第15話 ~白金の祝福~
いつもより少し遅れましたが投下です。
「ミロードは!? ミロードはどうなったのよ!?」
「マスターに治癒の奇跡をかけてはいけないというのは、何故ですの!?」
「呪符の治療もしてはあかんの!? なんでや!?」
「良いから落ち着け! 夜光が大切なら最低限話を聞け!」
万魔殿の一角、居住区にあるある部屋の前で、夜光の仲間達が関屋に詰めかかっていた。
先ほど吐血と共に倒れた夜光は、今部屋の中で高熱と咳に苛まれながら安静にしている。
そこへ、主の異常を知ったマリアベル達が押し寄せている状況だ。
普段なら夜光の傍で過ごさせても良いだろうが、相手は病人だ。
それも、それぞれに無意識に男を狂わせる魅惑の力の持ち主であり、幼い身体の男である夜光が今の状況で彼女達を近づけた場合、何らかの悪影響が発生する可能性がある。
その為、彼女達は面会謝絶。
夜光の仲間のうち、そのような危険のないゲーゼルグなら傍に控える事もできただろうが、彼は未だ皇国軍の元で活動している為、ここには居ない。
そして、この状況を予測した関屋に食い止められているのだ。
「まず、絶対に治療の奇跡や魔法何ぞ使うなよ? 一気に致命傷になりかねん」
「それは何故!」
「話をしてやるが、長くなる。だから先に落ち着け」
夜光の仲間のうち、特に圧が強いのは、治癒の奇跡を扱えるマリアベルだ。
なにしろ普段夜光の治療を誰が担っているかと言えば、彼女かホーリィ位の物。
だと言うのに、治癒の奇跡を使用してもいけないとなれば、詰めかかるのも道理だろう。
もっとも、彼女らの圧の抑えにかかっている関屋は、想定出来ていたとはいえ苦い顔だ。
何しろ、二回目──夜光が吐血した場に同席していたホーリィにも同様に詰められていたのだから。
まかりなりにもプレイヤーであり『他のゲーム』に対しての知識を持ち合わせているホーリィに行うより、あくまでアナザーアースのみの知識しかないリムスティアらモンスター達にする説明の方が難易度が高くなるのは明らかであった。
「まず、大前提の話になるが、お前さん達の生きていた世界とは、別に世界があるのは理解できるか? ……まぁ、『門』の外の世界の事があるから、多少は飲み込みやすいだろうが」
「ええ、それは判りますけど」
「なら、そういう世界を幾つも渡り歩くのが俺や夜光みたいなプレイヤーだと思っておけ。それでだ、そういう世界の一つに、魔法やら奇跡やらが一切存在しない世界があった。夜光がかかっているのは、その世界の病だ」
夜光がかかったと思しき病、『白金の祝福』は、オープンワールドアクションゲーム『死の額冠』に登場する物に酷似している。
『白金の祝福』に罹患した者は、高熱と咳を伴う重症期と小康状態となる安定期を交互に繰り返す。
そして、かかった者に、超常の力を授けるのだ。
初めの重症期では目立った変化はないが、二度三度と繰り返すうちに、基礎能力の向上や魔術のような炎や雷などの超常的現象、更には自己や他者への治癒と言った奇跡のような力を振るえるようになる。
「そ、そんな事が?」
「ああ、その力……『神秘』を振るう時、まるでホーリィの姉ちゃん達みたいな神官系称号持ちみたいなエフェクトも出る。俺はそれで思い出したのさ」
「もしかして、ミロードもそういう力を振るえるように?」
「ああ、そうなるかもしれんな。だから不味い」
「……どういう事なん?」
「『神秘』ってのは、つまり世界を歪める力なのさ。つまりそういう力が使えると言う事は、浸食が始まっているって事だからな」
『死の額冠』は、滅びかけた王国が舞台だ。
プレイヤーは名も無き戦士として王国を旅する中、『白金の祝福』に罹患する。
死病でもあるこの病の治療法を求めて王国を旅するのだが、その旅は困難に溢れており、常人のままでは何度も死に瀕し……その度に、病を深めながら復活するのだ。
「蘇るんですの!?」
「ああ、『白金の祝福』にかかった奴は、『白金の祝福』以外の理由では死ねなくなるのさ。それだけ聞くと良い事のようだが、こいつは罠だ。その度に浸食も深まるんだからな」
「……その浸食とはなんですの?」
「判りやすく言えば、この病気は病気じゃない。正確には、ある存在に寄生されている。その寄生の深度が深まる事を浸食と呼んでいるんだ」
そもそも『白金の祝福』の始まりは、微細な粒子を……ある胞子を吸い込むところから始まる。
生物の粘膜、特に肺などに寄生したその胞子は、次第に増殖していきながら肺から全身へ浸食を深めていく。
