第28話 ~漆黒の呪詛~
「ゴアアアアアアアーーーーッ!!!!」
大気を震わせ、聴く者の魂を打ちのめす竜の咆哮が、地下空間に響き渡った。
咆哮は衝撃波を伴い、巨体に迫ろうとした『白金の騎士』や、至近距離となり間断無い豪雨のような胞子放射を纏めて吹き飛ばす。
そうやって切り開いた空間に、翼を広げた竜人、ゲーゼルグは身を躍らせ入り込む。
そこは森の中央、只の一本の巨大な柱の如き触手の集合体、『白金の大樹』の元だ。
散開した仲間で最も早くたどり着いたのが、彼だ。
大型化し森の上空を飛び続けて居た為、無数の妨害を受けてもなお一番乗りしたのは、必然と言えるだろう。
大型化し空を飛んでいるのは九乃葉も同じだが、未だ激高冷めやらぬ為、まだまだ時間はかかるだろう。
そして、仲間を何もせず待つほど、ゲーゼルグは悠長では無かった。
目の前に聳える『白金の大樹』は、この地下世界に繁茂する植物とも触手ともいえるような異形にして病である、『白金の祝福』の大本だ。
ゲーゼルグが忠誠を捧げる夜光を蝕む病、此れを根本的に取り除くためには、『白金の大樹』を滅ぼすより他ない。
少なくとも、件の異世界『死の額冠』の事を知る関屋やライリーの知識でそれ以外の方法がない以上、ゲーゼルグら夜光のモンスター達にとって、取りうる方法は一つだ。
(リムらを待つまでも無いで御座る。先の堕ちし世界樹の如く、切り倒して見せるで御座る!!)
此処に来るまでに何度も胞子の放射を返応の剣技で跳ね返してきた大剣が、周囲の胞子の燐光を反射して鈍い光を放つ。
ゲーゼルグの愛剣『泰山如意神剣』は、如意の銘が示す通り、持ち主の意思を汲み、実際に長さや大きさを変化させる伝説級の神剣だ。
先の堕ちし世界樹との戦いでも、この神剣は力を発揮し、世界樹と共にその背後の空まで割ってのけた。
であるならば、本来は大樹では無く、触手の塊でしかない『白金の大樹』を、切り倒せない道理があるものか。
何より、先ほどから変容し始めている大樹が問題だ。
元々あった光の線のような内部の流れ、そこに輝く暗黒の如き線が追加された事で、大樹は大きく枝をざわつかせ、変容しようとしている。
明らかに、危険な兆候だ。
であればこそ、ゲーゼルグは踏み込んだ。
「伸びよ!! 泰山如意神剣!!!」
大もとより型化したゲーゼルグに合わせ、20mを超える大きさにまで変化していた神剣が、持ち主の意に従い瞬き一つの間に巨大化した。
先に戦った落ちた世界樹程ではないが、それでも十分すぎる程巨大な『白金の大樹』を、ゲーゼルグは手にした巨大な剣を横凪に叩きつけた!
(ぬうっ!? 何で御座るか、この奇妙な斬り応えは……っ!?)
だが、何かおかしい。
大きさ勢い共に一太刀の元に大樹を切り倒すに十分な斬撃だったはずだ。
使い手のゲーゼルグ自身が、それを一番良く解っている。
だと言うのに、樹皮めいた触手の表層で、その刃が止められて居ようとは。
更に異常は続く。
刃を止められ、一瞬動きを止めたゲーゼルグに向けて、再び大樹から胞子の放射が放たれたのだ。
これまでにない至近距離からの放射に、さしものゲーゼルグも飛び退くより他なく、大きく間合いを開けつつ回避する。しようとする。
「ぬぅ!? またで御座るか!?」
しかし、その動きが急激に鈍った。
飛び退く勢いが急激に減退し、十分な間合いなど取れなかったのだ。
とっさに大剣を盾にして受け止めるものの、それすら揺らぐ。
放射される高圧の胞子以外に、これまでとは違う何らかの『力』が、ゲーゼルグの技のキレを奪っているかのようだ。
この違和感が、ゲーゼルグの不覚を招いた。
「っ!!」
ゲーゼルグの視界の端に、触手の塊が地下から生える様が映る。
これまでの触手とは違い、まるであらゆる光を取り込むかのような、漆黒のナニカの流れを内に秘めた触手が、その先端をゲーゼルグ向けると先端を大きく膨らませる。
それは胞子の高圧放射特有のモーションだ。
大きく膨らませた触手の先端に胞子の流れを貯め込み、一気に放出する。
しかしこれまでと違うのは、先端に溜まっていく流れが、闇より深い漆黒の何かだと言う事。
(何かは解らぬが、マズイで御座る!)
あの闇の如き流れを受けて、無事に済むとも到底思えず、ゲーゼルグは再度咆哮で全周囲を吹き飛ばそうと息を吸い込んだ。
だが、既に遅きに逸した。
(……っ!? う、動けぬ…!?)
最後に動けたのは、息を吸うまで。
力ある咆哮を放とうとしたゲーゼルグは、吸い込んだ息とともに宿るはずの力が、霧散していくのを感じたのだ。
事戦闘に関して、高位の称号を持つゲーゼルグには、何が起きたのか理解できただろう。
大剣を盾として防いだはずの高濃度胞子の放射。その防いだ際の飛沫に、時折闇色のモノが混じっていたことに。
『白金の祝福』は、肉体を侵食し、超常の力を持つ異形になり果てる病だが、相性の良い者には力を与える存在だ。
死ねば死ぬほど浸食は進み、その度に病にかかった者は力を得る、そう関屋は語っていた筈だ。
であるなら、この黒いナニカは何をもたらすのか?
(呪い……で御座るか)
ゲーゼルグは、身をもってそれを知った。
力が、霧散していく。
力を振るうほどに、力を振るおうとするほどに、注いだ力が失われていく。
飛び退こうとする力、剣を盾に身を護ろうとする技、身体に宿した『咆哮』というスキル。
一切が、力を込めるほどに、消えていくのだ。
まるで、力を与える『白金の祝福』を反転させたような、黒い力。
『漆黒の呪詛』とでもいうべきだろうか?
放射を防いだ際の飛沫ですら、ゲーゼルグの動きすら縛る程。
もしこれが肉体への直撃であった場合、生きる力そのものすら霧散させてしまうのではと疑うほどの、コレは、比類ない強烈な呪詛だと言えた。
そして、放射は全てが黒いものへと置き換わった訳ではない。
これまでと同じく、強烈な『白金の祝福』の放射も、未だゲーゼルグを狙っていた。
そして……先の、地から生えた黒い線を放射線とする触手が、身動き取れないゲーゼルグに向かい、漆黒の呪詛を放出した!
これまでの『白金の祝福』の放射と同じく、一直線にゲーゼルグへと空を駆けた『漆黒の呪詛』。
ゴオオオオオオオオオオッ!!!!
だが、それは横合いからさらに飛来したモノにかき消される。
地獄の底から溢れたような、燃え盛る業炎。
九本の尾をたなびかせながら、大型化し魔獣と化した九乃葉が、ようやく『白金の大樹』の根元へと至ったのだった。