第14話 ~ユニオンリング~
「これ、本当に貰っていいんですか?」
「ああ、気にするなよ。この程度なら素材がありゃすぐに作れるからな」
「じゃぁ、遠慮なく」
山賊達の掃討を終わらせた後、僕たちは後始末に追われていた。
傀儡達は死体処理――大きな穴を掘り、最低限の討伐証明をのこして傀儡ごともろとも埋めている。
偵察部隊は、その証明――頭目だけは首、後は耳や鼻などを回収。此処は、名目上は偵察部隊の面々が討伐したことにする。
そして、僕たちは、奪われた関屋さんの無数のアイテムを回収していた。
まだ略奪から間が無かったせいか、奪われたものは幾つかの消耗品以外はほとんど手つかずの状態だった。
そして関屋さんは、その中で今の僕達に丁度いい装備品やアイテムを融通してくれたのだ。
ホーリィさん向けの下級位階の神官用装備は、現状では非常にありがたい。
神官用の装備は、位階が低い段階でも魔法での回復量に補正がかかるなど便利なものが多く、何が起こるかわからない異世界では心強かった。
僕自身は、大量の回復薬などを当面必要なものとしてもらう事にした。
装備品は元々各位階で使用していたものがあり左程困らなかったのと、『AE』最後の日々の連日の大規模イベントで、ポーションなどの消耗品をほぼ使い切ってしまっていたのだ。
僕はアイテムはコレクションする性質だけれど、店売りのポーション等は最低限1個確保する以外は使いまくる主義だ。
アイテム類は『AE』から『AE2』へコンバートできないという事情もあったので、高慢の魔王ルーフェルトと契約する大規模戦闘等で盛大に使用し、手持ちの回復アイテムは底をついているに等しかった。
この数日を考えても、世界は脅威に満ちている。そんな中、スタミナや魔力の回復を自然回復のみに頼るのは不安だっただけに、回復薬を関屋さんから得られたのは大きい。
それ以外には、九乃葉やこの場に居ないマリアベル達向けの装備品なども譲り受けている。
幻想級装備まで混ざっていたのに、
「借りを返すだけだ。気にするな」
の一言で済まされてしまった。恩を感じてくれているらしいのは分かったが、幾分申し訳なく思ってしまう。
もっとも、それ以上に心強いのは関屋さん自身だ。
改めて、彼のステータスを情報ウィンドウで読み取ってみる。
【名称】関屋・孫六
【種族】ドワーフ/匠/ハイ・ドワーフ/半神
【位階】伝説級:98
【称号】<神工><豪商><刀鍛冶><親方><特級鑑定士>
位階は98と言う事は、最下級の蘇生魔法のデメリットを受けた所為で、元々は100だったのだろう。
戦闘用の称号は殆ど持ち合わせていないが、それが気にならないほど生産面が凄い。
<神工>といえば、アイテム生産面での伝説級称号だ。
スキルによる生産サポートは、およそ作れないモノは無いと言えるほど。
今回貰ったアイテムも、下級用装備や消耗品と言っても品質補正でかなり性能の底上げがなされているが、彼の言うとおり素材さえあればあっさり作れるものなのだろう。
回復アイテムの素材なら、僕のマイフィールドでも十分に確保できるため、関屋さんを介して消耗品補充の目途が立ったのは大きい。
僕のマイフィールド内でも生産に向いた種族、例えばドワーフなども部族単位で居るのだが、伝説級といえるほどの職人はどれくらいいるだろうか?
