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第18話 ~巨神起動~

 森が、凄まじい勢いで荒野へと変えられていた。

 昇り始めた月明かりに照らされ、その銀の毛皮を輝かせる巨大な魔獣によって。

 こうして遥か上空から見ていると、それが顕著に判る。

 ソレが通った後には、一切の草葉さえ残るのも許されず、夜闇にくすんだ無残な土色をさらしている。

 それを見据えつつ、マリアベルはその優麗な指に輝くユニオンリングに囁きかけた。


「ご主人様、大地喰らいの上空に到達しました。ホーリィさまの門から北東に飛行して10分程の距離に居ます」

「もうそんなところにまで……マリィ、大地喰らいの様子は? 周りの森はどれくらい食い尽くされてる? 『食べ痕』が何処から広がっているかも教えてほしい」


 マリアベルは、先行して偵察の命を受けていた。滅びの魔獣を迎え撃つ準備に奔走する主たちに先駆け、魔獣の様子とその位置を調べるのに、彼女はうってつけだ。

 吸血鬼の霧や闇を操る隠密性は元より、人サイズでの飛行スピードは夜光のパーティーモンスターでも随一だ。町の上空を駆けた時のように主と言う大切な存在を腕に抱く必要のない今、仮に眼下の滅びの魔獣が彼女へ意識を向けたとしても、捕えることはおよそ不可能だろう。

 そして今、目標の魔獣の上空に達し、その命を果たそうとしていた。

 

 指輪から零れる主の声に、マリアベルはより一層眼下に広がる様子を観察する。

 大地喰らいは、遠目で目算したよりもまた一回り大きくなっているように見える。その姿は、巨大な鼻と牙を持ち合わせた猪のようだ。

 ただしその手足は蹄ではなく、野獣の如き爪が伸びている。何より、この魔獣には、『後ろ』が存在しなかった。

 体の『後』にも、前方と同様の『頭』が存在しており、貪欲に首を伸ばして巨木を貪っている。

 その貪欲な食欲に胸焼けしそうな思いを抱きつつ、マリアベルは森の様子へと視線を変える。

 森は、北東側から食い荒らされている。大地喰らいの本能がいかようなモノかはわからないが、その喰い痕はやや直線的だ。まるで点と点を結ぶ線のように、光る門同士を結ぶかのように、巨獣の横幅の数倍の幅を持つ幅広い喰い痕が、延々と伸びている。関屋の門からホーリィの門へと。

 それだけに、どこから来たのかは分かり易かった。喰い痕の源を探るようにマリアベルが視線を動かす。

 本来森の境界であったであろう部分は、今では草原とむき出しの土でようやく判別が付くような有様だ。

 その先、草原にも、大地喰らいの喰い痕が残されている。つまり、草原では土ごと草を食べながら進んできたのだろう、アレは。

 さらにその先は丘陵地になっている。そこでは大地そのものを抉ったような痕が続き、唐突にある窪地で途切れていた。


「大地喰らいは、ひたすら樹木を食べています。こちらに気付いた様子もありませんね。

 森は……そこまで広範囲には失われていません。関屋様の門までは森の端から広く、それ以降は丁度関屋さまとホーリィさまの門を結ぶように真っ直ぐに。食べ痕の源は、北東の丘陵地です」

「……真っ直ぐ、か。あと、もう一つ。『大地喰らいは一頭だけ?』」


 その主の言葉に、背筋に走る物を感じながら吸血の淑女は再度周囲を見渡す。

 あのような巨大かつ目立つ色合いの魔獣を、ましてや闇の中こそがその真の領域たる吸血鬼が見落とす訳が無い。

 故に、居るのは眼下の一体のみ、そのはずだ。

 そう主にも答えようとしながら、その魔獣を見て。

 彼女は、その瞬間を目撃した。


 二つある大地喰らいの『後方』、門に向けて進む進行方向とは逆の側にある頭が、更なる獲物を貪ろうと首を伸ばし、前の首がそれに気にせず更なる樹木を喰わんと歩を進め、互いの臨むベクトルが真逆になった瞬間。

