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第13話 ~借り~

 大河エッツァーの北には、大陸中央から東西に延びるフーラント山脈が存在している。

 大陸中央では数千メル級の山々がそびえ、交通の障害となっているフーラント山脈であるが、ガイゼルリッツ皇国のある西端付近では比較的低い山が多く、山脈の北側を結ぶ街道や峠道が幾つもみられる。

 広西海に接したガーゼル近郊にもなると、山脈北側との交流も多くなり、物資の行き来も多い。

 ただ、近年沿岸航路での貿易が活発になるにつれ、ガーゼル付近の陸路での峠越えは、聊かコスト面で見劣りするようになり、幾分下火だ。

 また、そういった峠道では度々山賊が現れる事もある。

 皇国が何度も掃討しているのだが、侵略国家の皇国は戦に度々兵を動員する必要があり、地方の治安には手が回らない部分もある。

 結果、峠道を縄張りとする山賊は無数に存在した。


 ここは、その無数にいる山賊達の根城の一つ。

 旧ガーゼルと北の鉱山都市パッジスとを結ぶ街道にほど近い、森と山の境目辺りに建てられ、忘れ去られた古い砦跡だった。

 外見は半ば木々で覆われ、廃墟にしか見えない。

 だが、その中は、50名余りの山賊達が拠点とするに十分だ。

 今も、遠征から意気揚々と戻ってきた山賊達が、戦利品を品定めしていた。

 戦利品は、無数の素晴らしい武器や防具、薬品などだ。

 それらは裏のマーケットに流せば、かなりの金になる。

 中には、珍しい蘇生薬などもあり、男たちを大きくわかせた。

 門の中で見つかる薬の中でも、蘇生薬はかなりの値がつく。

 また、荒事に関わるだけあり、自分たちで確保しておくのもいい。

 如何に略奪品を山分けするかで盛り上がる者達。

 だが、その輪に加わらない者も居た。

 山賊達の中でも、ひときわ剣呑な雰囲気を漂わせる隻眼の男。

 その視線は、先の略奪で手に入れた豪壮な槍に向けられている。

 穂先を粗布で磨き、輝きに目を細める。素晴らしい逸品だった。

 これほどの槍は、皇王直属の親衛隊でも持っているかどうか。

 試しに軽く振ってみると、掠めたテーブルの角が、チーズで出来ているかのようにあっさりと切り落とされた。


「こいつはいい……」


 ニタリと男は思わず笑みをこぼす。

 男は、山賊達の頭目であり、略奪品の中で最も価値が高いと目星をつけた槍を、早々に自分の物としていたのだった。

 上機嫌のまま槍の手入れを続ける頭目に、これもまた中々の剣を己のモノにできた山賊が近寄ってきた。


「お頭、例の門に残った連中の取り分はどうしやす? 結構残り少なくなってきやしたが」

「あぁ? 奴らは良いだろ。取り分の代わりに、楽しむ方を選んだんだからな」

「ははっ、ちげぇねぇ」


 ゲヘヘと下卑た笑いをこぼした手下に、頭目の男はふと思い出したような表情を浮かべる。


「……そういやぁ、奴ら、まだ戻ってないのか。ちと遅いか……?」

「楽しみ過ぎてやがるんですかねぇ?」

「恐らくな。それとも国の連中の調査隊と鉢合わせしたか……」

「見張りは立ててやすし、官憲が近づけば逃げにかかると思いやすが?」


 戻りの遅い残りの手下達に顔をしかめる頭目。

 そこへ、外の見張りから声がかかった。


「お頭、奴ら戻ってきやしたぜ! 連中、女連れてやがる!」


 見張りの声に湧く山賊達。頭目と話していた手下もニタリと笑う。


「奴らめ、連れ去る女の見定めに時間をかけやがったな」

「連中、俺達に気ぃ利かせたんですかねぇ?」

「わからんぞ? 余程具合のいい女だったのかもな」

「手放したくないって奴ですかい?」

「さてな。どうだかは俺が味見すりゃいい事だが……どれ、どんな女か見に行くか」


 立ち上がった頭目に続き、取り分の算段をしていた山賊達も仲間を出迎えに立ちあがる。


「女連れて帰るって分かってたら、奴らの取り分も、もうちぃとは残したんだがなぁ」

「そりゃ女次第だろ? ……いや、ホント奴らどんな女を連れ帰ったんだ?」


 口々に言い合いながら砦の入り口に向かう山賊達。

 見張りの合図で、開いていく門。

 その向こうには、見知った仲間たちの顔と、十数人の女が居た。


「……こいつぁ……大した上玉じゃねぇか……」


 女の中の一人の顔を見た山賊が呆然とつぶやく。

 それほどまでに、その女の美しさは際立っていた。

 周囲に居るのが粗野な山賊達というのもあり、まさしく泥の中の一輪の大華の如く。

 ややつり目ながら蠱惑的な顔立ちと、細身に見えつつ服の胸元を大きく押し上げる胸。

 全てが、山賊達の『雄』を否応なしに刺激する。

 他の女はやけに太かったり、小柄だったりと大した事は無い。

 ややマシな女も居るが、中央のこの女だけは別格だ。


「お、おい……いい女見つけたなぁ、お前ら。こんな女、どこに居たんだ?」

