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第16話 ~ガーゼルの夕刻~

 日が傾き始め、夕焼けが町を紅に染めてゆく。

 貿易都市であるガーゼルは、旅人も多い。周囲の赤さは、彼らに旅籠の選択を急いてゆく。

 この世界はまだ照明器具が発達していない為、夜が早い。かなりの規模の都市であるガーゼルも、繁華街以外は人が引くのも驚くほど速いのだ。

 例外の繁華街も、飲食店や旅人相手の宿屋が扉を開く程度だ。

 だが、それだけにこの時間の酒場は人々であふれている。酒で日々の疲れを癒す者、労働の疲れを料理で癒す者、そんな多様な人々でにぎわっている。


 そんな喧騒から遠く離れ、僕達はある建物の一室に集まり互いの情報を交換していた。

 ここは、先行してガーゼルに入ったマリアベルとリムスティアが手に入れてくれた拠点となる建物だ。

 元々はある商家の倉庫だったそうだが、その商家が数か月前衛士の一派との関係をこじらせ、夜逃げ同然で逃げ出してしまったらしい。

 そのため建物の中はもぬけの殻……それを、誰も管理するものが居ないと言う事で、マリアベル達が買い取ったとの事。

 

「買い取る際には暗示をかけておきましたから、目立っていませんわ」


 とはリムスティアの言葉だが、本当に大丈夫だろうか……?

 そもそも、門で待ち合わせていた際のあの男達からして不安しか覚えない。


「あれは……そ、そう私達の魅力に囚われてしまったみたいで……!」

「ミロード、ご心配しなくても私達は貴方様のものですから!!」


 必死に言い繕っているけれど、あの下僕になった人たちのステータスは先に確認してある。全員、重度の魅了にかかっていた。

 まぁ、二人とも視線を合わせたりただそこに居るだけで異性(だけではなく同性も)を魅了してしまう特性を持っているから、仕方ないと言えば仕方ない。

 淫魔サキュバス経由の愛欲の魔王と、魅了の視線を持つ吸血鬼の真祖は伊達では無いと言う事か。

 二人には情報収集を頼んでいたし、酒場や何かにでもこの二人が入ったら……ああなっても仕方ないだろう。

 うん、僕の人選に問題があった……ただ、大きな問題を起こしたかというと、暗示や催眠の視線などを駆使して一応は避けてくれていたようで、その点は良かったと思う。


 拠点にした建物は、河船で輸送した荷を保管する倉庫街の一角にある。

 昼間などは荷の受け渡しなどで他の町からの人間も少なくなく、僕らのような異邦人が出入りしてもさほど目立ちはしないだろう。

 生憎と住居とするには足りないものが多いけど、それは今後考えればいいと思う。

 僕は、倉庫の中の面々を見渡す。

 ホーリィさん、ゲーゼルグ、そしてマリアベルとリムスティア。

 ブリアン偵察部隊の面々は、偽りの記憶を植え付けてそのまま別れている。


 ブリアン達には、別れ際にリムスティアが最後念入りに暗示を施していたから、余程の事が無い限り僕らにとって不都合な事は思い出さないはずだ。

 確か門の捜索と山賊退治両方の報告をしに、この町の執政官の元に行く事になっていた。

 そこで僕達の門に関して、枯れているか、転移の魔法陣は有っても起動しない、という報告をさせれば、とりあえず僕達の世界への注意は逸らせると思う。

 リムスティアが念入りに暗示をかけたと言うブリアンなら、その辺りをうまく説明してくれると期待したい。

 そして、僕たちはその間に出来るだけこの世界について調べておきたかった。


 実際にこのガーゼルと言う町を歩いて思ったのは、現代でのや『AE』での町の感覚とは明らかに様子が違う事だ。

 ゲームではない実体としての生々しさと、現実では見る事が出来なかった中世ヨーロッパ的な街並み。

 基本的には、やはり中世暗黒時代と呼ばれた頃の技術レベルのように見える。

 道を行く町の人々の服は簡素なもので、靴はどう見ても木靴だ。

 時折ブーツ姿の者も見かけたが、そういった者は大概どこかで見たような装備を身に着けている。つまり、衛士や兵士などだ。

 これだけ見ても、このガイゼルリッツ皇国と言うのが、軍に力を入れていると言うのが判る。

 同時に、現代人の感覚だと、町に住むのは難しい気がしてきた。

 特にそれは衛生面だ。路上で普通に汚物が転がっているのはどうにかならないものだろうか?