 ヅルリと、その胴が伸びた。それが為に、前と後ろの首がそれぞれの獲物に食らいつき、そして。

 まるで弾力のある粘土を左右からひっぱたっ時のように、胴は伸びながら、身体の中央で二つに分かれた。

 分かたれた胴の切れ目は、銀の毛皮を蠢かせながら何かの形を作っていく。

 その『変化』は苦痛なのか、巨木を口にしながら2頭となった大地喰らいは身をよじり、のたうつ。

 だがそれもさほどかからず、再び何事も無かったかのように大地喰らいは食事を再開した。

 幾分体躯を縮めつつ、それぞれの胴の切れ目だった場所に新たな頭と足を生やして。


「……ご主人様、今、二頭になったようです」


 マリアベルの報告は、生理的悪寒を堪えながらの物となった。



 万魔殿には、幾つもの部屋がある。

 それは地下にも及び、陽光を嫌うマリアベル等の部屋等が存在している。

 その最深部、万魔殿の最も深き部屋は、他のあらゆる部屋を超える巨大な空間となっていた。

 天井までは100mに届きそうな程。ちょっとした砦さえ収まりそうな空間は、部屋と言うには大きすぎる感もある。

 今は出入り口付近にわずかな明りしかなく、広大な部屋はほぼ闇と言えた。


「ここに来るのは、前の調整の時以来だから、久しぶりだなぁ…」


 僕は、リムスティアと女中頭のターナを伴いながら、この部屋へと足を踏み入れた。

 僕は、マリアベルと町の上空であの魔獣を確認した後、皆と共に<転移門の指輪>で万魔殿へと戻っていた。

 あの魔獣は危険すぎる。もし設定の通りなら、世界を容易に滅ぼすだろう。戦う必要がある。

 その為、マリアベルには先行して偵察に飛んでもらっている。ゲーゼルグは僕の世界の門に居る九乃葉と合流した後待機、大地喰らいの正確な場所が分かり次第、大型種化して先行して大地喰らいの侵攻をくいとめてもらうつもりだ。

 ホーリィさんには何かあった時の回復の準備を頼み、関屋さんには『ある物』を至急用意してもらっている。

 そして、僕とリムスティアは最後の仲間と合流するため、ここにきた。

 地下の闇に沈んだ巨大な部屋は、何も知らなければ恐怖を掻き立てられるところだ。

 だけど、僕にとっては見知った部屋だ。なにしろ、この部屋は僕がコンバート前に習得していた、ある称号の為に用意した、僕の部屋だからだ。

 僕はターナに合図を送る。すると、天井に据え付けられた魔法の照明が一斉に灯された。

 地下の部屋が、一気に昼間のような明りに包まれる。

 そして、『彼』の装甲が、その光を反射し輝いた。

 広々とした空間に、一体の巨大な魔像が眠っていた。


「……二日ぶりだね、ギガイアス」


 僕はその巨体を見上げる。

 頑強かつ軽量な希少金属で覆われた、大型種化したゲーゼルグよりもなお大きい巨体。

 動き出せば、危うく踏みつぶされでもしそうだが、彼は魔像ゴーレム。創造主の命無くば動かない魔法生物だ。


「……君は、意思は持てなかったんだね」


 少し寂しさを覚えながら、僕は彼、超合金魔像であるギガイアスへと語りかける。

 返事は無い。

 魔法生物として作り出された魔像は、意思を持たない。

 それは、『AE』のモンスター達が実体を持ち、意思を持ったとしても変わらなかった。

 元々から定められたキャラクターとしての『設定』が、意思を持つのを妨げたのかもしれない。

 魔像は、ただ創造主の命により、手となり足となり、剣となり盾となる存在である、という設定が。


 ギガイアスは、僕のパーティーの中で最後に仲間にしたモンスターだ。

 いや、正確には、僕自身が作り出した魔像だ。

 コンバート前、僕は<万魔の主>以外も、高位の称号を持ち合わせていた。その中に、<高位創造術師ハイ・エンチャンター>という、魔法のアイテムや魔法生物を生み出せるようになる称号もあった。

