第18話 ~大西海の嵐 前哨戦・海中の勇み足~
「全天警戒──左舷異常ナシ」
「右舷異常ナシ」
「進路方向異常ナシ」
「後方異常ナシ」
その氷の船は、二度の仮想敵の接近により、警戒態勢に入っていた。
「対空機銃──精霊石装填ヨシ」
警戒が続けられる中、無機質な声で先の不審飛行体──風浪神の事だ──の撃退に使用した精霊石を補充する。
氷の甲板に並んだ各種砲塔の数々は、見た目がどうあろうと元々はアナザーアースの魔法装置であるため、その稼働には各種精霊石が必須となる。
特に、超々遠距離砲撃が可能な巨大な戦艦砲は、その性能に合わせて複合的な魔法装置が組み込まれているため、一度の砲撃で大量の精霊石を消費するのだ。
その為戦闘の合間にはこうして念入りかつ慎重に消費分を補充する必要があった。
氷山戦艦ハバクック。
キロ単位の全長を持つこの巨大な艦は、いっそ要塞と言っていいほど強固かつ強靭である。
圧倒的な質量は、生半可な攻撃をものともせず、また多少の損傷は周囲の海水を凍らせることにより容易に修復が可能。
なおかつ巨大さゆえに揺らぎもしない船体を活かしての大規模魔法装置に寄る遠距離砲撃は、敵となる者がそもそも近寄ることさえできない有様だ。
更に戦闘時は、魔法装置により周囲に嵐を展開することで、上空からの接近を阻むのだ。
巨体により嵐で荒れる海域でも全く揺るがず、逆に近寄ろうとする者は暴風と荒れ狂う波に翻弄される。
まさしくでたらめと言っていい巨艦は、いまゆっくりとした速度で北上を続けていた。
二度来襲した飛行体を追っているのだ。
乗員であるそろいの海軍服に身を包んだ魔法人形たちは、魔法生物であるがゆえに明確な意思を持ちにくくはあったが、それでも実体化したことで一つの目的を持っていた。
彼らの創造主が望んだ、戦いに勝ち続ける事。彼らはそれをひたすらに遵守しようとしていた。
境界の霧が晴れるまでは、相手を探す事も出来ず、ひたすらに魔法装置の整備を続けていたため、各種装備は万全。
そして戦いには相手が必要であり、霧が晴れた今彼らは満を持して動き始めたのだ。
「全天警戒──左舷異常ナシ」
「右舷異常ナシ」
「オモテ方向異常ナシ」
「トモ方向異常ナシ」
乗員である魔法人形たちは、愚直に与えられた通りの任務をこなし続ける。
観測手は強化された視界で視界が通る限りの遠方を広範囲に認識し、異常があれば即座に指揮系統へ通達を送るのだ。
状況に応じて攻撃の判断や、砲弾の選択を行う指揮発令所。
そこに、新たな知らせが入った。
「最下層ヨリ入電──水中ニ感アリ。2ジ方向水中200m」
「ソハ魚群ナリヤ?」
「否──LLL級敵性体ト認定」
「水中防衛体ヲ以テ当タレ」
即座に動き出す指揮発令所。
ルーチン通りに、水中の敵に対しての防衛が発令される。
慌ただしく動き出す氷山戦艦。
かくして、ここ大西海南海域において、この世界でも類を見ない大海戦が幕を開けようとしていた。
「あの氷山戦艦の射程距離は、隼乗りが砲撃を受けた状況と、ゼフィロートからの情報で概ねわかりました。およそ20kmほどみたいです」
「有名な大和とかの最大射程が40kmちょい位いらしいから、それよりはマシと言えばマシだが、とんでもないな」
ゼフィロートが幻影に投影した、彼が超遠距離で砲撃されあっさり海中に墜落する光景を見ながら、僕はこの氷山戦艦の対策を考える。
とはいえ、簡単に思いつくのは二つ。
相手の射程距離が長いなら、遮蔽物に隠れながら近寄ったり、もしくは相手が認識できない方法で近寄るか、だ。
遮るものがない海上である以上遮蔽物の案は横に置き、もう一つの方を主眼に置く。
つまり、如何に相手に認識させず近づくか。
「それが、上か下か、か?」
「ええ、海中からか、それとも超高高度からの急降下強襲か、ですね」
相手が戦艦であり、砲撃がメインだと言うのなら、逆に海面下は安全圏と言っていい。
幸い僕のマイフィールドには海王を始め強力な海の魔物達も含まれている。
当然水中での活動を得手としているモンスターも多いので、水中からの攻めは有効だと思うのだ。
「ほら、戦艦って水中の相手には割と無力って聞きますし、悪くないと思いませんか?」
そんな風に語る僕を見て、謁見室から姿を消した者がいる事に、僕はこの時気付いて居なかった。
謁見室に並ぶ無数のモンスターの中にあって、海王レインこと海王蛇は喜びに満ち溢れていた。
(我が主が、この身に栄誉を授けて下さった!!)
