プロローグ 堕ちし世界樹 その13
「はぁ……疲れた」
僕は、自室のベッドに倒れ込み、深いため息をついた。
突如起きた邪樹翁の大量発生からずっと、この問題に対処するために、僕は自分の持つ大半のリソースをつぎ込む羽目になっていた。
それこそ、色々と他にやらなければいけない事を、一旦全部棚に置く形になっているのだ。
「ああ……一休みしたら、溜まったタスクをこなさないと……」
僕は最近自室の壁に据えた黒板に目を向ける。
そこには、直近で行うべき事がびっしりと書き込まれていた。
「え~っと、棚に上げていた皇王やフェルン侯との本交渉の準備と、あとはまた接近して来る東の大陸からの船への対応。西大陸で接触のあったプレイヤーとの交渉と、あとは各領域支配者への労い……」
他にも大小無数の案件が、僕の判断待ちになっていた。
まかりなりにも、僕は僕自身のマイフィールドの王としてあるわけで、この忙しさも当然と言えば当然だ。
とはいえ、余りの量に愚痴もこぼしたくなる。
「NPCやモンスターも成長してるけど、まだ全部任せるには不安だしなぁ……。僕がやるしかないけど、リアルでただの大学生には荷が重すぎるよ」
それというのも、僕は確かに多くのモンスターやNPCを支配している身だけれど、彼らに複雑な仕事を任せるのはまだ経験が足りなかったからだ。
アナザーアース終了に伴って意思を持ったNPCやモンスター達は、その設定どおりに高い知能を持っていた。
だけど、その知識はそれぞれに据えられた設定の比重が大きくて、つまるところMMORPGのキャラとしての深みしかない。
つまり、戦闘での判断等はともかく、他の政治的なことや一般生活のことなど、高度な精神的活動に関しては、物心ついた子供に近かったのだ。
僕も、設定に沿った行動を取る限りは高度な行動をする彼らを見て勘違いしていたのだけど、しばらく見ていると、否応にもそれに気付かされる。
わかりやすく言うなら、戦闘や各モンスターの設定に関するマニュアルは持っていて、それは問題なくこなせるけれど、それ以外はてんで怪しいと言った所。
ただ、アナザーアースが稼働していた頃から多くのプレイヤーと会って居たようなNPCやモンスターは、そこから経験を得ていたらしくて、例えば七大魔王や七曜神は早くから応用を効かせた判断をしていたように思う。
他にも他者の心を読める夢魔などの悪魔系モンスターは、人の心や記憶を読める分、他のモンスターよりも経験を積むのが早く、いち早く僕のマイフィールドの国の外交を担い始めていた。
既に東方の大陸でこれまで接触を持った、ガイゼルリッツ皇国や、内海沿いのクサンドル商人連合へ、それらの悪魔外交官たちを送り込む準備も進めていた。
他にも僕らの同盟である迷子達内での交流などで、大分判断力や経験を磨いたNPCが増えてきている。
そういったキャラに国の運営や組織作りを丸投げできるようになってきてはいるけれど、だからと言って国の王の判断が不可欠な案件はやってくる。
そして、それだけで、タスク管理用に用意した黒板が埋まっていた。
「ああ、もうどうしたモノかなぁ……ホント、身体がもう一つか二つくらい欲しい……」
呻きながら、それでも疲れ切った体を動かして、タスクに優先順位を振り直す。
何しろ、今回の世界樹の騒動で追加されたタスクは多いのだ。
「えっと、僕達が見つけた時には同盟を組んでたプレイヤーグループが幾つかと、完全にフリーなプレイヤーが十数人……これは多いのかな? それとも少ない?」
特に気にしないといけないのは、西方大陸で勢力を固めつつあるプレイヤーのグループがある事だ。
彼らは、僕らが同盟を組んだように、何人かでグループを組んで西方大陸の探索をしていた。
既に皇国や別の国と協力関係を結んでいたりしたプレイヤーで一塊になっていたり、これまで引きこもっていたのが西方大陸にマイフィールドが出現した事で動き出したりしたらしい。
そのスタンスも様々で、今回の世界樹との戦いに参加したり、逆に結界を張るなどして自身らのマイフィールドに引きこもったりと、まとまりがない。
ただ、西方大陸には僕の同盟のメンバーのマイフィールドも出現していて、そういったグループともある程度の関係を構築する必要があった。
その辺りは、僕らの同盟のメンバーでも顔が広い関屋さんに任せることが出来たけど、それに頼り切りにもできないだろう。
そして何より……
「やっぱり、一番の問題はコレだよなぁ……」
一際大きく書かれた、一文が、どうしても目を引く。
そこには、『創造神アナザーアース(自称)への対応』と描かれている。
狂った世界樹が動く前夜に行った創造神を名乗る彼女との会見は、正直情報量が多すぎて、まだ飲み込み切れずにいた。
唐突な内容や、今まで集めて来た情報である程度想定出来ていた情報もある。
そして、求めていたものの、ヒントも。
「戻れるかも、しれないのか。現実に」
それはまだ欠片だけれど、今まで手掛かりすらない状況だったことを思えば、大きな前進だ。
「これは、皆も交えて話をしないとな……」
狂った世界樹によって狂った予定を、どうやって修正するか。
僕は霞がかっていく意識の中、邪樹翁が湧く前夜のことを思い出そうとして……そのまま意識を手放した。
□
西方大陸や夜光の住まうアクバーラ島から遥か東方。
とある国、とある屋敷において、その者らは集っていた。
暗闇の中浮かびあがるのは、世界樹ごと天を割った白銀の巨人の姿と、その奮闘。
ひとしきりその戦場の光景をみとったその者らは、深く息をつく。
「貴重な種があのような結果になるとはな」
「有難がりしまい込む様な代物でもあるまい。成果もあった。これ以上望むは過分に過ぎる」
「所詮量で押す類の種だということだ。質を高める種であればああも容易く屠られはしなかった筈」
口々に言い合うその者らは、フードと白塗りの仮面をつけ、素顔はようとして知れない。
ただ、明確なのは、
「まぁ良い。次なる手を打つのみだ」
中心に立つ、素顔を隠していても強烈な存在感を放つその者が、この場の長であると言う事。
「この世界の為、『プレイヤー』を駆逐せねばならぬのだから」
そして、その首元の揺れるのは、聖印。
この世界における唯一の宗教、唯一神教会の聖印であった。