プロローグ 堕ちし世界樹 その8
西方大陸の各地に発生した、邪樹翁の大群は、各地で駆除されていた。
そもそも、歪む前の大樹翁は、精霊に属するモンスターだ。
本来精霊系のモンスターは、それぞれの属性の身体を持ち、実体がない。
水の精霊ウンディーネの身体は水であり、風の精霊のシルフであれば風であるというように。
しかし大樹翁ら植物の精霊は、同時に植物としての身体を持つために実体を持つ。
このため物理的な攻撃でもダメージを受けるが、同時に精霊であるという事実は変わらない。
司っている属性ある限り、本質的には消滅していないのだ。
植物の生命力からの再生能力。
邪樹翁の問題はそこだ。
大陸中にはびこった狂った植物の精霊は、倒しても倒しても再生し続けたのである。
夜光らも多大な戦力を持っているが、下手に手を出しても無尽蔵に再生する相手に消耗戦になるだけである。
更に言うなら再生の元になるエネルギーは、西方大陸の地脈そのものだ。
倒すほどに、西方大陸そのものが枯れ果て、多くのプレイヤーのマイフィールドが影響を受けることとなる。
故にこそ、世界樹の本体を見つけ出し、核を、地の力を吸収する根を断った今に至るまで、反撃は最低限にとどまっていた。
しかし、もはやその枷は無い。
北方の地での陽光神と強欲の大魔王による蹂躙劇を皮切りに、夜光らの同盟や、何人か流れついていた腕に覚えのあるプレイヤー達による反撃が始まっていた。
「と、いい流れではあるのだがね……」
「兄さま、いかがなさいました? 何か良くない<啓示>が?」
豪奢であり、同時に気品を感じる玉座に座る青年貴族風の存在の言葉に、傍に立つよく似た風貌の少女が応えた。
二人の視線の先には、西方大陸の地図が広げられ、星の瞬きのような好転があちこちにちりばめられている。
立ち振る舞いに自信と気品に満ちた男は、高慢の大魔王ルーフェルト。
そして傍らに立つのは、星辰を司る七曜神アネルティエだ。
西方大陸は広大であり、夜光のマイフィールドに住まう強者たち、つまり殆どの神々や大魔王、各地の領域守護者達が、総戦力で事に当たっていた。
しかし、中には戦場に出る事を選ばなかった者達が居た。
ルーフェルトとアネルティエもそれに該当する。
もっともそれは、戦いを嫌ったわけではなく、全体の戦況を俯瞰し、支援するためだ。
星を司る星辰神の座にある者は、天の異常から地に起きる事象を読み取る。
過去にその座にいたルーフェルトや、現在の星辰神であるアネルティエはその権能を有しているのだ。
つまり断片的ながら未来予知を可能とするため、全体の戦況に影響を与えるため、あえて特定の戦場に赴かず、この魔界のルーフェルトの居城に居ながら状況を見続けて居た。
しかし、この邪樹翁の氾濫にあたり、二柱はここまで、未来を見通せずにいた。
その理由は二つ。
一つは、元凶たる狂った世界樹の本体が、精霊界に存在していた事だ。
精霊界は、常に淡い光に満ちた場所であり、そこには夜と言うモノが、更には夜空が存在しない。
つまり、星を司る権能、その発現たる予知が力を発揮できないのだ。
その為、大まかな邪樹翁の発生場所を読み取り対処することが出来ても、核の場所を、ましてや精霊界に潜む存在の居場所の特定は困難だったのだ。
そしてもう一つ。
「いや、<啓示>は未だない。我らが契約者が例の核を断った辺りで何らかの枷が外された気配はあったが……」
「わたくしも感じました。でもいったいなぜ……私達の権能を阻害する力だなんて」
星辰を司る二柱は、何らかの妨害を受け続けて居た。
厚い雲広がる闇夜にて星の光が遮られるかのように、その権能を封じられていたのだ。
でなければ、現世側に伸ばされた世界樹の根を、地下であることを踏まえてももっと早くに見つけていた筈だ。
しかしその阻害も、夜光が世界樹を一度斬った事で、解消された。
この二柱が<啓示>と呼ぶ未来の断片は、今や遮られることはない。
その上で<啓示>が発生しないと言う事は、
「アネルティエよ、今はあの妨害を考察している暇はない。そして<啓示>が無いと言う事は、この戦いはこのまま何事もなく推移すると言う証左であるだろう」
そう、このまま大きな事象が起きることなく、現状各地に送られた戦力が邪樹翁の群れを駆逐するのに十分であると言う事になる。
各地から送られてくる報告も、それを裏付けるように各地で優勢に事が運んでいた。
「この戦いが終わった後に、我らの権能を阻害した者の正体を見つけなければならないだろう。が、今はこの戦いを収める方が先決だ。アネルティエ、各地に通達。『悪しき<啓示>は無く、攻勢を強めよ』とな」
内心の懸念と裏腹に、星辰神とその兄の二柱はチェスでも打っているかのように邪樹翁の群れの急所を的確に抉って行くのだった。