章間 小話 万魔殿の食料事情 その2
僕の万魔殿は、大きく分けて地上と地下に分かれている。
僕の自室や神魔会議を行った会議室、その他アイテム保管庫や模擬戦用の闘技場等の冒険の為の準備施設があるのが最上層。
その下の上層は、ゼルの眷属の竜人や蜥蜴人や、ここのの眷属の魔獣種や仙術を扱う道士達の居住区。
地上にあたる層は、万魔殿の雑務を担う蟻女のメイド達や、衛兵である蜂女の為のエリアだ。地下を含めて万魔殿全体の中層にあたるため、住人全員が利用する食堂や大浴場もここにある。
ここまでが地上で、コレ以降は地下だ。
地下の比較的浅い層は、リムの眷属の悪魔達、その下がマリィの眷属の不死者達が住まうエリアで、全体の下層。
そして最下層には、ギガイアスや他大型の魔像の格納庫やそれらを転移させる巨大転移魔法陣、そして地上へと続く大規模なトンネルが掘られている。
そんな多層構造の万魔殿を、僕はゆっくり下っていく。
まるでダンジョンのようにあちこちに分けて配置した階段を降っているのだ。
もちろん、利便性の為のエレベーターも有るけれど、今はそんな気分じゃない。
小腹は空いてるし、目標は下層の不死者、吸血鬼達の住まうエリアだけど、こうして夜中に動き出した以上色々見て回りたくなったんだ。
そうして降り立ったのは、上層のゼルの眷属が住むエリア。
竜王たるゼルの眷属としてドラゴンや爬虫類に関わりがあり、更にその中でも人間サイズの者がここで過ごしているんだ。
ゼル程ではないにしても、龍の眷属それも伝説級に足を踏み入れた個体や上級ばかりであるため、僕の寝所を守る近衛的役割も担ってもらっている。
それもあってか、階段を降りた僕を待ち構えていたように出迎える人影があった。
「あら、お館様。如何なさいました?」
問いかけてきたのは、一見すると巫女服を着た成人女性だ。
清楚な雰囲気を漂わせる彼女は、白髪と赤い目、そして腰から髪色と同じく純白の鱗に覆われた蛇身をくねらせている。
「ちょっと夜の散歩にね。適当にうろつくだけ」
「左様で御座いますか。よろしければ、この雫めがお供致しますが」
「いや、そこまで大した事でもないし…」
彼女の名は雫。その種族は白蛇の精だ。
一見蛇女に見える彼女は、ある意味同種かつ和風ライズされた存在。とはいっても、蛇女のように食事は吸血ではなく人間準拠なもので良い為、完全に同じではない。
むしろ種族的な性格が特徴で、非常に嫉妬深く執念深い。もし敵対した場合、蛇女とは違った意味でとても危険な存在だ。
ちなみにこの雫もまた、種族的な意味で執着している存在がある。
ゼルだ。
彼女の設定を作っている際、ゼルにも良い相手が必要かと思って、そういうようにフレーバーテキストを書き上げたんだ。
その設定が実体化したことで、どうなったかと言うと…、
「でしたら、少しお時間を頂けますか? 旦那様に新作を召し上がって頂きたくて、味の指導を賜りたくて」
ゼルのお仕掛け女房と化していた。
ゼルの部屋で同棲はしていないものの、万魔殿に詰めている間は蛇身を絡みつかせそうなほどにくっついている。
一応雫は蛇女や龍人等の半人半蛇の種族の指揮をゼルから任されているはずだけど、その辺りの仕事はどうなっているのだろう?
まあ、それは今は横に置いておこう。
丁度小腹が空いている所に味見のお誘いだ。
コレまでも度々彼女の味見に遭遇しているけれど、あまり酷い物は出てこなかったから、期待しても良いはずだ。
「良いよ。じゃあご馳走になろうか」
「でしたらこちらへ……」
シャラシャラと蛇身をくねらせる雫に連れられた先、彼女の部屋で、それは待ち受けていた。
「卵?」
「ええ、自信作で御座いますわ」
テーブルの上、デンと据えられた皿の上に鎮座するのは、人の頭ほどもある卵だった。
なお、殻そのまま。
一応周囲に塩を始めとした様々な調味料が並んでいるため、恐らくは生では無いはずだけど、それはそれとして見た目にインパクトがあり過ぎる。
まあ、このまま見ていても事態は進展しない。
僕は雫を促すと、彼女は皿に置かれたその巨大卵を指先でつつく。
するとビッと滑らかだった卵の表面に筋が入り、花開くように八方へと広がったのだ。
その中身はといえば、
「……茹で卵? このサイズを?」
「ええ、白炎で中からしっかりと火を通しまして御座います。他にも、濃く味付けたスープで煮込んで、味も染み込ませませて御座いますわ」
絶妙な火加減で巨大な卵の黄身をギリギリ形の崩れない半熟に仕上げた茹で卵だった。
白身が薄っすらと色づいているのは、雫が言うとおりスープの下味が染み込んだ結果なんだろう。
中々に手が込んだ料理だった。彼女のゼルへの本気具合が伺えるというものだ。
当然その味も、本気の産物。
「あ、コレイケるよ。シンプルだけどスープの味が染み込んだ白身も良い」
味の方向性はともかく、コレは一種のおでん卵といえるだろうか?
その分類分けはともかく、少なくとも僕の雑料理よりは遥かに真っ当な料理だった。
……一点を除いては。
「……味は問題ないけど、この量で同じ味が続くのは飽きたりしないかな?」
「そのための調味料で御座いますわ」
「この量、味変でフォロー出来るかな…?」
まあ想定しているのが竜人のゼルだから、これくらいは余裕かもしれないけれど、人間準拠、それも子供の身体の僕には少々過分な量だ。
ただ、雫からの視線は、僕が残すことなど欠片も考えていなさそうに思える。
個人的な心情としても、出されたものは残さず食べてしまいたい。
(まあ空腹だったのは確かだし……イケるはず!)
そう考えて僕は巨大茹で卵に挑みかかるのだった。
通勤時間にスマホで1話書けるかチャレンジしてました。
ちょっと足りなかった……