プロローグ 堕ちし世界樹 その11
敵が来る。
私はもう何もわかりません。
だけど、ああ、敵が来る。
恐ろしい。恐ろしい。
ああ、マスター、助けてください。
あんなにも、恐ろしい、敵が来るのです。
□
狂った世界樹は、荒れ狂った。
世界を支える存在として、自然現象を駆使して、迫る脅威にひたすら抗う。
だが、地平の果てまで捻じれた森を形成していた邪樹翁の群れは、再生と新たな生成を封じられた今、それ以上の力を持つモンスター達の軍に蹂躙されていった。
本来ならば、大樹翁は単体で高い再生力を持つモンスターだ。
更に、一個の種子一本の枝さえあれば、身体を失っても再生するほどの生命力を持つ。
しかし、邪樹翁となってからは、その本来持っているべき個体ごとの生命力は失われていた。
無理もない。
世界樹を歪めていた核は、世界樹を堕とし、その眷属を歪ませることで高い戦闘力を与えたが、反面歪ませることで本来の姿からかけ離れたことで、正常な生成と再生が不可能となっていたのだ。
全ては、地脈から吸い上げる膨大な力と、核の機能による再生に頼っていたと言える。
しかし、核が失われた今、拮抗していた戦線は大きく崩れていた。
邪樹翁達は探索用の均一な性能から、対軍勢を視野に入れた個体ごとの役割分担を目的として変容したのだが、その全てに対応されていた。
ある一角では、複数の個体が融合した前衛型が、凍てついた大地と牙のような霜柱に脚を貫かれ、動きを封じられ、そこに勇猛なるバイキングの民たちが斧を振り上げ襲い掛かっていた。
氷の女王、アレンデラの率いる軍勢によるものだ。
炎の巨人スルトの放った炎から味方の軍を護った彼女は、最前線に立ち直接冷気の槍で変容した個体を薙ぎ払っていた。
別の一角では、海が出現していた。
この戦場は精霊界。あらゆる精霊が住まう地であり、同時に精霊の力を行使しやすい場所でもある。
そして、海を統べ海を操る海王レイン・クロインの力により、湖というべき規模の海が戦場の一角を覆っていた。
更にはその海は時折津波となり、邪樹翁の群れを飲み込み、水底へと引きずり込む。
植物の精霊にとって、海水というのはそれに特化した種類でない限り毒にも似ていた。
荒れ狂う波にのまれた木っ端の如く、変容した邪樹翁は波間に洗われ、消えていく。
もちろん炎の巨人や、世界樹までへの道を作った竜の巣の者達も暴れに暴れた。
故に、最早数を減らす事しか出来ない邪樹翁は、瞬く間に数を減らしたのだ。
もちろん、一切無傷だったわけではない。
変容した邪樹翁は攻撃的であり、多くのモンスターが、傷つき倒れ伏したのだ。
しかし、後方に控えた奇跡系の称号持ちのモンスター達により、傷どころか蘇生迄施される。
だがはやり、一番決定的なのは、白銀の巨体を誇る、超合金魔像のギガイアスだろう。
初撃程の規模では無いものの、巨大な世界樹の幹を半ば断ち斬る様な斬撃が、容赦なく世界樹を切り刻んでいく。
本来硬度もあるはずの世界樹の幹は、まるで熱したナイフに斬られたチーズのように容易く切られ、生やした枝や蔓もまた何本もまとめて切断されたのだ。
時折振るわれる拳も、激しい衝撃波を伴い世界樹の彼方此方を穴だらけにしていく。
しばらくして、最後にそこに残ったのは、巨大な切り株だった。
四方に延ばされていた根は断ち切られ、周囲には斬り飛ばされ幹や枝と混ざり、無残な姿をさらしている。
世界樹の規模が大きい為、破片ですらちょっとした小屋程だ。
それらを炎の巨人らが灰にしていく。
□
「勝っちまったよ、オイ」
「俺の言う通りだったろ?」
戦場からはるか遠く、関屋の商店街にて全ての経緯を見届けた者達は、勝利を称えていた。
初め見たときは絶望的な戦力差だったにもかかわらず、それを覆して見せた夜光達の姿は、眩しかった。
これだけの事を為し遂げても平然とした様子なのは、エンドコンテンツに慣れているからだろうか?
そこまで真剣にアナザーアースに触れて来なかった身としては、憧れるより他ない。
そんな事を考えていると、画面の中の切り株に変化があった。
中心が盛り上がったかと思うと、華が開くように割れ、人影が姿を現したのだ。
「アレは…?」
「今回の元凶にして被害者ってやつだ。樹木乙女、それも世界樹のな」
開いた木っ端の花弁の中心、そこにはうら若いそして緑色の髪の少女が座り込み、怯えるように見上げていた。
樹木の精霊は、それぞれ個体ごとに心に当たる樹木乙女が住むと言う。
世界樹も例外は無く、この少女こそがそれに該当する。
「あああ……ああああ……」
同時に、その少女は一目でわかる程に、歪まされていた。
間近に立つ白銀の魔像を見上げ、伸ばした手は彼方此方が焼け焦げ、一部は骨さえ見え隠れする。
表情は虚ろであり、人形という表現すら生易しく思えるほど。
「心が壊れちまってるな。無理もねえや」
「あんた、何か知ってるのか?」
こうなることが判っていたように、関屋は深いため息をついた。
「さっき一発目の天を割った一撃、そいつで消し飛ばした代物が問題なのさ」
「???」
「お前さんにも教えておくか、ちょいと今問題になってる代物だからな」
そういうと、関屋はストレージからあるモノを取り出した。
複雑な文様が刻まれたそれは、鼓動しているかのように点滅していた。
「コイツは大罪の種。あの世界樹が狂った原因だろう代物だ」