 そのスキルの中には、強力な魔像を自由にカスタマイズして製作可能という物もあったのだ。

 それに目を付けた僕は、ある時期素材アイテムをひたすら求めて冒険をしまくった。

 一からカスタマイズしつつ魔像を制作するには、素材アイテムが膨大に必要になる。

 特に性能を重視した場合、希少な鉱石を使用しなければならないため、更に大変だ。

 また、出来上がる魔像のサイズも、素材の量が直接影響する。

 この50mを超える巨大なギガイアスを作り上げるのに、どれくらいの時間を傾けたのか……

 素材集めを始めたのが準上位の頃だったのが、いろいろ織り込みたくなって、結局最終的に性能を決めて制作に取り掛かったのは伝説級のカンスト後になってしまった。

 だが、それだけにその力は強大だ。

 意思を持たないだけに魔法などは使用できないが、物理的な破壊力は圧倒的だ。

 ギガイアス自身の位階は伝説級:100だが、直接戦闘ではそれ以上の大魔王でさえ叩きのめすだろう。

 実際、『AE』の頃、無数の大規模戦闘で、僕の切り札になってくれていた。

 さらに、カスタマイズ時にいくつもの機構を組み入れているため、ただ格闘をするだけに留まらない力を持っている。

 大地喰らいの出現と言う事態に、その力が必要なはずだ。



「ターナ、ギガイアスの『手入れ』は?」

「万全で御座います、夜光様」

「……うん、確かに。いい仕事だね、ターナ。皆にも伝えておいてよ。ギガイアスの手入れが素晴らしかったって」


 女中頭のターナは、万魔殿の内部の一切を取り仕切っている。

 その中には、自らの意思を持たないギガイアスの整備も含まれていた。

 ターナの言葉の通り、ギガイアスの整備状態は万全だ。

 駆動に必要な複数種類の精霊石は容量一杯に保たれ、組み込んだ魔力回路に一切の異常は無い。

 僕はターナ達蟻女アントレディの仕事に満足し、ねぎらいの言葉をかける。

 そして、僕はギガイアスに命じようと意識に浮かぶ情報ウィンドウを呼び出す。

 パーティーモンスター枠の中には、確かにギガイアスの文字が表示されている。

 そして、この場所からなら、『召喚』せずにギガイアスを『パーティー』の一員に加える事も可能なはずだ。

 僕は、ギガイアスをパーティーの一員に設定する。

 すると、頭上で金属が擦れる音が響いた。

 見上げると、ギガイアスが僕の方へと首を向けている。

 同時に、情報ウィンドウ内のパーティーメンバーに、ギガイアスの名が点灯していた。

 頭上からの音も更に続く。

 無数の魔法機関が立てる駆動音。攻撃スキル用の魔法装置が、何時でも稼働できるように休止状態から待機状態へと移行していく。

 ギガイアスは目覚めたのだ。

 意思を持たないが、主の命を理解する知性は存在する魔像。

 その硬化水晶でできた眼が、僕の命を待ち、僕を見つめている。

 その瞳に応えようと何か言おうとして、


「ご主人様、大地喰らいの上空に到達しました。ホーリィさまの門から北東に飛行して10分程の距離に居ます」


 不意に指輪からマリアベルの声が響いた。先行で偵察に出て貰ったマリアベルが、早々に大地喰らいの上空に到達したらしい。

 それにしても、ホーリィさんの門にほど近い所にまで、大地喰らいは迫っているらしい。

 これは、ギガイアスを早く『外』に出さないといけないだろう。

 あとは、大地喰らいの様子も気にかかる。

 もし、大地喰らいが『AE』の世界の滅びを描いた公式外伝の通りの能力や『設定』をもつなら、アレが起きる前に滅ぼしておきたい。

 僕は、マリアベルへ指輪越しに問いかける。


「もうそんなところにまで……マリィ、大地喰らいの様子は? 周りの森はどれくらい食い尽くされてる? 『食べ痕』が何処から広がっているかも教えてほしい」

「大地喰らいは、ひたすら樹木を食べています。こちらに気付いた様子もありません。

 森は……そこまで広範囲には失われていません。関屋様の門までは森の端から広く、それ以降は丁度関屋さまとホーリィさまの門を結ぶように真っ直ぐに。食べ痕の源は、北東の丘陵地です」


 大地喰らいの移動を示す食べ痕の源が判っているなら、まだ発生した直後と言う事だろう。

 その上で、門を狙うように動いているなら、まだ『食べた量』は少ないのだろうか?

 だとしたら、まだアレ……分裂は起こっていない可能性が高い。

 そう願いつつ、僕は最も気になる点を問いかけた。


「……真っ直ぐ、か。あと、もう一つ。『大地喰らいは一頭だけ?』」

 

