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第19話 ~巨獣の戦場 前~

 森の上空を、二つの影が疾駆する。

 片側は力強き巨大な翼をはためかせる巨竜だ。だが、ただの竜ではない。

 人間種の武人の如くにその背にはその体格に合わせたかのような大剣を背負い、胸には夜の闇の中でも紺碧に淡く輝く胸当てをつけている。

 もう一方は長大な無数の尾をたなびかせ、空中を四本の脚で走破する狐だ。

 上がり始めた紅に染まる月に照らされ、黄金色の毛皮が煌めいている。

 もし誰かこの二匹の魔物の姿を見たならば、否応なしに恐れ戦いただろう。それほどに、どちらも巨大だった。

 本体である胴だけで30mを下る事は無いだろう。その上竜は翼を、狐は無数の尾を持ち合わせていて、二匹のモンスターをより一層巨大に見せていた。

 そんな巨大な二匹は、目指すべき目標に向けひたすら空をかける。

 目印は遠方の、これも森の上空に浮かぶ小さな影。そして時折木々の陰に見え隠れする銀の毛並み。

 夜目が利かぬ人間種であれば、夜の闇の中にあって上空の影を見つけるのは困難だろう。

 だが、竜も狐もその瞳は容易に闇を見通せる。

 結果目印を見失うことなく、森の上空を駆けたが為に最短距離でその道のりを駆け抜けていく。

 そして竜――竜王ゲーゼルグは、目指す獲物を見た。

 上空から滅びの魔獣の様子が、二頭に分かれ森を貪る様が判るほどまでに近づいたのだ。


「九乃葉よ、直に獲物が見えよう。話に聞いている通り二体いる事だろうて。お館様の命は、まずは足止め。我とそなたで一体ずつ相手取るがよいか?」

「良いぞ。妾は右、汝は左が近そうじゃの」

「うむ、ならばそのように」


 ゲーゼルグは、九尾の本性をさらした九乃葉と言葉少なに意を交わすと、それぞれの獲物と定めた滅びの魔獣、大地喰らいへと疾駆の勢いのままに襲い掛かった!



「ヅィェリャァァァァッ!!!」


 巨大な鋼が、天地を左右に引き裂かんと唸りを上げる。

 竜王が、飛び込みざまに背から大剣を抜きざま唐竹割に振り下ろしたのだ。


「ギュギィェェェェェッ!?」


 飛び込んだ勢いと大剣の重さ、そして何よりゲーゼルグの抜き打ちの鋭さが、ゲーゼルグ自身の2倍はあろうかと言う大地喰らいを、易々と吹き飛ばす。

 猪ににた丸みを帯びた体格の大地喰らいは、弾かれた毬の如く大地で弾み、彼方まで飛んでいく。その勢いは、無数の巨木をなぎ倒してようやく収まった。

 何という威力であろうか。だが、弾き飛ばしたゲーゼルグは鱗に覆われた顔に、苦いものを浮かばせる。

 本来ならば、一太刀で両断し、足止めどころか早々にこの魔獣を討ち滅ぼすつもりであったのだ。

 しかし、それは叶わなかった。大地喰らいの銀の毛皮は、その色合いの如く金属の硬度を持ち合わせていたのだ。なおかつ、その皮の下は分厚い脂肪であるようで、衝撃をかなり逃がされてしまった。

 結果断ち切るのではなく、吹き飛ばすにとどまったのである。

 無論、大地喰らいは全くの無傷ではない。一撃を受けた箇所は毛皮に深い傷痕を残している。

 それでも致命傷には程遠い。今も衝撃の混乱から立ち直り、眼を血走らせてゲーゼルグを見据えて、側の脚で土がむき出しとなった大地に爪を立てる。


「来るか……良かろう。なればこそ、お館様の命を果たせると言うもの!」


 猛然と突進する大地喰らいの前に仁王立ちし、ゲーゼルグは大剣を構え迎え撃つ。

 瞬間、轟音が辺りに響き渡った。

 再び弾かれるように吹き飛んでいく大地喰らい。

 だが、今度はゲーゼルグも鏡写しのように逆側へと吹き飛んでいく。

 すぐさま翼を広げる事で勢いを緩め、大地を削りながら止まるゲーゼルグ。

 強靭なはずの竜王の筋が骨が悲鳴を上げていた。

 ぶつかり合う瞬間、ゲーゼルグは渾身の打ち込みを叩きつけたのだが、大地喰らいの突進は予想以上だったと言える。

 それほどの激突にあっても歪まない愛剣に、ゲーゼルグは内心で感謝する。

 この大剣は銘を『泰山如意神剣』といい、主君である夜光から賜ったものだ。

 持ち主の身体の大きさに合わせ伸縮し、また折れず曲がらず頑強なこの伝説級大剣を見るたびに、ゲーゼルグは己の内から力が溢れるのを感じる。

 この剣にかけて、滅びの魔獣と言えど畜生などに負けてなるものか!

 再度突進してくる大地喰らいへ向け、今度は己も翼を広げ勢いをつけゲーゼルグが切りかかる!

