第20話 ~貞淑なる毒婦~
集中砲火を避けるため、あえて分散したゲーゼルグら6人のモンスター達。
その中にあって、メイド人形のメルティは、軽やかに空中を漂っていた。
日傘を片手に、優雅な空中散歩と言った風の彼女。
普通ならば、周囲を取り巻いていた『白金の騎士』や『白金の大樹』からの砲撃の的になりそうなものだが、奇妙なことに一切攻撃を受けてはいない。
それどころか、まるで彼女がそこに居ないかのように、『白金の騎士』達は他のモンスター達を追っていく。
「マスターのお言葉では、別世界のモンスターという事でしたけど……感知力はさほどでもない様子ですね」
呟く言葉は、誰に届くでもなく虚空に消える。
手を伸ばした程度の距離でも急速に減衰する特殊な発声は、密偵と暗殺に特化した称号を持つ彼女にとって造作もない事だ。
それは同時に、その気になればその場に居ながら誰にも気取られなくなるレベルの隠形の使い手でもあると言う事。
なまじゲーゼルグと九乃葉という大型モンスターが存在感を発揮し、他のモンスター達も魔王級の力を持つとなれば、その傍で身を潜めるなど容易い話だ。
そのまま、眼下に広がる森に降り立つメルティ。
そこは、大樹ほどではないにしても、同様の樹木に似た触手が胞子を振りまく、純白の森だ。
精々二階建ての建物程度の高さしか持たない木々は、大樹のような攻撃手段を持たないのか、ただそこにあるばかり。
ただ、その木々の根元には、異様な光景が広がっていた。
折り重なった、骸だ。
胞子の燐光に照らされて、生前着ていた簡素な神官服が未だに色褪せない白さを主張する。
全ての木々は、このような骸から生えていた。
「マスターの仰られていた通り、ですね。恐らく、ここは聖地の人々の、終の場所」
『白金の祝福』が登場するオープンワールドゲーム、『死の額冠』について詳しかった関屋とライリー。
関屋は、そこに登場するモンスターの知識をギルラムに教えていたが、ライリーも同様にメルティへ様々な情報を与えていた。
それは、主に世界設定的な内容だ。
『白金の祝福』をもたらす『白金の大樹』は、この純白の森を形成する触手の中にあって中心的な存在であり、その特性などは世界の根底に通じる。
『死の額冠』において、滅びかけた王国の地下にも、この様な空間が広がっており、『白金の祝福』を受け浸食されきった者達は、その身体を操られ、この様な森へとたどり着く。
そして血肉の一片まで触手の糧と成り果て、この様な森の一部と成り果てるのだ。
「……いえ、終の棲家といいかえるべきでしょうか? 皆さん、今だご壮健の様です」
しかし同時に、触手は浸食した宿主を死という終わりをもたらす様な、優しさを持ち合わせていない。
生きているのだ、未だ、全てが。
命尽き、倒れ、最早指一つ自らの意思で動かせなくなったとしても。
触手は生体の浸食を行うが、結局のところそれは寄生でしかない。
全ての木々は、元となる浸食した身体が無いと、その存在を維持できないのだ。
周囲に広がる純白の森の木々は、墓標であり、終わらない最後の証。
『死の額冠』において、地下の森から溢れた木々が地上の滅びた王国を覆いつくして、か細く生き残っていた人々をも苗床にするエンディングも存在していた。
同様の状況が、この世界の聖地でも起きているとしたら?
当然の疑問であり、ライリーは斥候や感知に秀でるメルティに、現地の調査もオーダーしていたのだ。
結果は見ての通り。
中央の大樹を中心に広がる純白の森は、聖地が侵食されている証であり、この地下の側の方が本質的に『真の聖地』である可能性さえあった。
「ですが、ここまで。皆様には、安らかなる眠りを差し上げるよう、マスターから仰せつかっていますの」
そういうとメルティは、手にしたままの日傘をクルクルと回転させながら、森の中を歩き始めた。
奇妙なのは、彼女が通り過ぎてしばらく経つと、道端の木々たる触手に異常が発生し始める。
活発に胞子を振りまいていた木々が、その半透明の身体に斑点を浮かべるようになったのだ。
「……ああ、このタイプなら、良く効くみたいです。マスターのお言葉通りですね」
それは、毒。
メルティは、毒物の扱いにおいて特に強力な伝説級称号を持ち合わせている。
扱える毒は多岐に及び、気化しやすく吸い込みやすいガス状の毒や、皮膚に触れただけで激しいダメージを受ける接触毒、そして液状の注入毒。
それらを自在に操り、時に調合することも可能な彼女は、回転させた日傘の遠心力を利用して、気化した猛毒を周囲にばらまいているのだ。
そんなものに触れてしまえば、苗床たる骸はひとたまりもない。
躯を維持している触手ごと殺す毒は、森を渡る風に乗って、その範囲を広げていく。純白の森を、滅ぼしながら。
恐るべき殺傷力を持つこの気化毒だが、それだけに先ほどまでのように集団で活動している際には扱いにくい。
このような単独行動であればこそ、心置きなく使用できると言えた。
「それでは、皆様、ご堪能下さいな」
そう言いながら歩くメルティを、止められる者は無い。
先ほどまでの戦闘で、森の中から飛び立った者以外にも、『白金の騎士』や、より合わさった触手のモンスターは森の中に潜んでいたが、その全てがメルティの姿をとらえることなく静かに命が尽きていく。
白銀の森の命を奪いながら、メルティは優雅な素振りを崩さないまま、木々の隙間から垣間見える『白金の大樹』目指して進むのであった。