そもそも、生産職というのは、成長させるのに苦労する傾向にある。
また伝説級施用号である<神工>を獲得するのには、かなり作成条件の厳しいイベントアイテムを、ほぼ一人の力で素材集めからこなさなければ行けない。
僕が得た<万魔の主>も習得が難しいと言われた称号で、なり手はかなり少なかったが、<神工>となるとそれ以上だといわれている。
<神工>の手前の<名工>でさえ上級称号の中でも最難のイベントをこなす必要があり、挫折する者が絶えなかったという話もある。
……本当に貴重なプレイヤーだとおもう。
改めて、もらったアイテムを見てみる。
とりあえず僕の現状では命綱になりそうなMP回復ポーションが多数と、MP上限を一時的に引き上げられるブースト薬、後は……と見ているうちに、ある物が目に付いた。
「関屋さん、これ、ユニオンリングですか?」
僕は外見上は特に飾り気の無い指輪を見つめる。
山賊達では価値がわからなかったのかぞんざいに扱われていたようで、アイテムの山の隅に転がされていた。
だが、これは中々に強力なアイテムだ。
ユニオンリングは、その名の通り<同盟>を結成するための指輪だ。
同盟とは、他のMMOでいうギルドやクランなどといったものに該当する。
同じ目的を持ったプレイヤーの集団ともいえるもので、同じ同盟に所属するプレイヤーは、同盟ストレージの共有や直通ボイスチャットなど様々な恩恵がある。
僕やホーリィさんは共にソロメインだったので使用機会はほとんど無く、またそれなりに値が張るアイテムの為持っていなかった。
が、関屋さんはたしか商人系同盟に所属していたはずだ。と言うことは、これはその同盟のリングなのだろうか?
「ああ、それか……そいつは、未使用のリングだな。試しに作って放置してた奴だ」
「へぇ……そういえば、関屋さんって同盟に所属していましたよね? 他の同盟員と連絡とかは出来ないんですか?」
「ん? ああ、試してはみたんだが、どうも『AE』が終わったときにリセットでもされたみたいでなぁ……リングが初期状態に戻ってる感じだ」
関屋さんは僕の予想に首を振ると、既に身に着けている指輪を示す。
言葉の通りに、リングは未使用の物と同じような鈍い輝きを持つだけだ。
同盟を結成すると、指輪には同盟の名前が自動的に刻まれ、淡い文様が浮かぶのだが、関屋さんの身に着けている物は、同盟名は浮かんでいるものの、文様は浮かんでいない。
ホーリィさんが勿体無さそうに指輪を手に取る。
「それじゃあ、これは効果のないアイテムになっちゃったのかしら?」
「フレンドリストも何故か機能しなくなっていますしね……ゲームの『AE』そのままではない事もあるのかも」
フレンドリストは、各プレイヤー同士が連絡を取り合うためのリストだ。
登録しておくと、ログインしている同士なら直通ボイスチャットを開けたり、メールなどを送ったりできる。
だが、この機能は正常に働いていないようだ。
初日に気になって万魔殿で確認したところ、フレンドリスト自体は存在しているものの、登録している他プレイヤーは誰もログインしていない状態になっていた。
僕と同じ状況のホーリィさんも、登録はされているのに、リスト上ではログインしていない扱いになっているみたいだった。
多分、フレンドリストは『AE』というゲームのシステムに依存していたから、誤作動を起こしているのではないかと思う。
同様に、関屋さんのユニオンもシステム的な問題で使えなくなったのかもしれない。
「あら? でも、この指輪、つかえそうよ? 持ったらわかるけど、同盟結成フォームが浮かぶの」
「……そうなんですか?」
僕も持たせてもらうと、
>>同盟名を登録できます。
>>
>>同盟名を登録しますか?
ユニオンリング使用時の初期フォームが意識の中に浮かぶ。
これは、もしかして使えるのか……?
