第25話 ~竜武人の極技~
明日万魔3巻刊行予定です。
森の中心から、再び閃光じみた白線が宙を駆けた。
それも一本ではない。
横殴りの豪雨の如く、高圧に凝縮された胞子の放射が、無数に空中に線を描いた。
この地下空間の中央にして森の中心の『白金の大樹』がその元だ。
広く大きく広げた無数の枝の先端から、岩さえ穿つ威力で放射される白い殺意の塊を、地下世界の『空』を駆ける巨体が事も無げに避けてゆく。
「この程度で我を捉えようなど、片腹痛いで御座るよ」
夜光の忠臣、夜光の右腕。
言い表す言葉はいくつもあるが、やはり最も的確なのは、竜武人という異名だろう。
それは彼が只の暴れ狂う竜というだけではなく、武の道を知ると言う証。
竜王ゲーゼルグは、雨のように降り注ぐ死の豪雨を、あろうことか初めの一条以外すべてかわしてのけていた。
ただの竜であるなら、その頑強で知られる鱗で受けるなどしただろう。
『白金の大樹』から間断なく、隙間なく放たれる死の光線は、掠りでもしようものなら、身体を蝕む胞子の塊の付着を許す。
もしそこから浸食されようものなら、竜であるゲーゼルグとて無事に済むかどうか。
この胞子を元とする病である『白金の祝福』は人間にしかかからないが、それは肉眼で捕らえられないような微小な胞子の吸引を元として居るから。
この様な濃度の塊が付着しようものなら、そこから無理やり皮膚から浸食してもおかしくはない。
事実、先制の一撃がゲーゼルグの翼をかすめた際、翼の薄い皮膜部を侵食しかかっていたのだ。
だが、一度見てしまえば、どうという事はないとばかりに、ゲーゼルグは体長30mがある巨体にもかかわらず、全て避けていた。
雨のように隙間なく降り掛かる放射の一瞬の流れを読み切り、間隙に身を躍らせる。
時には自らの翼の羽ばたきで放射の軌道を歪め、時には強烈な竜の息でまとめてかき消し、時には一瞬巨大化を解除し身をかわす。
それは豪雨の日に傘も無く出かけ、一滴も濡れずに歩き続けるのにも似たような、不可能というべき技だ。
戦闘系称号において、伝説級のそれは最早技一つとっても至高というべき物。
そして何より……、
「まだ、抜くまでも無いで御座るな」
ゲーゼルグは、未だに背に負う愛剣を抜いてすら居なかった。
事純粋な戦闘力という面で言えば、ゲーゼルグは夜光がテイムし育て上げたモンスターの中で、最高と言っていい存在だ。
破壊力や耐久性という面では、夜光が手塩にかけて素材から吟味し作り上げた超合金魔像のギガイアスに及ばないかもしれない。
だが、大規模戦闘に特化して小回りの利かないギガイアスに対して、通常の人型サイズでの戦闘も可能な点や、指揮統率称号からくる戦況の見極め、判断力という面も含めた『戦闘者』としてゲーゼルグは上を行く。
今もこうして、白金の森の上空で大立ち回りを演じながらも、その実分かれて行動している仲間達の状況を、ゲーゼルグはすべて把握していた。
(メルティ殿とギルラム殿は問題なく進まれているで御座るな。マリィは霧化する故歩みは遅く、リムめの情報探査は……今暫くかかるで御座るな、アレは)
それは、<元帥>という軍指揮称号の最高位を持つが故の把握力だ。
半ば遠隔視や予知にも通じるものがあり、森の些細な動き、漂う力の波動、もしくは無意識の演算から戦闘状況を正確に認識する。
先ほどから事も無げに成している胞子の放射に対する回避も、この能力が大きく作用しているのだ。
空中のどこに位置取れば、数瞬後にどのような角度からどのように攻撃が放たれるか?
対応すべき動きと、その後の攻撃に対する誘導は如何にすべきか?
