第09話 ~教会領戦線 その5~
そういえば、西の大陸に無数のマイフィールドが出現した事で、僕らの同盟として大きな変化があった。
それは、活動範囲の拡大だ。
これまでに同盟に加わってくれたメンバーのマイフィールドには、依然として東の大陸に繋がった『門』がある。
それは、僕等以外の他のマイフィールドも同じ事。
主不在のマイフィールドや、先の堕ちた世界樹の件で連絡を取り合うようになったプレイヤーのフィールドにある『門』も、東の大陸の各地に繋がっている。
その中には、人里から離れていることで、未だ皇国からも、他の国々からも認識されていないものもあった。
そして、各マイフィールドは、概ね転移目標となるポイントがある。
つまりそれらを登録して東の大陸の各地の『門』へ高速で移動が可能になったのだ。
ドワーフ達の移動も、それを利用した。
聖地の地域には『門』は無いみたいだけれど、皇国側の比較的近い山中に、丁度いい『門』があったのだ。
都合が良い事に、それは関屋さんの商店街間近に出現した内の一つ、獣の群れを発生させたマイフィールドだった。
巨狼の姿をもつ、砂漠の亜神の眷属ウプウアウトを経由して制御下に置いたそのフィールドは、獣系のモンスター達が穏やかに暮らしている。
関屋さんの商店街や、ホーリィさんのフィールドの農地から供給される食料アイテムで、飢餓から暴走した獣たちの姿はもうない。
ドワーフの一団が通り過ぎても、あくびを以って見送るだけだ。
「近くでドンパチしとるどきは、恐ろしかったもんじゃがのう」
「あん時は、まだ鍛えが足らんかったもんじゃから、儂らの方に来られたらどうにもならんかったじゃろうな」
「良いから行くぞい。向こうで儂らを持っとるのが居るんじゃろう?」
「ああ、足を準備してある。そうだな、夜光」
「まだ多少距離がありますからね。そこは任せてください」
何とも騒がしいドワーフ達を引き連れる関屋さん。
僕も、現地は一度見ておきたかったから、行きは同行していた。
そうやって『門』をくぐると、そこはうち捨てられたような、石窟住居の中。
さらにそこから出ると、荒れ果てた岩山の谷合に、同じ様な穴がいくつも口を開けていた。
恐らく、様式からして古い廃村なのだろう。
聖地にほど近いこの付近も、地表は荒地が多く住居を建てる木材なども容易に手に入らない土地だ。
石やレンガを積み上げ住居を作り上げる以前は、こうした壁面に穴を掘って住居としていたのだろう。
ついで言えば、聖地と皇国の境のこの付近は、開拓村が作られては消える、そんな土地なのだと事前に調べた範囲で聞いていた。
それはこの付近の土地が山がちであまり耕地に適していないのと、聖地と皇国及びその前身の王国の境界線付近で、勢力のせめぎ合いが原因らしい。
とはいえ、細かな経緯はともかく、僕らにとっては移動の中継地として有効利用できる廃村だ。
特に皇国の聖地侵攻と、それに絡んで力を貸しているフェルン領軍が進軍してからは、この廃村に幾らかモンスターを配置する程度に拠点化していた。
もちろん、見た目は廃村のままだけれど。
「うん? 足とやらは何処じゃ?」
「みすぼらしい村じゃのう。儂らなら直ぐに立て直せるが」
「いやまて……ははあ、そういう事かの」
ドワーフ達は、村のみすぼらしさに職人魂を刺激されたみたいだけど、直ぐに察した顔になった。
内一人が、おもむろに村の一角、朽ちかけた井戸に向かったのだ。
「やはりか。地下かの?」
「御名答。人目を避けたいので」
覗き込んだ井戸の底に水は無い。
昔は地下の水脈に繋がっていただろう横穴があるだけだ。
整備用だったのだろう簡素な足場を辿れば、背の低いドワーフでも簡単にそこにたどり着ける。
そして横穴を通った先には、
