動きの鈍さに叱咤するも、返って来たのは何時になく緊迫した竜武人の声だ。
「何言うて……っ!?」
更に問おうとしたその時、彼女も違和感を覚えた。
自分の身体が、やけに重いのだ。
まるで全身に重金属の鎖でも巻き付けられているような鈍さ。
普段自在に宙を舞わせる九条の尾も、今は粘度の高い水の中で動かしているかのように、のろのろとしか動かせず、遂には地にまで垂れ下がった。
「な、何や、これは!?」
「思うように動けぬで御座ろう? 先よりこれの為に苦労しておるので御座る」
「何を落ち着いとるんや!? ええい、厄介やな!」
もちろんその様に動きが鈍った二体を、『白金の大樹』と森より追加される『白金の騎士』達が放置するはずもない。
『白金の大樹』──いや、黒い線が加わった事により白黒二色に変じた今は、『陰陽の大樹』というべきか──は純白と漆黒の2種の放射を、そして『白金の騎士』達はその合間を縫って二体の大型化したモンスター達に迫る。
だが、森より来たのはそれだけでは無い。
「行かせません。貴方達は私がお相手致しましょう」
森から飛び出した『白金の騎士』達の一角が、急速に勢いを失い、次々と地面に激突する。
倒れた騎士たちは苦しみ藻掻き、時断たずして動きが止まる。
その身体を構成する白い触手が、見る間に色褪せ朽ち果てていくのだ。
騎士たちを後方から射落としたのは、音も無く飛来した投げナイフ。
どういう技術なのか、一度に何十本も投げつけられたナイフは、騎士たちの身体にかすりでもしようものなら、例外なく同じ運命を辿らせる。
投げナイフ自体はありふれたものであり、騎士たちを悶死させたのは別の理由だ。
凶悪極まりない、致死毒。
ほんの僅か触れただけで死に至る、現実には存在しない猛毒だ。
アナザーアースでも毒使いと錬金術、二つの薬品生成に関わる称号をもち、なおかつ伝説級に至らねば扱えない毒を、森から騎士たちを追って飛び出して来た彼女なら扱える。
メイド人形のメルティだ。
「……どうやら、あの大樹の付近では何らかの弱体化がなされるようですね。でしたら、ここは援護に徹するべきと判断します」
何処に隠し持っているのか、次から次に投げナイフを投げつける彼女は、ゲーゼルグと九乃葉の異常を見て取り、それ以上大樹には近寄らず『白金の騎士』達の迎撃に徹する。
投げナイフだけでなく、その身から気化毒を放射して、森からの騎士たちの増援を防ぎにかかったのだ。
「っと、なんじゃあ、アレは!? 森で見えんうちに、随分と有様が変わったようじゃのう!」
別の方向でも、騎士たちの増援は抑えられていた。
ドワーフの職人のギルラムだ。
こちらはまだ森の中だが、立ち並ぶ木々の上から『陰陽の大樹』へと変化した中央の巨木の様子を見ていた。
彼が立つのは、巨大な機械仕掛けの獣。
森の中であるためにわかり難いが、その大きさは小山ほどはあり、なおかつゆっくりと大樹のある方向へ動いていた。
ギルラムの呼び出した戦闘用の魔法人形だ。
昨今夜光のマイフィールドや商店街のドワーフ達が共同で研究している内燃機関式のものであり、猛牛のような角と装甲の厚さが特徴のこの魔法人形は、あろうことか量産型だ。
これと同じものが、西の大陸で実体化した商店街や協力関係を結んだプレイヤーのフィールドに警備用に配備されるなど、新たな商店街の注目商品であるのだとか。
大型化したモンスターに匹敵する巨体は一見鈍重だが、その力は決して侮れるものではない。
なおかつ、一見した鈍重さも巨大化したため。
その歩みの一歩一歩は大きく、人が走るより余程早いだろう。
そしてその戦闘力も、並みではない。
今も、ギルラムを襲おうと飛来した『白金の騎士』が、接近するなり痙攣して動きを止めた。
更に背の触手から噴出していた空気も止まり硬直したまま落下、そして大地に激突し、粉々に砕け散ったのだ。
それを為したのは、目だ。
頭部に位置する巨大な一つの目。それこそが石化の秘密。
古の伝承に伝わる、カトブレパス──石化の魔力を持つ一つ目の牛の魔獣──の目を埋め込まれているのだ。
ギルラムはしばらく装着型の飛行機械で森を駆け抜けていたが、あまりの『白金の騎士』の多さに辟易とし、コレを呼び出したのだった。
このため、ギルラムが進んできたルートの白金の森は、何時しか灰褐色の石の森へと変じており、こちらの方面からの『白金の騎士』も途絶えている。
それを為したギルラムだが、髭だらけのドワーフ特有の顔を顰め、白黒二色となった大樹の周辺を睨んでいた。
「どうも様子がおかしいのう。あの辺りの地の精霊が弱まり過ぎておる。もしや、あの近辺が拓けておるのも、地の精霊がここに近寄りたがらぬのと関わっておるのか」
この地下の空間には、地の精霊が近寄りたがらなかった。
その為、ギルラムもこの地の情報を精霊に調べさせられなかったのだが、どうもこの付近では地の精霊の力が失われているらしい。
それどころか……、
「いや、他の精霊も、じゃな。力を失ったか、それとも弱まったか。竜や狐のは、それにひっかかったようじゃの」
様相を変じた大樹の近辺ではあらゆる力が弱まっていると、精霊に関する知見と職人としての目がギルラムに注げていた。
しかし……、
「じゃが、親方の話にあんな黒い力は無かったのう……となると、何じゃ、あの力は?」
関屋は『死の額冠』に登場する『白金の祝福』に絡む知識を知り得る限りギルラムに伝えたが、その中にあのような漆黒の力の流れについての知識は存在しなかった。
むしろ、
「……似ておるのは、悪魔かの。それもあの厄介者じゃな……」
七大魔王の内、職人から嫌われるある魔王を、ギルラムは思い浮かべた。
怠惰を司る大魔王スロフェグル──アナザーアースにおいては、必要な時に動かず不要な時に余計な真似をするとして、勤勉な者達からは特に忌避される傾向にある者。
その眷属は、時に反転の権能を持つ。
あの黒い力の流れは、それに似た何かを放っているように、ギルラムは感じ取っていた。
だが、感じ取ったものを言葉にするより早く、更なる異常が『陰陽の大樹』に起こった。
「さらに姿を変えるのか!?」
二体の大型モンスターが、動きを鈍らせたのちも放射を食い止めていることに業を煮やしたのか、地面から根の部分に当たるモノを引き抜き始めたのだ。
まるで巨大な足のように、一歩巨木の根が踏み出す。
更に一本、もう一本と、動き出す根が増え、遂に大樹が揺らいだ。
いや、白黒に染まった一部を切り離し、別の個体へと身体を分けたのだ。
その様は、8本の触手じみた足を持ち、背に無数の放射特化の触手を生やした、異形の魔獣。
未だ思うように身体を動かせないゲーゼルグと九乃葉に、
GOAAAAAAAAAA!!!
その『陰陽の巨獣』は異様な咆哮を上げた。