第27話 ~大西海の嵐 結末は静寂の中で~
その提案は、あの氷山戦艦の攻略を話し合いの終わりに差し掛かった頃だった。
「ギガイアスとライリーさんの緋彗の同時突撃で中枢を破壊できれば良し、まだ稼働するようなら、ギガイアスで直接叩く。最悪の場合、ゼルやここのにも出てもらわないといけないけど、コレは本当に奥の手かな」
「あのデカさだ。隠し玉くらい幾つか仕込んでるかもしれないからなぁ」
「ですが、氷の精霊力の元はただ一つ。ここさえ叩いてしまえば、夜光様のお望みに添えるかと」
巨大な戦艦を支える大精霊石、それさえ砕いてしまえば、船体を維持できなくなる。
あの戦艦が僕のマイフィールドであるアクバーラ島に近づき、攻撃してこないようにするのが目標である以上、それで十分のはずだ。
アレンデラが指摘するように、サブの冷気の供給源が無いのなら、叩く場所は一つでいい。
「それで大人しくしてくれるなら、御の字だろ。この射程やら戦力だと、放置してたらどんな事になってたか」
「夜光の所だから対処できたが、他のマイルームが目をつけられて居たら、手も足も出なかったぞ、こんな物」
ライリーさんや関屋さんが、改めて氷山戦艦の威容を見ながら口々にその脅威を再確認する。
実際、僕のマイフィールドが、それも『外』の世界に繋がった直後で、あちこちに隼乗りを飛ばして居なかったら、どうなっていた事か。
たとえばほんの少し航路が違って、西の大陸に行っていたら、無数に現れているマイフィールドのどれかが標的になって居たかもしれないし、もしかするとここにいるライリーさんや関屋さん、そしてホーリィさんの領域が狙われていたかもしれない。
「それは、嫌だな」
思わず声が漏れた。
思い起こすのは、僕も良く過ごしたホーリィさんのマイフィールドの事。
神殿の屋上に立派な庭園を造って、現実では満たせなかった園芸趣味を満喫していたホーリィさん。
その大切な庭園は、彼女がマイフィールドから離れているときは、神官のNPC達が世話してくれていると聞かせてもらっている。
もしその庭園が砲火に焼かれたなら、どんな気持ちになるだろう。
僕が自分の作り上げたマイフィールドを誇りに思うように、彼女もマイフィールドへの思い入れが強い事を、僕は知っている。
そんな事を考えていたからだろう。
「何が嫌なの~?」
「あ、いえ……自分の領域に踏み込まれること、ですかね」
ホーリィさんからの問いかけに、ふんわりとした言葉しか返せなかったのは。
「そだね~……やっくんの所とか、関屋さんの所とか、大変だったもんね」
「それは、そうですね……」
「あ~、思い出したくないこと、思い出させるなよ、ホーリィの嬢ちゃん」
この身体になった当初、僕は侵入してきた衛視に、関屋さんは押し込んできた山賊に酷い目に合わされている。
それを思うと、『外』からの侵入者というのは、一種忌避感を覚えても仕方ないように思う。
対策に僕らは『門』の場所に偽装用の部屋を用意したりして、不用意に外から誰かを入れないようにしたけれど、境界であった霧が晴れてしまった事で、あのフォルタナ号のように来訪者が訪れられるようになってしまった。
フォルタナ号に関しては、いっそ利用する方針になったけれど、今後訪れるようになるであろう東からの船への対処は、その都度状況を見図らなければいけないと思う。
だけど、次のホーリィさんの言葉で、僕は頭を殴られたかのように思考が止まった。
「じゃあ、あの船もそうなのかな~? あの氷の船も、マイフィールドなんでしょ~?」
言われてみれば、そうだ。
ライリーさんや僕らの、そして世界の運行を司る七曜神の見立てでも、あの氷山戦艦はマイフィールドだ。
だとするなら、隼乗りや風浪神の接近に対する攻撃も、外部からの異物に対する純粋な排除行動でもあるのかもしれない。
もちろんそれはやられる側にとっては迷惑極まりないし、戦艦砲の射程圏内の一切で行うようなら、陸地に近づいた時にはただの災厄でしかない。
でも、先ほど迄感じていた僕自身のマイフィールドに対する思いと比べても、全てを否定してはいけないのだとも思えてくる。
「言いたいことはわかるが、ちょいと相手視点になり過ぎだぜ、神官の姉ちゃんよ。現に相手は見境の無い狂犬みたいな有様だ。戦わない事には、直近で夜光の島が酷いことになるぜ?」
「あ、うん。ごめんね。でもやっくんはそういうの後から気付いても気にしそうだったから」
