第03話 〜女神の来訪 その3〜
そんな訳で、狂った世界樹の事件が一段落した翌日、僕は再びアンナ神と面会していた。
「大罪の種の事を知らされて、直ぐあんなことが起きるだなんて……ああなる事を、判っていたんですか?」
「あはは、私って一応創造神だもの。ルーちゃんくらいの予知は出来るのよ? でも本当にお疲れ様ね。大変だったでしょう? あなた達なら対処できると思ったけれど、混沌の紛れは何時だって起こり得るものだし、心配はしていたのよ?」
悪びれない様子で僕に告げるアンナ神は、それでも言葉通りに僕らのことを心配していてくれたのだろう。
また、大きな力を振るえなくても、積極的に同盟の他の皆を手伝ってくれたと聞いている。
「創造神に心配して貰えるのは、光栄に思うべきなんでしょうか?」
「今は力もないし御利益薄いけれどね~」
「本人が言わないでほしいなぁ」
それとなく感謝を伝えようとしても、何ともありがたみのない事を言うアンナ神に、どうにも毒気を抜かれてしまう。
陽光神みたいな、外見はともかく威厳はある存在と比べて、このアンナ神は見た目普通の少女の様だし、同時に意識下のウィンドウに表示される情報も大きな力を持つわけではないので、どうにも敬意を保ち続けるのが難しい。
一応丁寧に話しているつもりでも、ついつい砕けた物言いになってしまう。
でもまぁ、それは一旦横に置こう。
今日彼女が此処に来たのは、前回の続きの為だろうから。
「それで、今日来た用向きは何です? 確か、何か頼みがあるみたいなことを、前回言っていましたけど?」
「う~ん、それなんだけどね。夜光くんは、外ってのに詳しいのよね?」
「……まぁ、門を出た先にあるガイゼルリッツ皇国なら多少は」
先に会った際に、彼女は外の事は何もわからないようなことを言っていた。
実際、あの世界において、アナザーアースの要素は確かにあるけれど、それは僕らプレイヤーやマイルームとあの世界が関わった事で混じった要素だと思う。
だからあの世界そのものについて、彼女が知らないと言うのは判る。
そして、その道に対して、興味を持つと言うのも。
ちなみに、僕が密かに敷設したモンスターによる情報網は、今では皇国全域に広がっていた。
力が弱いからこそ察知されにくく、霊体化して居るから発見そのものが困難な聖なる幽霊は、元々人々の願いや行いを神に伝える存在とされている。
その聖なる幽霊を各地に配置する情報網を、情報を司る天使や下級神に配置や情報の集約を任せられるようになったのだ。
これは、精神系の魔法が得意な悪魔たちが心を読みながら急速に経験を積んだのと同じように、集められる情報を読み解くことで知見を得ていた天使たちの成長があって初めて可能だった。
国外は流石に手が回らないけれど、皇国内の情報なら直ぐに手に入れられる状況にあるし、プレイヤーや滅びの獣に関わりそうな情報は、優先的に収集するようにしている。
おかげで、皇国内のプレイヤーの動向はほぼ掴めるようになったし、その流れで狂った世界樹の侵攻への対処や相互の連絡などが出来たと言う面もあった。
ただ、滅びの獣についての情報は今のところ掴めていない。
大罪の種についても、聖なる幽霊は人々の言葉や読み書きなどは判別できても、内面やステータスには及ばないから、発見できずにいる。
もしかすると、皇都で僕らが大立ち回りを演じた為に、滅びの獣は皇国を避けているのかもしれない。
……意識がそれてしまった。アンナさんとの話に戻ろう。
「じゃあ、外について、色々教えて欲しいのよ。何か、判るかもしれないし」
「……まぁ、良いですけど……」
そこで、僕はこれまで伝え聞いたことや、調べたことをかいつまんで説明していく。
その中で、特に彼女が気にしたのは二つだった。
「私の事を知っている風だったっていうその子、<傲慢>って名乗ったのよね?」
「ええ、なんだかそれっぽい事を一斉にまくしたてられていた中で、確かに」
一つ目は、滅びの獣、その中でも僕らに接触を図って来た<傲慢>を名乗った存在。
「……ふ~ん、そうなんだ。装ってるのか、乗っ取ってるのか、どっちなのかしら?」
「どういう意味ですか?」
「まだ何とも言えないわ。でも、その子が言った事って、ホントの事とウソが混じり過ぎていて逆に困ってるのよ」
どうやらあの滝のようにまくしたてられた話の中は虚実入り混じり過ぎて、逆に正体がわかり難くなっているそうだ。
大まかには、僕等から<大地喰らい>の核をだまし取ろうとしていたらしいけれど、それ以外も意図がありそうで、アンナ神も混乱していた。
次に気にしたのは、唯一神教会だ。
「まぁ、妖しいですよね。妙に秘密主義ですし」
「そうなのよね。それに、外の世界で信じられている唯一の宗教って時点で作為を感じるもの」
元々僕らも挙動の怪しさを気にかけていただけに、彼女の感想ももっともなものだった。
そしてもう一つ。
「話によると、あの世界で初めて作られた場所、という伝説があるらしくて、だから神聖視されているらしいですよ?」
「聖地、ねぇ……なんだか気になるわ! すっごく気になるのよ!」
その唯一神教会の本拠地である、聖地を彼女はことさら気にかけていた。
「とにかく気になるわ。聖地って所に行ってみたいわ!」
「気持ちはわかりますし、僕も気になっていますけど、今は止めておいた方が良いですね」
「えっなんで?」
怪訝そうな表情を浮かべる彼女に、僕は告げる。
「僕らが世界樹の相手をしているその間に、皇国が軍を起したんです。目標は、その聖地」
「えっ」
「皇国は先に皇都で起きた事件で、唯一神教会を首謀者と断じて、宣戦布告しました。聖地は、もう既に戦場になっています」
そう、僕らが氷山戦艦や狂った世界樹と戦っている間にも、皇国は動いていたのだった。