第15話 ~町への道行~
「おお、見えて参りましたぞ、お館様! あれがガーゼルですな。河口の町とは、グリンドルグを思い出しますなぁ!」
森から街への街道を行く集団から、陽気な声が響く。
先頭を行く皇国の偵察部隊の後ろ、おまけのように付いている三人の一人が発した声だ。
背に大剣を背負い堂々とした体格、いかにも歴戦の傭兵然とした立ち振る舞い。肌着の上から直接胸当てをつけているため、発達した筋肉が容易に見てとれるその男は、傍らの長衣をまとった子供に嬉々として話しかけている。
大分に日が傾いたながらも夕方と言うには早い時間帯の街道は、半端な時間帯の為か道行く荷馬車もまばらだ。
それだけに、男の声を気にするものは居なかったが、話しかけられた少年――僕こと夜光は苦笑を浮かべつつ男をたしなめた。
「ゼル、外の世界では『お館様』は控えようね? 僕みたいな子供がそういう風に言われるのは、怪しまれても不思議じゃないんだし。あと、『AE』の町の名前もとりあえず出さないようにしようよ」
「む……確かに短慮であり申した……されど、ではお館様の事は何と……?」
「んふふ~、そこは、『若様』なんてどう? ゲーゼっちゃんはやっくんのお父さんか誰かに従ってる事にしちゃうの」
楽しそうに提案するのはホーリィさんだ。関屋さんから貰った下級神官称号用の貫頭衣がとてもよく似合っているのだが、今顔に浮かんでいるのはいささか意地悪な表情だ。
人の事だと思って、好き勝手言っているような気もするが、傭兵然とした男――ゲーゼルグの性格上、その辺りが妥当な線かな、とも思う。
「ふむ……若様、で御座いまするか? 致し方ありませぬ、ではそのように致しましょう」
僕としては、若様でもどこかくすぐったい気がするのだけれども。
そんな気分になりながら、ゲーゼルグの姿を改めてみる。
あの竜人の姿が、見事に人間のものへと変わっている。
元々の姿の名残なのか、全身を覆う竜鱗は、戦場の空気にさらされ続けた荒れた肌へと変わり、やや長めの髪の毛は角のように逆立っていたりする。
変わらないのは隠し切れないほど発達した筋肉くらいだろうか?
僕は、ゲーゼルグを見事に人間へと姿を変えさせた、護符を見る。
関屋さんからゲーゼルグ用に貰った、アバター変装アイテムの効果は、確かなものだった。
僕らが僕のマイフィールドの『外』へのゲートにたどり着いた時、そこには立派な石造りの建物が出来上がっていた。
周囲は出かけ際に見たドワーフ族の職人のほかにも、下位の巨人族の姿もある。
どうやら夜通しかけて門の偽装を行ったらしく、完成した今は気絶同然の有様で疲れを癒していた。
ただ唯一起きていたのは、建設の指揮と門の守護を頼んだゲーゼルグだ。
僕を見るなりあわてて駆け寄ってきた。『外』から戻ってくるにしても門からのはずで、不意に現れた僕達に驚いたのだろう。
「お、お館様!? いつの間にお戻りに……!? こ、こら、お前達、起きぬか! お館様の御前で……」
「ゲーゼルグ、皆疲れてるみたいだし、良いよ。今は寝かせてあげよう」
目を回しつつドワーフ達を起こそうとするゲーゼルグを止める。
その後、まずは出来上がった門の偽装を見せてもらった。
石造りでできたそこは、基本的には元からあった門の祠を包み込むようにして作られた中央の部屋と、周辺を覆う無数の部屋で出来ていた。
中央の部屋は、外から入ってきたときにはごく普通のマイルームそのものに見えるようになっている。
アイテム庫さえ無いような簡素過ぎる部屋は、何も知らずに入ってきた者には落胆しか抱かせないだろう。
だが周辺の部屋からは隠し窓などで中央の部屋の中の様子が見え、状況が直ぐにわかるようになっている。
そして、中央の部屋とは、隠し扉のみで行き来が可能だ。その隠し扉も、中央の部屋からは、マイルームに標準的に備わった照明具を一定の手順で操作しないと開かない。
僕の要望にぴったりと答えてくれた素晴らしい出来栄えだった。
これをたった一昼夜で仕上げたドワーフ達職人には頭が下がる思いだ。もう少し状況が落ち着いた後で何か報酬を出さないとな……そうおもいつつ、今できる返礼として、寝ている職人達の元に関屋さんから貰った回復薬を置いておく。
リアルでの栄養ドリンクを贈る感覚だが、喜んでもらえるだろうか?