実際、ホーリィさんの言う通り、彼女が指摘した事は、遠からず気付いていたと思う。
全て終わってから、先に気付くべきことに気づけなくて後悔する。そんなのは、身に覚えがあり過ぎる位だ。
膝と肩に在るはずのない痛みが走る。
後悔ばかりの僕にとって、戒めになる痛みだ。だけどこの痛みが、僕の脳裏にある閃きをくれた。
「いえ、ありがとう、ホーリィさん。少し、試したくなる手が浮かびました──アレンデラ」
「は、はい!! 何でしょうか夜光様!」
僕の呼びかけに、白銀でその身を飾った氷の女王が勢いよく応える。
彼女の力を借りれば、もしかするとうまく事が運ぶかもしれない。
「頼みたいことがあるんだ。一緒に、ギガイアスに乗ってほしい」
「はいっ!!! いつでもどこまでもお供しますわ!!」
「いや、何処までもじゃないけれど……」
凄まじく乗り気な氷の女王に押されながら、僕は在る作戦を告げたのだった。
そして今。
氷の女王アレンデラは、ギガイアスにより砕かれた大凍球外殻の内側、その中枢に向かっていた。
氷の精霊力の操作に秀でる彼女には、その在り処がはっきりとわかる。
砕けた外殻の内部は、まるで建造物の様で、幾つかの通路と壁、そして魔法装置で構成されていた。
夜光が見たならば、ごく小規模な建物タイプのマイルームの構造と酷似していると気付いただろう。
しかし、夜光は別の魔力反応側に向かい別れている。
そして氷の女王アレンデラの思考は、そんな細かな事に気を向ける余裕がない。
「夜光様の、御命令を、果たすのよ!! こんな壁邪魔よ!!!」
任せられた領域の統治以外の、久々となる夜光直接の命令は、アレンデラの思考を一色で塗りつぶしていた。
元々極端な思考になりがちなアレンデラは、主である夜光の命をひたすら遂行し、褒められる事しか考えられなくなっていた。
目標である大精霊石までの道のりを隔てる壁を、強引に手にした絶凍の槍は容易く破り、破壊し、道をきりひらく。
大凍球が放っていた物質すら静死させる凍気の波動を、刃の部分のみとは言えこの槍は宿しているのだ。
結果多少は入り組んでいるはずの道のりを直線的に踏破したアレンデラは、遂にその空間にたどり着いた。
仄かな蒼白の光を宿す、大精霊石。直径は10m程もあるだろうか。
部屋のあちこちから無数の配管に繋がれたそれは、部屋の中を魔力の余波で極寒の世界に変えている。
「あら、涼し気な事」
しかし、そんな空間に在ってもアレンデラはどこ吹く風だ。
自身も氷の精霊力を宿す彼女には、冷気の影響を無効にする特性も持ち合わせているのだ。
それだけでは無い。彼女は氷の女王、つまり、氷属性の支配者だ。
差し伸べるように、アレンデラの両手がかざされる。
すると、冷気を放っていた大精霊石が、身震いするように蒼白の光を点滅させた。
何かに抵抗するような素振り。
しかし氷の女王は、その特性の如く冷たく言い放つ。
「無駄よ。貴方の全ては氷で、私の支配するものも、氷。抗えるものですか」
彼女、氷の女王アレンデラは、夜光が直接育て上げ、カンストにまで至らせた伝説級モンスターの一体。
幾らこの氷山戦艦を作り上げた者がMODやある種の改造を行っていても、プレイヤーとして設置できるオブジェクトの限界もまた決まっている。
氷の大精霊石もまたその範囲に縛られているが為に、そしてあくまで魔法装置の一種でありモンスターではない為、その属性支配の魔力に抗う事は出来なかった。
一呼吸程の時間の後、氷の大精霊石は、その放つ魔力の質を変える。
それは、つまり。
「……ああ、判りますわ。この船の事。なんて素敵なのかしら……こんな凄い物を、夜光様に献上できるなんて」
艦の支配者の置き換え。
氷山戦艦中枢からの魔力と共に流れてくる指令を弾き、アレンデラの意思にこの大精霊石が従う事となった決定的な瞬間であった。
氷の女王アレンデラと別れた僕らは、彼女が向かった氷結炉とは別の、もう一つの魔力の発信源に向かっていた。
アレンデラが言うには、その魔力に従って氷結炉は凍結の波動を操って巨艦を操作しているらしい。
つまり、その魔力の発信源こそ、僕らを苦戦させた氷山戦艦、そして大凍球の司令部的ナニカのはずだ。
そして、そこは在った。
「………」
そこは、何の変哲も無い、只の部屋だ。
余りに見覚えがあり過ぎる、只の部屋。初期設定そのままの、マイルーム。