 返答には、一瞬の空白があった。

 指輪越しにマリアベルの様子が変わったのを感じる。

 もしや……案ずるぼくに、マリアベルからの報告が無情に響く。


「……ご主人様、今、二頭になったようです」


 明らかに硬くなった声が、彼女の見たモノの異常さを、指輪越しにですら雄弁に語っていた。



 大地喰らいは、『AE』の世界の滅びに際して出現すると言う魔獣だ。

 『AE』公式HPで公開された物語では、世界の滅びに際して出現する滅びの魔獣の一体だとされている。

 大罪の魔王達が吸収しきれなくなった世界の悪徳。その内の暴食の要素が暴走し、形を成したのが大地喰らいとされていた。

 その力は、無限の食欲と分裂。

 ありとあらゆるものを喰らいエネルギーにでき、そのエネルギーが一定量溜まったら自身を分裂させる、という物だ。

 豊富な餌場を得た大地喰らいは、瞬く間に分裂を繰り返し、何時しか大地を覆うほどの群れとなる。

 そして、他の滅びの魔物と潰しあいながら世界を滅ぼしてゆく。

 物語の中では、最終的に滅びの魔獣達は相討ちのような形で全て倒れるのだが、その戦いの影響は世界を破壊しつくす。

 元々の世界の僅かな生き残りも、世界が再生するまで自身たちを封印する事で眠りにつく。

 結局『AE2』の舞台である再生した世界の登場まで、数万年の時が必要となったという。


 その大地喰らいが出現し、滅びの一歩となる第一の分裂が起こったとなると、もう時間の余地は無い。

 これ以上の災厄を起こす前に討たなければ、外の世界は滅びの物語と同じ運命をたどる事になる。

 僕は、意を決した。


「ゲーゼルグに九乃葉、大型種化して急いで大地喰らいの元に向かって! これ以上の分裂をさせないように、攻撃して進行を食い止めて欲しい。マリアベルは二人の援護を頼む。僕らが向かうまで、頼む!」


 指輪越しに皆に叫ぶと、僕は横に控えていたリムスティアとターナにも矢継ぎ早に指令する。


「ターナは出撃用のゲートの準備を。リムスは僕をギガイアスの顔の所まで連れて行って」

「了解いたしました」

「分かりましたわ!」


 僕の命に二人は答える。

 ターナの合図で、広大な部屋、ギガイアスの前方の壁が開いていく。

 その奥は巨大な通路だ。50m以上の全高を持つギガイアスが易々と通れるほどの。

 巨大な金属の扉が開く音を聞きながら、僕はリムスティアに支えられ空を飛ぶ。

 その先は、ギガイアスの頭部。顔の前。突き出た胸部装甲で平らになったそこには、ちょっとしたへこみが存在した。

 間近に迫ったギガイアスの巨大な、そして精悍な顔に向けて、僕は叫ぶ。


「ギガイアス、ハッチオープン!」


 僕の声に応え、胸部装甲の一部が展開していく。

 そこには、数人が入り込むだけのスペースが存在した。

 前方の壁には、ギガイアスの硬化水晶に映った外の様子が照らし出され、それがよく見える位置には座り心地の良さそうな椅子がある。

 それはまるで乗り物の操縦席のようだが、操縦桿などの操作装置は存在しない。

 必要ないのだ。何故なら、この場所は操縦席ではなく、祭壇であり、主を保護するための空間だから。

 僕は中央の操縦席のような祭壇席へと座る。リムスティアも、僕より前方の幾つかある席の一つに座った。

 情報ウィンドウを確認し、異常がないのを再度確認する。

 そして僕がギガイアスへと命じた。


「ギガイアス、起動。可変機構モードチェンジ飛行形態スカイモード!!」


 僕の声に応じて、超合金魔像が姿を変えてゆく。

 風の精霊石と炎の精霊石を力の源とした機構が動き出し、巨大な魔像を徐々に重力の軛から解放していく。

 そして魔像は、完全に姿を変えた。

 巨人を模した姿から、翼動かさぬ巨大な怪鳥の形態へと。

 目の前には、魔法の照明に照らされた通路が開けている。

 これで準備完了だ。



「ギガイアス、発進!!」


 次の瞬間、轟音と共に怪鳥形態の魔像が通路へと飛び出した!

 加速と同時に、通路を一気に駆け抜けてゆく。

 瞬く間に通路は終わり、そして前方は……巨大な一枚の壁。

 だが僕はそのままギガイアスを進ませる。

 なぜならその壁には巨大な転移の魔法陣が、光を放ち浮かび上がっているのだ。

 この魔法陣は、大型種化したパーティーモンスターの居るフィールドにつながる、いわば大規模戦闘のフィールドに直接つなげる『門』。

 だからこそ僕は躊躇なくその扉へと飛び込む。

 行こう、世界を滅ぼす魔獣を倒すために!

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