章間 小話 万魔殿の食料事情 その7
僕は、万魔殿の中でも一際長い階段を下りていた。
下層から最下層へは、単純に高度差がある。下層までの居住エリアと違い、この先は根本的にサイズがちがうのだ。
この先は、大型の魔像達の格納庫兼整備場。
60m近いギガイアスをはじめとした、大規模戦闘専用の魔像達を収めるため、とにかく一区画が大きいのだ。
他にも幾つかの仕掛けがあるので、悪魔達が住まう階から最下層至るまでしばらく入り込めない層が続く。
ちょっとした高層ビルをエレベーター無しに最上階から降り切ったに等しいから、流石に足が悲鳴を上げている。
昔体育か何かで、階段の登りより降りの方が足に負担がかかりやすいと聞いた記憶があるけれど、まさしくその状態だ。
そして僕はたどり着く。
「こっち側から入るのは久しぶりだなぁ……」
普段この格納庫の階に来るのは、基本的にエレベーターか転移の魔法陣経由だ。
だから、階段から通じるこの辺りには、久々に来る。
階段から降りたその先で、僕は傍らにたたずむ巨大な柱を見上げた。
「……久しぶり、ユミリアス」
いや、柱じゃない。むき出しの土の柱に見えるそれは、巨大な脚だ。
大型粘土魔像ユミリアス。僕が大規模戦闘用に初めて作った大型魔像だ。
北欧神話にある始原の巨人の名から取った名前の彼は、片膝をついた姿勢で、静かに憩っていた。
ユミリアスを作ったのは中級位階の頃で、大きさも10mちょっとで大型のくくりの中では小型。
素材もありふれた粘土で、通常戦闘で使用する簡易作成した粘土魔像との違いは大きさ位のもの。
だけど、中級位階のエンドコンテンツでは、随分と頼りになってくれた。
ただひたすらに頑丈で、粘土で出来ているから修復も簡単。
中級位階の頃は僕も手持ちの資源とか心もとなくて、それだけに運用がリーズナブルなユミリアスにかなり助けられたのだ。
ただ、それでも次の準上級位階になると、力不足になる。
更に魔像は、一度『個』として完成してしまうと、素材などをアップデート出来ず、位階を上げることも出来ない。
とはいえ、中級の頃は散々お世話になったユミリアスを廃棄するというのも忍びない。
だから、こうして格納庫の奥に佇んで貰っているのだった。
僕は、更に奥へと歩みだす。
せっかく格納庫まで降りてきたのだ。
腹ごなしとして始めた階層めぐりも、あとは登るだけ。これまで各階層でなんだかんだと見て回ってきたのだから、ここも一通り回っておきたい。
そう思い進んだ先に、今度は荒々しい岩の塊が壁際に積み上がっていた。
だけどよく見れば、それは人型の岩がアグラをかいているとわかるはず。
「盤古児も久しぶり。メンテは……うん、メイド達がしっかり手入れしてくれているみたいだね」
この岩山も、ユミリアスと同様の大規模戦闘用魔像。
硬石魔像の盤古児だ。
こっちは、古代中国の神話に登場する始原の巨人の名から取っている。
ユミリアスもそうだけど、この格納庫に収められた魔像達は、メンテナンス担当の蟻女のメイド達から、手厚い手入れをしてもらうように手配してある。
盤古児はユミリアスの次、準上級位階の頃に作り上げた魔像で、ユミリアスと同様にエンドコンテンツで活躍してくれた。
この奥にある機体も含めて、お役御免になったとしても大切にしたかったのだ。
「アンタイオン、ダイダラ、ウペルリス……」
並ぶのは、それぞれ素材違いの、同時に神話に出てくる巨人達にあやかった名を持つ魔像達。
最終的に伝説級に至るまで、それぞれの位階に合わせた、同時にその時々で最適の素材を使った魔像達。
伝説級の大規模戦闘、それもアナザーアース最後の数ヶ月では、高難易度過ぎて彼らを駆るのは難しかったけど……。
「今なら、むしろ丁度いい、かな? 今の僕なら、それこそユミリアスなら、咄嗟に呼び出してもコストを十分賄えるだろうし」
皇都で位階の壁を超え、準上級位階に至った今の僕なら、大規模戦闘用のモンスターの召喚も、同等もしくはひとつ下の位階のモンスターなら容易い筈。
まあもっとも、それも相手次第だ。
「ギガイアスでも危ない場面はあったから、やっぱり難しいかな……」
僕はようやくそこに辿り着く。
既にパーティーモンスターとして編成している、僕が全力で作り上げた最大戦力。
契約した七曜神や、七大魔王よりも頼りにする、僕の切り札。
超合金魔像ギガイアスは、僕の来訪を慌ただしく迎えてくれていた。
……そう、慌ただしく、だ。
「ちょっと! 風の精霊石は4番に回してって言ったでしょ!?」
「順番でしょうが! 右腕のハッチは後回しよ! ソレよりも関節の予備タンクが先!」
「装甲板の搬入まだなの!?」
「発注して無かったって! 今倉庫に取りに行ってるよ!」
「何ですってぇ!?」
格納庫に増設された、ギガイアス整備用のハンガーに、蟻女のメイド達が群がって、絶賛整備の真っ最中だった。
実は、今日の日中、ライリーさんと摸擬戦をしたのだ。
僕とライリーさんの摸擬戦と言えば、当然大規模戦闘の魔像同士のぶつかり合い。
今回は例の深紅に輝くヒヒイロカネ製ゴーレムで、飛行形態のギガイアスとアクバーラ島の上空を激しくドックファイトしたのだ。
もっとも、大型魔像の燃費は、激しく悪い。
途中休憩と言う名の補給を繰り返して、お互いに無茶をした結果、実際に攻撃は当てないレギュレーションながらも、お互いの機体に無視できないダメージが発生していた。
この有様も、その影響なのだろう。
全力で振り回し過ぎて、予備のタンクに詰め込んでいた燃料の精霊石まで使い切ったから、その補給や整備に大忙しという事なのだろう。
……うん、のんびり彼方此方見回っていたけれど、整備担当の蟻女メイド達には、ちょっと申し訳なくなってきた。
そういえば、中層の大食堂にいたメイド達は、仕事帰りのような空気をしていたようにも思う。
もしかして食堂に居たのは、交代した整備担当メイドだったのだろうか?
なるほど、全力でカロリーを求める訳だ。
そんな事を考えた僕は、忙殺されて僕の事にも気付かないメイド達に見つからないように、こっそりとギガイアスの様子を見る。
補給、というのは、大型魔像にとって、食事に当たるのだろうか?
無数の蟻女メイド達に世話させるギガイアスは、だとすると彼女達に手ずから食べさせてもらっている事になる。
そう考えると、ギガイアスの姿が、心なしか嬉しそうにしているように見えて来た。
「メイド達には、後で追加報酬を出しておくとして……この場は邪魔をするのも悪いかな」
そんな事を想い、僕はその場を後にする。
さて、気分転換も終わった事だし、もう少しスキルの検討を進める事にしよう。
日中ライリーさんとのドックファイトで痛み分けになったから、次こそは勝ち越さないと。
そんな思いと共に、万魔殿の夜は更けていった……
2巻は来月15日刊行予定です。
もう少ししたら、また書影やキャラクターデザインを紹介できるようになるかと思います。