あれほど巨大な氷山戦艦の中枢司令部と言うにはあまりに簡素で、同時に一切のリソースを他につぎ込んだからこそ、此処はこの様相なのだろう。
「侵入者──指令部到達」
「氷結炉──反応無シ制御不可能」
「防衛不能──マスターノ最終命令遂行不能」
このマイルームに、初期から手が加わっているであろう物は大きく二つ。
中央に置かれた、制御用らしいひび割れた水晶球と、その周囲を取り囲む三体の魔法人形だ。
魔法人形はいずれも女性タイプ。ライリーさんが良く作り上げる、生体部品を多用するタイプに見える。
作成者のこだわりなのだろうか。部屋の簡素さに対して、彼女達は甲板に居た魔法人形たちのように軍服を着せられていた。
「……降伏勧告を受けられる権限は、ある?」
彼女達が、あの威容を誇った氷山戦艦の中枢なのだろう。
問いかける僕に、だけど彼女達は反応しない。
「侵入者──指令部到達」
「氷結炉──反応無シ制御不可能」
「防衛不能──マスターノ最終命令遂行不能」
ただ、同様の言葉を繰り返すだけだ。
一応推測は出来る。あれだけの規模の戦闘能力を持つ艦に、無数の魔法装置とMODを併用しての無数の兵器の機能の再現に、彼女達の創造主はかなりのリソースを注ぎ込んだのだろう。
同時にそれらのリソースを捻出するために、不要な部分は削ったり簡略化を行った筈だ。
ちょうど、この部屋のように。
あれだけの砲塔を兵器群として再現したのに、このマイルームがほぼ初期状態なのは、その表れだろう。
もし余裕があるのなら、この部屋は如何にも司令部といった内装に変えられていた筈だ。
僕のマイルームの場合、広さはともかく割と各地の地形や建物は公式の標準セットをそのまま配置して居るから、そういうリソース面は何とかなった。
けれど、この部屋の持ち主だったプレイヤーは、そこまでを求めなかったか、求めて手に入れる前にアカウントを停止させられたのかもしれない。
「会話も、無理、かな?」
「ええ、ミロード。この娘達は、お互いの声しか聞こえて居ませんわ」
僕を守る為に同行したリムが、魔法人形たちの心を読んだのか、僕にそう告げる。
「最終命令──近づくものを能力の全てを注ぎ込み、排除する。彼女達には、それしかないみたい」
「そう、か」
恐らく、彼女達を作ったプレイヤーは、魔法人形たちが実体化するなんて考えても居なかった筈だ。
僕だっていまだに理解し切れないのだから、恐らくアナザーアースの終了前にアカウント停止させられた状態では思いもよらない事だろう。
だけどその結果、彼女達はこうして実体化した後も命令に従い続けて居る。
同じく無数のモンスターを従えている身の僕は、それを悲しんでいいのか憤るべきなのか、判断がつかない。
ただ、この場で一つ、命を下すだけだ。
「リム、彼女達に夢を。出来るなら、せめて、幸せな」
「判りましてよ……眠りなさい、目覚めの時まで」
夢魔にして、僕の頼れる仲間の一人、愛欲の魔王リムスティアが魔力を解き放つ。
精神系の魔法に秀でる彼女の力に、直接の戦闘能力は低い魔法人形たちでは、到底抗うことなどできない。
「侵入者─……」
「氷結炉……」
「防衛不能──マスター……マスター、ソコ、ニ……」
次々意識を失う魔法人形。
最後の一体が何かを求めるように手を伸ばし、そして力を失い倒れ伏した。
あとには、静寂。
その無音が、今更ながらに寒々しくて、僕は震えそうになる。
僕が居なかったら、僕のマイフィールドはこの氷山戦艦のように暴走していたのかもしれない。
それが余りに恐ろしかった。
「…………」
「あ……ありがとう、皆」
そんな僕を、仲間たちが無言で包んでくれる。
確かな皆の存在感に、僕は救われる思いがした。
こうして、南方からやってきた、氷山戦艦との戦いは終わったのだった。
これにて氷山戦は終了。エピローグの後に5章終了となります。
皆様に応援いただいたおかげで、拙作「万魔の主の魔物図鑑」書籍2巻にGOがかかりました。
何時頃の刊行になるかはまだ不透明ですが、現在更新中の5章終了後に2巻の作業に取り掛かる予定です。
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書籍1巻2月15日付で刊行しています。
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