 三度目の轟音。

 そして、鮮血が夜空に舞った。



 九乃葉も、ゲーゼルグとほぼ同時に、もう片側の大地喰らいへと躍りかかっていた。


「そなた、足元がお留守ぞえ?」


 大地喰らいが気付く間もなく襲い掛かった九尾の狐は、たなびく尾で大地喰らいのかぶりつく巨木を弾き飛ばし、同時に踏ん張っていた前足を別の尾で刈り取った。

 もんどりうって倒れ込む大地喰らい。

 無論その程度で巨体がどうなる訳でなく、何事も無く立ち上がるが、その眼は喰らいついていた巨木ではなく、悠然と尾をたなびかせる狐へと向けられている。


「ほほほ、そなた丸々と肥えておるのう。食い意地を張り過ぎじゃ」


 だが、再び大地喰らいが立ち上がった瞬間、素早く伸びた別の四本の尾が大地喰らいの四肢にそれぞれ絡み付き、その自由を易々と奪い大地へ転がす。

 イラついたように大地喰らいがその貪欲な口を尾へと伸ばすが、それよりも早く九乃葉は尾をほどき口の届かぬ場所へと漂わせる。


「妾が仰せつかったのは、そなたがこれ以上喰わぬような足止めじゃからのう……ほほほ、せいぜい踊ってたもれ」


 いたぶる様に言い、決して大地喰らいに近寄ろうとしない九乃葉。ただひたすら、その強靭な尾で大地喰らいの足を刈り、大地へと転がし続ける。

 だが、その内心は険しい。

 現状易々と足を刈っているように見えて、その実かなり無理をしているのだ。

 本来ならば、九乃葉もゲーゼルグと同じで主の到着を待たずして打ち倒してもよいかと考えていた。

 だがその巨躯を見、試しの一撃でそれをあきらめたのだ。

 九尾の尾は、強靭かつしなやかで、また炎や氷と言った属性の塊に変える事もできる強力な攻撃手段だ。

 その為、大概の相手ならばこの尾を叩きつけるだけで、四肢を引きちぎられ吹き飛ばされるだろう。

 だが、大地喰らいの頑強さは想像を超えていた。

 またその全てを食らうと言う特性は、魔法等の攻撃を食らう事で吸収すると言う事まで可能だというのだ。同時に、万が一尾に食らいつかれでもしたら、岩をも砕く大地喰らいの牙に引きちぎられてしまう可能性が高い。 

