第19話 ~大西海の嵐 前哨戦・海中の激闘~
氷山戦艦周辺の海中では、戦局が膠着状態となりつつあった。
「おのれ! こやつらキリがない!!」
人喰鮟鱇の灯す明かりが暗黒の海中を照らす中、三叉の鉾を振りかざし、海王が吠える。
その行く手を阻むのは、白い半魚人めいた異形の姿だ。
海王は知らないが、それは南極に居るとされる人型のUMA、通称<ニンゲン>の姿をしていた。
もっとも、その正体は前述の姿のMODを水中防衛用の魔法人形にかぶせた代物だ。
巨大であり水中での敏捷性は相応程度には確保されているが、夜光のマイフィールドにあってかなりの割合を占める海の支配者を任された海王レインにとっては、容易い相手だ。
現状のような人化した状態であっても、三叉の鉾を振るえば<ニンゲン>の巨体は引き裂かれ、突き出せば容易く巨体が抉れる。
本来の姿である巨体に戻る必要も無く、海王は戦いが始まってよりこっち、ひたすらに<ニンゲン>を狩り続けた。
しかし、一向に<ニンゲン>は途切れる気配がない。
それどころか、戦闘開始よりその数を増やしているほどだ。
そもそもこの<ニンゲン>は、あくまで水中用の魔法人形に、異形の姿のMODを重ねているだけに過ぎない。
魔法人形は、マイフィールドの設定次第で失われた場合特定の魔法装置での補充が可能だ。
材料さえ確保できれば、無限とはいかないまでも、生成を続けることが出来る。
そして、この水中用の魔法人形の材料は、途切れる事が無い。
「海王様、あの謎の魔物がまた氷の中から出てきます!」
「わかっておる!」
索敵や伝令役として付き添う海魔女達の一人が行った報告の通り、はるか先の絶壁のような氷の壁から、切り出されているかのように定期的に生み出される<ニンゲン>。
元となる魔法人形の材料、それは氷山を形成する氷そのものであった。
<ニンゲン>が生み出されると、そのシルエット分の氷山が失われるが、代わりに周囲の海水が魔力によって氷結し、直ぐに氷壁が元に戻る。
魔法人形の強さというのは、材料によっても大きく左右される為、氷が素材の場合大した強さにはならないのだが、こうした無尽蔵の物量により、氷山戦艦の海中は防衛されているのだった。
この場の脅威は、この<ニンゲン>達だけではない。
「上方より水音多数!!」
「またか! 皆の者、衝撃に備えよ!! 身体の柔らかい者は孤島亀の背後に下がれ」
海魔女の報告に、海王が命を下して直ぐ、海上方向から落下して来る多数の物体があった。
それは海王たちが戦闘を繰り広げる水深に近づくと破裂し、衝撃と破片が広範囲に広がっていく。
爆雷だ。
現実世界では対潜水艦用の兵器として運用されるそれ。
アナザーアースには存在しない兵器だが、一定の衝撃や条件付けで爆発するような装備またはモンスターは存在し得る。
以前ライリーが生み出していた、<爆榴鎧兵>はその一例だ。<創造術師>系統の称号で作り出せる魔法人形は、この様に自爆特製を持つモンスターを生み出せる。
この爆雷も、そういったモンスターを利用して再現しているのだ。
その爆発力はすさまじく、初めに投下された際には多数の海棲モンスターに被害が出ていた。
海棲モンスターというのは、鱗や甲殻を持つ者も多いが、大帝烏賊のような軟体の者も多い。
その為鋭い破片を伴う爆雷は、こういった者達に多数の被害を与えたのだ。
それらは既に後送され治療を受けているが、その後も爆雷は度々投下されている。
幸い巨大かつ強固な甲羅をもつ孤島亀らを盾にすることでその後の被害は押さえられているが、その度に攻勢が途切れてしまう。
更にその隙は<ニンゲン>達にとって格好のねらい目だ。
今も、爆雷の投下の隙をつき、無理やりに前に出てくる。
<ニンゲン>も損傷するが、もとより幾らでも補充が効く魔法人形である為怯むことがない。
そして下がり損ねて自前の巻貝に引きこもった大鸚鵡貝を捕らえると、海面へと一気に登っていく。
「いかん、あ奴を止めよ!!」
海王が見て取り、配下のモンスター達から無数の魔法攻撃や銛の投射が放たれる。
しかし捕獲された大鸚鵡貝を盾にされ、思うように成果が出ない。
もし海面へと出てしまえば、そこは氷山戦艦の目の前。無数の砲火に晒される絶死の領域だ。
強固な殻を持つモンスターであろうと、至近距離への砲火の威力に耐え切れず、無残な躯を晒すこととなる。
既に何体かのモンスターが強固な殻を砕かれ、死体となって後送されているのだ。
後方の支援部隊に控える海僧正らによって蘇生魔法が使用されるものの、即時の戦線復帰は困難だろう。
「海王様、一度お引きを! 海王様も傷をお癒し下さい!!」
「不要だ。この程度かすり傷よ! それよりも戦線を維持せよ! 引くことはならぬ!」
誰あろう海王レインもまた、その砲火に晒された者の一人だ。
そも海王はこの戦場にたどり着いた直後、その本性である巨大な海王蛇となって暴れ狂ったのだ。
複数の鯨を一呑みにするほどの巨大な大海蛇は、無数の<ニンゲン>を纏めて飲み込み、巨体から振るわれる巨大な尾の薙ぎ払いは、無数の<ニンゲン>を容易く蹴散らしていた。
しかし、爆雷の衝撃に動きが止まったところを寄って集られ動きを封じられ、水上へと運ばれたのだ。
そこへ放たれる多数の砲弾は、海王の強固な鱗さえ貫き無数の傷を負わせていた。
とっさに人化し小柄な少年となり、<ニンゲン>達の手からすり抜けなければ、致命的な砲撃を受けていただろう。
その際に受けた傷が海王を苛んでいるものの、彼はひるむことなく戦い続ける。
(一度ならず夜光様に救われたこの身が、どうして無様に退けようか!)