その後は、ゲーゼルグに門から出た後の事を説明した。
ホーリィさんとの出会いには驚いていたようだが、その後の戦闘の件を聞くと、ゲーセルグはまたひどく悔み、今度は自分がついていくと言い出した。
武人として、主である僕に手を汚れさせたのが不覚と感じているみたいだ。
出発前に散々たしなめた所為で切腹とは言いださなかったが、ついていく意志は固くよほど強く命令しないと聞き入れてくれなさそうだ。
ただ、連れて行くには二つ問題があった。
一つは、この門の守備の問題。
外からの何者へかの偽装はひとまずなされたが、不要に外へ出ようとするモンスターは、まだ止めておきたい。
特に大罪の魔王や七曜神は強い力を持つだけに僕の命令を聞き入れない可能性が有った。
……実は、憤怒の大魔王と意識を重ねた際に、ある程度その意向を汲む事が出来た。それによると、魔王もそこまで無茶を仕出かさないであろうことは分かったのだけれども、未知数な部分も含まれていた。
故にある程度信頼できる仲間に、外との門の守備を任せておきたいのは変わりがない。
それは、僕のパーティーモンスターの中でも接近戦に長けたゲーゼルグがやはり適任だ。
もう一つは、ゲーゼルグの姿の問題。
外の世界が基本的に人間しかいないため、何らかの形で人の姿をとれないモンスターを外に出すのは、現状では避けておきたい。
元から人に近い吸血姫のマリアベルや魔法で変装可能なリムスティアや九乃葉とは違い、ゲーゼルグは明らかに人間とは違う竜人であり、更にそういった偽装手段を自前では持ち合わせていない。
そのため、彼を外に連れ出すのは難しかった。
しかし、両方とも難しいだけで不可能ではなかった。
「……まぁ、外を学んでもらうのもいい、かな。丁度関屋さんから良いアイテムをもらったし……九乃葉、留守を頼める?」
「御下知となれば喜んで……ゼルや、貸一つぞえ?」
「ふん、先に供を出来たお主に言われとう無いわい」
「……二人とも? ああそうだ、後はここの管理に……」
僕の供についていてくれた九乃葉にこの場の守備を代わりに任せれば、一つは解決する。
同時に九乃葉に、万魔殿に居るターナとハーニャへと言伝を頼んでおく。
これほどまでに偽装の建物が仕上がっているのであれば、この<門の関所>の管理や警護を担う者が必要になるだろう。
それは、万魔殿を切り盛りしているあの二人の一族から派遣すると良いはずだ。
なんだか二人してこそこそと話しているけれど、生憎<鋭敏聴覚>のスキルは持ち合わせていないので、内容はわからないが。
気になる気持ちを振り切って、僕は長衣から一つの護符を取り出す。
これは<化身の護符>と言って、着用者の外見を任意の種族に変装させる効果があった。
元々は『AE』の運営主催のイベントで配られたもので、アバターの姿だけ他の種族に変えて遊べるというものだ。
ステータスや性能的には一切変わらず、また情報ウィンドウを見たら元の種族が何かバレバレであったため、あくまでお遊びアイテムとして扱われていた。
また、装備枠は貴重な耐性をもたらす護符の枠であったため、<化身の護符>を装備するのは実用面から外れたプレイをしていることになった。
そのため、戦闘シーンでは使用されることのないアイテムだったが、今の僕達にとっては有用だ。
これを装備したモンスターは、わざわざコストを払わずに長時間の変装が可能、それでいて戦闘能力は落ちないのだ。
どうやらあくまで幻が体を覆っているだけで、角や翼などは見えないだけで存在し続けるらしい。
試しにゲーゼルグに装備してもらって確かめたところ、見えないだけで立派な翼や尾が確かに存在した。人ごみの中では不都合が起こりそうな気もするけれども、初めから解っていれば対処しようもあるだろうと思う。
また、ゲーゼルグと九乃葉には、ユニオンリングのコピーも渡しておく。
