第18話 ~虚影の騎士~
「待ち伏せ、ですわね」
「地従竜は左程音を立てずに地下を掘り進むもので御座るが……それでも微細な振動は起きるで御座る。異常を察知されてもおかしくはないで御座るな」
「見つからないのが最上だけど、こうなってしまっては、ね」
ゲーゼルグらを取り囲んだのは、本来は地に落ちる影がそのまま起き上がったかのような、黒く平坦な半透明の騎士たちだ。
時折その平坦さは厚みを増し、普通の人型程度の漆黒の鎧を着た騎士に変じる。
ゆらり、ゆらりと陽炎のような、それでいて厚みを持った時は鋭い足さばきを見せるこの異形たちは、それぞれに得意としている武器らしき剣や槍などをゲーゼルグ達に向けている。
その数、20体程。
この世界において、限界を超えた位階であるはずの準上級モンスター、地従竜を屠ったのは、明らかにこの者達だ。
ゲーゼルグらを警戒しているのか、それとも別の思惑があるのか、ジリジリと包囲を狭める影の騎士たち。
呼応するように、武器を構えていたゲーゼルグ達の中にあって、一人違ったのはドワーフの職人だ。
訝し気に影の騎士たちを見やっていたドワーフのギルラムは、不意に声を上げた。
「おお、思い出したぞい。親方が言っていた魔物にアレらはそっくりじゃ!」
「関屋殿からの情報で御座るか?」
「ああ、なんとかいう世界の大まかなモンスターについて、親方が儂に覚えさせたのじゃ! 儂は鉱石の扱い以外覚えるのは苦手じゃと言うたのじゃがのう」
彼らが出発前、それぞれの主たちは、自らの配下たるモンスターに入念な準備を行わせていた。
夜光は緊急時に連絡するための手段や、万が一『白金の祝福』の大本の打破を失敗した際の緊急離脱の為のアイテムなどを用意し、ライリーは愛するメイド人形に様々な錬金薬などを持たせている。
そして関屋は、問題のゲーム『死の額冠』についての知識を叩き込んだのだ。
「あれは虚影の騎士というて、かつて生きた騎士たちの幻影だったはずじゃ!」
滅びた王国に集った、数多の戦士たち。その生きた名残が世界に焼き付いたモノ、それこそが虚影の騎士なのだと。
その強さは千差万別ながら、中には極まった腕の持ち主も居る。
およそなぜそうなったのか分からないような、良く解らない動きを駆使してあらゆる困難を打破した様な、そんな技量の持ち主の姿さえも再現するのだと。
影法師のような平坦な姿の際には、如何なる攻撃も加えられない代わりに、影の騎士も他に影響を及ぼすことが出来ない。
しかし厚みを増して実体化した時、目の前に立つ者は天に幸運を祈るのだ。
どうか、再現されるのが、他愛のない相手である様にと。
「ほほう、道理でただならぬ気配の者がいる訳で御座る」
「ええ、多少は本気でやらないと、消耗するばかりになりそうね」
実際包囲する影の騎士たちの中には、明らかに挙動がおかしな者がいた。
奇怪なポーズを取ったまま、滑るように移動する者。
無数の武器をお手玉のように扱いつつ、次々に手にする武器を入れ替える者。
一見すると『……騎士?』などと首をかしげたくなるような、奇矯な装備の組み合わせの者。
困ったことに、自意識を持ってから磨かれ続けたゲーゼルグの勘が囁くのだ。それらの奇怪な者達の方が、厄介なのだと。
それは紛れもない、事実である。
そもそも、ギルラムにされた説明は、あくまでアナザーアースのNPCであった彼の為にかみ砕いた内容だ。
もし夜光らに教えるとなると、関屋は平たくこう言っただろう。
虚影の騎士とは、かつてオープンワールド死にゲーたる、『死の額冠』で活躍したプレイヤーキャラの再現……リプレイなのだと。
何しろ、『死の額冠』は一世を風靡したタイトルだ。
配信や実況プレイなども含め、スーパープレイを繰り返していた。
