第17話 ~純白の地下世界~
「思ったよりも進みやすいわね」
「ええ、出来立ての地下道とは思えませんわ」
「見た目ベトついてそうやのに、不思議やわ……」
「地従竜の粘液は錬金素材として見ると、貴重な硬化剤です。あとで分けていただきたいですね」
「……しかし、これだけ直ぐに固まると、坑道には使えんのう。もったいない事じゃ」
「こやつら、緊張感の欠片も無いで御座るな……」
地中を掘り進むのが得意な竜の一種、地王竜の眷属地従竜によって切り開かれた地底への道を、6体のモンスターが進んでいた。
夜光の仲間モンスターである、竜武人ゲーゼルグと真祖姫マリアベル、愛欲魔王リムスティアに九尾九乃葉。
創造主ライリーの俺の嫁にしてメイドのメルティ。
そして、関屋に地下の空間の存在を知らせた、ドワーフの職人にして斧使いの戦士兼大地の精霊使いのギドラム。
彼らが進むのは、人型サイズのモンスターが3体ほどは並んで歩ける程度の通路だ。
今まさに出来立てであり、壁や床は硬化したばかりの粘液でコーティングされていた。
地王竜とその眷属地従竜は、土や石や岩を食い掘り進みながら、岩めいた鱗の隙間からこの粘液を分泌する特性がある。
この粘液は大量に分泌され、掘り進んだ後の周辺の岩盤や土壁に浸透していきながら硬化することで、作った通路を補強しているのだ。
6人が進む前方では、件の空間へと続く道を眷属が掘り進めている最中である。
調べたところ、問題の地下の空間はかなりの広さを持ち、その外縁は皇国との境界近くまで至っている。
皇国軍と共にドワーフの職人たちとその使役する自動人形も一旦引いたことで、地下通路は再び唯一神教会の手が伸びている可能性が高い。
『白金の祝福』と教会の関りは明確ではないが、教会の言う祝福や神秘がそれ由来である可能性が高い。
少なくとも、問題の『死の額冠』なる世界に連なる者だと、関屋とライリーは確信していた。
その為この通路は、先に夜光が用意した聖地近くの廃村の地下から掘られていた。
もちろん、件の空間に至るまで距離も掘り進める時間もかかるが、地下通路から掘り進めると、教会に察知される可能性も高いと判断されたのだ。
もっとも、ゲーゼルグが言うように、緊張感が無い訳ではない。
「緊張はしていないけれど、気は急いているわね……もっと早く行けないのかしら? ミロードが心配よ」
「気持ちは判るが落ち着くで御座るよ。コレはお館様の御意向でもあるので御座る」
『白銀の祝福』は、存在そのものを侵食していく不治の病だ。
一度かかったならば、大本を倒す以外に完治の方法はない。
位階の上昇による常人以上の抵抗力で、症状の軽度化はあり得るものの、それ以外の症状の明確な軽減化も困難である。
さらに新たな事実も解ってきた。
「フェルン候もラウガンド殿も症状は出てないもののかかっている以上、早急な対処が必要で御座る」
フェルン候に聖騎士団長のラウガンドも、伝説級のステータスによる抵抗力と耐久度により熱一つ出ていないが、既に肺の中に胞子は侵入しているとわかったのだ。
つまり、皇国の軍の指揮官級、つまり皇王やフェルン候も含めた一見かかっていない者達にも、『白金の祝福』による浸食が始まっていたのだ。
人から人にはうつらないものの、あの聖地付近に赴いた者は、例外なく罹患したことになる。
ただし、例外はある。
「質の悪い病気で御座るな、全く」
「私の奇跡も使えないのが困るわ……まぁ、私達は何故かかからないみたいだけど」
「ウチの親方もじゃのう。人間にしかかからんというのは本当らしいの」
そう、人間以外の種族は、この『白金の祝福』に罹患しないことが判ったのだ。
聖地付近の地下であれほど活動した関屋が無事なのは、恐らく彼がドワーフである為。
つまり、この場に居るメンバーは、『白金の祝福』に掛からないのだ。
また、回復系の奇跡も迂闊に使えないのは厄介だ。
何しろ奇跡には、蘇生魔法も含まれる。
『白銀の祝福』は、重症期以外の死に対して、浸食を深めながら宿主を復活させる特性がある。
その浸食が、蘇生魔法でも活発化する可能性は、否定できないのだ。
それらの理由も在り、今回夜光らプレイヤーの大半は、地下の探索に不参加だ。
「……皆様、先方に明かりが」
「あら、もう? 随分と進んでいたのね」
そんな事を話している内に、通路の終わりが近づいてきた。
ゆっくりと地下に降りていくためか、なだらかな螺旋状だった通路、そのカーブの先から光が零れている。
同時に、
「この匂いは……血臭や!」
「この香りは地従竜ですわね」
行く手の異常を匂いで察し、警告する九乃葉とマリアベル。
恐らくは、掘り進み切った地従竜は、この先の脅威に斃されたのだろう。
「……行くで御座るよ?」
「「「「「(コクリ)」」」」」
だが、それに怯えるゲーゼルグ達ではない。
残る地下通路をひと飛びに駆け抜けて……岩盤を突き抜けた先は、白銀の世界だった。
「む、コレは……まるで霧の様で御座る」
「もしかして、これが病気の原因になった胞子って事かしら?」
「ほのかに光ってるんは、胞子とは別なん?」
「親方が言っておったが、胞子は目に見える程度に集まるとこうして光るらしいぞい」
緊張をほぐす為か、軽口を言い合う彼らの視線の先には、姿白く輝く巨大な地下空間があった。
もし夜光らプレイヤーが目にしたなら、巨大なドーム球場を思い出すかもしれない。
しかし視線を向けた先、光で照らされた先が霞に消えそうなほどの広さとなると、一体ここはどれ程の巨大さなのか。
だが今はそれを気にしている暇はない。
洞穴を抜けた出口周辺は、ちょっとした広間のようになっており、そこには全身を切り刻まれて息絶える地従竜と……、
「「「「禁忌に触れる者、その全ては無に還る……」」」」
起き上がった影法師のような、奇妙な存在達が待ち受けていた。