同盟にモンスターの二人は登録されないのを確認したけれど、どうやら直通ボイスチャットやユニオンゲートの機能自体は、指輪を持っていれば使えるらしい。
二人は僕のパーティーモンスターと言う事で、僕が使っている名目で使用出来ているようだ。
お蔭で離れた場所との意思の疎通出来ることになり、緊急の場合にも対処しやすくなって一安心だ。
そんな訳で最寄りの町、貿易都市ガーゼルには、九乃葉と入れ替わりにゲーゼルグが同行することになったのだった。
僕はそこまで思い出して、ため息をついた。
目の前にはガーゼルの城壁が聳え立っている。町に入るためには、この門で手続きを取る必要があった。
ブリアン達偵察兵と同行している為、幾つかの質問がなされるだろうが、そこは山賊を退治するために一時的に雇った傭兵という名目を通すつもりでいるし、実際そのさわりの説明をブリアンが城門の衛士にしているはずだ。
が、何というか目立ちすぎている気がする。
それは、一行の前方で山賊の頭目の生首をこれ見よがしに掲げているブリアンの所為であったり、それをいかにも当然とばかりに胸を張るゲーゼルグの存在感の所為でもあるのだろう。
周囲には、貿易都市への入り口らしく、無数の荷馬車やキャラバンなどが入門の順番待ちをしている。
その中を、いかにも腕利きの傭兵然とした男が、山賊の一団を殲滅したような説明をされる……注目を集めない方がおかしかった。
「これって、私達に護衛についてくれって依頼でも来そうねぇ」
「……それも、この世界を知るためには一つの手でしょうけど……はぁ、見込みを間違ったかな?」
ゲーゼルグの傍に居る僕たちはどう見られているのだろう?
傭兵と言う設定でなら、僕やホーリィさんの装備も不思議がられないかと思った。けれども、考えてみれば僕の外見は13,4歳程度の子供の物だ。違和感を覚えられたりはしないだろうか?
自分でも慎重すぎる気もするけれども、出来れば大きな波風を立てずにこの世界の事を調べたい。
そのためには、出来るだけ目立たないようにする必要があると思うのだけれども……
「あ! ご主人様!! こちらですわ!」
「ふふっ、お待ちしていましたわ、ミロード!」
町の方から、絶世の美女が二人、僕らへ向けて手を振っているのを見て、盛大に諦める。
ああ、僕は何であの二人を先行させてしまったんだろう?
目立たないように、とは言っておいた気がするけどなぁ……?
現実逃避しそうになりながら、二人の美女、マリアベルとリムスティアの背後を見る。
そこには、魅了され切った様子の何人かの男達が、下僕のように傅いていたのだった。
うん、これは明らかに人選を間違えた僕の失態だ。
横からホーリィさんの面白がる気配を感じるが、文句ひとつ言う気力さえ萎えかけていた。まぁ、再会当初の落ち込んだ姿よりも、こちらの方が彼女らしいと言えばそうなのだけれども。
しばらくして、流しの傭兵として町へ入る許可を得つつ、僕は再びため息をついた。
この町への滞在も、何かトラブルに遭遇しそうだ、そんな予感を感じて。
だが、その予感はまだある意味はずれていた。
既に、事態は動き出していたのだ。
ガーゼルから北東の丘陵地帯。そこで、それは既に目覚めていた。
目を覚ました直後は、その低い知能でも見たことのない場へいると理解し混乱したが、殆ど間をおかずにおのれの有り様を思い出す。
それは、飢え。
目に入る物すべてを食らいつくそうと、巨大な魔獣は動き出す。
丘陵地の谷間に現れたが為に、『人』が気付くのに更なる時間を要したが、それは幸運なのか不幸なのか。
ただ言えるのはそれが目に入る物をすべて喰らいながら進む災厄そのものだと言う事だ。
銀色に輝く毛皮を持ったその魔獣……大地喰らいは、目につくものを全て……名の通り、岩さえも喰らいながら、ゆっくりと進んでいく。
その先、遠く地平線の向こうに、町の影があることも知らずに。