「………………」

「おい、お前ら……?」


 出迎えた山賊が戻ってきた仲間に問いかける。

 だが、反応は無い。薄く笑ったような表情を張り付けたまま、砦に戻ってきたばかりの山賊達は立ち尽くしたままだ。

 さすがにその様子を不気味に思ったのか、後ずさる山賊。

 それに代わるように、隻眼の頭目が前に出る。その表情は鋭く、険しい。先に手に入れた最高の槍を手にした姿は、警戒心も露わだ。


「……おい、女。お前ら、何者だ? あの門の中で、お前らみたいな女は見なかった。

 それに、こいつらに何しやがった? こいつらをたぶらかしでもしやがったか!?」


 山賊のトップである男を前にしても何も言わない仲間の姿に、頭目は言い知れない畏怖を感じていた。

 思わず手にした槍を女へと突きつける。

 だが、女は槍の穂先を鼻先へ突きつけられても微塵も動じない。

 それどころか目の前の穂先へそっと手を添えて、


「あら……中々の業物。これは関屋様の作でありましょうか? されど、使い手がこれでは……せっかくの名槍が泣きましょう」

「なっ!?」


 無造作に掴み取っていた。

 驚く頭目と山賊達を前に、女は艶然と笑う。


「ふふっ……主様、此度は後ろに下がられませ。妾が露払い致しますゆえ」

「グっ! このっ!! 放しやがれ!!」


 槍を掴み取った女を振り払おうと、頭目が力を入れるが、まるで微動だにしない。

 その異様な光景に恐れ戦く山賊達。逃げ腰になり、じわじわと後ろに下がり始める。

 だが、更なる驚愕が待ち構えていた。


「妾から逃げられると思うたか? 哀れよのう……疾く、<呪縛符陣>!」


 女の槍を掴み取っていない手が懐に入れられると思うと、次の瞬間無数の紙の切れ端が女からあふれだす。

 まるで意思を持つかのように宙を駆けた紙の切れ端――符は、山賊達へと張り付いていく。

 瞬間、紙が貼りついた山賊達は、何者かに縛り付けられたかのように一切の身動きを封じられていた。

 指一本どころか、視線さえも動かせない。

 おのれの身体が自分のモノではなくなったかのような違和感に、うめき声を上げようとするがそれすら出来ない山賊達。

 唯一、その魔法に囚われなかった頭目だけが、女を見る視線を恐怖に染めて詰問する。


「こ、こいつぁ……女、テメェ……何者だ!?」

「おや……呪縛の陣に囚われぬとは、そなた中級ノーマルを超えておるのかえ? ……主様、もう幻術も必要無い故……姿を見せてもかまいませぬか?」

「うん、九乃葉の好きにしていいよ」


 主の言葉に、女――九乃葉がかけ続けていた術の維持を解除する。

 すると、辺りの状況が一変した。

 頭目の瞳が、身動きできないはずの山賊達の瞳が驚愕に見開かれる。


 無事戻ってきたはずの仲間たちは、額に見た事も無い文様を印された紙切れをつけ、肌を死人のそれに変えていた。

 中々の女だけは服を神官どもの着るそれに変わっただけだが、女たちの多くは国の衛兵鎧を身に着けた男たちへと姿を変え、小柄な女は術師の子供、太い女は殺したはずのドワーフへと姿を変える。

 極め付けは槍を握ったままの女だ。

 頭には獣のような尖った耳、その背後には宙を揺らめく無数の尾。

 見ただけで判る程の圧倒的存在感は、尋常なモンスターではない事をアリアリと示していた。


「ば、バケモノ……」

「正体を見せたと言うに、言うに事欠いてそれかえ? 語彙の少なきつまらぬ奴よ……まぁ、よい。問われた故素性程度は明かしてやろうぞ」


 握っていた槍を手放すと、手を一振り。現れた優美な扇を口元に、無数の尾を持つ女は一礼する。


「妾は妖狐の束ねにして、魔獣の頂点たる九尾の狐。偉大なりし万魔殿の主に傍仕えしモノよ……まぁ、そなた達は左程長くは覚えてはおらぬであろうが、せめて冥途の土産にするがよい」


 九乃葉はひとしきり名乗ると、口元を隠していた扇を閉じ、指し示すように山賊達へと向ける。


「では……行きや」


 九つの尾を持つ狐のアヤカシに命ざれるままに、額に符を張り付けた山賊達は足を踏み出す。

 そして、惨劇は始まった。




 夜光が立てた作戦は、ある意味単純なものだ。

 九乃葉の術を駆使した不意打ち。これに尽きる。

 九乃葉は、魔法系称号の仙術師タオを持っている。

 仙術師は、準備に手間がかかるが、その分扱える魔法の威力や種類の多さが特徴だ。

 その中には、見た目を誤魔化す<幻術>や、大規模戦闘等で、倒した敵を自分の戦力として加えられる<傀儡の術>等もある。

 夜光達は、これを利用したのだ。

 まず、死体になった山賊達を、傀儡の術で操れる程度まで損傷を回復させる。

 次に、傀儡の術でその死体を操る。どうも各魔法は、『AE』での大規模戦闘限定と言った拘束が無くなっているらしく、本来通常時では扱えないはずの傀儡の術は、容易に死体を九乃葉に忠実な人形へと変えた。