彼の主である夜光が、彼の領域守護の聖戦である戦いの一番槍に彼を選んだのだ、と。
実際にはまだ方法を検討しているにすぎないのだが、一瞬で有頂天になった彼は、その事に気づきもしなかった。
海中からの攻めともなれば、海王である彼が中心となるのは明らかであり、一番槍を指名されたも同然だ。
故に彼は瞬時にアクバーラ島南方海域にある海底宮へと舞い戻っていた。
余談ながら、各領域や各地の主要な町からは直通の転移が可能な部屋が用意してある為、行き来は容易だ。フォルタナ号の船員らの移動にも使えなかった事は無いのだが、宮殿完成までの時間稼ぎの為使用していなかったりする。
それはともかく、海底宮に舞い戻った海王レインは、主より賜った初の大任に、一瞬の遅れも在ってはならないとばかりに全配下に号令をかけ、一瞬で無数の海中にモンスターによる大部隊を編成していた。
「皆の者! 我らが主夜光様よりの勅命である!! 我が主の領域に近づく不逞の輩を、海の藻屑とせよとの仰せだ!! その一番槍を賜ったのがこの身である!!!」
「「「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
海のモンスターは、巨大な者が多い。山ほどもある鯨や島かと思うような巨大な亀、海竜や巨大な烏賊など、海底宮付近に急速に集められたモンスター達は、戦意に沸き立った。
余りの興奮に、周囲の海面が荒れ狂い渦を巻くほどだ。
なお、決して夜光は勅命など下して居ないし、一番槍どころか戦端をどうするかも決めかねている。
「ならばこの身は夜光様の期待に応え、如何なる敵も一切粉砕せねばならぬ!!! 皆の者、海の強者たる我が配下よ!!! 我に続き如何なる敵も打倒すのだ!!!」
「「「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
「行くぞ、皆の者!!!」
十分に戦意を高めたと見た海王レインは、輝く三叉の鉾を握り締め、上半身が馬、下半身が魚の海戦馬にまたがり、先陣を切った。
後縫続くのは、数多の海の魔達。
余談ながら、この規模のモンスターを動かすとなると、マイフィールドに配置した際の維持コストに加え、召喚時のコストや維持コストに匹敵する精霊石が消費されることになる。
後に夜光は大量に確保してあった備蓄が吹き飛んだことに気づき悲鳴を上げる事となるが、それは別の話であり。
「む!? 何だこやつらは!? 見慣れぬモンスターだが……新種か?」
今語られるべきは、先陣を切って突き進んだ海王の先、氷山を周辺の海中を取り巻く、無数の影にあった。
それは、全身真っ白で、人よりもはるかに大きい巨大な姿。
海王レインが知る由もないが、それは現実の南極海に居るとされるUMA『ニンゲン』を模したMODをかぶされた海中用の魔法人形である。
それらは統制が取れた動きで、氷山に海中から近づくものを自動的に攻撃する防衛部隊であった。
「ふん、如何なるモノであろうと、海中に手海王に適うと思うてか!!」
とはいえ、海王レインも強力なモンスターであり、配下も水中に特化した者達ばかりだ。
かくして、激しい水中戦の火ぶたが切って落とされるのであった。
同じ頃、今だ謁見室で夜光と主要なモンスター達は、対氷山戦艦の会議の席で話し合っていた。
「悪いとはいわないが、仮にあの際物を作った奴が、そんな当たり前の隙を晒すか? 戦艦なら潜水艦対策位してるだろ」
「それを言われると……」
その中で出たライリーの指摘は、夜光を頷かせるものだ。
たしかに、そんな見え見えの弱点をそのままにしておくはずが無い。
事実この時海王は絶賛水中戦の真っ最中だ。
同時に、
「そもそも戦艦が水中に弱いってのは、魚雷一発で沈みかねない戦艦の構造に寄る話だ。浮力をあの氷山全体で確保してるハバクック相手じゃ、どれだけ水面下の氷削れば沈むのか分かったもんじゃないぞ」
「そう言われると、そうですね……」
弱点のように思われた戦艦の水中部分が、その実水上部分より遥かに体積が大きい分、破壊するのは困難だと夜光も理解できてしまう。
「なら、上ですね。となると……」
かくしてあっさりと水中案を捨てた夜光は、もう一つの方策を思案し始める。
夜光が海王不在に気づくのに、今しばらくの時が必要なようであった。