第25話 ~大西海の嵐 最終防衛機構・大凍球カルヌ・アーク~
ギガイアスとライリーさんの緋彗との一体化突撃は、一切の減速なく氷山戦艦に突き刺さった。
その衝撃は相手に多大な被害をもたらしたけれど、同時に僕達にもそれは襲ってくる。
前面に障壁を張っていたのと、一応ギガイアスに組み込んでいた耐衝撃装置、そしてとっさに九乃葉がその尾を操縦席中に膨らませて、エアバッグのように衝撃を吸収してくれなかったら、僕たち自身が潰れたトマトのようになっていただろう。
それでも動作中の洗濯機の中に放り込まれたような衝撃とその後の動きで、僕達はめちゃめちゃになって居た。
外界表示もきりもみ回転する世界を映し出して、目が回りそうだ。
だけど、僕の作り上げたギガイアスは流石だった。
衝撃で幾つかの魔法回路が異常を示している以外は、大きな損傷はないらしい。
「~~~~~~っ!!! 皆、無事!?」
「な、何とかで御座る! ……うん? この柔らかいものは何でござr「どこ触ってるのよ! そこに触っていいのはミロードだけよ!!」ゲフッ!!」
「わたくしは霧化したので無事ですわ…」
僕は、未だに目が回るような感覚に囚われながら、皆に声をかける。
多少のトラブルは在ったみたいだけど、特に問題は無いと考えてよさそうだ、うん。
ここのは自分の尾でしっかりを衝撃を吸収していたから、問題なく無事。
後は……
「はぁ……氷の、貸しにしておくえ?」
「な、ななな、何のことかしらね!?」
いつの間にか僕に抱きつく形になって居た氷の女王アレンデラだろうか。
彼女は体内に強い氷の精霊力を宿し、その上で自分の意思に寄らずその冷気が大概に溢れてしまう。
ギガイアスの操縦席は5~6人が入れるかどうかの狭い空間なので、彼女の無意識の氷の吐息が漏れてしまうと、非常に危険だ。
その為、テイムした契約主にはテイムモンスターの悪影響を中和する特性を利用して、彼女を僕の隣に座らせることでその無意識の氷の精霊力の吐露を無力化していた。
こうして抱きつかれているのも、隣の彼女が僕にすがった結果なのだろう。
ただ、ここのの尾が一本、僕とアレンデラの間でクッションになってくれてる代わりに氷漬けになって居た。
ここのの尾は自在に属性を帯びられるから問題なさそうだけど、何とも寒々しい有様だ。
とりあえず僕らの状況は一通り確認できたので、僕は後方の様子を示す外界表示に声をかける。
「ライリーさん、そちらは大丈夫ですか?」
『あ~、メルティとオレッチは無事だが、緋彗が駄目だな。強度不足で殆どのパーツが逝っちまった』
ギガイアスと連結し、疑似的なブースターとして力を尽くしてくれたライリーさん達だ。
ギガイアスはその身体を複数の魔法金属で作り上げていて、柔軟性や強靭さ、そして硬さを吟味して構成しただけに今回の突撃に耐えられたけれど、軽量特化型の日緋色金一辺倒の緋彗では耐え切れなかったらしい。
『とりあえずは応急処置で修復に取り掛かるが、その間は当然動けなくなるわけだ』
ライリーさんの称号<創造者>は、魔像等の製造と修復を得手としている。
僕の目から見ても緋彗のダメージは深刻なものだけど、時間さえあれば修復は可能に見えた。
そう、時間さえあれば。
『つまり、この先大して力を貸してやれないことになる。気張れよ、夜光』
「ええ、判っています」
外界表示越しに見る外界、そこに浮かぶ巨大な影に、僕は気を引き締めた。
まだ、戦いは終わっていない。
「──船体外殻─大破」
「各砲塔ヘノ伝達──途絶」
「再結合可能冷気精製迄──200カウント」
巨大な氷山が、真っ二つに引き裂かれた。
甲板上の武装の一切は天空からの光と彼方からの劫火に焼かれ、溶かされ、城の如き艦橋も巨大隕石の激突のような巨体の突撃に、土台から吹き飛ばされている。
それほどに、巨大な2体の魔像による突撃は、氷山戦艦を完膚なきまでに打ち砕いていた。
直前に世界樹の根で氷山中央部に亀裂が入っていた為、切れ目を入れた氷柱のように割れる起点が出来ていたのも大きい。
氷山の大半は海面下に沈んでいるが、その最下部まで崩壊は到達しているのだ。
氷山戦艦の中枢である発令所もまた、多大な衝撃で内部の司令官級の魔法人形たちが損傷し、船体各部からの被害報告さえまともに対応できる状態にない。