海王は今でこそ海王蛇となって居るが、かつては大海蛇の内の一体に過ぎなかった。
夜光が海洋系統のモンスターを集めようとしたとき、その中心となることを期待されてテイムした大海蛇、その始まりの一匹という経緯がある。
そして夜光が海棲のモンスターを配下とする為の大きな力となったのだ。
海のモンスターは、特に大型化するものが多い。
特に島と見まごうような孤島亀や大帝烏賊ともなると、そのサイズはLLL級──ゲーゼルグらの大型化:L(凡そ30mまで)やギガイアスの大型化:LL(凡そ60mまで)を遥かに超える、数百m級の大きさとなる。
サイズ差が深刻なダメージ補正を生むアナザーアースにおいては、巨大モンスターに対してある程度対抗できる方法があるものの、テイムとなると対象を取り押さえるなどする必要があった。
その為、海のモンスターでも最大級に巨大化できる海王蛇へと、一匹目の大海蛇は進化することとなったのだ。
意志持つようになったレインは、その全てを覚えている。
アナザーアースの海原を行き、数多のモンスターを配下とするその旅を覚えている。
ゲーゼルグらのように最下級からの進化では無いものの、手厚く遇され、海王として海を統べるように任されたその瞬間も。
だからこそ、この眼前に広がる脅威に対し、真っ先に海中の手段を挙げられたことに、有頂天となったのだ。
こうして戦って居れば次第に戦闘者としての冷静な部分が、己が勇み足を踏んだのだと告げるようになったものの、今更引くことなどできない。
戦ってわかったが、風浪神が見せた脅威以外にもこれほどの戦力が隠れていたのだ。
この海中の戦力にしても、ここで引き付けておかねば、夜光が本格的に攻めに出た時の妨げになりかねない。
故に海王レインは、この場に敵水中の戦力を引き留め続ける事を選んだのだ。
その決断をした時点で、海魔女の一体を伝令として夜光の元へと送り出している。
なし崩しに戦闘を始めたのは、後で陳謝せねばならないだろうが、それはそれとして海王レインは、この場で戦い続ける事の意義を見出していた。
そして……。
「む?」
「海王様、光が……!」
暗黒の海中にあって、唯一の光源であった人喰鮟鱇の明かり。ソレよりもはるかに強力な輝きが、上空から相応に深度のあるこの海中にすら届いたのだ。
海上は氷山戦艦の生み出した嵐により薄暗く、仮に真昼であってもこの深度まで光が届くことはまずない。
その上で届いた輝きに海魔女が驚きの声を上げ、
「砂漠のあ奴が動き出したか」
海王は何者が動いたか察し、笑みを浮かべた。
そのしばらく前。
高層雲さえ眼下に見下ろす上空に、黄金の輝きを纏った船が浮かんでいた。
太陽船。
古代エジプトにおいてファラオを冥界に運ぶ船とも太陽神が乗る船ともされたそれは、アナザーアースにおいて、特定の砂漠系モンスターが使用する騎乗タイプの魔法具だ。
航空力学など無視して空を駆けるそれは、とあるモンスターの象徴でもある。
「海王にも困ったモノじゃの。夜光様の命も受けず飛び出すとは」
褐色の肌と星々が瞬く夜空のような艶やかな黒髪を持つ、絶世の美女。
夜光のマイフィールドは西方の砂漠を支配する女王。
<ファラオ>ネフェル・イオシス。
彼女の到来が、氷山戦艦との戦いを新たな局面に誘っていた。