それら素晴らしい動きやプレイを任意に登録でき、世界に焼き付いたそれを呼び出せば、それらの動きを再現しつつ、他のプレイヤーが挑めるシステム。
それこそが虚影の騎士。
そして、それはつまり、世界に焼き付いた影は、幾らでも再生が可能だと言う事でもあった。
「だとすると、ドンドン倒さないと拙いぞい。ここは奴らの領域じゃ。こやつら、幾らでも湧くぞい」
「それ、もっと早くに言って欲しかったわね!!」
何処かのんきささえ感じさせる職人の言葉と同時に、同じような騎士が、倒れた地従竜の影からゾロソロと姿を現したのだ。
後続を待っていたのか、既にいた影の騎士が一斉に襲いかかってくるのを捌きながら、リムスティアが非難交じりの声を上げる。
恐るべきことに、伝説級のモンスターであるゲーゼルグ達に対して、膂力などは及ばないものの、技量では並びかねない個体も存在していた。
「儂もさっき気が付いたんじゃ! 許せ! あと、ここで幾ら戦っても、埒が明かないぞい」
「では、いかがいたしましょう? 何か策は?」
「おお、あるぞい! 要は進めばいいのじゃ!」
自身もそれらを手にした大斧で捌きながら、職人は大声で謝る。
何しろこの騎士たちの元は、あくまで世界に焼き付いた影だ。
幾らでも現世に投影できるため、この場にとどまり続ければ、倒されないまでも持久戦に持ち込まれることになる。
一応夜光らの計らいで、この場からの離脱の手段も用意されているが、それはあくまで最後の手だ。
次いで、メイドからの質問に、更に思い出した内容を叫んだ。
何故かのけぞりながら蹴りつけてくる虚影の騎士を、片手で振るった斧で粉砕したギルラムは、白き燐光に満ちた地下空洞の先、遥か彼方に聳える白い柱を指差す。
関屋からの情報に有って一番重要な、倒すべき標的。
それこそが『白金の大樹』であった。
「あれじゃ、とにかくあれを目指して進むんじゃ!!」
「どういう事で御座るか?」
「コイツらは、所詮影じゃ。あの柱の元は光で照らされておる。そんな場所では、影は厚みを得られんのじゃよ!!」
ギルラムの言う通り虚影の騎士たちは、大本がどうであれ今は一律に光に弱い。
今ゲーゼルグらがいる地下空間の外縁においてであれば、胞子もまだ浮遊濃度が薄く輝きも緩いが、中央となると胞子の発生元である『白金の大樹』の領域だ。
光を伴いこの大空洞を中央で支える柱の如き存在の周囲では、光は燐光を通り越し、光の世界へと変わる。
これは、ゲーム的な兼ね合いでもある。
本編の重要な世界の根源に関わる重要クエストの領域では、実体化させた虚影の騎士の力を借りずにクリアすることを求められるのだ。
故にこそ、影の騎士はこうしてこの地下空洞の外縁や、そこに至る亀裂などの守護を担っている。
もしこの場に居る、外部からやって来た者達が、只の人型モンスターであれば、ここで人海戦術で損耗を強いられ、撤退せざるを得なかったかもしれない。
だが、ここに居るほとんどは、かつてアナザーアース世界の幾つもの大規模戦闘を生き抜いた精鋭たちだ。
「ならば話は早いで御座る! ここの! 皆を乗せ、飛ぶで御座るよ!」
「妾にまかせや!」
ギルラムの言葉を正しく理解したゲーゼルグは、既に塊となって押し寄せてくる影の騎士たちを、切っ先を伸ばした泰山如意神剣で横一閃。
一振りで十分な空間を作り出すと、己を巨大化させたのだ。
声を掛けられた九乃葉も、同様に巨大な魔獣としての姿を現す。
「一気に飛ぶで御座るよ!」
「皆、乗りや!!」
ゲーゼルグの変じた巨大な竜王と、九乃葉の変じた九尾の狐。それぞれ体長や体高が30mを超える大型モンスターだ。
他の四人が二手に分かれその背に乗ると、二体の魔獣は地下空洞の空間へと飛び出していった。