第22話 ~夢魔の本願~
完全に遅れてしまいましたが、今日の更新です。
3巻刊行日の15日までは毎日更新予定。
明日の更新も午後になるかもしれません。
白金の森が蠢いていた。
散り散りになったゲーゼルグら6人。彼らは大型化したままのゲーゼルグと九乃葉以外は、『白金の大樹』からの砲撃を避けるため、触手の森の中を駆け抜けている。
その内の一人、リムスティアは、森の一角で足を止めていた。
視線の先にあるのは、森の領域で無数に横たわる骸──寄生された者達の成れの果てだ。
聖地が長らくこの地にあり、教会の信徒がこの森の元となったのだろうことは、この森の広さを見れば容易に想像がつく。
奇跡、神秘と呼ばれる異形の力を教会は利用していたが……さて、果たして利用していたのはどちらだったのか?
異形の力を得た者達は、最終的に全てこの地下に導かれ、この森の一部になるのだとしたら、この森も随分と巧みに教会を利用していたことになる。
胞子に寄生され、この様な有様になって死ぬことも出来ず生き続けると言うのは、余程の信仰心であっても耐えられるはずが無い。
恐らく大半の躯は意識が無いだろう。
しかし、中には例外が居る。
「声が聞こえて来たのは、ここね」
散開して、森の中を進んできたリムスティア。彼女は今、戦闘時には珍しく、魔王スタイルである漆黒の鎧を身に着けていない。
その体を覆うのは……いや、最低限しか覆っていないのは、『夢魔の夜衣』というほぼ紐のような煽情的な軽量装備だ。
その名の通り、精神系の魔法の行使やMP等の必要コストの低減効果があるコレは、普段の彼女が戦いの場では身に着けない装備であった。
リムスティアは戦いの場において、魔王の称号に相応しい漆黒の鎧を身に着けた暗黒の戦士と言った風体を普段取っている。
それは、一見すると純戦士に見せかける偽装の一種であり、同時に素の煽情的な姿を他のプレイヤーから隠したいと言う夜光の羞恥心からくるものでもあった。
だが逆に言えば、<淫魔の女王>である彼女にとって、『夢魔の夜衣』は精神系統の魔法を操る彼女にとって最も的確な装備でもある。
睡眠や魅了と言った状態異常付与の成功率を大幅に上昇させる特性や、自身への各種状態異常の向上など、精神系の魔法称号持ちには自然の品だ。
今、鎧を脱ぎ、煽情的な薄絹を纏っているのは、何も血迷っているわけではない。
リムスティアの視線の先、そこには森の中央の大樹ほどではないものの、一角を代表するような巨木が聳えていた。
更にその根元、多くの躯が根というべき触手じみた菌糸に覆われる中、原形をとどめた者が居る。
「聞こえたわ、あなたの声。かつては余程の力を得ていたのね……そんな風になっても意識を保っているだなんて」
リムスティアは、悪魔系のモンスターの中でも精神魔法に秀でる淫魔女王を進化元とした魔王だ。
故に時折、こうした心の叫びを読み取ることがある。
ただ、この骸の声は菌糸に浸食されノイズが激しく、それ故に精神系スキルの向上を図れる衣装に変えたのだ。
もちろん、リムスティアもここが敵地であることを忘れてはいない。
気になる者があったとしても、ただ無防備になるほど油断はしていなかった。
「私はしばらく彼……いえ、もしかして彼女かしら? ともかくこの子とお話しするから、その間近づく子達は排除しておきなさい」
そう命じた相手は、『白金の騎士』たちだ。
まるで女王に仕える騎士のように、リムスティアに向かって跪いている。
だがよくよく見たならば、純白の騎士の身体に、うっすらと黒いオーラのようなモノが重なって見えるだろう。
それは、彼女配下の夢魔達の姿だ。
「お任せを、魔王陛下。しかし、この身体、急速に劣化しております。あまり長くは持たないかと」
「代わりの身体は、向こうから来てくれるでしょう? 適度に入れ替えなさいな」
「御意に」
『白金の騎士』達は、浸食されきって寄生された者の意識はほとんど失われている。
