章間 小話 万魔殿の食料事情 その4
僕は中層へと降りてきた。
ここは地上から上下に数階が該当している。
地上階は大食堂や大浴場等の共同施設が有り、上の数階が蜂女の衛兵達のスペース、逆に地下が蟻女のメイド達の為のスペースだ。
万魔殿に住まう住人のサポートや雑務を担う彼女達だけに、こんな夜半に邪魔するのも忍びない。
幸い階段などの共用施設は、彼女達のプライベートエリアからは外れているので、邪魔する事はないだろう。
そう思って階段を降り続ける僕は、不意に足を止めた。
(何だろう? この妙に甘い香りは?)
カロリーという概念で鼻先を殴りつけられるような強烈な甘い香りは、降りている先丁度大食堂から漂って来ているみたいだ。
(……気になるな。何をしたらこんな甘い香りが?)
食堂については、しばらく前から完全にメニューを調理担当のメイドに任せてしまっている。
料理の研究熱はメイド達にも波及していたので、その熱意を絶やさないようにメニューを好きにさせているのだ。
僕は基本的に出されたものはそのまま食べるタイプで、彼女達が持ってくる料理を内心楽しみにしている。
色々試行錯誤している様子だけど、このマイフィールドの主として気を使われているのか、酷い味のものは来たことがない。
僕のもとに届けられるのはその中でも成功した料理なのだろう。
逆に言うと、この不意の夜歩きはメイド達にとっても不意打ちで、失敗も含めた彼女たちの努力する姿を垣間見るチャンスとも言える。
(……邪魔はしないし、覗き見るだけなら……)
そう言い訳しながら大食堂を覗くと、甘い匂いの正体が広がっていた。
「あっま〜い! おいし~!」
「そのシロップ!こっちにも頂戴!」
「働いたあとのデザートはしみるわぁ〜」
そこにいたのは、蜂女や蟻女達。
そして食堂中に並べられた、スイーツの数々。
何種類ものケーキや焼き菓子等の洋食系から、饅頭等の和菓子、果てはどうやって作ったのか如何にもジャンクなスナック等が細かく分けられ、並んでいる。
所謂ケーキバイキングやデザート中心のビッフェといった光景で、ご丁寧にドリンクコーナーまで用意されていた。
夜半ということで、一通りの仕事を終えた彼女たちは、思い思いにデザートを手に取っていく。
元ほデータであった存在で、集団として契約するタイプのモンスターであったにしては、随分と味の好みに固体差が生まれている様子。
それぞれに好みの味というものがあるみたいで、何とも興味深い。
とはいえ蜂女と蟻女で、全体的な味の好みの傾向はあるみたいだ。
蜂女の多くはケーキ等の洋菓子を特に好んでいるみたい。特にパンケーキが人気で、そこへたっぷりのハチミツをかけるのがセオリーのようだ。
逆に蟻女の側は、和菓子が人気の様子。特に餡子の人気が高くて、おはぎの減りが妙に速い。
もっとも、ケーキを好んでる蟻女や饅頭ばかり食べている蜂女も居るので、本当に傾向でしか無いようだけど。
彼女達はリラックスした様子で、思い思いに過ごしている。
そんな中にわざわざ入って水を指すのは無粋だろう。
(それに、さっき食べた点心も甘いの多かったから、更に甘味に手を出すのもなあ……)
甘いものでかなり膨れた腹具合に、この濃厚な甘い香りは逆にキツイ。
ここで顔を出して、流れで甘味を共にするのは、この身体が成長期だとしてもちょっとカロリー過多だ。
ここは撤退して、別の所を見回る方が得策だろう。
そう思って、振り向いたその先に、
「あら、マスター」
「どうされたのです?」
蟻女の女王にしてメイド長のターナと、蜂女の女王で衛兵を取りまとめるハーニャとばったり遭遇してしまった。
……確信としてわかる。コレは不味い流れだ。
その証拠に、二人が手にしてるのは出来たてのスイーツの数々。
コレからあの場に追加されるそれらの矛先が、今変わったのを感じた。
「いや、なんとなく歩きたくなってね。ここには匂いが気になってきただけ。皆の邪魔をしちゃ悪いから、僕はもう行くよ」
嫌な予感とまでは言わないけれど、今夜は何かある種の傾向というものに支配されている気がするのだ。
「あら、でしたらあちらの部屋にお越しになられては?」
「調理メイドの新作ですが、マスターからの感想を聞けばあの子も喜びます」
そしてその予感どおりに、僕は呼び止められる。
二人の表情は、善意に満ちている。
……おおかた、小腹を空かせた僕が食堂にやって来て、気後れしたのだと思ったのだろう。
切っ掛けは小腹を空かせたからだし、気後れしたのも事実だけに、咄嗟の反論が浮かばい。
結局僕は、ニコニコとした二人に連れられて、新作スイーツを堪能することになるのだった。
ちなみに、スイーツ自体の味が良かったせいか、スルスルと新作スイーツは腹に収まっていった。
コレが所謂別腹かぁ……、などと思ったのは結局完食してから。
実に美味だったけど、そろそろ本格的に体重とか諸々が気になり出してきた。
(樽もどきになった関屋さんの二の舞いにはなりたくないなあ)
などと思いつつ僕は中層を後にするのだった。
書籍や店舗特典SSを書きつつ、小話更新です。