試しに、ふと思いついた名前で同盟を作成してみる。
>>同盟名:迷子達
>>同盟名を登録しますか? >YES
>>同盟:迷子達 を結成しました。
>>迷子達用ユニオンリングのコピーが可能になりました。
>>他プレイヤーに同盟勧誘を行えるようになりました。
>>他プレイヤーからの、同盟加入申請を受けられるようになりました。
すると、リングに今登録したばかりの同盟名が浮かび、淡い文様が浮かび始めた。
「おぉ? 使えるじゃねぇか!? 何でだ?」
「え? 同盟組めるの? それって……」
驚く関屋さんとホーリィさんに、とりあえず勧誘を試してみる。
二人とも不思議そうにしつつもOKすると、いともあっさりと同盟員に加わってしまった。
意識に浮かぶ情報ウィンドウに、同盟員として二人の名前がしっかりと浮かぶ。
「……俺のリングが使えなくなったのは、『AE』が終わったせいか? で、こっちの世界で改めて同盟は作れる……? あ~、くそ、訳がわかんねぇ」
「でも、これってかなり便利になるんじゃない? 直通ボイスチャットも使えるなら、離れても連絡しやすくなるでしょう?」
ホーリィさんの言うとおり、同盟と言うのは恩恵が多い。
この携帯電話など存在しない世界で、直通ボイスチャットが使えるようになると言うのは、大きなアドバンテージだ。
早速ユニオンリングをコピーして二人に渡すと、指輪に話しかける事でボイスチャットを起動できるらしいことが分かった。
だとすると、あの機能も使えるかもしれない。
僕は思いついたままに、指輪に触れながらある機能を念じる。
すると、目の前に直径2mほどの宙に浮かんだ魔法陣が浮かび上がった。
「これって、ユニオンゲート!?」
これは、転移の魔法陣――門そのものだ。
ただし、これがつながっているのは、誰かのマイフィールドではなく、『とある場所』だ。
僕はとりあえず現在位置――山賊の根城だった砦跡を情報ウィンドウで確認する。
……どうやら、ここも『登録』出来るポイントらしい。
『帰り』の目処がついた所で、僕は門へと足を踏み出した。
「やっくん!?」
「お、おい、何するつもりだ?」
「ちょっと、中を確かめてきます。九乃葉、ちょっとついてきて」
「わかりまして御座います」
念のために九乃葉を伴い、中に入る。
門を通る一瞬の立ちくらみにも似た感覚の後、僕は無事その空間へとたどり着く。
そこは、一言で言うと会議室だった。
基本的デザインは初期のマイルームと非常に似通っているが、此処には10人程度が着けるテーブルとイスがデフォルトで置かれている。
今入ってきた魔法陣が壁に浮かんでいる他、別の壁に扉がいくつか。
開けてみると、予想通りそこはマイルームにもあるアイテム庫だった。それもやや大きめの。
そしてもう一つの扉の向こうは……
「うん、これでいろいろ楽になりそうかな」
このユニオンルームから、各同盟員のマイフィールドへと直通する門が新たに開いていたのだった。
同盟のある意味一番大きなメリットはこれだ。
同盟を結成すると、同盟員が共有して使用できるマイルーム、『ユニオンルーム』が同時に生成されるようになる。
ここには、前述した同盟員共通のストレージである同盟用倉庫や、自由に出入りできる会議室がデフォルトで存在している。
基本的にはその二つなのだが、マイルームと同じく課金やその他のアイテムなどで拡張や機能増強が可能だ。
そして、もう一つの特徴が、各同盟員のマイフィールドへの門が常設されるようになるのだ。
これにより同盟員同士は交流がしやすくなるなどのメリットが『AE』の頃から存在した。
そして今、僕たちに……ホーリィさんや関屋さんにとっては特に大きなメリットになるはずだ。
二人のマイフィールドは、デフォルトの門の位置が、利便性を考えてかマイルーム付近の街の入り口に直でつながれていた。
だがそれは『外』との距離があまりにも短い事にも繋がった。
結果、それが関屋さんの世界に降りかかった災厄とつながったともいえるのではないだろうか?
だから……例えば、デフォルトの門は封鎖してしまい、外との行き来はユニオンルームを経由し他の小世界から行うのであれば、何かあってもワンクッション置けることにならないだろうか?