 上下水道などもろくに管理されていない。

 生活水は川が近くにあるだけにそこから利用しているらしいが、汚物もそこへ流されている。

 僕達の身体が『AE』のキャラを元にしているだけに、病気などがどう影響するのかはわからないが、生水は絶対飲みたくないところだ。

 小世界に戻るまでは、数の多いポーションを飲んで凌ぐことも考えないと。


「う~ん、こういうの見ると、異世界って感じよねぇ……」

「滅びた私達の世界とも全く違います。他にも、聞いた話では、唯一神教会が大きな力を握っているそうですわ」


 ちらり、とホーリィさんを見つつマリアベルが切り出す。

 教会、宗教とは、また厄介な……と僕は内心でぼやく。

 なんでも、唯一神教会は、この世界を作った神、唯一神を祀る教会らしい。およそ千年ほど前に現れた唯一万能の創造神とその教えを絶対のものとして定める厳格な宗教だ。

 その教えには、異端や異教を絶対に認めない、という物があり……つまり、闇司祭であるマリアベルはもとより、ホーリィさんも彼らにとっては異教の信徒に当たると言う事だ。

 幸い、ホーリィさんの大地母神の教えは『AE』のゲーム内処理のためか緩く、聖印も目立つ物ではない。今装備している神官用の貫頭衣も、目立った特徴が無いだけに、異端の宗教の物とは分からない可能性が高い。

 マリアベルも、特にそれとわかる装備はしていない為わからないはずだ。

 だが、そういう絶対的な力を持つ教会だけに、どんな異端や異教を調べる術を持っているかわかったものではない。

 更には、疑いだけで審問にかけようとする輩も居ないと限らない。

 用心するのに越した事は無いだろう、と思う。


 同時に、此処で驚いた事だが、この世界の歴史は千年ほど前から始まり、それ以前の歴史や伝承は一切残っていないらしい。まるで、本当に世界が千年前に生まれたかのように。

 これも気になる点だ。


 他には、この町の状況――執政官は河の南北の町それぞれに存在している事や、この付近の領地を治めているシュラート侯爵家は、川の対岸、南東に馬車で五日ほどの領府ゼヌートにある事等を調べてくれていた。