 これでは、尾に属性を纏わせる事も、仙術を使う事もままならない。

 分厚い毛皮と脂肪の層は、魔獣の頂点であるはずの九尾の爪と牙では、体躯も合わせ貫けそうにもない。

 またその巨体を支える頑丈さと銀の毛皮の硬さが、九尾の尾をして攻撃の際に逆に傷つけられていくのだ。

 その為、九乃葉は細心の注意を払い時間を稼ぐ事に注力していた。

 主の命は時間稼ぎ。そして、大地喰らいは食事をしなければこれ以上分裂する事も無い。

 ならば、主の到着を待ち、味方の戦力を増やしたうえで真に決着をつけるべきだろう。

 なにより――これは別に1対1と言う訳ではないのだから。




 ゲーゼルグと大地喰らいの三度目の衝突は、直前の頭上からの声で、それまでとは全く別の結果となった。 


「<闇の治癒>! <闇の祝福>!」


 艶やかな女の声と同時に、ゲーゼルグの全身を暖かな何かが溢れ、痛みが抜けていく。同時にナニかの力が四肢を剣を覆う。

 次の瞬間、ゲーゼルグはこれまでとは違い、大地喰らいの横を駆け抜ける。

 すれ違いざまに真横に薙いだ大剣は、漆黒の輝きを伴って大地喰らいの『前足』二本を斬り飛ばした。

 宙を飛ぶ銀色の足から、鮮血が夜空に舞う。

 勢いのまま、大地喰らいは『前』の顔から大地へ突っ込み、爆発のような土煙が舞い上がる。

 だが、これで終わりではない。

 竜王はその巨体にありえない勢いで振り向くと、その振り向きの勢いのまま、今度は『後ろ』の足をも横一線に切り飛ばす。


「ギギイイィィィィィッッッッ!???」


 苦痛に身をよじる大地喰らい。だが、その巨体を支える足は無く、ただゴロゴロと身をくねらせる以上の事が出来ずにいる。

 その様を見ながらも警戒を解かず再度剣を構えたゲーゼルグは、一瞬上空を見やり、口元に笑みを浮かべた。




「<闇の治癒>! <闇の祝福>!」


 九乃葉にも、その声は届いていた。

 やすりの様な大地喰らいの毛皮で傷つき、血まで滲ませていた尾が、一瞬で元の艶やかな毛並を取り戻した。

 更には漆黒の輝きが九乃葉の全身を、九本の尾を覆う。

 九乃葉は、これを待っていた。

 闇を纏った九本の尾が、一斉に大地喰らいへと伸びていく。

 大地喰らいがこれに食らいつこうと首を伸ばすが、先刻の尾の動きよりも更にしなやかに機敏に、尾が宙を駆け捕えさせない。

 それどころか、九本の尾は大地喰らいの全身に絡み付き、ギリギリと締め上げ始めたのだ。

 その様は、闇色の大蛇九匹が、獲物を捕らえ喰らいついたかの様。


「ヒギィィィィィィッッ!??」


 あまりの締め付けに、大地喰らいが悲鳴を上げる。

 だが、大蛇達は容赦しない。前後の首の周りにも絡み付いた尾は、闇を纏う前とは逆に大地喰らいの毛皮に食い込み、血をにじませ始めた。

 不意に鈍い音が辺りに響く。

 あまりの圧力と締め付けに、大地喰らいの足の骨が砕けたのだ。

 更に、続け様に三度鳴り響き、続いて巨体が盛大な響きを上げ倒れ込む。

 大地喰らいが苦痛にもがこうにも、四肢を砕かれたが為にそれも叶わない。

 それでもなお容赦なく締め上げる九乃葉は、視線だけ上空に向け、


「感謝ぞえ、マリィや」


 感謝をこめ一言上空へ投げかけた。



 二人の様子に、漆黒のナイトドレスの淑女――マリアベルが上空で胸をなでおろす。

 全く、アンデッドの身だと言うのに、なぜこうも心臓が踊らさなければいけないのか?

 仲間である二人の巨大な魔物は、どうも危なげだ。

 援護魔法も無しでいきなり強大な魔物に挑むとは思わなかった。

 せめて、あの銀の魔獣に踊りかかる前に、一拍時間を置いても良いだろうに。


「ご主人様も、そう考えて私に援護しろって言ったはずなのにね」


 自分たちは確かに強大だが、相手は滅びの魔獣と呼ばれるような存在だ。

 決して侮ってかかって良い相手ではないはずだ。

 それに襲いかかったのは……


「二人とも、はしゃいでいたのね。大型種ヒュージモンスター化しての戦闘なんて、もう二度と出来ないだろうって言ってたものね」


 おそらくは、『本性』の姿で思う存分戦う機会など、元の世界が滅びた際、永遠に失われた筈だった。

 ご主人様の世界に生きる者は、皆全て敵ではない。

 となれば、ちょっとした小競り合いはともかく、大型種同士の戦闘など起こり得ない。

 それが新たな世界で本性での力を振るう機会が出来た。

 はしゃぐなと言う方が無理だろう。

 とはいえ、結果的には双方大した怪我も無く、無事に大地喰らいを無力化できている。


「少し、手違いはあったけれど、これならご主人様のお手を煩わさなくても…………?」


 そう呟こうとして、マリアベルは視界に違和感を覚える。

 その正体に気付く間もなく


「ぬうっ、これは一体!?」「何と面妖な!?」


 二人の声が辺りに響き渡った。何が起きたのか?

 マリアベルがその原因に気付く間もなく、更に別の変化がやってくる。

 突如中空に巨大な光の文様が浮かぶと同時に、巨大な何かがそこから飛び出したのだ。

 轟音を上げ、天空へと舞い上がるソレ。


 だが、それはマリアベルにとって待ちわびたモノ。


「ご主人様!」


 マリアベルの声が周囲に響き渡る。

 光の文様――転移の魔法陣から飛び出した物。それは、巨大な怪鳥の姿をした金属の塊だった。

 轟音を上げ天空を目指したかと思うと、速度を緩めながら先端を大地に向け降りて来る。

 その姿はマリアベル達が良く知る存在。超合金魔像ギガイアスの飛行形態だ。

 あの中にご主人様が居る。安堵さえ感じながら上空のギガイアスを見つめるマリアベル。

 だが、その魔像から響いた声は、緊張の色を帯びたモノ。


『マリィ! ハッチを開けるから早く中に! ゼルにここのは一旦上空に退避!』


 その意味を察してあわてて吸血姫が眼下を見下ろすと、そこには目を疑う光景が存在した。


「……何よ、アレ……」


 マリアベルが見た光景、それは巨大な一つの肉の塊だった。

 色だけは先刻までの大地喰らいと同じ銀色のまま。

 だがその表面を覆うのは毛皮ではなく、肉そのものだ。


「四肢を切り落としたはいいが、突然形を崩しあのような姿になるとは……」

「そなたはまだよい。妾など、尾を危うく融かされそうになったわ! マリィの加護が有ればこそ免れたようじゃが……二体が一体に溶け合うなど、あれではまるで<粘液獣スライム>じゃ」


 おぞましさを感じたのか、上空へ九尾の狐と竜王も退避してくる。

 そこへ、更に上空から声が降りて来た。


『あれが、本来の大地喰らいの本性なんだ。さっきまでの姿は、先に喰らった獲物の一部の形態をとっていただけだね』


 完全に人型に変じた超合金魔像がゆっくりと上空から降下してきた。

 魔像の顔の前の装甲が開き、彼らの主が顔をのぞかせる。


「皆、お待たせ。早速だけど、アレを叩くよ。あれは放置するわけにはいかない」


 真剣な面持ちの主に、仲間たちは頷く。

 巨獣たちの宴は、第二幕へと移ろうとしていた。

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