そのような高度な演算さえも無意識に行える<元帥>の称号だが、実の所このように生かし切れるようになったのは、ごく最近のことだ。
フェルン領軍の新将軍ゼルグス。
紆余曲折の末に、担うようになったその役目だが、ゲーゼルグを大きく成長させるきっかけになったのだ。
これまで、ゲーゼルグは<元帥>を得ていたものの、それを使用していたのはアナザーアースの大規模戦闘での事。
世界が終わる数か月前までは、意志なき兵からなる大軍の統率や強化を為すだけであり、所詮は一声かければ意のままに動く集団を操っていたに過ぎなかった。
ところが、先の皇国の聖地侵攻にあたって、フェルン領軍はその先鋒に立った。
それぞれに意志ある兵を、騎士を統率し、指示を出し、生きた相手の行動を予測する。
それは、ゲーゼルグの自我を強力に成長させる苦難の連続だったのだ。
幸運と言えるのは、ゲーゼルグがただ一人で『ゼルグス』とならずに済んでいた事だろう。
代役であり影武者でもある上級鏡魔が同じ『ゼルグス』となっていることで、負担は大きく軽減されていた。
更に、他者に成りすます能力を持つゆえに人の感情や精神に詳しい上級鏡魔は、フェルン領軍の中にあってその能力を存分に発揮し……不幸なことに発揮しすぎた。しすぎてしまった。
(この程度、あの無茶振りの山に比べれば、どうという事も無いで御座る!!!)
新将軍ゼルグスは、『平民上がりながら出来る者』として、上の者にも下の者にも広く認識されてしまったのだ。
その結果、しばらく上級鏡魔に『ゼルグス』を任せていたゲーゼルグは、聖地侵攻の先鋒として赴く際に、聖地の実態調査の為『ゼルグス』役を交代し、その激務を目の当たりにすることになる。
本来の将軍としての軍務のみならず、フェルン候からの強引な無茶振り、下々の兵からの陳情、夜光からフェルン候への連絡の橋渡しに、不意に行われる騎士たちからの訓練名目の腕試し。
ナスルロンの侵攻当時は周囲も任命されたばかりの新将軍に対してどのように接したらよいのか、距離感がつかめていなかったようだが、既にそんな空気は消え去っていた。
あるのは、有能な者へと降りかかる莫大なタスクの数々。
激務の余り、屈強な竜人であるゲーゼルグの体重が落ちるほど、それは過酷だった。
いっそ、無数に押し寄せる敵の方がマシな程だ。
少なくとも敵であれば愛剣を抜いてひと振りしたならば、とりあえず数を減らせる。
しかしフェルン領軍の新将軍という立ち位置で振りかかる難問の数々は、剣を振ろうとも解決するものではない。
だからと言って、弱音など吐けるものか。
夜光に忠節を捧げるゲーゼルグにとって、
「ゼルグスとして聖地の実体を見てきてほしいんだ」
という夜光の命を違えることなどあってはならない事なのだ。
ならば、やるしかない。
こうして、慣れない新将軍の役目をこなし続けたゲーゼルグは、過酷な撤退戦を潜り抜けた指揮官並みに物事の流れをつかめるようになったのだ。
その行き付いた先が、この回避の技。
九乃葉のように荒れ狂うでもなく、マリアベルのように霧となってやり過ごすでもない、剛柔一体の技は、まさしく武の極みだ。
同時に、その境地は、攻めにも発揮される。
「ふんっ!!!」
それまで背負ったままであった大剣、それを目に留まらぬ速さで振りぬくのと、『白金の大樹』が何本もの放射を収束させた極大級の放射が放たれたのは、ほぼ同時。
高圧胞子を収束させた胞子は、大規模ながらこれまで以上に強烈な勢いで放たれるも、ゲーゼルグの振りぬいた大剣により、全てが跳ね返され、森を大きく穿ち『白金の大樹』の一際太い枝を断ち斬ったのだ。
高圧の放射さえそのまま跳ね返す、返しの秘剣。
力の流れを予知レベルにまで読み取れるゲーゼルグの、技の極みの一つだ。
「うむ、頃合いよく怯んだようで御座るな。これで皆も大樹に至りやすくなったで御座ろう」
極大放射の余波で木っ端のように吹き飛ぶ『白金の騎士』を横目に、ゲーゼルグは力強く翼を羽ばたかせる。
目指す『白金の大樹』まで、あと少し。