 この短時間に良く調べてくれたものだと感心する。


「二人とも、ありがとう。慣れない事だったと思うし……ご苦労様」

「いえっ、マスターの為ならこれくらい!」


 二人にねぎらいの言葉をかけると、とても恐縮していた。

 他にも、いろいろ知りたいことがあったが、まだこの世界にきて二日と経っていない。

 あわてずに情報を集めていこう。

 今夜の所は、現状わかった事だけでも整理するにとどめておくべきだと思う。


「とりあえず……注意すべきは国と教会、それも教会は危険度も高いから要注意だね」


 だとすると、近づくとしたらやはり国の方か……

 今後、この外の世界に関わるのなら、必然と権力を持つ者ともつながりを持つべきだと思う。

 その候補は現状では一つしか考えられない。

 もう少しこの国や世界の状況、特に商業の発展具合が判り次第、商人にも接触したい所だ。


「とりあえずは、ブリアンの報告次第かな?」

「ふふっ、調きょ……暗示は万全ですから、ご安心を」


 リムスティアが何か言いかけたのをスルーしつつ、僕は執政官に報告している筈のブリアン達偵察部隊が上手く話をつけてくれるよう祈った。




 沿岸貿易で多大な利益を上げる新ガーゼルに比べ、旧ガーゼルはこの大河エッツァー流域の河船輸送を似て利益を得ている。

 名目上同じ町ではあるが、大河エッツァーの広大な川幅から来る行き来の困難さが町を便宜上二つに分けていて、執政の要である町役場や執政官も新旧にそれぞれ存在する。

 旧ガーゼルの執政官は、ビョルンという名の男だ。

 新ガーゼルに比べ勢いがないとはいえ、河船輸送の起点である旧ガーゼルは標準以上の利益を上げる皇国にとっても重要な町だ。

 その為、その執政官であるビョルンも本来決して無能な男ではなかった。

 ただし、問題は聊か気が弱く押しに弱い面があり、それが昨今の旧ガーゼルの翳りにもつながっていた。

 つまり、悪徳衛士の横暴に手が出せなかったのである。

 特に厄介だったのはブリアンと言う札付きの衛士だ。旧ガーゼルでも重要な河船の集まる港地区を担当地域としているが、その振る舞いはまるで町の主であるかのよう。

 ビョルン自身も苦々しく思っているのだが、問題は衛士の所属は領主直下の地方軍であると言う事だ。その為、指揮権はこの地方の官吏ではなく地方軍司令の元にある。

 故に、一執政官ではその去就をどうこうできないのだ。

 また、地方軍司令部はエッツァー対岸の新ガーゼルの側にある。住人からの苦情もあり、司令部へ連絡を何度も送っているのだが、港を抑えられている為か、それを殆ど握りつぶされている気配すらあった。

 この地域の領主の視線が対岸の新ガーゼルに注がれている今、旧ガーゼルのただの一衛士の横暴は止める者などいないように思われた。

 ……思われた、のだが。


「……ヴェーチェの森に出現した光る門は、どれも『外れ』であったと言えます。もっとも町に近い門の中は、幾つかの質の低い武具があったのみ。他の二つは門自体は出現していますが『中』へは立ち入れず、恐らくはまれに見つかると言う『空』の門と思われます」


 ビョルンは、目の前で姿勢を正し報告する男を見つめながら混乱していた。

 男の顔は、普段とは浮かべている表情が違うが、まぎれも無く悪徳衛士のブリアンのものだ。

 だが、その立ち振る舞いはまるで別人だ。

 以前からその素行や悪行に目を閉じ、衛士としての純粋な能力を見た場合では有能な男ではあったが、ビョルンに対しては明らかに下に見た態度をとっていたはずだ。

 それがまるで忠実な部下のように姿勢を正し要点を押さえた簡潔な報告を行ってきている。

 新手の嫌がらせか何かかと、ビョルンが思わず訝しんでも誰も責められないだろう。

 混乱するビョルンをよそに、ブリアンの報告は続く。


「また、第三の門を調査中、付近を根城にすると思われる山賊の一団と遭遇。交戦状態となりましたが、これを撃退、二名を捕虜にした以外は全滅させました。この際、付近の街道を通りがかった三人の傭兵から協力がありました。また、捕虜からの証言により、付近に山賊の根城があることが判明。これを逃せば逃亡される恐れがあったため、これを強襲。残る山賊を全員討伐し、その証明に……」

「ひぃっ!? な、何だねこれは!?」

「頭目と目される男の首級です。調べた所、『隻眼狼』の異名をとる賞金首であることが判明しました。また、これ以外の山賊は討伐の証として耳や鼻を確保してあります」


 ドン、と執政官の机に置かれたのは、隻眼の男の生首。あからさまにへこんだ頭蓋は、その死因が首をはねられた為ではなく、別の理由だと示している。

 何か赤い液体が滲んだ皮袋も隣に置かれる。その中身もブリアンの言った通りのモノなのだろう。

 そんなものを執政室に持ち込むあたり、これはやはり新手の嫌がらせなのだろうとビョルンは頭を抱えたくなった。

 ただ、内容自体は悪くないものだ。『隻眼狼』というと、最近北の街道を荒らす厄介な賊としてビョルンの元にも報告が上がってきていた。

 これが討たれたとなれば、北の街道の治安状況は改善し、山の北側との行き来もスムーズになるはずだ。

 願わくば、ブリアンがいっそ相打ちにでもなってくれていれば諸手を挙げて喜べた物を……そう考えるビョルンの内心など知らず、ブリアンは報告を続ける。


「また、この『隻眼狼』の討伐に際しても、先の傭兵三名の協力を得ています。傭兵の目的地はこのガーゼルであった為、帰路は同行しました。この偵察任務の概要は以上となります」