艦の機能を司る炉は、氷山の奥深くに位置していたこと、更に保護外殻に覆われていることで無事であったが、船体が折り砕かれたことで周囲の氷を失い、更には船体破壊の衝撃で空中に吹き飛ばされている。
このまま飛来した魔像に襲われれば、未だ外殻があるとはいえ無事では済まないだろう。
それ故、発令所は決断を下す。
「船体ヘノ冷気供給完全切断」
「守護外殻ヘ冷気及ビ魔力供給」
艦機能の中枢である凍結炉と、意思決定中枢である発令所を内封する最終防衛外殻にて、敵対するものを排除するのだと。
km単位の規模の氷山を運用する膨大な冷気と、それを操作する魔力が、外殻──直径120m程の球体構造体へと注ぎ込まれていく。
すると、衝撃のまま吹き飛んでいた外殻が、その勢いを急激に減じて空中に制止した。
更には溢れ出す冷気が、周囲の氷山の破片を絡め取り、球体の周囲へと浮遊させ始める。
「最終防衛機構起動──敵性体排除ヲ優先」
「最終防衛機構起動──大凍球カルヌ・アーク」
「攻撃ヲ開始セヨ」
空中に制止した最終防衛外殻にして防衛機構。
氷を思わせる深い蒼の金属が鱗のような文様を描きつつ球を為している。
各部からは砲塔らしき突起がせりあがり、前面に唯一ある円形の凹凸はまるで目の様。
全長三キロの氷山を操る冷気を、直径120mの構造体に全て集中させた、凍てつく破壊の化身は、眼下にて身をもたげる鋼の巨人への攻撃を開始した。
「夜光様、来ます! 右側に凍結波動でしてよ!」
「ギガイアス、回避!!」
アレンデラの警告を受け、僕はギガイアスを飛び退かせる。
次の瞬間、ギガイアスが居た周辺は、一瞬何もかも凍結したかと思うと、即座に全てが砕け散った。
多分極低温で分子の動きさえ停止させ崩壊させる魔法だろう。
アレンデラも同様の魔法を扱える為に発動を予測できたのだろうけど、彼女が居なければまともに食らっていたかもしれなかった。
目の前に浮かぶ球体──あちこちに突き出した砲塔と目玉の様な文様が、まるで何処かの西洋妖怪の元締めみたいだけど、決して侮れない。
この場に氷の女王アレンデラを連れて来なかったら、今の一撃を受けてしまっていたかもしれなかった。
彼女には別の役割を期待してここまで連れて来たのだけど、思いもよらず力を発揮してくれていた。
だけど、状況はあまり良くない。
あの球体は余り機敏良くは動けないモノの、空中に浮かんでいるのが非常にやりにくいのだ。
ギガイアスは、基本的に空を飛ぶときは飛行形態になる。
これは移動と戦闘時とでステータスをそれぞれに最適化するための方策だ。
逆に言うと巨人形態の時は戦闘力が高いけど、代わりに空中はあまり得意ではない。
そして逆もしかり。
巨怪鳥に似た飛行形態は、戦闘力という点では大きく欠けているのだ。
今回の突撃も、ライリーの協力が在って何とか氷山戦艦を貫くことが出来たと言える。
さらに、ギガイアスが立つ足場は酷いものだ。
氷山戦艦の破壊で無数の氷塊が浮かび、荒れ狂う波を大凍球の冷気が一瞬で凍結させたため、荒れ地どころではない有様であった。
ギガイアスの巨体をもってしても足を取られるため、半ば空中に浮かびながらの戦闘になる。
「また来ます! 氷塊多数!」
「くっ! このっ!!」
大凍球の周囲に浮かぶ氷山の破片が無数に放たれる。
欠片と言っても数十メートルからなる巨大なものだ。
受ければ単純な質量により頑強なギガイアスであっても只では済まない。
同時に新たな障害物となるそれは、大凍球の布石となる。
僕達は回避するも、巨大な氷塊は次第に壁の様にその回避のための空間を蝕んでいく。
そして、それは来た。
「そんな、全方位!? ダメっ夜光様、防いで!!」
「ギガイアス!! っ!? 下がれない!?」
一気に高まる大凍球の魔力の高まりに、アレンデラが叫ぶ。
全方位となると逃げ場がない。とっさにギガイアスを後方に下がらせようとするけれど、そちらには落下した氷塊が壁のようになって行き場を失っていた。
そしてそれは放たれる。
今までの攻撃は牽制でしかなかったと言うように、ひときわ強烈な全てを凍てつかせ滅ぼす凍獄の波動。
周囲一面を静死させるそれは、巨大な氷塊諸共僕らとギガイアスを飲み込んだ。