ホーリィさんに今は関屋さんも、現状はデフォルトの門を閉じているけれど、何時までも外との交流を閉じておくわけにもいかないはず。
そして……僕の世界の門は、中での重要な施設からある程度距離があり、ただ何も知らずにはいれば枯れた門だと勘違いさせる偽装を施しているところだ。
つまり、ユニオンルーム経由で僕のマイフィールドを通れば、ホーリィさんや関屋さんもそれぞれの世界の安全を確保しながら、外にも出られるようになる。
「そう思うのですけど、どうでしょう?」
<転移門の指輪>で山賊の砦に戻った僕は、ホーリィさんと関屋さんに同盟を利用した僕の考えを伝えた。
二人とも、僕の案に考え込んでいるが、否定の色は見えないように見える。
「……俺に取っちゃ損は無いし、賊の事もある。こっちから頼みたいくらいなんだが……だが、こうまで借りばっかり作るのもな……」
「僕にとっても、メリットばかりですけどね」
やや気まずそうにする関屋さんだが、僕にもメリットは多い。被害を受けては居るが、関屋さんの商店街への出入りが容易というのは、今後世界と向き合うのに大きな助けになると思うのだ。
……この『外』の世界の情勢次第では、無数の職人たちの手が必要になることもあるかもしれない。それを先の山賊の襲撃のような事態等から保護できるなら、十分だと思う。
ホーリィさんの世界も、昔から知っている場所だけに、無暗に『外』のナニカに荒らされたくはない。
それらを総合して考えると、僕の案はメリットばかりのように思える。
「やっくんの所と、孫六くんの所に簡単に行けるようになるのはうれしいから、私は良いよ?」
ホーリィさんは乗り気のようだ。
あとは関屋さんだけだが……
「……まぁ、試しで入った同盟だが、それでも入ったのは確かだ。その同盟の盟主の提案だ。無下にも出来ねぇな……」
まったく、借金が増えるばかりだぜ……
関屋さんも提案に乗ってくれた。
ため息まざりに何か聞こえたような気がしたけれど、気のせいだろう。
こうして、僕たちは成り行き交じりに同盟:迷子達で結ばれることになった。
さっそく、ユニオンルームを経由して、一旦関屋さんの世界へと戻ってみる。
門は僕が玄関を壊したマイルームポイントの屋敷のロビーに開いていた。
職人たちが総出で壊れた建物の修復にあたっていたが、関屋さんを見るとあわてて駆け寄ってくる。
皆まだ完全にショックから抜け切れていないようで、どこか影の混ざった表情だったが、仕事への熱意は失っていないらしい。
……あまりに後を引くようなショックを受けている者……主に女性達に関しては、関屋さん達と話して後で暗示に長けたモンスターや、ホーリィさんの世界から神官を派遣する事に決めている。
それで落ち着いてくれればいいのだけど、と思う。
関屋さんも似たことを思ったのか、僕らが外の街に行くのには付き合わず、まず商店街の修復に尽力するつもりのようだ。
僕としても特に異論はなく、そのまま商店街を後にした。
次に向かったのは、ホーリィさんの世界だ。
こちらも、大神殿の大礼拝堂の隅に門が開いている。
とは言え、此処でやることは多くは無い。
ホーリィさんが、神官と話して、関屋さんの職人のケアの指示をした程度だ。
位階が下がっているとはいえ、神官団はホーリィさんを崇拝している様子で、二つ返事で門をくぐっていった。
神聖魔法は精神ステータスの回復魔法も有るので、十分な力になってくれるはずだ。
ホーリィさん自身は、このまま僕と一緒に町までは見に行くつもりらしい。
とりあえず彼女自身の世界の安全は目処がついた今、積極性が出て来ているのかもしれない。
位階も無数の職人をひたすら治癒し続けた為か、下級:12まで上がっている。
手に入れたばかりの下級用のメイスを嬉しそうに撫でる姿は、段々と殴りプリーストだった頃のホーリィさんに重なりつつあるようにも見えた。
……まだ下級である以上、カンスト時代のような無茶はしないことを祈りたい。
そして……僕は再び僕の世界へと戻ってきた。ユニオンルームへの門は、万魔殿へと続く橋のたもとに開いていた。
ここまで来たら、外へ、そして外の世界の初めての街となるガーゼルまであと少しだ。
まだ見ぬ街に期待を抱きながら、ふと僕は、先に町に向かったマリアベル達を思った。
無茶をしていなければいいのだけれど……