第01話 ~女神の来訪 その1~
彼女は唐突にやって来た。
「初めまして夜光くん。私は女神アナザーアース。よろしくね!」
「あ、ええと……はい、宜しく」
「気軽に、アンやアンナって呼んでいいから♪」
「は、、はあ……」
氷山戦艦との戦いを終えて、残務処理とこれからの方針を固めていたある日、僕はそんな事を言い放った少女と面会していた。
彼女を連れて来たのは、壮年の武僧風の男と、矍鑠とした老人。
今はごく普通の人間に見せているけれど、武僧の方は僕のマイフィールド、アクバーラ島の中央に位置する巨人族の里の長を務めるグレンダジムで、老人の方は竜族の巣の長老、古竜王のラーグスーヤだ。
個体としての戦闘力なら、七曜神や七大魔王に匹敵するこの二人。
それが家臣のように恭しく接するこの少女が、ただ者ではない事は解っていた。
だけど、その名乗りは、僕の想像を余裕で飛び越えていた。
「いあ、すごいね君! ハーちゃんやルーくん達を纏めて仲間にするなんて! おかげで、助かっちゃったよ~♪ ありがとうね」
妙にテンションの高い彼女の語りは、勢いがあり過ぎて呑まれそうだ。
ただ、彼女の言葉は一言一句聞き逃してはいけない予感があった。
多分、ハーちゃんは陽光神アル・ハーミファスの事で、ルーくんはルーフェルトの事だとは思う。
目の前の彼女が創造神、MMORPGアナザーアースの舞台である世界の化身だと言うのなら、陽光神達をそんな風に気軽に呼ぶのも解らなくもない。
この少女が創造神にして女神アナザーアースだとしたら、そんな気軽な呼び方も出来るはずだからだ。
それにしても……、
「……何が助かったのだろう?」
無意識に呟いた僕の言葉に、彼女は何が嬉しいのか、にこにことしながら言葉をつづけた。
「ん~、私ってね、あの世界と一緒に消えちゃうはずだったのよ。でも、ワタシも消えたくないから、ハーちゃん達に私の欠片を分けてあげていたの。何時かそれが種になって、私がもう一度生まれ出でられたら、と思って居たんだけどね。夜光くんがハーちゃん達を全員集めてくれたから、思いのほか早く復活できちゃったの♪」
「……初耳なんですが」
その物言いだと、彼女のことは陽光神ら七曜神や大魔王達も知っていたことになる。
酷いな。せめて一言あってもいいと思うのに……。
心の中のメモに、神と魔王を問い詰めるとしっかり刻みつつ、僕はさらにつづけられた彼女の生い立ちに耳を傾けた。
□
そもそも彼女は、厳密に言うなら、創造神アナザーアースではないらしい。
七曜神や大魔王達と同じく、大本の存在から分けられた分霊に当たるそうで、世界を作り出すような力は出力不足で発揮できないのだとか。
「というかね~、私って多分妖怪なのよ」
「はぁ? それってどういう……」
「人の情念の習合っての? <プレイヤー>って人たちが、何万何十万何百万ってわたしのなかで旅をして、いろんな思いを私を通して交わしたから、私っていう形が生まれた、みたいな?」
「ああ、なんと無く、判るかな。大学で民俗学の講義で聞いた気がする」
「うんうん、理解が早くて助かるわ。私も、アナタ達のそういう知識に触れて、ようやく自分ってものが判ったのよね……」
言うならば、人の噂や言い伝えが形になって、形を成した存在という事だろう。
神話や伝説、英雄譚や叙事詩のような、古くからの言い伝え。
それらで描写される存在を人々が想像することで、それらは形を得ていく。
でもそれは、空想の形だけだ。実体は持たないし、意思なんて望むべくもない。
語られる物語の中だけで生きる存在。それが民俗学的に言う妖怪だったはずだ。
「ええ、そういう事になってるらしいわね。私も、あの世界、アナザーアースで語られるだけの存在だったわ。だけど、こうして意思を持ったし、こうして身体も得た。ある切っ掛けを元にね」
「……それは?」
「私の死、よ」
創造の女神アナザーアース、本人が言う所のアンナは、そう言ってほほ笑んだ。
「もう、あの世界に生きた皆から、意思を持った瞬間の話を聞いているのでしょう?」
「ええ、聞いています」
僕が契約した多くのモンスターが覚えている、あの瞬間。
アナザーアース全体に響き渡った、運営からのサービス終了の報せ。
そこから、意志と言うモノを得て行ったのだとモンスター達は言っていた。
「あの時、私は死と言うモノを初めて自分にも起き得る事だと認識したの。そして思ったわ。『死にたくない』って。そうしたら、そうならない為にどうしていいのか、どんどん自分の中で自発的に動く理由が増えて行ったわ」
「……もしかして、貴女がそうなったから、MMO世界のアナザーアースに住んでいたモンスター達にも影響があった? 意思を持てた、と?」
「多分そうよ。まぁ確証はないんだけどね♪」
あのMMO世界の化身が、力を持ち意思を持ったことで、その中に居る住人ごと実体と意思を持つようになった。つまりそういう事なのだと。
なるほど、言いたいことは判る。
実際にそんな事が起きるかどうかはともかく、モンスターの意思や実体化は、そこから来ているのは間違いなさそう。
だけど、疑問は残る。
「だけど、それだと矛盾が……あの『外の世界』は一体何なんですか? それに、僕らのプレイヤーキャラとしての身体はともかく、僕らの意識が此処に招かれているのも……」
そう、この世界に来て、僕が追い求めているものの一つ。
元の世界への帰還方法は、アンナの事の中にヒントがある。
僕はそう確信していた。