その身体を動かすのは、『白金の祝福』の元である胞子から発生した菌糸だ。
菌糸総体としての意思は、『白金の大樹』を中心として明確にあり、リムスティア達を脅威とみなしているようだが、それは野生の獣じみた本能的なモノに近い。
同時にそれぞれの個体単位で見ると、そこまで明確な意思を持ち合わせていないようであった。
そんな薄弱な意思の持ち主など、淫魔夢魔に代表される悪魔たちにとっては、格好の相手だ。
故にリムスティアは配下の夢魔を呼び出すと、かつて夜光に暴行を加えた衛視に為したことを再現した。
あの場合は精神魔法で衛視の精神を崩壊させ、只の生きる屍に変えた上で配下の悪魔を憑依させたが、今回はそこまでの玉は必要ない。
何しろ『白金の騎士』の元となった人物たちは、既に精神を破壊されているのだから。
そうやって配下の悪魔達を召喚し、『白金の騎士』達に憑依させたリムスティアは、本来意識が無い筈の躯の中にあって、まだ意識がある者の心を覗き込む。
この地の情報を、そして教会の情報を得られると期待して。
そこには、僅かな打算がある。
彼女の主である夜光は、これまでもずっと情報を重視してきた。
それは手探り状態で放り出されたに等しい異世界で、せめて道しるべを求めようと足掻いているのと同義だが、MMOPRGのプレイヤーとして高難易度コンテンツの予習をする意識にも近いかもしれない。
夜光のそう言った姿は、リムスティア達もずっと見て来た。
(だからこそ、ここで重要な情報を得たら……ミロードの私への好感度も良くなるに違いないわ!)
意気込むリムスティアは、狂気に陥りながらも意識を残した躯に手をかざす。
幾ら狂気に陥ろうと意識さえある相手ならば、精神の奥底までも彼女は調べ尽すだろう。
リムスティアは魔王である以前に、中高生の頃の野放図な情動に駆られた夜光が、その嗜好の赴くままにデザインした存在だ。
男の欲望を残らず受け止めそうなほどの美貌とスタイル。
だが、彼女はその様に産み出されたものの、その本分というべき役割を果たしているとは言い難い。
何しろ、同様に夜光の欲望を反映した様なパーティーモンスターの仲間達が居る上、夜光と同じ存在──プレイヤーであるホーリィも居る。
明確に意識を持ってより、リムスティアにとっての夜光は、ずっと思慕の対象であり続けた。
なにより、彼女は淫魔なのだ。
存在の本能として、異性を求めるのは根源欲求にして存在意義でもある。
最近は、『門』の外で活動する配下の悪魔たちの中に、明確に行為を為したモノも増えて来た。
更には夜光のマイフィールド内でそこに住まう住人同士が結ばれたなどという話まで、リムスティアの耳に届いている。
何しろ、彼女は愛欲の魔王……好む好まずに関わらず、そう言った情報は勝手に部下の悪魔たちが挙げてくるのだ。
だからこそ、リムスティアは危機感を抱えている。
何より……リムスティアは淫魔だからこそ気付いているのだが、夜光の身体は少しずつ成長している。
そう遠くない内に、行為も可能となるであろうことも、彼女は感じて取っていた。
となると、相手も必要になる。
ライバルが多い中、リムスティアは少しでも先んじようと、燃えているのだ。
「だから、あなたの持つ情報、根こそぎいただくわね……!」
リムスティアが精神探査を始めると、骸から生えた巨木が激しくざわつく。
精神と記憶の奥底まで調べ尽さんとする影響で、骸に寄生した菌糸にまで影響が出ているのだ。
元々長年捨て置かれた骸自体も、負荷の為か肉体が自壊しかかっている。
しかし、リムスティアは容赦しない。
煽情的な衣装を身に纏ってはいるものの、彼女は魔王なのだ。
同時に、意識を保っている骸はこれだけではない事を、森の中からまだ、幾つかの心の叫びがあることをリムスティアは感じ取っていた。
代わりは居る。そしてこの場の骸など、過去の残骸に過ぎない。
美しい魔王は、そうやって幾つかの骸から貴重な情報を搾り取っていく。
それはある意味、淫魔の女王に相応しい姿であった。