そして、その過程において肉体が拒絶反応を起こす為、高熱や激しい咳が起きるのだ。
特に外傷などで肉体が危機に陥ると、『白金の祝福』は急速に侵食を深め、損傷部位を修復しながら胞子由来の細胞に置き換える。
それは時に異形化を伴うのだ。
あの聖地周辺の地下で活動していた、教会の祝福を受けて居た者達のように。
そして、治療の奇跡などを施せないのも、コレに由来する。
自己治癒以外の治療……治癒の奇跡などは、一体化した『白金の祝福』の胞子さえも活発化させ、浸食を速める可能性があるのだ。
少なくとも『死の額冠』内において、治療薬などのアイテムでもその傾向があった。
「先に言った超常の魔術や奇跡にも似た現象も、この浸食した細胞が引き起こしている。だから、そういう力を振るえるようになったら、本格的に不味いんだ……『白金の祝福』の大本の、眷属になり始めたって事だからな」
「大本……それは一体?」
「まぁ、化け物だ。竜のような、大樹のような、もっと異質な化け物のような、そんな奴だ」
『死の額冠』の物語の元凶にして、滅びに瀕した王国がかつて大いに栄えた原因。そして、所謂ラスボスであるその異形。
名も無き戦士は長い旅路の末に、『白金の大樹』と呼ばれる異形に相対して、これを打倒すことになる。
しかし、ここで浸食の度合いが問題になる。
何度も死にながら辿り着いた場合、滅びた『白金の大樹』に代わって、名も無き戦士が新たな『白金の大樹』に成り果てるのだ。
浸食が深まり、脳まで達した『白金の祝福』は、超常の力を振るう際に発生するエフェクトを常時頭の周辺に帯びるようになる──まるで冠のように。
ゲームの名であり、エンディングルート名の一つでもある死の額冠は、コレに由来しているのだ。
逆にストーリー推移での最低限の浸食である場合、名も無き戦士は辛うじて生き延びる。
『白金の祝福』に汚染された者達が死に絶え滅びた王国を去るのだ。
プレイヤーの技量次第で明らかに難易度が変わるこの仕様により、『死の額冠』は多くのプレイヤーから評価されたのだが、それは今横に置く。
「夜光が『白金の祝福』にかかったなら、何とかして大本の『白金の大樹』を叩く必要がある訳だ。浸食がこれ以上深まるか、重症期で死ぬ前に、な」
「せやけど、そんなのどこにおるん? 話に聞くと大概大きいみたいやけど、聖地言うんところにそないなモノおらんのやろ?」
「ああ、見た目は例の堕ちた世界樹程じゃないがデカい樹だからな。空から偵察してりゃふつうは気付く。だがそんな話は、皇国に力を貸しているプレイヤーからも挙がって無いって話だ」
『白金の大樹』は、ほのかに白く輝く粒子を振りまく大樹と言った見た目をしている。
そのような明らかに異様な存在を見落とす事はまずないだろう。
「だがまあ、目星はつけてある。これはある意味怪我の功名って奴かもしれないが……」
「……それは何処に!?」
「ウチの職人が気にしていた、聖地地下の巨大な地下の空間だ。『白金の大樹』が居るとしたら、地の精霊も近寄りたがらなかったそこだろう」
先の職人たちを率いて関屋が向かった地下通路。その更に地下深くに広がると言う巨大な空間。
それこそが、怪しいのだと。
「分かっているなら、急がないと! 何とかしてその地下に……!」
「焦るな。地の精霊も拒む空間だぞ? 闇雲に向かっても、たどり着けるかどうか怪しいんだ。今ウチの職人が調べているから、ちょっと待て」
何しろ地下の世界が本領である地の精霊でさえ忌避する空間だ。
恐らくは『白金の大樹』が元の、アナザーアースとは別系統の超常の力が働いていることは想像に難くない。
例えば霊体化して物体を透過できるモンスターでさえ、安易にはたどり着けないだろう。
関屋としても焦る気持ちは確かにあるが、夜光が倒れた今、同盟の一員として焦り先走るのは危険だと分かっている。
「……大丈夫、手はあるよ」
そこに、声がかけられた。
「マスター!」「ミロード!」「主様!」
「……もう、いいのか?」
「うん、何とか……話は聞いていたよ」
扉の中から、ホーリィに支えられた夜光が姿を見せていた。
仲間達を安心させようと、何とか微笑みながら関屋に視線を送る。
「聞いていたのなら、話は早いが、そんな手はあるのか?」
「もちろん。難しく考える必要なんてない。地下に居るなら、そこまで道を開けばいいだけでしょう?」
そういうと夜光は、その力を顕現させる。
彼が契約した数多の魔物達。その一覧と召喚を担う、魔物図鑑。
そのとある一ページを示し、夜光は自信ありげに頷いたのだった。