「……そ、そうかね。普段とは違う任務だったが、ご苦労だったね。あ~、特別手当は明日にでも手配しよう」

「賞金首を討った以上賞金も出るのでしょうな?」

「も、もちろんだとも! 手当と共に、明日にでも君の元へ送るとも!」


 ああ、やっぱりいつものブリアンだとビョルンは頭を抱える。だがブリアンの次の言葉に耳を疑った。


「俺にではなくその傭兵達に、です。『隻眼狼』を討ったのはその男達ですので」

「……は?」


 抑えきれない違和感に、ビョルンは顔をあげた。

 ブリアンが他人に賞金の権利を譲るだと?

 普段の素行を考えれば、それは決してありえない行いだ。

 この悪徳衛士ならば、仮に他人が賞金首を討っても、自分の物とするだろう。それが……

 ビョルンの何か得体の知れないモノを見る視線を受け止めるブリアンは、一瞬周囲を見回すとビョルンに顔を近づける。


「……いいから言う事を聞け。賞金と引き換えに力を借りてな。裏切れば何をされるか……俺が部下と全員でかかっても『勝てない』と思った傭兵だ。喧嘩を売るよりも貸しを作った方が後々都合がいいはずだ」


 抑えた声でささやかれた言葉は、ビョルンの背筋を凍らせた。

 ブリアンとその部下は10名程度。腕は悪くは無いとはいえ、考えてみれば、多数の山賊を一切被害なしに全滅させるなどおよそ不可能だろう。

 だがそれを成した……それは、山賊達が弱かったのではなく、その傭兵が卓越した力を持っているなら、ある程度納得がいく。

 傭兵とは戦の専門家だ。特に昨今戦乱が続く時勢だ。卓越した実力を持っていたり、門の中の武具を得て人とは思えぬ強さを得る者の噂はビョルンとて聞いている。

 更にあの粗暴なブリアンがここまで言うとなると、その実際の強さはいかばかりの物か。

 そして、その約定を破ったならば……報復がどのようなものになるか、荒事には疎いビョルンには想像もつかない。


「その傭兵達は、明日にはこの役場に来るだろう。俺も同席するつもりだが……精々もてなせよ? 俺は奴の敵になって殺されるなんざごめんだ。それに上手く行けばあの実力だ、この辺りの屑どもを一掃する機会にもなるだろう。お前にとってもいい話だと思うがな」


 顔を離し、普段の横暴な悪徳衛士の顔を取り戻したブリアンが、ニタリと笑う。

 ああ、なんだやっぱりいつものブリアンじゃないか。

 ビョルンは内心で嘆息しつつ、賞金の算段をし始めた。

 門の中の宝――異界の武具や書物のあてが外れただけにブリアンが納得するような賞金を捻出するのは難しいが、それでもひねり出さないと、どんな横暴をされたものか。

 会話の途中で感じた違和感を一切忘れてビョルンは予算のやりくりに頭を悩ませる。

 そして、その様子をブリアン……いや、その体を乗っ取り操る大夢魔<夢操手ドリームマリオネッター>デクセンは満足げに眺める。


 これで、偉大なるご主人様グランドマスターは『この国』への接点を得られるはず。

 手始めは町の執政官だが、直ぐに領主やこの国の中枢にも手は届くだろう。

 そうなれば慈悲深き我らの救い主は、異界であろうともその魂にふさわしい座を手に入れられる。

 其れこそが、直接の主たる愛欲の魔王より賜った新たな使命。

 そのためには、いずれ身体も乗り換える必要があるだろう……



 己の使命を順調に進めている実感と共に、ブリアンの中のデクセンは笑みを浮かべる。

 それは傍から見れば目の前のビョルンを威圧するかのようであった。

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