 最後に、幻術で山賊達を生前のように、夜光たちを戦利品の女に見せかけたのだ。

 山賊達の根城へは、見張りに立っていて捕えた者に案内させた。

 死体になりながらも道具にされる仲間の姿を見せつけられ、見張りだった二人はあっさりと帰順した。

 この二人は殺さない代わりに、町まで連れ帰り、衛兵に突き出すことにしている。

 山賊であるなら死罪だろうとブリアンは語ったが、断れば討たれ死体を利用される事が判っているだけに、見張りの二人には他に選択肢が無かったと言える。


 そして今、九乃葉の呪縛の陣に囚われ、身動きできなくなった山賊達は、元仲間であった傀儡達に次々と討たれていた。


「くそったれどもがぁ! 俺の職人達の恨みだ! 思い知りやがれっ!」


 山賊達を討つ者の中には、ドワーフの関屋の姿もある。

一抱えもある戦鎚バトルハンマーを振るう度、山賊の頭蓋は砕かれ、脳漿がハンマーヘッドへこびりつく。

 その動きは鈍いため、山賊達が自由ならば避けられるなどしただろうが、呪縛に囚われた今ではそれもかなわない。

 次々と山賊を打ち据える関屋。その顔に浮かぶのは、復讐に喜ぶ笑みではなく、悔恨と怒りだ。

 殺された職人たちは全員生き返ったが、その心は決して癒されていない。

 特に女性達は今後、癒えぬ心の傷を抱えどれほどの夜を過ごすのか。

 関屋が小世界に現れた初日、訳も分からぬまま混乱する彼を、慕いつつ親身になってくれた職人達。

 彼らをその主として守れなかった悔いと、その理不尽を負わせた者達への憤怒に、関屋は慣れぬ戦いでありながら奮起した。

 人を殺す禁忌は、自身が殺された時点でとうに振り切った。

 どの道異常な事態の中、普通でいられるとは思っていない。

 むやみに殺す殺人狂になるつもりは無かったが、時として必要になるなら……避けもしない。

 決意した関屋のハンマーは、重くどこまでも重く山賊達を潰していく。


 そして、この状況をほぼ一人で作り出した張本人。九尾の狐であり仙術師である九乃葉は、頭目相手に戯れるように舞って・・・いた。

 頭目が振るう槍は、風に舞う羽毛の如き九乃葉の身体に掠る事も出来ず、返される九乃葉の尾は、強かに頭目を打ち据える。

 頭目に取り屈辱的なのは、九乃葉の尾は決して本気で振るわれていないと言う事だ。

 宙を舞う尾は、しなやかでありながら強靭。

 本気になれば、その尾全てで頭目を一瞬でとらえ、締め上げ、全身から血を噴出させる事さえ可能なはずだ。

 その証拠に、手にしていたあの槍は既に尾にからめ捕られている。

 槍で尾を打ち払おうとした際、穂先は皮一枚とおせず、逆に頭目の腕がしびれてしまうほどだったのだ。

 今振るっているのは予備に持っていた剣だが、既に無数の刃こぼれが生じている。

 また逃げる事も出来なかった。優雅ながら素早い動きは、頭目を捕えて放さない。

 九乃葉の姿は、まさしく哀れな獲物を弄る狐のようだ。

 そして…


「……まだやってたのか。他は粗方潰したぜ? 今は、砦にまだ他のが隠れてないか、偵察隊の連中やアンタのマスターが家探ししてるところだ」


 関屋の声に、エモノと狩人の動きが止まる。

 隻眼の頭目は、既に満身創痍だ。

 全身に激痛が走り、骨折も無数にある。

 予備で取り出した剣は、柄元で折れて無残な姿をさらしていた。


「存じております。関屋様をお待ちしておりました……主様の命、これで果たせますでしょうや?」


 艶然と、優しげに微笑む九乃葉。

 その言葉の意味に気付き、関屋は目を閉じる。


「……俺の手で、か……分かった。こいつは借りにしておくぜ」

「ええ、御存分に」


 ずい、と頭目の前に立つ関屋。

 その手には真紅に染まったハンマーが握られている。

 だが、頭目は動けない。

 既に、腕を上げる事も出来ず立っているだけの状態だ。

 そして……


「まずは手前ぇに借りを返そうか。俺だけじゃねぇ、昔っから世話になってた職人の連中の分まで、きっちりとな」

「あ………ガ…………や、やめ……」

「黙ってろ。これが終われば、直ぐにでもあいつ…夜光にも借りを返さなきゃいけねぇんだ……どれだけ返せばいいか、判らねぇほどだがな。だから……」

「っ!」

「手前ぇはさっさとくたばりやがれ」



 何かを破砕する音が、山賊の根城だったその廃墟に、重く、重く、何度も続いた。

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