「ほほう、こりゃ大した隠れ家だ!」
ちょっとした体育館程度の空間と、そこで忙しく動き回る蟻女達が居た。
彼女達は、僕が万魔殿の管理を任せている氏族の一員だ。
蟻女は、勤勉かつ女王の元統率された働きをする特性があるけれど、同時に蟻としての特性も持つ。
つまり、地下の掘削なども得意なのだ。
それだけに、メイドとして自拠点に配置する以外も、鉱山やこういった地下施設の労働力として、高い適性を示す。
彼女達はごく短い期間で涸れ果てた井戸を掘削し、僕らの拠点を作り上げていた。
「お待ちしておりました、マスター」
「準備は既に」
「うん、ありがとう」
そういって僕を出迎えたのは、この場の管理として置いた主任蟻女の二人。
城勤めでないためか、ライト付きのヘルメットをかぶって作業服に身を包んでいる。
そして二人が指し示す先には、更に通路が伸びていた。
更に、微かな音が聞こえる。
「……この音は、水流かの?」
「ふむ、井戸は枯れておったが、水脈の元は健在という事かの?」
「ええ、皆様をご案内します」
そのまま一行は拠点を通り過ぎ、通路の先へ。
折れ曲がりながら傾斜した通路を辿り更に地下へと下っていくと、そこには、地底とは思えぬ光景が広がっていた。
ドワーフ達が看破したとおり、通路の先、そこには豊富な水が水流となって流れていたのだ。
それも明確に川と言っていい規模。
ただし、ほのかな明かりに照らされた先は、すぐさま岩の裂け目へと消えてゆく。
「地下水脈っていうより、こりゃ地底川といっていい代物だな。よく見つけたもんだ」
「水気を辿りましたところ、この様に。元はもう少し深度が浅かったようですが……」
「時と共に水脈自体が地を削って深く沈んでいったのかな? 上の村が消えたのもそのせいで井戸から水が絶えたからなのかもしれないね」
僕もこの地下の川については報告だけ受けていたけれど、聞くと見るとではやはり印象が違った。
なんと言うか、現実でもアナザーアースでも見た事の無かった光景というのは、心躍るものがある。
だけど、感動ばかりもしていられない。
此処に来たのも、関屋さんとドワーフ達を前線に送るためだ。
「それで、この流れは何処まで続いているんじゃ?」
「地下を通って、聖地から流れていると言う渓谷の一つに合流します。そのままさかのぼれば、皇国の陣地近くまでたどり着けますよ」
「……儂らに泳げと言う事か?」
「足は用意してあると言うておったじゃろ? おそらく、あれじゃな?」
ドワーフの一人が指し示す先、流れる水面から、一隻の船が水中から姿を現した。
一見すると屋形船の様な船が、流れるように船体を岸に寄せると、蟻女達が船体を繋ぎとめる。
ただの屋形船と違うのは、窓の部分がガラス張りのようになっている事だろうか?
「潜水可能な船か!」
「左様。これなるは、半潜水船カワイルカ。皆様を前線にお送りいたしますぞ」
得心が行ったドワーフに応えたのは、その船の後方、操舵室らしき箇所から顔をのぞかせた緑色の肌を覗かせ、頭に皿のような器官を持った存在。
一言でいえば、彼は河童だった。
僕のマイフィールドでは、西方に流れる河流域に配置した、水棲モンスター。
水辺、特に淡水の領域では他とは隔絶する適性を持つ彼等は、単なる泳ぎ以外の川辺の称号にボーナスを持つ。
その一人である彼が操るのは、ごく浅い水深であれば潜水可能な船。
元は入り組んだ鍾乳洞を踏破するために用意された乗り物アイテムで、空気の無い地下水路だろうと問題無く航行できる特性を持っていた。
「夜光、行ってくるぞ」
「お気を付けて、関屋さん」
職人魂が刺激され、乗り込みながら船の作りを見て回るドワーフ達をたしなめながら、関屋さんも船に乗り込む。
こうして、彼らは前線へとたどり着いたのだった。