第21話 ~職人森を駆ける~
ギルラムにとって、『門』の外の山賊達に襲われたあの日は、決して忘れる事の出来ないものだ。
意志だけ目覚めていた所に、それまでとは違う、実態を持った肉体の顕現、そして彼らの主である関屋の出現。
それらだけでも十分すぎるほどの混乱の中に商店街はあった。
何しろ、関屋の商店街は、ほぼ一つの町と言っていい規模がある。
まずその内部の状況把握に追われるのは、無理もない事だろう。
関屋が目覚めたのは日中、しかし現状把握と保有物資の調査を終える頃には、夜になっていた。
これ以上は流石に気力が持たないと、全てを投げ出し関屋や職人たちが床に就いた……その直後だ、あの山賊達が商店街へと押し入ったのは。
まさしく、夜襲。
不運だったのは、商店街はアナザーアース時代、非戦闘エリアとして設定されていた事だろう。
マイフィールドやマイルームには、それぞれにルールを設定できる。
あらかじめ決められたルールを破った場合、ペナルティが発生するなどするように設定できるのだ。
非戦闘エリア設定もその一つであり、基本的にこのルール化では、他プレイヤーやNPCに攻撃行動が出来なくなる。
設定次第では段階的に戦闘可能な条件を緩くすることも出来、『治安の悪い町』といった演出も可能だ。
その場合、ある種の盗賊や斥候系称号のスキルであれば可能であり、戦闘スキルなどを行使した場合、高レベルな衛兵NPCが捕縛しようとして来るなどもあった。
衛兵などに捕らえられた場合は、称号由来のスキルを封印され、一定時間牢屋エリアで拘束されるなどのペナルティがある為、余程悪質なプレイヤーで無ければ、公開型のマイフィールドのルールは守るものだったのだ。
商店街は多くのプレイヤー相手の商売の場だ。そしてプレイヤーの中には悪乗りに走る者も居て、そうなると街中で戦闘が起きかねない。
プレイヤー同士の戦闘やNPCの職人たちを害されない為にも、関屋は商店街を非戦闘エリアにして、その分職人と商人に特化した街並みを作り上げていた。
それが、悲劇を招いた。
職員たちは位階は高いものの、戦闘に向いた称号は無く、寝入っていたために当初忍び込んできていた山賊達に気付かなかった。
その為、騒ぎが起きた時には、手遅れだった。
関屋も寝起きでまともな状況把握ができない中、高いステータスを活かすことも出来ず、また戦闘用の装備を身に着けていなかったため、低位階の山賊達の攻撃も防ぐことが出来ず倒れ伏した。
むしろ下手に逆らったため、見せしめの様に店に並んできた武器で磔にされる事になったのだ。
もちろん他の職人たちも同様だ。
逆らうものは優先的に殺され、女性の職人への暴行は目に余る程。
夜光達に助け出されるまで、それは続いたのだ。
それから、職人たちは自衛の力を求め始めた。
『門』の外の住人は、非戦闘エリアなどの設定など、気にも留めない。
そもそも彼らにとっては、知覚することも出来ないので、分かり様も無いのだ。
そんな相手から身を守るには、やはり各自で対抗できる力を持つべきだと。
また、外の世界のことが明らかになるにつれ、山賊や野盗も珍しくない危険な世界だと知れた。
おかけに、商店街そのものの『門』を閉じて外の世界から距離を取ったと言うのに、商店街そのものが西の大陸に出現し、そちらで別のマイフィールドの脅威にさらされるに至ったのだ。
幸い、職人たちの位階そのものは高い。ならば、あとは戦闘系の称号を身に着け、戦いになれるだけだ。
そこで職人たちが目を付けたのが、夜光のマイフィールドだ。
各地にレベリング用のダンジョンがあり、またNPCへ称号を教練することも可能な施設も存在した。
これらの施設は、大規模戦闘などで使用する集団NPCの称号習得のために配置されたものだったが、これを職人たちも利用できた。
結果、伝説級には至らないものの、上級相当の戦闘称号を職人たちは身に着けたのだ。
「おっと、今のは危なかったわい!」
そんな職人の一人であるギルラムは、金属細工のような翼を広げ、森を駆けていた。
白金の木々の梢を縫うように、一見樽にも似た体系のドワーフの職人が、驚くべき速さで飛び回る姿は、状況を何も知らなければシュールの一言に尽きる。
背負った金属の翼は、飛行用のアイテムだ。
アナザーアース世界では、飛行の手段はありふれている。
飛行能力を持つモンスターに乗るなどはごく当たり前で、中にはこのように鎧の上から身に着けられ、装備者に飛行能力を付与するアイテムなどもあった。
この翼もその一つ。彫金師であり、細工物の扱いを得意とするギルラム自作のアイテムである。
製作者の腕がいいのか、隼のように鋭い動きは、追いすがる『白金の騎士』達や、大樹からの砲撃を易々と切り抜ける。
同時に、
「ここじゃな!」
斬!
時折、飛び抜ける軌跡の中で振るう斧が、触手の木々を切り倒していくのだ。
触手の木々の幹に当たる部分は、大人が二人ほどで手を回し切れるかどうか。
しかし、樹木めいた姿ではあるものの、樹皮や年輪に当たるようなモノは無く、半透明の触手部と中央に流れる胞子の流動部とに分かれているだけ。
つまりごく普通の木材よりも、容易く切り倒し得るのだ。
ギルラムも戦士としては上級に該当する<斧の達人>の称号を持つため、数本まとめて切り倒すことも可能だ。
更に、その斧も強力な一品。
何しろ、鍛冶師系の最高峰、<神工>の称号を持つ関屋作なのだ。
片側は斧、片側はハンマー、先端は鋭く研がれた鈎と、三種の使い方が可能なこの片手斧は、小型化したハルバードともいえる多機能さを有している。
先端の複雑な形状に反して、全体的なバランスを調整し容易く振り回せるため、ギルラムは関屋に感謝しながらこれを振るうのだ。
「まだまだ行くぞい! 出番じゃぞ、地の精よ!」
張り上げたギルラムの呼び声に、地の精霊が応える。
土属性の精霊限定であるものの、その力を借り得るギルラムは、精霊戦士という呼び名が該当するだろう。
宝石の原石を探すために鍛えられたその精霊行使の業は、戦闘に舵をきっても縦横に活用される。
地の精霊により、地下から無数の石の槍が、辺り一帯の触手の木々を下から貫いた。
回避困難な下からの攻撃に、触手の木々はたまらず身を捩らせた。
中には、一気に半透明の身体を黒ずませ、萎びて行く者も居る。
「すまんのう、そのまま弔う故勘弁してもらえんかの?」
木々が萎びた原因は明らかだ。
地下から伸びた岩の槍が、寄生元である数多の躯を物理的に破壊したのだ。
更には、岩の槍が地下に引き戻される際に、骸も共に地下へと引きずり込まれている。
それはまさしく弔いだった。
こうして、職人であった斧戦士は地下の光に満ちた森を駆ける。
その後に無残な切り跡を残しながら。