第04話 ~女神の来訪 その4~
ガイゼルリッツ皇国の南東には、幾つかの小国を挟み、内海とさらに先の黄砂海に挟まれた地峡地域が存在する。
複数の大陸が繋がる要所として存在するこの地には、何時からか特殊な国家が存在するようになった。
それが、聖地を擁する教会領である。
聖地は唯一神教会において、この世界で初めに産み出された土地とされる。
このため教会はこの地を重要視し、この地を強固に守り抜いてきた。
ガイゼルリッツ皇国が存在するセダン央大陸と、内海を挟む南方に広がるダイナ熱大陸、そして東方に伸びていくパルメル広大陸は、過去それぞれに強大な国が興ってきた。
それらの国が各大陸で覇を唱えた後、まず向かうのがこの交通の要所である地峡地域、そして聖地だ。
この地は他の大陸への足掛かりであり、また通商でもここを押さえることは莫大な富を確約する。
狙わない理由はなかった。
しかし過去千年、それらの侵攻の一切を跳ね返してきたのが、教会領だ。
この世界唯一の宗教として存在する唯一神教会は、同時にその教義を秘匿する秘密主義の面を持つ。
『門』の登場より以前において、この世界における神秘や超常的な奇跡は、唯一神教会のみが扱いそして秘匿してきた。
その秘された神秘により、強大な国からの侵攻を何度も跳ね返して来たのだ。
そのような唯一神教会だが、教義は信徒として入門した教信者にしか伝えられず、一般信徒はただ表向きの教義をなぞるばかり。
そして教信者の中でも、深い知識は教会内の位階により何段にも分かれて伝えられる。
そして深い教義を知る者こそ、そこに至らぬ者達を教義という名の絶対的な戒律で縛り付けるのだ。
さらに、教信者になる為には、教会領に産まれた者である必要がある。
一般信徒は他国にも存在しているが、千年にも及ぶ歴史の中で、只一人として教信者となった者は居なかった。
そんな排他的な教義の唯一神教会が、何故この世界で唯一の宗教たり得るのか。
基地の大陸にしても広大で、各地方で自然発生するような宗教がなぜ存在しないのか。
それはひとえに、唯一神教会がその神秘の力を持ってして、他を駆逐したからだ。
それほどまでに秘匿した神秘は、他と隔絶する差を生み出していたと言える。
しかし、同時にその神秘性ゆえに、一般信徒の数は決して多くない。
各国に教会が建造されているものの、それらは最低限求められる冠婚葬祭などの役目を望まれてのことだ。
同時に唯一神教会そのものは、対外的な侵略を望まず領土そのものは聖地以外を望まないため、平時は他の国家とも付き合えて来たと言える。
また政治的な働きかけも少ないため、その存在を許容されてきたと言う歴史的背景が存在した。
しかしその教会のスタンスも、ガイゼルリッツ皇国に対しては、違った。
『門』の中の技術や奇跡を積極的に取り込み、一気に勢力を拡大化したガイゼルリッツ皇国は、教会の秘匿独占する神秘を脅かしかねない存在へと、早々に至っていたのだ。
このため、教会は皇国への工作を表裏問わず行い続けるようになり、それが皇都で幾つか顕在化した。
特に先の皇都の事件、政商に託された皇国の秘宝の強奪事件とそれに連なる無数の事件を、皇王御前会議は教会領及び唯一神教会の関与によるものと声明を発し、教会領への非難及び国内の唯一神教会の活動の大半を禁止したのだ。
無論、この動きに反発した教会領と皇国の関係は急速に悪化。
その結果、皇国と教会領の関係は破綻し、戦端が切られるまでに至ったのである。
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「……唯一神教会と聖地、その現状はこんな所ですね」
「うわ、なんだかすごい事になっているね。これだと、私が聖地に行ってみるとかは……」
「無理だと思いますよ?」
「だよねぇ」
皇国に張り巡らせた情報網から得た聖地絡みの情報を聞いて、アンナ神は顔を顰める。
何しろ、彼女は創造神という名目ながら、さながら僕がキャラデータをコンバートして位階を初期にまで戻されたように、分霊を更に分割して保存したという無茶をやった反動で、力をろくに振るえなくなっているみたいなのだ。
意識下のウィンドウで見える情報の範疇で言うと、位階に換算したら、下級か中級程度の力しかないのではないだろうか?
ただステータスに寄らない神としての権能は備えているらしくて、多少の無茶は出来なくもないらしい。
「私ももう少し身体が馴染めば、力の出力も上げられると思うんだよね~」
とはアンナ神自身の言だ。
ただ、それでも教会領と皇国が現在進行形でせめぎ合っている聖地に、彼女が向かうと言うのは無理がある話だった。
今日も護衛として付いている巨人の里の長や竜族の巣の長老を従えているけれど、戦地では何が起きるか判らない。
「それでも、今の聖地は近寄らない方が良いですよ。皇国側の異邦人部隊──プレイヤーの部隊と、教会側の教信者との間でかなり激しい戦闘になっているみたいですし」
実はこの世界にマイフィールドが出現してしまったプレイヤーの内、邪樹翁の侵攻に対して僕らに力を貸さず、ガイゼルリッツ皇国の一員として聖地での戦闘を優先させたプレイヤーが何人もいたのだ。
彼らは皇国の貴族、もしくは皇国そのものに救われるなどして、皇国との関係を強めていた人たち。
教会領との戦いに向けて、早くから皇国の力になろうと尽力していた人たちが、皇国の戦力として加わった事で、この世界の神秘を独占する教会領の優位が失われているのだ。
そのそも、この世界における成長限界はシビアだ。
アナザーアース換算にして中級位階が限界である世界に、伝説級に至ったプレイヤーがやってきたら、力の差は歴然だ。
プレイヤーの絶対数は少ないけれど、少人数でも大軍を圧倒できるのがアナザーアースのエンドコンテンツ到達キャラである以上、とんでもない無双劇が展開されているだろうことは明白。
フェルン候や皇王ヒュペリオンも伝説級に至っている以上、むしろ今まで教会領が健在であることの方が驚きまである。
もっとも、現地では戦力が拮抗しているらしい。
「……それって、その教会も凄い力を、伝説級並に持っているってこと!?」
「恐らくは」
これまで対外戦争で無敵に近い戦績を積み上げて来た皇国が、『門』の力を注いだとしても圧倒できない相手。
それが教皇領だった。




